6話「ゆうしゃくろなかの死」
勇者くろなかは全速力で走る。
そして、転がるように村へと駆け込んだ。
だが――
そこには誰もいなかった。
何者の気配もない。
まるで村が丸ごと死んでしまったかのように静まりかえっていた。
<ゆうしゃくろなか>
「み、みんな…? どうしたんだ…?」
勇者くろなかは村のあちこちを走り回った。
だけど、どこを探しても、村人の姿はまったく見当たらなかった。
<ゆうしゃくろなか>
「何が…起こったんだ…?」
勇者くろなかは、ふと村の出入り口に目をやった。
いつもは戦士に塞がれていた出入り口だが、今は誰もいない。
村の外に出られるようだ。
<ゆうしゃくろなか>
「…村の外に行ってみよう」
勇者くろなかは、そう決意する。
<ゆうしゃくろなか>
「行って…何が起きたのか確かめるんだ!」
勇者くろなかは、勇気を持って村の外へと足を踏み出す。
そこには、広大な大地が広がっていた。
道も建物もない。
大地が延々と遙か彼方まで続いていた。
これが村の外か――
勇者くろなかは警戒しながら歩を進める。
いつかは村の外に出るだろうと思っていたが、まさかこんな形でとは思わなかった。
あたりを見回しながら大地を進んでいくと、遠くに倒れた人影が見えた。
<ゆうしゃくろなか>
「…あっ!」
慌てて駆け寄ってみると、村でよく声を掛けてきてくれた村娘だった。
倒れた村娘に声を掛けるが、返事はない。
ただの屍のようだ――
<ゆうしゃくろなか>
「そ、そんな…」
少し離れたところに、またもや倒れた人影が見えた。
走って駆け寄る勇者くろなか。
それは勇者くろなかを助けてくれたのが自慢の、おじいさんだった。
声を掛けるが、返事はない。
ただの屍のようだ――
<ゆうしゃくろなか>
「………………」
その先には、スライムとねこが倒れている。
声を掛けるが、返事はない。
ただの屍のようだ――
<ゆうしゃくろなか>
「なんで…こんな事に…?」
勇者くろなかは呆然と立ち尽くす。
<ゆうしゃくろなか>
「誰が…! こんな事を…?」
魔王だ――
勇者くろなかは、すぐにそう確信する。
魔王だ! 魔王の仕業だ!
魔王が村を襲ったんだ!
魔王を探さないと――
歯を強く食いしばり、勇者くろなかは駆け出す。
まだ遠くには行っていないはずだ。
そう考えて、村の周囲をぐるりと周りながら探す。
すると、すぐに見覚えがある屈強な戦士の後ろ姿が見えてきた。
戦士は斧を手に構えて“何か”と対峙していた。
<ゆうしゃくろなか>
「せんしっ!!」
勇者くろなかは、戦士に駆け寄る。
<ゆうしゃくろなか>
「よかった…!
お前は無事だったんだな…!」
戦士は駆け寄ってきた勇者くろなかに一瞥もくれない。
その視線は、正面に立つ2人組の男達に向けられていた。
<ゆうしゃくろなか>
「こいつらは…誰だ…?」
見るからに怪しい連中だ。
奇妙な服に身をまとった鋭い眼光の2人組だった。
青髪の男と、白髪の長身の男だ。
普段は村の中でしか暮らしていない勇者くろなかにも、彼らがただ者ではない事は一目でわかった。
<せんし>
「こいつらは まおうの てしただ!
むらの みんなの かたきだ!」
<ゆうしゃくろなか>
「なんだって…!?
よくも、みんなを…!」
勇者くろなかは戦士と並んで立ち、異様な風貌の2人組と向き合った。
<???>
「ん? 君はもしかして…」
男の1人が勇者くろなかを見て、何かに気付いたような顔をした。
もう片方の白髪の大男は一切の顔色を変えないままだったが、ボソリと呟くように青髪の男に注意を促した。
<???>
「…カズキ」
カズキと呼ばれた青髪は、何かを確信したように頷く。
彼らの視線は、真っ直ぐ勇者くろなかに向けられたままだった。
<???>
「あぁ。間違いないね。預かった写真と同じだ。
彼はおそらくツキちゃん達の…」
ツキちゃん――
<ゆうしゃくろなか>
「なんの話を…してるんだ?
お前らは一体…」
敵意を込めた問いかけだったが、青髪の男はそれをいなすように飄々と答える。
<???>
「まぁ、落ち着きなよ。僕達は君を助けにきたんだからさ」
<ゆうしゃくろなか>
「は? 助けにきただって…?」
勇者くろなかは思わずカッとなって声を荒げた。
<ゆうしゃくろなか>
「人殺しが何を言ってるんだ!!
おまえらが殺したこの人達は…ついさっきまで村で平和に暮らしてたんだぞっ!!」
倒れた村人達を想うと、怒りの感情が止めどなくあふれ出てくる。
<???>
「…話が噛み合っていないようだな。人殺しとはなんの事だ?」
遮るように白髪の大男が言うと、青髪の方がすぐさまその疑問に答える。
<???>
「おそらく…"洗脳"じゃないかな。
あの男の性格なら、そのくらいやっていても不思議じゃない」
<???>
「"洗脳"…?」
"洗脳"って…なんだ?
勇者くろなかには、彼らの会話が理解できなかった。
こいつらは一体何を言ってるんだ?
こいつらは一体何者なんだ?
<せんし>
「まどわされるな ゆうしゃ くろなか!
こいつらは まおうぐん だぞ!」
戦士が勇者くろなかを奮い立たせようと声を上げる。
だが、それを聞いた青髪の男は、
<???>
「くろなか…って言った?
やっぱり、君の名前は"黒中曜"くん…だね?」
<ゆうしゃくろなか>
「くろなか…よう?」
視界にノイズが走る。
くろなかよう…って?
俺の名前は"勇者くろなか"だ。
それは間違いない。
けど――
"よう"って…誰だ?
でも確か、反応がなくなる直前の女神様にも、同じように呼ばれた気が…
<???>
「…どうしたの? まさかハズレじゃないよね?」
青髪の男は、押し黙ってしまった勇者くろなかに問いかける。
<???>
「もしかして…"記憶まで消されている"の?」
<せんし>
「なにを している!!」
戦士が焦れたように、勇者くろなかに向かって声を荒げる。
<せんし>
「はやく ふたりで みんなのかたきを とるぞ!」
<???>
「…少し黙っていろ」
白髪の大男はボソリと呟いた後、戦士に向かって跳躍し、一気に距離を詰めると、その拳を振り抜いた。
すべてが一瞬の出来事で、目で追うのがやっとだった。
大柄な体に相応しくない、とんでもないスピードだった。
<せんし>
「うぐわぁっ…!」
攻撃を受けた戦士の体は吹っ飛び、村の民家の壁に激突する。
その衝撃で、民家がグラグラと揺れ始めた。
<???>
「さて、質問の続きに戻ろうか」
青髪は冷静さを保ったまま、再度問いかけてくる。
<???>
「黒中曜くん。君は…"彩葉ツキ"って名前と"八雲彗"って名前に聞き覚えない?」
<ゆうしゃくろなか>
「いろは、つき…」
なんだか、胸の奥がザワつくような感覚に襲われた。
<ゆうしゃくろなか>
「やくも…すい…?」
その2人の名前を呟いた途端、今までにない激しいノイズが視界全体を覆った。
激しい頭痛で、勇者くろなかは思わずその場に片膝をつく。
<ゆうしゃくろなか>
「ぐっ…!!」
その時だった。
グラグラと揺れていた民家の壁が「バターン」と音を立てて倒れてしまった。
しかも――
<ゆうしゃくろなか>
「えっ…?」
その奥には、何もなかった。
壁も本物の壁ではなく、安っぽい素材で作られた、ただのハリボテだった。
それをきっかけに、立ち並んだ民家の壁がバタバタと音を立てて倒れていく。
どれも本物の建物じゃない――すべてがハリボテだった。
<ゆうしゃくろなか>
「な、なん…なんだよ…」
その光景を、勇者くろなかはノイズ混じりの視界の向こうに見ていた。
<ゆうしゃくろなか>
「な、なんだよこれ…なんなんだよっ!!」
勇者くろなかは取り乱したように叫ぶ。
視界のノイズはどんどん酷くなる。
<ゆ$しゃ△ろなか>
「どういう事だ!!!?
どうして…さっきまで家だったものが…オモチャみたいに平べったくなってるんだ!!!?」
叫んだはずの声は、自分の耳には届かなかった。
急激に自分の存在感が希薄になっていく。
俺は本当にここにいるのだろうか――
俺は…誰だ――
<ゆ$しゃ△ろなか>
「――うっ!!」
さらに激しいノイズが、強い頭痛と共に、くろなかを襲う。
<△ろなか曜>
「うあああああああああああああああっ!!!」
世界が丸ごとノイズに包まれ、彼は絶叫した。
そして――
世界が暗転する――
………………
………………
………………
暗闇の中に、ある少年とある少女の顔が浮かんだ。
金髪の少女と赤髪の少年だ。
見覚えがある…
いや、見覚えがあって当たり前だ…
だって、あの2人は俺の――
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「パチン」と何かが頭の中で弾けた。
すべてが一変する。
見える世界も――
自分自身も――