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7話「謎のぬいぐるみ」

<彩葉ツキ>
「えー! なにこれ~! いつの間にあったんだろ!?」

受付カウンターのほうから、ツキの黄色い悲鳴が上がった。

<黒中曜>
「何か見つけたのか?」

<彩葉ツキ>
「うん! すっごくいいもの! みんなも見てよ!
このぬいぐるみ、ブチャカワいくない!?」

ぴょんぴょん跳ねながら戻ってきたツキの手には、犬なのか、はたまた豚なのか判然としないぬいぐるみが抱えられていた。

<彩葉ツキ>
「肌触りもいいし…ああ~! プニプニする手が止まらない~!
この子、どこで売ってるのかな? 私も同じの欲しい~!」

ツキの子どものようなはしゃぎぶりに、一同は微笑ましく見守った。
だが、それも束の間だった。

<ぬいぐるみ>
「ふふっ、気に入ってもらえてよかった。
だけど、ぼく、非売品なんだよね。いくら貢いでも買えないよ?」

突然、ぬいぐるみが流暢に喋り始めた。

<彩葉ツキ>
「え~!?すごいすごいすごい! 今のぬいぐるみってお喋りも出来るの!?
非売品とか言われると余計欲しくなっちゃうよ! フリマサイトとかで売ってないかな~!」

<黒中曜>
「本当にそれ、ぬいぐるみか…?
喋ると言っても度が過ぎてるような…」

<青山カズキ>
「そうだね。おもちゃにしては、ハイテクすぎる気がするけど…」

ツキが興奮する一方で、他のメンバーはその異様さに警戒を強める。

<十条ミウ>
「ねえ、ジオウ…。あれ…」

<滝野川ジオウ>
「ああ…。物騒な気配を感じるね…」

とりわけ事態を重く見ていたのは、ミウとジオウの2人だった。

<滝野川ジオウ>
「ツキちゃん、そのぬいぐるみから離れるんだ! それは、ただのぬいぐるみじゃない!」

2人は手早くヘルメット型のXBギアを装着し、目にも留まらぬ速さでナイフを抜いてぬいぐるみに迫る。

<ぬいぐるみ>
「人のお話の途中で邪魔しないでよ。そういうのって嫌われるよ?」

だが、ぬいぐるみは、するりとツキの腕を抜けた。
空中でくるりと身を翻し、ぱん、と薄い水面のような膜が張り出す。
見えない壁がナイフを弾き、衝撃波に乗ってミウとジオウの身体が後方へ弾け飛んだ。

<西郷ロク>
「ふたりとも大丈夫か…!?」

<小日向小石>
「怪我はない!? あるなら、早く見せて!」

<十条ミウ>
「私達なら大丈夫…。だけど、早くあのぬいぐるみを…」

ミウとジオウは、とっさに肩から転がって受け身をとり、目立った外傷は免れた。
ただ、衝撃は腕に残っている。
前腕を押さえ、歯を食いしばりながら膝をついた姿勢で体勢を立て直した。

<彩葉ツキ>
「嘘…だよね…? さっきの、ブチャカワがしたの…?」

かわいいぬいぐるみが自分の仲間を傷つけたことに、ツキはショックを受けて震える。

<黒中曜>
「ツキ、早く離れろ…! ミウさん達の言う通り、ただのぬいぐるみじゃない…!」

曜は急いで、ツキの手首を引っ張ってぬいぐるみから距離を取らせた。

<黒中曜>
「お前、いったい何者だ…?」

曜がそう問いかけると、ぬいぐるみはわざとらしく、えーんえーんと泣きまねをした。

<ぬいぐるみ>
「曜くんってば、つめたーい…。もうぼくのこと、忘れちゃった?」

馴れ馴れしく「曜くん」と呼ばれ、曜はむっとする。
だが、その声質にはどこか聞き覚えがあった。

<ぬいぐるみ>
「まあ、急に可愛くなりすぎちゃったから、気づかなくても仕方ないかな?
ちょっと待っててね~。みんなに気付いてもらえるように"アレ"つけてあげる!」

ぬいぐるみの前で空間がひしゃげ、自分だけが出入りできるほどの可愛いサイズの闇が口を開く。

そして、少しごそごそと音を立てたあと――
あの男の身につけている金属面の仮面をつけて再登場した。

<ぬいぐるみ>
「やあ、トラッシュトライブのみんな。元気にしてたかな?
俺は、ゼロ。キミ達の知っている、あのゼロさ」

甘く軽やかな男の声――まさしくゼロの声だ。

<黒中曜>
「冗談はやめろ! ゼロがそんなまぬけな姿をしている訳ないだろ!」

<雪谷えのき>
「そーだよー。ゼロはねー。もっとおっかない見た目してるんだよー」

<千住百一太郎>
「お前みたいなちんちくりんとは違うんだよ! 寝言は寝て言えっつーの!」

しかし、仮面と声が同じだからといって、ゼロだと信じる者はいない。

<ぬいぐるみ>
「ひどーい…。
いつもの姿だと、みんなが怯えちゃうかなって思ってかわいい姿になったのに偽物扱いなんて…ぼく、傷ついちゃった…」

ぬいぐるみは元の舌っ足らずな口調に戻り、頭の上の三本の毛をしゅんとさせた。

<ぬいぐるみ>
「そんなにぼくがゼロだって信じられないなら、証拠を見せてあげるよっ!!! いでよ! ドローン軍団!!!」

そう言うや否や、ぬいぐるみは仮面を床に叩きつけ、くるりと回転する。

呼びかけに応じるように数台の軍事ドローンがエントランスの自動扉から雪崩れ込み、ローターの風が少ないホコリを舞い上げた。
それを目にして、一同の背筋にぞっと冷たいものが走る。

<Q>
「…あれは、ゼロが使役しているドローンと一緒か」

<黒中曜>
「それじゃ、本当にあのぬいぐるみがゼロだっていうのか…!?」

曜は信じられず、思わず声を上げた。

<轟英二>
「クソ…今は真偽よりも逃げる事が優先だ! 華麗に逃げるぞ!」

轟の言う通り、今は退避が先決だ。ドローンが一同をじわじわと包囲し始めている。
捕まったら、どうなるのかわからない。

<小日向小石>
「でも、どこに逃げるっていうの…!? 入口からは逃げられなさそうだし…!」

後ずさりしながら逃げ場を探っていると――
「チーン」という到着音が、奥のエレベーターから響いた。

<彩葉ツキ>
「ナイスタイミング! みんな、エレベーターに乗って逃げるよ!」

全員が一斉にエレベーターへ向かって駆け出した。

<青山カズキ>
「全員、乗った! 早く閉めて!」

<十条ミウ>
「わかってるわ…!」

追いすがるドローンを遮るように、エレベーターの扉が閉まった。
金属がかちりと噛み合う音が狭い箱に響く。

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目次

  1. 0章「もう、勇者したくない。」
  1. 1章「労働環境があぶない。」