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17話「復讐の炎を持つ者」

<千住百一太郎>
「はあ!? さっき散々、一ノ瀬と会長はズブズブだって言ってたじゃねえか!」

<彩葉ツキ>
「それに、ワイロを集めようにもうまくいきっこないんでしょ?
私達もここに来るまで探したけど、一個も見つからなかったし…」

<五反田豊>
「残念ながら、普通の和菓子の入手経路はすべて一ノ瀬に押さえられていますからね。
今から新規の入手経路を見つけるのは困難…ただ、"安土桃山半熟カステラ"なら話は別です。
あれさえあれば、すべて我々のシナリオ通りに進みます。問題ありません」

――安土桃山半熟カステラ。

会長と一ノ瀬の会話に出てきた、カステラの名前…。
2人の会話から、おとぎ話のお菓子のように扱われていたが、実は存在するものだろうか…?

<黒中曜>
「確か会長達が言ってたやつだよな…それってどういうものなんだ?」

<千羽つる子>
「かつてのネオトーキョーの支配者、鳳家御用達の品…
無菌状態を半永久的に保つ特殊な金箔の箱に保存されており、その希少性は類を見ません」

<彩葉ツキ>
「そ、そんなに珍しいの!? どのくらい美味しいんだろう…」

<千住百一太郎>
「気になるのそこかよ。てか、どんだけ珍しくてもやるしかねえだろ! もう俺達にはそれしか道がねぇんだろ!?」

<千羽つる子>
「そういう話ではありません。そもそも、都市伝説の類…実在するかどうかも疑わしいレベルなのです…」

<大井南>
「…本当に存在すると言ったらどういたしますか?」

<轟英二>
「ふん! バカバカしい! どのテレビ局もこぞって探して見つからなかった!
そんなブツが今更見つかるわけがない!」

<Q>
「待て、話は最後まで聞くべきだ」

<轟英二>
「ち…そこまで言うのなら証拠でも出してもらおうか」

<大井南>
「はい、私達は今は亡き鳳家のデータベースに侵入し、情報を入手、そして…持ち主を特定しました。
何回もファクトチェックをしたのでエビデンスは十分です」

大井はファイルを取り出し、卓上に置いて広げた。
中身の一部を指で示しながら、曜達に見せつけるように差し出す。

<千羽つる子>
「し、信じられません…! その資料、見せて頂けませんか?」

<五反田豊>
「もちろんです。ただありましたと、言われても皆さんも納得できないでしょう」

<大井南>
「こちらをどうぞ。データ流出リスクに備えて紙資料なのはご容赦を」

大井から資料を受け取ると、つる子達は食い入るように目を通した。
鳳家のことすら分からない曜にとっては、この資料がどれほど凄いものかは分からないが、あの轟でさえ集中して見入っている。
きっと凄いものだろう。曜は仲間達の判断に任せた。

<千羽つる子>
「…ふむふむ、なるほど。確かに十分な裏付けがされていますね。
でも、なぜアクアマリンパークという水族館に…?」

<五反田豊>
「海洋生物研究所の所長がめざましい成果を上げたことで鳳家から褒章を授与され、その記念品だったようです。
本人は大の甘党だったらしく、定年のときに食べようと幼馴染みであるアクアマリンパークのオーナーに頼み込んで、館内に隠したと」

<轟英二>
「しかし本当に実在するっていうのなら、なぜ今まで会長に渡さなかったんだ?
安土桃山半熟カステラを出せば、すぐに決着がつく話だろう」

<Q>
「資料には、他殺と書いてあるな」

<大井南>
「ええ。統治ルールが始まる前に兵器開発に携わったようで…内輪もめで消されたようです。
また、アクアマリンパークのオーナーも同じ理由で消されています」

<彩葉ツキ>
「ひょえ~おっかない~…」

<大井南>
「お願いです。私と五反田さんの2人だけでは、もし何かのアクシデントがあったときに対処しきれません。
ぜひとも皆さんのお力を貸してください」

大井は深く頭を下げて頼み込んだが、曜達は即答できずにいた。
今週の一手を誤れば、曜達のクビキリが確定する――
だからこそ軽挙はできない。重い沈黙が落ちた。

<五反田豊>
「何を悩むことが…! アクアマリンパークに行けば安土桃山半熟カステラが手に入るんです!
この機会を逃すなんて、有り得ません!」

ドン、と五反田がデスクを強く叩いた。
反響音が室内に跳ね、曜達は思わず身を固くして言葉を失う。

<大井南>
「ご、五反田さん。少し感情的になりすぎかと。皆さんも驚いていますよ?」

大井の言葉にツキと百一太郎が真顔でコクコクと何度も頷く。

<五反田豊>
「…申し訳ございません。つい我を忘れてしまいました」

五反田は小さく会釈し、眼鏡のブリッジを指先で正した。

<五反田豊>
「ただこれ以上、古巣であるシナガワトライブを一ノ瀬に蹂躙される訳にはいかないのです。
メンバーも多く、全員と対話することはできませんでしたが、シナガワトライブのメンバー達は私達の元部下…
これ以上、彼らが苦しめられている姿を見たくありません…」

五反田は片耳に光るシナガワトライブのピアスをそっと握りしめながら、静かに言葉を紡いだ。
彼も大井も脱退したとはいえ、古巣への思いは断ち切れず、仲間の証であるそのピアスを外せずにいる。

オフィスの壁には、在籍当時の写真がいくつも飾られていた。
どれも笑顔で肩を組み合った、誇らしいシナガワトライブの姿が写っている。
だが、その温かな記憶は一ノ瀬の支配によって踏みにじられ、今では痛みを伴う過去となっていた。

曜には、五反田の気持ちが痛いほど理解できた。
24シティでスペースツカイスリーのレーザーで撃たれたツキと彗の仇を取るために、曜はゼロにXBを申し込んだ。
ツキの無事がわかっても、この復讐の炎は収まらない。
完全に鎮火するのは、ゼロをこの手で倒したときだ。

<黒中曜>
「よし、決めた…! ここは五反田さん達に協力しよう」

<Q>
「わかった。私も異論はない」

<彩葉ツキ>
「うん、私も! みんなでがんばってカステラ探そうね!」

曜の言葉にトラッシュトライブの面々はうなずき、賛同の声が重なった。
五反田と大井の顔にも、安堵と決意が混じった笑みが浮かぶ。

<五反田豊>
「皆さん…ありがとうございます!」

<大井南>
「絶対に一ノ瀬を社長の座から引きずり降ろしてやりましょう…!」

<千羽つる子>
「そうと決まれば善は急げです。"アクアマリンパーク"へと向かいましょう!」

<千住百一太郎>
「ああ、そうだな…今すぐ…」

そう言いながら、百一太郎はこくりこくり…
ゆっくりと舟をこぎ始め、そのまま眠りに落ちた。

<轟英二>
「おいおい…さっき摂取したカフェインはどうなっている…」

<彩葉ツキ>
「仕方ないよ~。起きてからずいぶん経つし、私も…ふあ~」

曜が壁掛け時計で時刻を確認すると、表示は明け方が近いことを告げていた。
百一太郎が眠ってしまうのも無理はない。

<五反田豊>
「今日は一旦お開きにして、明日からカステラ探しに奮闘しましょうか」

五反田はかがみ込み、百一太郎を軽々とおんぶした。

<千羽つる子>
「すみません…百一太郎さんがご迷惑をかけてしまって…」

<五反田豊>
「ハハッ、これくらい構いません。
確かいまシナガワプリンセスホテルにお泊りなんですよね? 私が彼を部屋まで運びましょう」

<Q>
「いいのか? ここからそこそこ離れてるぞ」

<五反田豊>
「ええ、大丈夫ですよ。今日一番動いてないのは私ですからね。
それに…今後のことを考えると、ふかふかのベッドで寝れるうちは寝かせてあげたいじゃないですか…」

<大井南>
「私も同行します。ここからは常に一緒に行動したほうがよさそうですからね」

<黒中曜>
「じゃあ、みんなで一緒にホテルに行こうか」

曜達は五反田のオフィスを後にし、冷えた廊下を抜けて外へ出る。
空は群青から薄橙へとほどけ、東の端で光がにじみ始めていた。
早起きの鳥が、ビルの谷間で短く鳴く。

道中、五反田と大井は懐かしむように統治ルール以前のことを語ってくれた。
シナガワシティのどこもかしこにスーツ姿をびしっと決めたビジネスパーソン達がいて、とくに早朝と夕方の通勤退勤ラッシュの人波はすさまじかったという。
だが、今では統治ルールに怯え、働く者は少なくなってしまった。
事実、いまは通勤ラッシュの時間帯だが、あたりを見渡しても、人は一人もいない。
曜は、ゼロのせいで大きく変わってしまったネオトーキョーという国に心を痛めた。

シナガワプリンセスホテルの10階に到着すると一同は短く頷き合い、そのまま解散した。

曜は部屋に入り、シャワーで汗と埃を洗い流す。
湯気が引くころ、夕方のまま散らかったベッドへ身を滑り込ませ、静かに目を閉じた。

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目次

  1. 0章「もう、勇者したくない。」
  1. 1章「労働環境があぶない。」