10話「ごほうび」
<ゼロ>
「あれ…? ぼく、やりすぎちゃった…?
ここまで驚かすつもりはなかったのに…」
ゼロは、曜達の様子を見て、しゅんと落ち込む。
しかし、すぐに何かを思い出したのか元気を取り戻し――
<ゼロ>
「あ、そうだ! あの話をしたら、みんな元気が出るよね!
うんうん、絶対そう! 早くみんなに話さなくちゃ!」
ぽん、小さな手を合わせる。
場の空気が、別種の緊張へと切り替わる。
<ゼロ>
「みんな、よく聞いて! ぼくから嬉しいお話があるよ!
曜くんがXGでナンバーズを倒すたびにぼくから"ごほうび"をあげるから楽しみにしてて!」
ゼロは尻尾をぶんぶん振りながら声を弾ませる。
だが、肝心の曜は微動だにせず、視線だけを鋭く上げた。
<ゼロ>
「あれ? あれ?
曜くん…ぼくのごほうびは嬉しくないの…?」
ゼロが覗き込むと、曜はギロリと睨み返す。
<黒中曜>
「…敵のお前からごほうびをあげるって言われても、やる気が出るわけがないだろ。
馬鹿にしてるのか…?」
<ゼロ>
「そんな事ないよ! ぼく、真剣なのに…!
例えば、ほら! そこのツキちゃんを見てよ!」
<彩葉ツキ>
「へ…私…?」
指をさされたツキはびくりと肩を跳ねさせる。
<ゼロ>
「曜くん、ツキちゃんがレーザーに撃たれたとき、すっごく落ち込んでたじゃん。
ぼく、ちょっとだけ反省して、すぐにツキちゃんを治してあげたんだよ!」
とんでもない告白に、場がざわついた。
<黒中曜>
「う、嘘だろ…やっぱり、ツキはあのとき…」
曜の声が掠れる。
ソファの縁をつかむ手に、力がこわばった。
<彩葉ツキ>
「え…!? え…!? ま、まさか…みんなが言ってたことって本当だったの…!?」
ツキの顔が見る見るうちに青ざめていく。
<彩葉ツキ>
「わ、私が…死んだ…って…」
<千住百一太郎>
「じゃあ、ツキは1回死んだ後、お前に蘇らせてもらったっていうのか!?」
<轟英二>
「ふ、ふざけるな…! 常識を超えているだろう…!」
<千羽つる子>
「きっと…致命傷ではあったけど死んではなくて、ゼロはそれを治して…って、そうだとしても、ここまで無傷で治せるなんて異常ですけど」
<ゼロ>
「異常にすごい力でしょ? ね、これでぼくからのごほうびがどれだけすごいものかわかった?」
と、ゼロは王様のように胸を張った。
あまりの話に理解が追いつかず、場に沈黙が落ちる。
だが、曜とツキはふと顔を見合わせ、ひとつの希望に気づいて身を乗り出した。
<黒中曜>
「彗は…っ! 彗は、どうなんだ…!?
お前がツキを治したっていうなら、彗は…っ!」
<彩葉ツキ>
「そーだよ! 彗はどこなの!?
私達は、3人一緒じゃないとだめなの! 早く教えて!」
ツキが生きているなら、彗も――
2人はその可能性に縋り、ゼロへ詰め寄る。
<ゼロ>
「うーん…どうだったかな…?
あの日はXBしたあとだったから、すごく疲れてたからよく覚えてないんだよね…」
<彩葉ツキ>
「そ、そんな…!」
<黒中曜>
「…白々しい。どうせ、最初からただで教える気はないんだろ…。
まあいい…お前がそういう態度を取るなら、ナンバーズに勝ってやる…!
そして、ごほうびとやらで彗の居場所を吐かせてやるからな…!
<ゼロ>
「いいよ。それくらいなら、"ふつうのごほうび"で教えてあげる!」
ゼロは、曜がやる気を出したことにぴょんぴょんと跳ねながら喜ぶ。
<ゼロ>
「でも、人を生き返らせてほしいとか、ネオトーキョー中を変えたいとかはだめだよ。
そういう常識外れの願いは、XGを勝ち残った1人だけがもらえる"ウルトラごほうび"でしか叶えてあげないからね!」
しかし、そこには彼なりにも流儀があるるらしく、説明を付け加える。
<千住百一太郎>
「ん? それは、ふつうのごほうびと何が違うんだ?」
<ゼロ>
「ふつうのごほうびは、ぼくの機嫌次第で叶えてあげたり、あげなかったりするんだけど…ウルトラごほうびは、特別!
ぼくができる最大限のことをなんでも叶えてあげちゃう!
どうどう? XGへのやる気、上がってきたでしょ?」
<轟英二>
「ほう…なんでも…それは、興味がそそられるな…」
<Q>
「欲に溺れるな。
溺れたら最後…こいつに踊らされて身を滅ぼすだけだ」
<ゼロ>
「じゃ、そろそろぼくは他のシティに行って、他のナンバーズ達にこのXGのルールでも説明しに行こうかな。
みんな、がんばってね~」
ゼロはクレーンゲームのアームのようにドローンに掴まれ、ふわりと浮上して出入口へ向かおうとするが――
<千羽つる子>
「あ、少しお待ちください! ひとつ質問が…!」
つる子に呼び止められ、移動を中断する。
<ゼロ>
「ん? つる子ちゃん、どうしたの?」
<千羽つる子>
「その…統治ルールの"クビキリ"というのは、リストラと同意義なのでしょうか?
文字通りに解釈すれば、リストラという意味ですが、ペナルティとしてはだいぶ甘いと思いまして…」
<ゼロ>
「あー、ごめんごめん! 見本がないとわかりづらいよね。
ちょっと待っててー。いろいろ、準備してくるからー!」
そう言って、ゼロは移動を再開し、どこかへと去っていった。
<Q>
「…行ったか」
<彩葉ツキ>
「はあ…なんか、どっと疲れちゃったよ…」
<千住百一太郎>
「俺なんか、チビリそうになっちまったぜ…」
<彩葉ツキ>
「それにしても、私が本当にそんな傷を負わされてたなんて…でも、だったらどうして私は…」
ツキは不安げに自らの側頭部に触れる。そこには傷らしい傷は一切なかった。それが尚更ツキを不安にさせていた。
<黒中曜>
「…気にするのはやめよう。大事なのは、お前は生きているって事だけだ。きっと慧もだ。それを確かめよう。」
曜はツキの不安を吹き飛ばすように言った。
<彩葉ツキ>
「う、うん…そうだよね。気にしてもわかんないモンね」
<千羽つる子>
「とにかく、あの人はまた戻ってくるみたいなので、それまで各自休憩としましょうか」
<轟英二>
「そうだな…今のうちに脱走を…いや、羽を伸ばすとしよう…」
誰もが言葉少なに黙り込み、それぞれに現実を噛み締めた。
トラッシュのメンバーが散り散りになった不安――
ゼロが用意した圧倒的不利な条件――
どう考えても、覆す術は見当たらない。
待ち受けているのは、最悪にして究極の舞台「XG」――
曜達は今まさに、生き残りを賭けたバトルロイヤルに挑もうとしていた。