2章「彼の中のケダモノ」
ミナトシティ
三田三太郎
1話「祝杯」
<黒中曜>
「一時はどうなる事かと思ったけど、無事に一ノ瀬を倒せてよかったな」
<大井南>
「シナガワでまた、こんなにゆっくり過ごせるようになるなんて…なんだか夢のようです」
<五反田豊>
「まったくです…本当によかった」
一ノ瀬一馬との戦いを終え、シナガワプリンセスホテルに戻った曜達は、ささやかな祝勝会を催していた。
ホテルのラウンジのテーブルに色とりどりのご馳走を並べ、乾杯を交わす。炭酸のジュースで。そのへんは、みんなキッチリしていた。
<彩葉ツキ>
「カタキはとったよ、支配人さん…!」
<黒中曜>
「一ノ瀬に勝てたのはあなたのおかげです…本当にありがとう」
<千羽つる子>
「あなたがこんな素晴らしい寝床を提供して下さったおかげで、私達は根無し草にならずに済みました…感恩戴徳、この御恩は一生忘れませんわ」
一ノ瀬の支配に真っ向から反抗し、志半ばで散っていったホテルの支配人に、曜達は感謝の言葉を口にする。
遺影のように置かれた写真にうつる支配人は、晴れやかな笑顔を浮かべていた。
天国でこの勝利を喜んでくれていればいいのだが――
<千住百一太郎>
「一ノ瀬の奴、最後までしつけー野郎だったよな…あんな往生際の悪い奴初めてみたぜ」
百一太郎がしみじみとそう口にした。
実際、一ノ瀬一馬は本当にしぶとく…そして恐ろしい相手だった。
五体を機械化していた一ノ瀬は、統治ルールの罰ゲームによって首を斬り落とされても死なず――
その後のXBでも曜達をギリギリのところまで追い込んで――最後は電池切れによって、ようやく動きを止めたのだった。
<彩葉ツキ>
「でも、一ノ瀬が復活する事はさすがにもうないだろうし、これでやっとゆっくりできるね! ふぁあ~…安心したらあくびが出てきちゃったよ…」
大きなあくびをするツキ。眠くなるのも無理はない。
24シティから地上に降りて来てからというもの、曜達はほとんどノンストップで戦いを続けていたのだから。だが――
<Q>
「シナガワを取り返したからといって、安心するのはまだ早い…戦っているのはここにいる私達だけではないんだ…
NINEの通信障害も解決したと聞く…一度他のメンバーの状況確認をしてはどうだ?」
<黒中曜>
「そうだな。一度現状を聞いておこう」
いつまでも勝利の余韻に浸っているわけにはいかない。
別行動中の仲間達は、今この瞬間も戦いを続けているかもしれないのだから。
曜はポケットからスマホを取り出し、NINEのグループチャットにメッセージを書き込んだ。
<NINE(黒中曜)>
「みんな、お疲れ。こっちはシナガワでのXGで無事ナンバーズを倒す事ができた。
他シティの状況も知りたいので、何かわかったら教えてほしい」
曜の送ったメッセージには、すぐに既読のマークがついた。
「ピロン」とスマホが鳴り、返信が書き込まれる。
<NINE(青山カズキ)>
「シナガワシティ攻略おめでとう。しばらくはゆっくり羽を休めなよ。
…と言いたいところだけど、そうもいかなそうだ」
カズキのメッセージは少し不穏だった。
シナガワ組のメンバーの表情に緊張が走る。
<NINE(Q)>
「どうした? それに今どこにいるんだ?」
<NINE(青山カズキ)>
「ミナトシティだ。小石くんも一緒だよ。そのミナトでなんだけど。
彗くんを見かけたんだ」
<黒中曜>
「ッ…!?」
彗の名前を見た瞬間、心臓がドクンッと高鳴った。
曜の脳裏に『あの瞬間』の光景が鮮明に浮かび上がる。
レーザービームに心臓を撃ち抜かれ、血を吐いた彗の姿が――
<黒中曜>
「彗が…生きてる…?」
絶対に彗は生きている。
絶対に彗と再会できる。
そう強く信じてはいたものの、まさかこんなに早く情報が手に入るなんて。
<NINE(彩葉ツキ)>
「えっ、くわしく!!!!」
ツキが即座に反応した。「!」の数がツキの食いつきの強さを表している。
曜とツキは固唾を呑んで、カズキからの返信を待ち侘びた。
<NINE(青山カズキ)
「順を追って話すよ。まず、ミナトでは縺��撰托�……」
カズキのメッセージは途中から文字化けしていた。
タイプミスだろうか?
<NINE(黒中曜)>
「カズキさん、どうしたんだ? 早く彗がどこにいるのか教えてほしい」
曜は続きを促すメッセージを書き込んだ。
だが、次にグループチャットに投稿されたのは――
<NINE(システムメッセージ)>
「検閲によりメッセージの一部を非表示にします」
<彩葉ツキ>
「け、検閲…!?」
システムメッセージが投下され、NINEにそれ以上メッセージを書き込む事ができなくなってしまった。
<大井南>
「こんなシステムメッセージ、見た事もありません…」
<五反田豊>
「NINEは秘匿性の高いアプリのはず…システムの構造上、検閲なんてできるはずがないのですが…」
戸惑いの表情を浮かべる大井と五反田。
すると、その時。
<ゼロ>
「コラー! ネタバレ禁止ー!」
突然、どこからか顔を出したのは、犬のぬいぐるみのような姿をした不気味な生き物だった。
曜達の仇敵であるゼロ――の、マスコットフォームだ。
<ゼロ>
「まったくもー…先の展開を知っちゃったらせっかくのゲームがつまんないでしょ!? これはぼくからの気遣いだからね! 真実はきみの目で確かめよう!」
ゼロは怒り口調でそう告げると、さっさと去っていった。
残された一同は唖然とする他ない。
どうやら、今のシステムメッセージはゼロの仕業だったらしい。
確かに全知全能のゲームマスターを気取るゼロなら、検閲ぐらいたやすいだろう。
<轟英二>
「フン、検閲ときたか…統治者としては、言論統制は有効な手段だな。僕のプライベートにまで介入するのは不快だが」
轟が心底不快そうな表情でそう呟いた。
曜も轟と同じ気持ちだった。
あともう少しで、彗の情報が手に入ったのに――!
しかし逆に考えると、ゼロが検閲してきた事で、カズキのメッセージの信憑性が高まったとも言える。
<黒中曜>
「もしもカズキさんの言葉がデタラメなら、ゼロがあんなに慌てて介入してくるはずがない。という事は――彗が生きてる可能性は高い…!」
<彩葉ツキ>
「そうだよ! 絶対そう! やった…やったあ!
私の時みたいに、彗も実は生きていたんだね!」
万歳ポーズでぴょんと飛び跳ね、喜びを爆発させるツキ。目には涙を滲ませていた。
しかし一方で、他のメンバーは少し訝し気だった。
<Q>
「あまり浮かれるな…ゼロの罠かもしれないぞ」
<千羽つる子>
「喜びに水を差す気はございませんが…思慮慎重、ここは用心に用心を重ねた方がよろしいかもしれませんわ」
ツキに用心を促すQとつる子。
<彩葉ツキ>
「やったー! やったぁー! 彗が生きてる! ひゃっほーい!」
しかし喜びが強すぎて、ツキは誰の言葉も耳に入らない状態になっていた。
しばらくこのまま放っておいて、ガス抜きをさせた方がいいだろう。
<大井南>
「八雲彗さん…黒中さんと彩葉さんの幼馴染みという方でしたっけ?」
<五反田豊>
「確かスペースツカイスリーに撃たれたと…なのにミナトシティで目撃されたのですか?」
<彩葉ツキ>
「そうなの! びっくりでしょ!? これはミナトに行くしかないよ!」
ツキは今にもミナトに向かって走り出しそうな様子だ。その場で高速の足踏みを繰り返している。
<大井南>
「ですが…シティ間の行き来は、ゼロによって禁止されているはずです」
<黒中曜>
「えっ、そうなのか?」
<大井南>
「シティを出た瞬間、スペースツカイスリーのレーザーに撃たれると聞いた事が…」
予想外の情報だった。
まさか、シティ間の移動ができないなんて――しかし、考えてみればそれも当然の話だ。
シティ間の行き来を封じ、住人の逃げ道を塞がなくては、統治ルール――各都市で行われているデスゲームは成立しない。
<黒中曜>
「いや…でも待てよ。ここにいるみんなは、あちこちのシティ間を行き来して、ゼロへの抵抗活動を続けているんだよな? だったら、移動方法を知っているんじゃ…」
<千羽つる子>
「お察しの通りですわ。よくお気づきになられましたわね」
<Q>
「ゼロに探知されない地下通路がある。私達もそれを使ってシティを行き来していた」
<五反田豊>
「ほう、地下通路…ビジネスにも活用できそうですね」
五反田と大井がキラリと眼鏡を光らせる。
とにもかくにも、これで移動をためらう必要はなくなった。
<黒中曜>
「なら、すぐにミナトに行こう。彗に会いにいかないと…!」
善は急げだ。曜は早速ミナトシティに出発する事にした。
<千住百一太郎>
「俺も付き合ってやるぜ。どっちみち、ずっとシナガワにいるわけにもいかねえしな」
<千羽つる子>
「私もご一緒させてください!」
<Q>
「同意だ…カズキ達とも合流しないと…」
<轟英二>
「まあ、行ってやってもいいぞ」
<彩葉ツキ>
「みんなありがと! 絶対彗を取り戻そうね!」
当然のように同行を決意してくれた仲間達の気持ちに、曜は胸が熱くなった。
一ノ瀬との決戦を経た事で、トラッシュトライブの結束感が強まった気がする。
<黒中曜>
「ところで…ミナトシティってどんなとこなんだ? 俺は何も覚えてなくてさ…」
<彩葉ツキ>
「実は私もあまり知らないんだよね。もちろんミナトトライブは知ってるけど」
<千羽つる子>
「できる事なら私が教えて差し上げたいところではありますが…ミナトシティに関しては、私も人様に説明できる程の知識を持ち合わせておらず…」
知識豊富なつる子が知らないとなると、ミナトシティに関する情報は皆無と言う事か。
事前に知っておきたかったのだが――
<五反田豊>
「…ミナトシティなら大井と共にビジネスで何度も行っていました」
<大井南>
「流石に地形などは変わっていないでしょうし、それなりに詳しい自負はありますよ」
<五反田豊>
「ですので、ミナトまでは私達に案内させてもらえませんか?
これは純粋に…シナガワを救ってくれた恩返しと思っていただければと」
五反田と大井は当然シナガワに残るものと思っていたので、この申し出は予想外だった。
<大井南>
「もちろん、邪魔ならば身を引きますが」
<彩葉ツキ>
「そんな訳ないじゃん! 五反田さん達が来てくれるなら、超心強いよ! 曜もそうだよね!?」
<黒中曜>
「もちろんだ。こんなに頼もしい事はない」
会社を運営しているビジネスマンの2人が、損得勘定抜きに協力を申し出てくれた――その気持ちが、曜には何よりも嬉しかった。
<黒中曜>
「けど…シナガワの事は大丈夫なのか?」
一ノ瀬の支配が終わったとはいえ、シナガワの混乱はまだ収束した訳ではない。
シナガワの要とも言える2人がシティを離れて、本当に大丈夫なのだろうか。
<大井南>
「ご心配ありがとうございます。ですが、それには及びません。
XBで正気を取り戻した者達に不在の間の事は頼むようにしますので」
<五反田豊>
「シナガワトライブはすでに次代を担う者達に引き継がれていますからね。
私と大井がいなくても、彼らならきっとやっていけるはずです」
<黒中曜>
「そうか…なら安心だな。よろしく頼むよ」
<Q>
「…話はまとまったようだな。それでは行こう」
<黒中曜>
「それで地下通路っていうのはどこにあるんだ?」
<千羽つる子>
「地下鉄のシナガワ改札になりますわ。ちなみにシナガワの地下には興味深い話が――」
<彩葉ツキ>
「難しいハナシはあとあと! ってなわけで、改札にゴー!」
知識を披露しようとするつる子の話を遮り、ツキは出発を宣言して走り出した。
猛烈な勢いでホテルの出入り口を飛び出し、シナガワシティを駆けていく。
<五反田豊>
「彩葉さん、外に行く必要はありません…! 地下鉄ならこのホテルの地下10階から通じていますから!」
<大井南>
「彩葉さん、待って下さい! どこに行く気ですか!」
ツキの背中を追いかけて、五反田と大井もホテルを飛び出した。
<千住百一太郎>
「おい曜…ツキの奴、今からあんなんで大丈夫なのか?」
<黒中曜>
「そんな事より、早くツキを追いかけよう…!」
その後、何とかツキを捕まえる事に成功した曜達は、ホテルのエレベーターで地下10階へと下り、地下鉄シナガワ駅の構内に足を踏み入れた。