21話「残り時間はわずか」
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<黒中曜>
「…ん」
<五反田豊>
「ツキさん! 黒中さんが気づきましたよ!」
<黒中曜>
「あれ…なんで俺、こんなところで寝てたんだ…?」
曜が目を開けると、そこはアクアマリンパークの水槽の前に古びたソファーだった。
背中には鈍い痛みが残り、体を起こすだけで思わず顔をしかめる。
<彩葉ツキ>
「覚えてないの!?
曜ってば、五反田さんのピアスを取り戻すためにひとりでサメに立ち向かったんだよ!」
ツキと五反田の話をまとめると――曜は治癒モードに入ったサメズへと飛び込み、見事トドメを刺したという。
だがその瞬間、サメズが自爆。爆風に巻き込まれ、曜は頭を打ち、数日間眠り続けていたらしい。
<黒中曜>
「そうだったのか…みんなにはまた迷惑かけたな、ごめん…」
<五反田豊>
「なぜ、あんな無謀なことをしたのですか? 下手したら死んでたんですよ」
五反田は曜と目線を合わせるためにそっと身をかがめた。
瞳は心配に揺れつつ、同時に本気の怒りも宿している。
<黒中曜>
「自分でもなんでかわからないんだけど…そのピアス、五反田さん達にとって大事なもんなんだろう?
だから、どうしても取り返したくって…」
嘘偽りのない言葉を述べると、徐々に五反田の怒りが収まっていくのを感じた。
曜の言葉に、五反田は取り戻されたピアスをぎゅっと握りしめた。
<五反田豊>
「私の宝物を取り返してくれてありがとうございます。でも、こんな無茶はもうしないでくださいね」
<黒中曜>
「ああ、できるかぎりは努力するよ」
2人は、顔を見合わせながらくすりと笑った。
次いで、ドカドカと大きな足音がいくつも近づいてくる。
曜が音の方へ視線を送ると――この場にいないはずの百一太郎達が、次々と姿を現した。
<千住百一太郎>
「おっ、曜! いいタイミングで起きたじゃねぇか!」
<黒中曜>
「ごめんな。無駄に時間をロスして」
<千羽つる子>
「あまりお気になさらないでください。
実は、結構バックヤードが大きく、見つけるのが大変で…」
<大井南>
「でも、つい先ほど見つかったんです! 見てください! これが安土桃山半熟カステラです!」
大井がそう言い、Qの抱える箱を指し示す。
箱は金箔に包まれているのか、眩い光を放ち、蓋の天面には鳥の紋章が押されていた。
一目でただならぬ代物だとわかる。
<彩葉ツキ>
「へー! 本当に実在したんだ!」
<黒中曜>
「でも、本物っていう保証はあるのか?
もし、間違えたものを渡したらクビキリされるかもしれないぞ…」
歓喜するメンバーの中、五反田と曜だけは手放しに喜べずにいた。
手元の安土桃山半熟カステラが本物だという保証が、まだないからだ。
周囲にも不安が伝わり、場が静まるが、その沈黙を破って――
<Q>
「いや…この鳳家の家紋は、特殊技術で押されている。偽造は不可能だ。
もし、信じられないというのなら、このカステラは私から渡していい…」
Qが鳥の紋章の部分を指差しながら、ゆるやかに口を開いた。
<五反田豊>
「よかった、Qさんがそう仰るなら間違いなく本物ですね」
<Q>
「もしや、最初から…」
2人の謎のやり取りに、曜は困惑する。
曜には、Qがなぜ断言できるのかも、五反田がなぜ即座に頷けるのかも、まだ掴めない。
それでも――2人は信用に値する。疑念は要らない。
<黒中曜>
「わかった。2人が言うなら信じるよ」
<彩葉ツキ>
「うん! 私も!」
他のメンバー達も曜と同じく、まっすぐな眼差しで2人を信じた。
気のせいかもしれないが、Qが少し嬉しそうに笑った気がした。
<千住百一太郎>
「よーし! そんじゃあ、これを会長に持っていくぞー!」
時刻は、刻一刻とクビキリの行われる0時へ近づいている。
一同は、アクアマリンパークを飛び出し、クビキリ広場へと向かった。
<黒中曜>
「うわっ、なんだこの数は…」
クビキリ広場に到着すると、会長の周りを囲うように24トライブの構成員とシナガワトライブのメンバーが警備していた。
人数は、ゆうに100人を超えている。
<大井南>
「過去のデータと照らし合わせても、ここまで厳重に警備していたことはありませんでした」
<五反田豊>
「やはりXGということもあり、慎重になっているのでしょうか…」
<轟英二>
「どうやって会長にカステラを渡すべきか悩ましいな…
おい、貴様ら、さっさと考えるがいい。ちなみに僕には何の策もないからな? 期待するんじゃないぞ」
<千羽つる子>
「とにかく、みんなで知恵を出し合えば、きっと策は見つかるはずです!」
とはいえ、打開案はそう簡単には浮かばない。
ツキ発案で、大井の人型ドローン「トゴッシー」に飛んでもらい、会長へ安土桃山半熟カステラを届ける案も出たが、周囲には警備ドローンが浮遊しており、無事に渡せる保証がない。
また、車で強行突破する案も検討したが、一ノ瀬側も用意周到だ。
クビキリ広場へ通じる道路の手前に複数台の車が置かれ、会長の目前まで突っ込むことは不可能だった。
一同がため息をつきつつ思案していると――
<千住百一太郎>
「俺、いいこと思いついたぜ!」
唐突に、百一太郎が元気よく口を開いた。
<黒中曜>
「どんなことを思いついたんだ?」
<千住百一太郎>
「なんか、すっげーカッケーもんを置いてあいつらを誘い出そうぜ!
そうしたら会長の周りには誰もいなくなんだろ!?」
と、百一太郎は目を輝かせて提案した。
百一太郎はまだ子供じみている——これも彼が精一杯考えた結果なのだろう。
一同は百一太郎を傷つけないように丸めて却下しようとするが、ひとりだけデリカシーに欠ける男がいた。
<轟英二>
「ひたすら曖昧でよくわからんな。貴様…やはりバカだろう」
<千住百一太郎>
「はああああああああ!?
なんでそんなことお前に言われなきゃいけねえんだよ!」
轟が鼻で笑うや否や、百一太郎の顔はみるみる赤くなった。
<黒中曜>
「と、轟さん。そこまで言うのは可哀想なんじゃないのかな…
百一太郎は、この中じゃ一番幼いし、もう少し優しくしてあげても…」
曜がフォローに入るが、それはむしろ焼け石に水だった。
<千住百一太郎>
「曜まで俺のことバカにすんのか!? アッタマきた! もう知らねえ!
いっそのことこのカステラ、俺が食ってやらあ!」
百一太郎の怒りはどんどんエスカレートし、つる子の持っているカステラに襲いかかった。
<千羽つる子>
「あっ、いけません! だめです! これだけは、ぜーーーったい食べちゃだめです!」
<千住百一太郎>
「よこせ、よこせ、よこせー!」
<千羽つる子>
「だめです、だめです、だめですー!」
つる子は取られまいと、カステラを高く掲げて距離を取る。
しかし百一太郎も諦めず、ぴょんぴょん跳ねて奪おうとする。
つる子も負けじと跳ねるが、2人の身長はほぼ同じ。
百一太郎はいつまでも届かず、ただただ跳ね続けるばかりだった。
<轟英二>
「…無理やり食おうとするなどもはや、獣だな。そういえば…クククッ」
<大井南>
「なんですか、その笑いは…」
<轟英二>
「いや、こいつがホテルで、"皿を洗うスポンジをカステラと間違えて食おうとしていた"という話を思い出してな。
ククク…まったく直に見れなかったのが悔やまれる」
と、轟は不気味に思い出し笑いを漏らした。
だが、目の前でその取り違えを見ていた曜は、百一太郎を笑う気にはなれない。
あのスポンジは、柔らかな面が黄色で、研磨剤入りの不織布は茶色だった。
だから、曜にも一瞬だけカステラに見えたのだ。
もし百一太郎が「掃除道具の中から見つけた」と言わなければ、曜も長いこと勘違いしていたかもしれない。
<五反田豊>
「スポンジをカステラと間違えた…?」
<千住百一太郎>
「おう、そうだがわりぃか!?
五反田も俺のことを馬鹿にすんのかよ!」
五反田が何かを思いついたように呟いた途端、百一太郎はからかわれたと思い込んだ。
跳ねるのをやめ、つる子から身を引くと、その勢いのまま五反田に食ってかかった。
<五反田豊>
「いえ、百一太郎さん。貴方は決して馬鹿なんかではありません!
むしろ、私に素晴らしいアイデアを与えてくれた大切な恩人です!」
五反田は、百一太郎をひょいと持ち上げ、感謝の言葉を述べる。
百一太郎は馬鹿なんかじゃない――むしろ五反田にアイデアを与えた恩人……?
<千住百一太郎>
「ちょ…! 恥ずかしいからって下ろせ!!!」
仲間達が意味をつかねて目を見交わすあいだ、宙に持ち上げられた百一太郎は耳まで真っ赤だ。
<五反田豊>
「ああ、すみません。ついテンションが上がってしまって」
五反田は、百一太郎を静かに下ろすと、一同をかき集めて小声で話し始めた。
<五反田豊>
「皆さん、少しいいですか?
イチかバチかではありますが作戦を思いつきました――」
………………
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<五反田豊>
「…以上が作戦の内容です。いかがでしょうか?」
<千羽つる子>
「なるほど…なかなかに面白い作戦ですね」
<Q>
「しかし、少し危険ではないだろうか…」
五反田の案を聞いて、それぞれ反応を示すが、曜はかなりの手応えを感じていた。
もうこれしかない、いや、するしかないのだ。
<黒中曜>
「みんな、俺に安土桃山半熟カステラを預けてくれ。
絶対に成功するって約束する」
曜の発言に対し、五反田は危険な役は自分が引き受けると主張して譲らなかった。
だが、曜にもどうしても支配人の仇を取りたいという強い決意があった。
曜はその決意を宿した眼差しで、五反田をじっと見つめる。
その目を見て、五反田は曜の思いを痛いほど理解したのだろう。
彼は曜の肩に手を置き、「絶対、成功させましょう」と告げた。