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27話「XB~VS一ノ瀬~③」

<五反田豊>
「ダメ…です…! もう我慢の限界です…!」

<黒中曜>
「五反田さん…!」

五反田は怒りで体を震わせ、そのまま飛び出して一ノ瀬達のもとへ走った。
曜達は慌ててその背中を追う。

五反田は立ち止まるや、一ノ瀬の部下達に向けて大きく声を張り上げる。

<五反田豊>
「中延、荏原、不動、西小山!
そして、柏さん、小倉さん、御手洗さん、安倍川さん! 全員、私の話を聞きなさい!」

耳慣れない名前の連呼に、曜達は誰を呼んでいるのか分からず目を瞬く。

<大井南>
「――っ。五反田さん、貴方はずっと…」

だが大井だけは気づいていた。その名前の並びが含む意味に――

<一ノ瀬一馬>
「ハハハハハッ! もしや、私に敵わないと思って、先に逝ってしまったやつらに語りかけてるのか?
いいだろう! 統治ルールが戻った際には、貴様から真っ先にクビキリにしてやろう!
近い再会を楽しみにするといい!」

一ノ瀬は腹を抱えて哄笑する。五反田は恐怖で取り乱している――彼はそう思い込んでいるらしい。
それは大きな勘違いだった。

<中延と呼ばれたシナガワトライブ>
「どうして…どうして、私の名前をご存知なのですか…
五反田元リーダー…私と貴方は、一度も話した事がありませんのに…」

<柏と呼ばれた小柄な構成員>
「私なんか、挨拶した事もないよ…!?
なんで、元シナガワトライブでもない私達の名前なんか知ってるの…」

五反田が先ほど叫んだ名――
それはすべて、一ノ瀬の部下として働いている24トライブとシナガワトライブのメンバー達の名だった。

<一ノ瀬一馬>
「…は? どういう事だ…? 貴様ら、そういう名前だったのか…?」

<五反田豊>
「おや? なぜ、彼らの上司である貴方がすぐに部下の名前だとお気づきにならなかったのですか?
普通、部下の名前くらい覚えませんか?」

<一ノ瀬一馬>
「無理を言うな! 全員、似たような見た目だぞ…!
見分けがつくわけがないだろうが…っ!」

<五反田豊>
「そんな事ありません。私には、ひとりひとりの違いがわかりますよ」

動揺する一ノ瀬をよそに、五反田は柔らかな笑みを浮かべ、ゆっくりと一ノ瀬の部下達の前へ進み出た。

<五反田豊>
「中延、荏原、不動、西小山。
貴方達は、私がリーダーを務めている時からシナガワトライブに所属していましたよね。
話した事がなくても貴方達は私の大事な部下…名前を覚えていて当然です」

<荏原>
「五反田さん…」

<不動>
「あんなにメンバーも多かったというのに、覚えていてくださったとは光栄です…」

<五反田豊>
「そして、24トライブの柏さん、小倉さん、御手洗さん、安倍川さん。
貴方がたとは、一ノ瀬がホテルに引っ越そうとしている時にお会いしましたね。
一ノ瀬が去った後の貴方がたの連携は、素晴らしいものでした。きっと、あれが本来の貴方達なのでしょう」

<小倉>
「嘘だろ…あんなちょっとした事で、俺達の事を覚えていたなんて…」

<御手洗>
「でも、嬉しい…私達の事、ちゃんと見てくれる人がいたんだ…」

――フラッシュ顔覚え。

それは、曜も驚かされた五反田の得意技だ。
一度、顔と名を結び付けた人物は、以後、瞬時に想起できる。

しかも五反田は、直接言葉を交わした事のない部下の名も――
挨拶すら交わしていない敵の名さえも、正確に覚えていた。

普段、上司に名で呼ばれない部下達は、その事実に深く胸を打たれる。

<五反田豊>
「ここから先は、敵ではなく、ひとりの人間としてアドバイスします。
どうか、一ノ瀬のもとから去ってください。貴方達みたいな優秀な若者が一ノ瀬ごときに潰されてはいけません。
…この通り、お願いいたします。
例え、上司であろうと、部下を蔑ろにしてはいけません。上司というのは、部下が正しく成長するのか見守るのが使命ですから」

<大井南>
「五反田さん…」

五反田は、敵である一ノ瀬の部下達の幸せを心から願い、深く、深く頭を下げた。

まさに、本当の社長の器を持つ男――
一方的に部下を蔑ろにする一ノ瀬とは、決定的に違っていた。

その真摯さに、曜達の胸にも迫るものがあった。

<一ノ瀬一馬>
「…はっ。なんだ、この暑苦しいのは。今どき、そんなのでなびくヤツなど真面目にいると思っているのか?
これだから時代遅れな社畜は嫌いなのだ。おい、貴様らからもなんか言ってやれ」

一ノ瀬は、深く頭を下げる五反田に向かって、心底うんざりしたように吐き捨て、部下に同調を促す。

しかし――

<西小山>
「申し訳ありませんが、その命令に従う事はできません」

<安倍川>
「私達、目が覚めました! 一ノ瀬様のもとで働くのは、やめます!」

<西小山>
「わっ…あの…後はおひとりで頑張ってください! 一ノ瀬“元”上司!」

五反田の想いを受け取った部下達は、次々と背を向ける。
足取りは軽く、長く絡みついていた鎖から解き放たれたかのようだ。

<一ノ瀬一馬>
「ま、待て! 試合はまだ終わってないぞ…っ!」

一ノ瀬は、これまで言うことを聞いていた部下達が去っていく事実に、ひどく焦った。

<彩葉ツキ>
「うそぉ…! あんなに酷い事をされていても一ノ瀬のもとにいた部下達が、どっかに行っちゃったよ!」

<大井南>
「さすが、五反田さんです。一ノ瀬の恐怖から、彼らを解放するなんて」

<五反田豊>
「…いえ、ただ我慢ができなくなっただけですよ」

曜達は五反田の周りに集まり、先ほどの行動を口々に称えると五反田は照れくさそうに笑った。

<一ノ瀬一馬>
「…クソ! クソクソクソクソクソクソクソッ!
なぜ…! なぜ、優秀な私のもとから部下が去っていくんだ…!?
これもゴミカストライブ! 全部、貴様らのせいだ! 貴様らが余計な事を吹き込んだせいで…っ!」

一ノ瀬は恨み節を吐きながら、こちらを射抜くように睨みつけた。
曜は、ある確認のために口を開く。

<黒中曜>
「どうする? そっちはお前だけになったけど、試合を続けるか?」

<一ノ瀬一馬>
「あんな雑魚どもがいなくても、私1人さえいれば貴様ら如きには勝てる!!!」

<黒中曜>
「…本当に馬鹿なやつだな。お前」

試合再開――

一ノ瀬は「邪魔者がいなくて戦いやすくなった」と言わんばかりの顔でフィールドへ戻る。

だが、綻びはすぐだった。
攻撃中にシナガワトライブ提供の試作XBギアが破損――
守備でも、打球が飛べば自分ひとりで追わねばならず、カバーは利かない。

トラッシュトライブは着実に加点を重ね、失点が積み上がっていく。

そして6回裏、ついに試合は強制終了。トラッシュトライブの勝利となった。

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目次

  1. 0章「もう、勇者したくない。」
  1. 1章「労働環境があぶない。」