6話「不本意な掃除」
1時間後――
曜達は、百一太郎と合流し、シナガワプリンセスホテルのラウンジの一角を掃除していた。
ラウンジが広いせいで気づかなかったが、百一太郎達は自分達とは反対側でお菓子パーティーをしていたらしい。
そのへんはお菓子のカスや袋でめちゃくちゃ。
ジュースまでこぼれていて、逆にここまで汚せるものかと感心する。
地獄絵図のような有様だったが、支配人から借りた掃除道具のおかげで、少しずつもとの美しさを取り戻しつつあった。
<黒中曜>
「ふぅ…だいぶキレイになってきたな」
<彩葉ツキ>
「ほんとだねー。ピカピカになって気持ちがいいねー」
そう笑顔で答えたツキだったが――
<彩葉ツキ>
「…で、カズキさんは、さっきから何してるの? ずーっとスマホ弄ってるけど、まさかゲームとかしてないよね?」
どうやら、先ほどからサボっているカズキが気になっているようだ。
<青山カズキ>
「失礼だな。僕は、ただサボってるわけじゃなくて、XGに備えて布石を打っているだけだよ」
最初のほうは、一緒に掃除をしていたカズキ。
しかし、途中で誰かから連絡が来てからは、掃除そっちぬけでずっとスマホをいじり続けていた。
ツキははたきでカズキの腕を小突くが、カズキはスマホから目を離さず、叩かれた腕についたほこりを空いた手でぱんぱんと払うだけ。
<彩葉ツキ>
「そういう言い訳、いりませーん。後で、Qさんに言いつけちゃうんだから」
カズキの言い訳に、ツキはいっそうムッとし、フグのように頬を膨らませる。
だが、Qからの追撃はない。
なぜなら、Qは支配人から「汚した一角だけ掃除すればよい」と言われていたのだが「掃除は部屋の角から」と譲らず、ひとり黙々とエントランスの端をホウキで掃いていたのだ。
そのためツキ達の会話は耳に入らず、Qはひとり黙々と掃除を続けていた。
<千住百一太郎>
「んーっ! んんんんーっ!」
<黒中曜>
「…さっきから何してるんだ?」
曜が細かな食べこぼしをホウキで集めているそばで、百一太郎は謎のうめき声を上げていた。
<千住百一太郎>
「掃除道具の中からカステラが出てきたんだけどよ…んー…! 袋が硬すぎて開かねぇんだ…!」
黄色い四角形の入った袋の端を犬歯で噛み切ろうとしているが、袋は伸びるばかりで、切れ目ひとつ入らない。
<千住百一太郎>
「はあはあ…なあ、曜も食うか? 開けてくれるなら一口くらい、やってもいいぜ…」
自分の力では開けられないと悟った百一太郎は、袋を口元から離し、曜に交渉を持ちかけた。
甘いカステラは、渋いお茶と合う…。
曜は、ご相伴にあずろうとしたが「掃除道具の中に入っていた」という言葉が引っかかった。
<黒中曜>
「…それ、スポンジじゃないか? 食べたら、100%腹下すぞ…」
よく目をこらして見ると袋の中身は形も色もカステラそっくりだが、よく見ると皿洗いなどに使うスポンジだった。
<千住百一太郎>
「はあ!?マジかよ!? やっべー…もう少しで食うところだったぜ…」
<黒中曜>
「百一太郎も腹ペコ大魔神だよな…。えのきさんのことをとやかく言えないというか…」
曜は、24シティでえのきが得体のしれない薬草を食べたことを思い出しぽつりと呟いた。
<千住百一太郎>
「ああっ!? なんか言ったか!?」
百一太郎は威勢よくメンチを切るが、幼い見た目のせいか、曜には驚きもしなかった。
<黒中曜>
「いや、何も言ってない。それより早く掃除の続きに戻ってくれ」
<千住百一太郎>
「わーったよ…。ちぇ…カステラ、食えると思ったのになあ…」
一度かじってしまったのが気になるのか、百一太郎はスポンジを掃除用具入れに戻さず、雑にジーンズのポケットへしまった。
掃除もあとはゴミをかき集めて終了というタイミングで、ぞろぞろと人がエントランスに集まり始めた。
カズキがトラッシュトライブのメンバーを収集をかけていたようだ。
中にはもちろんえのきも居て、悪そびれもなく掃除をしている百一太郎達に声をかけた。
<雪谷えのき>
「たっだいまー。ねえ、掃除終わったー?」
<千住百一太郎>
「あー!!! えのきー!!! お前、今までどこに居たんだよ!?」
<西郷ロク>
「庭でいびきかいて寝ていたぞ」
<雪谷えのき>
「いっぱい寝たから元気元気~!」
<千住百一太郎>
「はあ…!? 人に掃除を押し付けて昼寝だとぉ…!?
許さねぇ…! 半殺しの刑にしてやるっ」
無邪気に笑うえのきに、ついに百一太郎の堪忍袋の緒が切れた。
顔を真っ赤にして、えのきに手を上げかける。
<小日向小石>
「百一太郎さん、落ち着いて…! 多分、雪谷さんも悪気はないと思うから…!」
周囲に大勢の人がいるなか、間に入ってなだめたのは、一番気弱そうな小石だった。
<千住百一太郎>
「邪魔だ!! そこをどきやがれ!!」
<小日向小石>
「ほ、ほら…お兄さんにも言われてるんでしょ…? 女性には優しくしなさいって…」
<千住百一太郎>
「お兄ちゃん…!」
と、つぶやくと百一太郎は途端におとなしくなった。
<千住百一太郎>
「ん…そうだった…わりぃな、もう少しでお兄ちゃんとの教えを破っちまうところだったぜ」
<小日向小石>
「いいんだよ。百一太郎さんが落ち着いてよかった」
一件落着…かと思いきや、轟がニヤニヤと百一太郎を見て笑った。
<轟英二>
「そういえば、スポンジをカステラと間違えるような お里が知れる者が出たと聞いたが、いったい誰だろうな?」
<千住百一太郎>
「だぁあっ!? な、なんで知ってんだよ!」
百一太郎はまたも瞬間湯沸かし器のように、顔を真っ赤にして噴き上がる。
<滝野川ジオウ>
「ふふ、その反応は本当だったみたいだね」
<十条ミウ>
「ちょっとおバカが過ぎるんじゃないかしら」
その話題が出た瞬間、みんながくすりと笑い始めた。
だが、その場にいなかったはずの面々が、なぜ知っているのか、曜は首をかしげる。
<雪谷えのき>
「えへへ。ツキがNINEで教えてくれたー」
<千住百一太郎>
「んだあああぁっ!! なに勝手なことしてんだよぉ!!!」
<彩葉ツキ>
「えへへ、面白かったからつい…」
<千住百一太郎>
「ツキ~~~!!! テメェな~~~!!!」
ぺろりと舌を出して、ツキはごまかした。
掃除に集中していて気づかなかったが、NINEでは百一太郎がスポンジをカステラと間違えた話で、盛り上がっていたらしい。
そのうち、百一太郎の怒りの矛先は、えのきからツキへと移っていった。
まだ掃除も終わっていないのに、話題はどんどん脱線していく。
曜は小さくため息をついた。
すると、腕をちょんちょんとつつかれ、少し視線を下げると、そこにはつる子がいた。
<千羽つる子>
「曜さん。私も何かお手伝いしましょうか?」
<黒中曜>
「ありがとう。でも、あとはゴミをまとめて出すだけなんだ。
なあ、ツキ。ゴミ袋の残りってどこに置いたんだ?」
百一太郎に絡まれていたツキに声をかけると、
<彩葉ツキ>
「あっ! ちょっとまってて! すぐ取ってくる!」
逃げ出すチャンスだと目を輝かせ、受付カウンターのほうへ走っていった。