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2話「ぼうけんのはじまり」

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“勇者くろなか”は、目を覚ました。

彼は、周囲に木々が生い茂る広場に一人で立っていた。

なんとなく自分の体を見回す。
動きやすい青い服に身を包んでいる。
この服は――

勇者の服だ。

そう直感する。
なぜなら、自分は勇者なのだから。
“勇者くろなか”なのだから。

勇者くろなかが立っているのは、切り立った崖の上にある広場だった。
見晴らしが良く、周囲の雄大な山々が一望できる。

その広場のど真ん中に、石で作られた大きな女神の像が建てられている。

女神様の像だ――

いつ見ても、神々しくて素晴らしい。
女神像は優しい陽の光を受けながら、優しげな笑顔を浮かべていた。

<めがみぞう>
「おお ゆうしゃ くろなかよ。よくぞ もどりました」

柔らかな女性の声が女神像から聞こえてきた。
勇者くろなかの心を落ち着かせてくれる不思議な響きの声だった。
女神様はこうして、いつも自分を導いてくれる。

<めがみぞう>
「くろなかよ わたしは いつも あなたを みまもっています。
さあ きょうも ぼうけんを はじめなさい」

冒険…?
勇者くろなかの顔にわずかに戸惑いの色が浮かぶ。

冒険って――何をするんだっけ?
よく思い出せない。

勇者くろなかは必死に思い出そうとするが――

やっぱり、何も思い出せなかった。
自分がこれから何をするべきなのか、どうすればいいのか、何もわからなかった。

<めがみぞう>
「どうかしましたか?
もしや なにをしていたか わすれたのですか?」

女神像がそう問いかけると、勇者くろなかの目の前に2つの選択肢が浮かび上がった。

<せんたくし>
「はい」「いいえ」

勇者くろなかが迷いなく「はい」を選ぶと、女神像は優しく答えてくれる。

<めがみぞう>
「わかりました。もういちど よく きくのですよ。
あなたは わたしに むらの どうぐやからやくそうを かってくるように いわれたのです」

女神像にそう言われ、勇者くろなかはようやく自分のやるべき事を理解した。
そうだ。自分は村の道具屋で"やくそう"を買ってくるように言われたんだった。

<めがみぞう>
「むらは めのまえの みちをまっすぐおりた さきに あります。
いいですか? どうぐやですよ?
おさいふも ちゃんと もっていくのですよ?」

「カラン、カラン」と金属音がする。
見ると、女神像の足元に10枚のコインが落ちていた。
勇者くろなかは、それを拾い上げる。

<めがみぞう>
「さあ いきなさい! ゆうしゃ くろなかよ!!」

女神像に言われた通り、勇者くろなかは薬草を買いに道具屋へと向かった。

崖の上の広場から、背の低い草花に囲まれたあぜ道を、坂を下りながら道なりに歩いていく。
そのまましばらく進んでいくと、村が見えてきた。

そこは、勇者くろなかが暮らす村だった。
木々に囲まれた小さな村で、赤いレンガ造りの建物が建ち並んでいる。
村の中には川も流れ、いかにも牧歌的な田舎町といった風情だが、人通りも多く、活気に溢れていた。

勇者くろなかは赤いレンガで舗装された村の中央通りを進んでいく。
しばらくすると、向こうから両手にカゴを持った娘がやって来る。
髪を三つ編みに結んだ、そばかすだらけの素朴な娘だった。

<むらむすめ>
「あら? くろなか きょうの くんれんは もう おわり?」

娘はすれ違いざまにニッコリと微笑みながら、声をかけてきた。

<むらむすめ>
「はやく いちにんまえの ゆうしゃに なって まおうを やっつけてね!」

そう言って、娘は去っていく。

勇者くろなかはさらに村の中を進んでいく。
木製のベンチに腰掛けた老人が、すれ違いざまに勇者くろなかに話し掛けてきた。

<おじいさん>
「あの あめのひ きおくそうしつのおまえを ひろったときは おどろいた!」

老人は懐かしむように語る。
勇者くろなかをこの村に連れてきた時の事を思い出しているようだ。

<おじいさん>
「まさか おまえが ゆうしゃとはな。
つよくなって まおうを たおしてくれい!」

勇者くろなかは特に反応せず、先へと進む。
彼の頭の中には女神像から言われた目的の事しかない。
薬草を買う為に、真っ直ぐ村の中を進んでいく。

ふと、勇者くろなかはふと何かの気配を感じる。
道の外れの茂みの方に目をやると、木陰に一匹のスライムを見つける。

<スライム>
「ぷるぷる… ボク わるいスライムじゃないよっ!」

スライムは怯えたように震えながら言った。

<スライム>
「いいこと おしえてあげる どうぐやは ツボに かこまれてるよ。
ね? ボクって いいスライムでしょ?」

勇者くろなかはスライムに近付くと、無言で剣を振り下ろした。
スライムはあっけなく剣に引き裂かれると、そのまま消滅した。

勇者くろなかは、魔物を倒した。

<ねこ>
「…にゃーん?」

そこに一匹の猫がやって来る。
猫は首を傾げていた。

<ねこ>
「にゃーん…」

どうやら、猫はスライムの友達だったようだ。
消えたスライムを探すように、猫はキョロキョロとあたりを見回しながら、鳴き続けている。

<ねこ>
「にゃーん…にゃーん…」

そんな事より、薬草を買いに行かなければならない。
勇者くろなかは猫に背を向け、再び村の中を進んでいく。
道なりにしばらく進んでいくと、村の外へと繋がる門が見えてきた。
門の前では、通せんぼをするように、斧を持った大柄な戦士が立っている。

<せんし>
「オレは ここで むらのそとからまものが こないか みはってるんだ」

戦士は威嚇するように斧を構え直しながら言う。

<せんし>
「おまえに むらのそとは まだ はやい。
めがみさまの もとで くんれんするんだぞ」

そんな戦士の前を通り過ぎ、勇者くろなかはさらに村の奥へと進む。

やがて、村の外れにひっそりと佇んでいる小屋が見えてくる。
その小屋の周りには、たくさんのツボが並べられていた。
勇者くろなかが小屋に近付くと、店先に立つ店主が驚いたように声を上げた。

<どうぐや>
「ややっ!? みつかっちゃいましたか! いかにも わたしが どうぐやです。」

勇者くろなかは道具屋に辿り着いた。

<どうぐや>
「やくそう ですよね? めがみさまから きいていますよ。
ひとつ 12ゴールドに なります。 おかいあげになりますか?」

道具屋が問いかけると、勇者くろなかの目の前にまた選択肢が浮かぶ。

<せんたくし>
「はい」「いいえ」

勇者くろなかは「はい」を選ぶ。
しかし、勇者くろなかの手の中にあるのは10枚のコインだけだった。

<どうぐや>
「おや? 10ゴールドしか ないですよ?」

道具屋は呆れたように頭を振った。

<どうぐや>
「めがみさまも いいかげんだからなあ…
それじゃあ 10ゴールドで けっこうですよ」

と、道具屋は10ゴールドで薬草を売ってくれた。

<ゆうしゃくろなか>
「…ありがとう」

反射的に、勇者くろなかは声を発していた。
勇者くろなか自身もそれに驚いていた。
と同時に――

空っぽだった心の中に、灯がともるような感覚が生まれてくる。
失われていた感情がジワジワと蘇ってくるのに気付く。

<どうぐや>
「まいどあり!
またの おこしを おまち しております」

自分の中に生まれた変化に驚きながら、勇者くろなかは道具屋を後にした。

来た道を引き返していく。
村の中を見回しながら。

さっきとまったく同じ景色なのに、まるで違ったように見える。

風のせせらぎ――
草木の揺れる音――
川を流れる水の音――

育ったこの村の平和を守りたい。
勇者くろなかは、勇者としてのそんな想いを強く胸に抱いた。

ふと、道の外れにさっきの猫を見かける。
猫は同じ場所で、同じように、友達を探して鳴いていた。

<ねこ>
「にゃーん…にゃーん…」

その寂しげな鳴き声に、少し心がチクリとする。
さっきまではなんの感情も湧いてこなかったのに。

その痛みから逃げるように、勇者くろなかは女神像の元まで走った。

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目次

  1. 0章「もう、勇者したくない。」
  1. 1章「労働環境があぶない。」