12話「クビキリ広場」
エレベーターで10階に上がり、非常階段を少し下るとクビキリ広場へと繋がる連絡橋についた。
つる子曰く、かつてはシナガワシティのビジネスマン達が行き交う場所だったとのことだが、今では寂れていてちらほらしか人の姿が見えない。
シナガワシティの夜景を横目で見つつ突き進むと「この先、フレアイアイ広場」と書かれた看板を見つけた。
曜達は、別の広場に向かってしまったのではないかと焦るが、その次に見た看板には「フレアイアイ」の文字が消され「クビキリ」と書き直した形跡があった。
直後、彼らは大きな空間へ出た。
あたりは、街灯も少なく薄暗い。
<黒中曜>
「…っ」
<彩葉ツキ>
「なに、このにおい…」
<轟英二>
「掃除が行き届いてないのか…? こんな悪臭…嗅ぐのは初めてだ…」
中央へ近づくにつれ、粘りつく腐臭が鼻腔を刺し、足取りがわずかに鈍った。
臭気の発生源は目前のオブジェクト。
大きさは、大男のQや横幅のある轟よりもなお大きく、彼らを呑み込めるほどの巨塊だった。
<黒中曜>
「…なんなんだ、あの変なオブジェは? 顔が…」
上部に目をやると、ぬいぐるみ姿のゼロの顔を写し取ったようなマスクが据え付けられていることに気がつく。
曜は、悪趣味なオブジェクトに不穏さを覚えた。
<Q>
「それに、この形は…」
<千羽つる子>
「まさにアレですね…なんという悪趣味な…」
<千住百一太郎>
「ん? この変な置物がどうしたんだ?」
<千羽つる子>
「これは、中世に拷問に用いられた――」
つる子の説明を遮るように、広場の奥で足音が重なり、一ノ瀬が仲間達を率いて姿を現した。
<一ノ瀬一馬>
「まったく、ようやくのご到着か。
来るのが遅いから、逃げたんじゃないかと心配したぞ?」
<支配人>
「曜さん達…どうしてここへ…」
支配人も彼らに拘束され、押し出されるように前へ出た。
<黒中曜>
「待っててください、支配人さん! すぐにあなたを助け出します!」
<一ノ瀬一馬>
「フン。言うことだけはいっちょ前だな。だけど、もうタイムリミットだ」
<彩葉ツキ>
「え? タイムリミット…?」
「ゴン、ゴーーーン」「ゴン、ゴーーーン」
乾いた鐘の音が広場を貫き、会話を断ち切る。
<轟英二>
「ひぃ!!! なんだ、この音は!?」
<黒中曜>
「時計の鐘…? でも、なんでこんな時間に…?」
曜は、顔を上げて、鐘の鳴らす時計台を見る。
長針と短針は、てっぺん。0時を指している。
深夜に鐘が鳴り響く不気味さに包まれ、戸惑うその最中――
さっきのオブジェクトが「ぐらり、ぐらり」と身じろぎを始めた。
<???>
「今週ノ、クビキリノ時間ダ!!!!」
そして、それは赤い光を目に灯し――喋り始めた。
<千羽つる子>
「わわっ!? なんですか、今の声は!?」
<Q>
「あの妙なオブジェからのようだな」
<一ノ瀬一馬>
「会長のお目覚めだ。貴様らは静かにしていろ」
<黒中曜>
「…会長? ゼロが統治ルールで話してたやつか…?」
ここで騒ぐのは得策ではない――曜達は息を潜めた。
<一ノ瀬一馬>
「おはようございます、会長。いいお目覚めでしたか?」
と、一ノ瀬は営業スマイルを浮かべ、オブジェクトへと視線を向けた。
<会長>
「ウン! イッパイ寝タカラスッキリスッキリ!」
会長と呼ばれたオブジェクトは、ゼロが用意した「会長役」なのだろう。
自分達がなれるのは社長まで――あの説明が、ようやく曜の中で腑に落ちた。
会長役は裁定者―いわばジャッジで、プレーヤーである自分達は最初からなれない役職だ。
<一ノ瀬一馬>
「ふふ、それは良かった…早速で申し訳ありませんが"今週のクビキリ"はこの支配人でいかがでしょうか。
社長である私に対する数々の無礼な振る舞い、そして無断でヒラ社員への施しなども行っております」
<会長>
「オッケー! チミガ言ウナラ間違イナイモンネ!」
<一ノ瀬一馬>
「ありがとうございます。では、速やかに…」
<支配人>
「やめて! こんなこと許されないわ! 会長! 私の話も聞いてください!」
一ノ瀬と会長のやり取りが終わりかけた刹那、支配人が会長へ向けて叫んだ。
<会長>
「………………」
しかし会長は無反応のまま、赤い目だけが鈍く瞬いた。
<一ノ瀬一馬>
「無駄な足掻きはよすんだな。これはすでに決定済みのことだ。
会長には"社長"である私の声しか届かないことを貴様も知っているだろう?」
<支配人>
「で、でも…!」
<一ノ瀬一馬>
「フン。これも私を馬鹿にした罰だ。今さら後悔しても遅い」
<彩葉ツキ>
「なんか嫌な予感がするよ…! ねえ…今すぐ支配人さんを助けよう!」
<黒中曜>
「ああ…! 今出るしかない…!」
曜達は顔を見合わせ、構えた。
<一ノ瀬一馬>
「ほう、邪魔するつもりか? これはルールに則った正しい行いだぞ?
ルールを破ったらどうなるか…ゼロから聞いていないわけではあるまい?」
<千住百一太郎>
「くそっ、レーザーで撃たれるってことか!」
<黒中曜>
「マズい…どうすれば…!」
目の前に支配人がいるのに、なにもできない――
曜は歯がゆさを噛みしめた。