14話「一通のメール」
全員が起床してエントランスに集まったのは、夕方だった。
各自、朝方まで眠れなかったのだろう。目を腫らした者達も半分ほどいた。
だが、いつまでも悲しんでいる暇はない。
曜達は、外に出て会長に渡す甘い和菓子を探し始めるが、どの店にも置いていなかった。
それもそのはずだ。
甘い和菓子は、今やシナガワシティで生きるための生命線とも言える。
誰もが"クビキリ"を回避するために必死にかき集め、会長に献上している。
今日から探し始めても簡単に見つかるわけがない。
<彩葉ツキ>
「見つからないねー。甘い和菓子…」
<千住百一太郎>
「しょっぱい和菓子なら、けっこー見るんだけどなー…」
<轟英二>
「ふむ…シナガワ駅のお土産コーナーですら、すっからかんとは…」
みんな、和菓子が見つからず項垂れていると、短い通知音が鳴る。
曜は自身のスマホからだと気づくとすぐに取り出した。
見ると、珍しくメールボックスに1通のメールが来ていた。
<黒中曜>
「…ん? メール…?」
<千住百一太郎>
「今どき、メールって珍しいなー」
<黒中曜>
「気になるな…内容を確認するか…」
普段なら見知らぬ差出人のメールは開かないが、このときばかりは、曜は迷わず開いた。
<メール>
「お世話になっております。青山カズキさんに頼まれた件でご連絡いたしました。
こちらの都合で申し訳ありませんが、場所を変更させてください。
冥王洲アイルの輸送区画でお待ちしております。 ――M.Oより」
<黒中曜>
「カズキさんに頼まれた…?」
その一文を声にすると、皆が自然と身を寄せた。
<轟英二>
「ふむ…このM.Oという人物、気になるな…」
<千羽つる子>
「どうします…? 確かに少し怪しいですが、他に手がないのも事実です」
<黒中曜>
「行ってみよう。今はどんなことでも試してみるべきだ」
隣でQも、こくんと頷いた。
<千羽つる子>
「虎穴に入らずんば虎子を得ず…ですね!」
<彩葉ツキ>
「よーし! みんなでM.Oさんに会いにいくぞ~!」
わずかに気力を取り戻した一同は、M.Oに会うため冥王洲アイルの輸送区画へ向かうことにした。
だが、すぐに道に迷ってしまう。
GPSに従って進もうとしたが、途中で道が塞がれており、土地勘のない曜達は一度ホテルへ戻って宿泊客に道を尋ねた。
宿泊客達は、支配人が昨夜クビキリに遭ったことをどこからか知っており、みんな、深く悲しんでいた。
それでも、曜達が冥王洲アイルへの行き方を尋ねると気を取り直し、丁寧に教えてくれる。
そして、ホテルの10階にある2本の連絡橋のうち、クビキリ広場へ続く方とは反対側を使えば行けるという。
連絡橋に出ると、夕風が通り抜け、街灯がぽつぽつと灯り始めていた。
その明かりを辿るように、冥王洲アイルの輸送区画へ向かった。
<黒中曜>
「…誰もいないな。場所はここで合ってるよな?」
冥王洲アイルの輸送区画は、無数のコンテナが積まれ、どこを見ても同じ景色が続いていた。
遠くではフォークリフトの警告灯だけが瞬き、物音は止んでいた。
<黒中曜>
「もしかして、ただの悪戯だったのか? だとしたら、無駄な時間を使ってしまったな…」
<千羽つる子>
「広いところですからね…。手分けして探してみてもいいかもしれません」
<???>
「その必要はありません。ええと…トラッシュトライブの皆さん…でよろしいでしょうか?」
物陰から声がして、曜達は咄嗟に身構えた。
現れたのは、濃紺のロングヘアを幅広い黄色のカチューシャで押さえ、猫のように鋭い黄の瞳でこちらを射抜く女だった。
無表情のまま、独特なフレームの眼鏡を、くいと押し上げる。
<黒中曜>
「そうだけど…あなたは?」
<大井南>
「突然ご連絡してしまい申し訳ありません。
私、M.Oこと大井南と申します。よろしくお願いいたします」
曜達は、メールの差出人だと気づき、構えを解いた。
<千住百一太郎>
「なあ、アンタ。カズキに何を頼まれたんだ?
俺達、それを聞くためにはここまで来たんだぜ」
<大井南>
「え…? 青山さんから何も聞いていないのですか?」
<黒中曜>
「…特に何も。大井さんはあの人とどういう関係なんだ?」
<大井南>
「彼がミナトトライブに所属していたときに、少し関わりがあったんですよ。
私も突然、連絡が来て驚いたのですが…ふむ、青山さんがここにいないということは、何かあったみたいですね」
大井は数秒考え、再び口を開いた。
<大井南>
「実は青山さんから協力してほしいことがあると少し前から相談されていました。
あいにく途中で連絡が途絶えたため、緊急時の連絡先として伺っておりました黒中さん宛にご連絡差し上げました」
<彩葉ツキ>
「あ! そういえばカズキさん、ホテルで掃除してるとき、ずっとスマホを弄ってた…!
あのときに大井さんと連絡を取ってたのかな?」
<千住百一太郎>
「多分、そうだろうな~。アイツの画面、ずっとメールだったし」
曜は、あのとき、カズキが「XGに備えて布石を打っている」と言っていることを思い出した。
なるほど―その"布石"とは大井のことだったのかと、腑に落ちた。
<大井南>
「もしも、何かお困り事があるのでしたら是非とも私にお話ください。
ここで生き抜くためには、協力し合うのが大事ですから」
大井の真っ直ぐな視線に、曜の胸が少し温かくなる。
皆で顔を見合わせ、うなずく。信用しよう――曜は穏やかな笑みを返した。
<黒中曜>
「ああ、こっちとしても困っていたところだし、大井さんが良かったら手を貸してほしい」
<大井南>
「ありがとうございます。
しかし、貴方達…はあ…期待通りにはいかないものね…」
大井は一度、嬉しそうに頷いたが、すぐに何かを憂うようにため息をついた。
<千住百一太郎>
「はあ!? もしかして弱そうなやつらが来たって言いてえのか!?
喧嘩売ってんなら買ってやろうじゃねえか!」
<大井南>
「い、いえ、そういうわけではありません…! そうではなくてですね…」
<千住百一太郎>
「じゃあ、どういうわけってんだ! 俺は舐められるのが大っ嫌いなんだぜ!?」
<Q>
「落ち着け、どうやらこちらを見くびっているわけではなさそうだ」
暴れかける百一太郎を、Qが片手で頭を押さえて制した。大井へそれ以上近づけさせない。
<千羽つる子>
「百一太郎さんが申し訳ございません。ささ、理由を聞かせてください」
<大井南>
「はい、実は待ち合わせをしたはいいものの私にとっては初対面の人ばかり…
なので、青山さんから教わっていた外見の特徴を"AIに学習させて画像を出してみた"のですが、あまりにも違っていたので、技術としてまだ実用段階ではないなあ…と」
大井が3枚の写真を取り出した。
1枚目は――曜の特徴から生成したというAI画像。だが、そもそも人ではない。
卵の殻を被った小さな黒い鳥が、そこに写っていた。
そして、2枚目はツキの特徴から生成した画像。
おそらく「金髪」「ツインテール」で学習したのだろう。
どこぞの美少女戦士をさらに美化したような少女が、画面いっぱいに微笑んでいた。
<黒中曜>
「え…? 俺、なんで鳥…?」
と、曜は戸惑うも、
<彩葉ツキ>
「えー! AIの私、ちょーかわいい! もらっちゃってもいいかなー!」
ツキは写真の美少女姿に上機嫌だ。
<千羽つる子>
「ふふ…! 特徴は合ってますね…!」
<千住百一太郎>
「ああ…! 特徴だけは合ってるな…!」
<轟英二>
「ふっ、彩葉は明らかに美化されすぎて別人だな。
しかし、僕はかなりそのままに近い…AIすらもこの高貴さにはひれ伏すということだろうか?」
3枚目――轟の画像をのぞくと、わずかに美化されているものの、他は本人にかなり忠実だ。
ただ、古代ギリシャ風の衣装を着ており、轟だけ肌の露出がやけに目立った。
<大井南>
「いえ、轟さんの写真はぼやけているものがネット上にあったので、それも学習させました。
比較的似ているのはそのせいかと。
はあ…新技術というのはやはり難しいものですね…」
<Q>
「…AIの話で盛り上がりすぎだ。本題に入ろう」
大井も脱線し過ぎたことに気づいたのだろう。
「こほん」と咳払いし、きりっと表情を整えた。