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5話「敗北の原因」

カズキを待っている間、曜はツキのスマホ画面をじっと見つめていた。
画面にはトラッシュトライブの集合写真が表示されており、指で1人ずつ指し示しながら彼らの名前を呟く。

<黒中曜>
「えーっと…この人がミウさんで…こっちがシローさんだったか?」

<彩葉ツキ>
「違う違う。シローさんじゃなくて、ジオウさんだよ」

<黒中曜>
「あ、そっか…うーん、人の名前を覚えるのって難しいなあ…」

間違いに気づいて、後頭部をガシガシ掻く。
急速に増えた仲間の名前は、覚えたつもりでもつい間違えてしまう。
これから共に戦う仲間だ。名前を間違えるのは失礼だ――そう思い、ツキに手伝ってもらいながら顔と名前を照らし合わせた。
やっと名前を間違えなくなったと思ったあたりで、向かい側のソファーが軋む音がした。
2人が顔を上げると、対面にカズキとQがいた。

<青山カズキ>
「おまたせ。だいぶ待たせちゃったかな? 早速、本題に入ろうか」

そう言うと、カズキは静かに口火を切った。
そして話題は、あの最後の一球へと遡る――

ゼロとの勝負を決める最後の一球――ゼロが放った球を、曜は見事に打ち返した。

トラッシュトライブの一同は、どんでん返しの一打に大歓声を上げた。
しかし、激闘の末のその一打で曜は力を使い果たしたのだろう。
操り人形の糸がぷつりと切れたように意識を失った。

XBは野球のルールを下敷きにしている。
打者が進塁しなければ、塁上のランナーはホームに還れない――つまり、それは点は稼げないことを意味する。

こうしてトラッシュトライブは、勝利を目前としてゼロに敗北したのであった。

<黒中曜>
「俺は、そんな大事なチャンスで、気を失ってしまったのか…
ごめん…みんなになんて謝罪すればいいか…」

カズキから事の結末を聞いて、曜は顔を真っ青にして膝を震わせた。

あれは、今後を賭けた重大なゲームだった。
まさか、それが自分のせいで敗北したとは…気が気じゃなかった。

<Q>
「…これは私達の敗北だ。お前ひとりの責任じゃない」

<青山カズキ>
「そうだね。曜くんがいなければ、もっと酷い結果になっていたかもしれないし」

<黒中曜>
「…違う。カズキさん達は気遣ってくれているけど、全部、俺のせいだ…
あそこでちゃんと正気を保って塁まで進めていたらみんなをこれ以上、巻き込む事なんてなかったのに…」

気遣われれば気遣われるほど、申し訳なさは膨らんでいった。
重苦しい空気が曜の周りにまとわりつく。

だがカズキは動じず、爽やかに笑って言った。

<青山カズキ>
「ははっ、曜くんは自意識過剰だな。僕らは自ら巻き込まれたんだから気にしなくていいのに。
あのとき、僕らは覚悟を持って、君という可能性に賭けたんだ。それは、自ら選択した意志だし、後悔なんてしてないよ」

<Q>
「…そもそも、24シティに乗り込むときに覚悟を決めたしな」

カズキは、頷く。

<青山カズキ>
「だから、ゼロに負けたといっても、誰も曜くんを責めないよ。
XGのことも、みんなで力を合わせて頑張ればいいさ。
だから、これ以上くよくよするのはやめてくれない? 根暗な知り合いは、事足りてるからさ」

カズキなりの励ましだ。
軽口を交えつつも、曜の重荷を下ろそうとする優しさが滲んでいる。
Qは言葉少なだが、その視線は温かかった。

<黒中曜>
「…ありがとう。2人のおかげで少し気が楽になる…」

曜は伏し目がちだった視線を上げ、2人に感謝した。

<彩葉ツキ>
「あのー…ちょっといい…?」

と、ツキが手をかすかに震えながら質問する。

<青山カズキ>
「ん、どうしたんだい?ツキちゃん」

<彩葉ツキ>
「えっと、ごめんなさい…。ちょっと話についていくのに必死でよくわかってないんだけど…
"XG"って何…? XBの言い間違いじゃないよね…?」

<黒中曜>
「いや、間違いじゃない…
XG…それがこれから俺達が参加させられるゲームの名前だ…」

<彩葉ツキ>
「え? それって"統治ルール"のことじゃないの?」

ツキは混乱しているのか、目をぐるぐるさせ、とある言葉に曜は引っかかりを覚えた。

<黒中曜>
「統治ルール…? なんだそれ…」

<彩葉ツキ>
「あ、そっか。曜は、ずっと24シティに居たから知らないのか…」

ツキは曜と自分の間に知識の差があることに気づき、説明を始める。

<彩葉ツキ>
「統治ルールっていうのは、ゼロがネオトーキョーを支配してから、各シティに定めた新たなルールなの。
ネオトーキョーのみんなは、それに従って生きることを強制されてて…
ルールを破ったり、負けちゃったりすると死んじゃったりするの…」

<黒中曜>
「地上のすべてのシティがゲームに巻き込まれてるっていうのは、そういう意味だったのか…」

<彩葉ツキ>
「うん…だから、いまいち統治ルールとXGの違いが私にはよくわからなくて…」

違いに困っていると、

<Q>
「…XGは、ゼロに選ばれたプレーヤー同士が"統治ルールで戦うものだ。
統治ルールを使って行われる"究極のデスゲーム"と言えばわかりやすいだろう…」

と、Qがゆっくりと噛み砕いて答えた。

<青山カズキ>
「ちなみにその対戦相手は、これまたびっくり。噂に聞く"ナンバーズ"らしいよ。
今まで僕らに課されていた統治ルールとは違って、とてもスリリングなものになるだろうね」

<彩葉ツキ>
「そ、そんな…! ただでさえ生き残るのも大変なのに、これ以上難しくなるの!?」

<青山カズキ>
「冗談だったらよかったんだけどね。なかなかひりつく舞台を用意してくれたもんだよ」

――ナンバーズ。
それは、ゼロが集めた特別なプレーヤー達。
彼らは、すでに統治ルールを勝ち残った現役チャンピオンで、簡単には勝たせてくれないだろう。

今後のことを考えて憔悴していた曜とツキに、Qは気を利かせて自販機で温かい飲み物を買ってきてくれた。
見た目は怖いが、付き合えば付き合うほど心の優しい人なのだと、曜は思う。

曜がどれにするか迷っていると、ツキは渋いお茶を選んでくれた。
記憶を失う前の自分が、よく好んで飲んでいた銘柄らしい。

ひと口ふくむと、胸の奥から、懐かしさがふわりと立ちのぼる。
本当に自分はお茶が好きだったのだろう、そう確信できた。

談笑するほど落ち着いたあと、全員のスマホから「ピロン」という音が鳴った。
各自がスマホを取り出し、NINEを開いた。

<NINE(千住百一太郎)>
「えのきがどこに行ったか知ってるやついるか…?
知っていたら教えてくれ…」

届いたのは、えのきを探す百一太郎からのメッセージ。
文面からは深刻さが伝わってくる。

<NINE(小日向小石)>
「さっきまでは一緒にいたんだけど…今は近くにいないや」

<NINE(西郷ロク)>
「見ていないな」

次々とメンバーから返信は来るが、えのきの行方を知る者はいない。

<彩葉ツキ>
「ねえ…カズキさん…」

<青山カズキ>
「うん。もしかしたら、えのきさんは何かのトラブルに巻き込まれたのかもしれないね」

その場にいる全員の顔が引き締まり、重大な事態を覚悟する。
カズキは素早くスマホを操作し、状況を確認するメッセージを打ち込もうとした。

<NINE(千住百一太郎)>
「チクショー!! あの野郎!! 俺ひとり残して、どこへ逃げやがったんだ! クソバカアホまぬけ~!!!」

が、その前に百一太郎は、金棒を振り回す鬼のスタンプを連投した。

曜達は顔を見合わせる。
もしかすると、自分達の心配は杞憂だったのかもしれない。

<NINE(滝野川ジオウ)>
「百一太郎くん、落ち着いて。
なにがあったのか、教えてくれないか?」

そう思ったのは、その場に居ないメンバーも同じだった。

<NINE(千住百一太郎)>
「シナプリでえのきとお菓子パーティしてから適当にぶらついてたんだけどよ。
支配人から汚した場所はちゃんと片づけてくれって言われちまった!」

<NINE(千住百一太郎)>
「で、片付けしようとしたらいつの間にかえのきがいなくなっててよぉ~…」

曜は拍子抜けして、思わず椅子からずり落ちそうになった。

<NINE(十条ミウ)>
「まあ、当たり前のことね」

<千羽つる子>
「ただでさえお世話になっているのに、これ以上ご迷惑をおかけするなんて…」

他のメンバーも呆れたメッセージを打つが、百一太郎にとっては深刻だったらしい。

<NINE(千住百一太郎)>
「反省してるって! けど、ひとりで片付けられないくらい汚しちまったんだ!
お願いだ! 来れるやつは手伝ってくれ!」

必死の訴えにもかかわらず、誰も返信することはなくNINEは途切れた。

<彩葉ツキ>
「ねえ、どうする…? 誰も手伝ってくれなさそうだよ…?」

スマホを仕舞いながら、ツキは少し百一太郎に哀れだと思った。

<黒中曜>
「自業自得だ。カズキさん達もそう思うよな?」

<青山カズキ>
「うん、僕も自業自得だと思うな。ほんと、何してるんだか…」

カズキは満面の笑みを崩さず、手に持っていた空き缶をぐしゃりと潰した。

<Q>
「いま、拠点を失うのは痛い。
ここは支配人の機嫌を損ねないように掃除を手伝うのが懸命だろう」

曜とツキは、カズキの怒りっぷりに若干引いていたが、Qだけは変わらぬ調子で意見を述べる。
その態度に落ち着いたのか、カズキは長く息を吐き、偽の笑顔を解いた。

<青山カズキ>
「それもそうだね…みんなで手伝いに行こうか」

困っている仲間を助けるのも、仲間として当然のこと…ということにしよう。
曜はスマホを再び取り出し、百一太郎に連絡を取った。

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目次

  1. 0章「もう、勇者したくない。」
  1. 1章「労働環境があぶない。」