8話「24シティからの脱出」
………………
………………
………………
…誰かの声がする。
<???>
「いいねぇ…」
暗闇の中から、誰かの声がする。
<???>
「こんなに楽しいのは久しぶりだよ…」
――誰だ?
聞き覚えのある声だ。
聞いた事のある言葉だ。
けど、思い出せない。
何も思い出せないのに――
怖い。
なぜか、その感情だけが湧き上がってくる。
<???>
「キミなら、これに耐えられるのかな?」
直後、暗闇の奥にその男の全身が鮮明に浮かび上がる。
しかし、そこに顔はなかった――
顔のすべてが金属製の仮面で覆われていた。
仮面の後頭部からは、細かく編み込まれた細いドレッドヘアーがたなびいている。
仮面の男は20メートルほど先に立っていて、全身から赤紫の怪しいオーラを放出していた。
見ると、その頭上には――巨大な赤黒いエネルギー球が浮かんでいた。
凍えるような恐怖感が背中を駆け抜ける。
その直後、巨大な赤黒いエネルギー球が、曜目掛けて飛んできて――
後に残ったのは、真っ白な光だけだった。
その光が、曜の脳裏に、ある残像を浮かび上がらせる。
街が…燃えていた…
あの街は…俺の――
<黒中曜>
「…はっ!!」
次の瞬間、曜は目を覚ました。
無機質な壁と床と天井に囲まれた通路の端に、曜は横たわっていた。
すぐに状況を理解する。
<黒中曜>
「そ、そうか…俺は気を失って…」
それにしても――
さっきの仮面の男は何者なのだろうか?
あれは俺の記憶の一部か?
あの圧倒的な恐怖感…思い出したいようで思い出したくない。
その時だった。
まだボンヤリとしたままの曜の顔を2人が覗き込む。
<???>
「良かったぁ! 気がついたんだねっ!」
<???>
「ったく、オメーは…っ! ビビらせんじゃねーぞ!」
金髪の少女と赤髪の少年――曜の幼馴染みを名乗る2人だった。
そして、その後ろには青髪の男が立っていた。
<???>
「…気分はどうだい? ゆっくり寝て何か思い出せたかい?」
曜は、最後に思い出した光景について語った。
<黒中曜>
「街が…燃えていた…」
<???><???>
「「――っ!!」」
それを聞いた瞬間、幼馴染みを名乗る2人組の顔色が変わる。
<???>
「そ、それって…もしかして"メグロシティ"の…?」
金髪の少女が悲痛な声を絞り出す横で、赤髪の少年は気まずそうに顔を伏せていた。
そんな2人に変わって青髪の男が話を進める。
<???>
「そっか…倒れた時はどうなる事かと思ったけど、多少は記憶回復に繋がったのかな?」
と、そこで険しい目つきに変わると、
<???>
「けど…これ以上ここに留まるのは危険だ。
また倒れたりしちゃう前に、このシティを脱出しようか」
<黒中曜>
「…シティ? …脱出?」
<???>
「あぁ、まだ混乱してるみたいだから、僕から状況を簡単に整理して伝えさせてあげよう」
青髪の男はチラリと幼馴染み達を横目に見ながら、
<???>
「君の幼馴染み達がお猿さんみたいにキーキー言いながら右往左往してるのを観察してたら、日が暮れちゃうしね」
言われた2人は反射的に猛抗議していた。
<???>
「誰がモンキーだ、コラァ!!」
<???>
「カズキさん、酷いよっ!」
カズキと呼ばれた青髪の男は意に介さず続ける。
<???>
「まずは自己紹介だ。僕は青山カズキ」
青山カズキ――
それが青髪の男の名前のようだ。
<青山カズキ>
「そして、あっちは仲間のQ…」
<Q>
「………………」
Qと紹介された白髪の大男は通路の奥を警戒するように見張っていた。
名前を呼ばれた時だけ、ジロリと濁った眼を曜に向けて、挨拶の代わりにしていた。
カズキとは逆に、口数も表情も極端に少ないようだ。
<青山カズキ>
「僕らは、他の8人の仲間と一緒に、この"24シティ"に乗り込んできている"反逆者"だ」
<黒中曜>
「24シティ…? 反逆者…?」
<青山カズキ>
「…わからない事だらけっていう顔をしているね。
もう少しだけ丁寧に説明しようか」
曜の心中を察したようにカズキは言う。
<青山カズキ>
「今、僕達が立っているこの場所は"24シティ"と呼ばれている。
ここはシティ丸ごとが巨大な建築物になっているんだ」
<黒中曜>
「シティ丸ごと…建築物…?」
<青山カズキ>
「まぁ、それ自体は珍しい事じゃない。地上には、他にも23のシティがあるしね。
個性的なシティが多いけど、どこも人々が暮らす普通の街だ。
でも…この24シティは違う」
そこでカズキは一息つくと、忌々しげな表情に変わった。
<青山カズキ>
「"ネオトーキョー国"に、前はこんなシティはなかったんだ。
誰も頼んじゃいないのに…勝手にシティを名乗り始めただけのニセモノの街さ」
<黒中曜>
「ニセモノの街…」
<青山カズキ>
「その正体は…地上を侵略、監視する為の"空中要塞"だ。
空に浮かぶ巨大建築物…それが24シティの正体なのさ。
今、僕らはその中にいる。"僕達の敵"が拠点にしてるアジトのど真ん中にね」
空中要塞――
地上を侵略――
あまりに現実離れした言葉だったが、カズキは冗談を言っている風ではなかった。
<青山カズキ>
「この個性の欠片もない殺風景で無機質な空間を見てごらんよ。
これが街だなんて笑っちゃうだろ?」
その理由は、ここが巨大な建築物の中だから…らしい。
しかも、地上を侵略し、監視する為の空中要塞。
という事は――
その時、曜はふと気付く。
さっきの、どこかの街が燃えている記憶は――
まさか、あれがその時の記憶?
侵略された街の光景?
<青山カズキ>
「…で、こっちの二人組は、彩葉ツキちゃんと八雲彗くん」
カズキは、金髪の少女と赤髪の少年を指しながら言った。
<青山カズキ>
「僕らがこの24シティに潜入するタイミングで強引にくっついてきた…君の幼馴染みだよ」
彩葉ツキと紹介された金髪の少女――
八雲彗と紹介された赤髪の少年――
2人は揃ってじっと曜の反応を待っていた。
<黒中曜>
「………………」
けど、曜は何も返せなかった。
まだ何も彼女達の事を思い出せず、何を言うべきかわからなかった。
記憶にない幼馴染み――
その事実が曜を困惑させていた。
一体、どういう顔をすればいいんだろう…それすらもわからなかった。
ただ――きっと彼らは信用できる。
直感的に、あるいは本能的に、曜はそう感じていた。
それに、今はあまりにも情報がなさ過ぎる。
だからこそ、彼らから話を聞いてみよう。
曜はそう考え、まず一番気になっていた事を彼らにぶつけてみる事にした。
<黒中曜>
「さっき…少しだけ思い出した事があるんだ。
金属製の仮面を被った…ドレッドの男だ」
その瞬間、場の空気がピリッとひりついたのがわかった。
<黒中曜>
「もしかして…俺がこんな目に遭ったのって…俺の記憶がなくなったのって…
あの仮面の男のせい…なのか?」
すぐさま、彗が身を乗り出す。
<八雲彗>
「…オメー、あの仮面ヤローについては覚えてんのか!?」
彗は忌々し気な表情を露わにしていた。
想像通りだが、彼は感情がそのまま表に出るタイプのようだ。
<黒中曜>
「…いや、断片的に思い出しただけだ。
俺は燃えている街の中で、あいつと戦って…」
言いながらも、悪寒に襲われる。
記憶以外のところにこびりついた恐怖感――
それこそが、その時の状況のすべてを物語っている。
<黒中曜>
「多分…手も足も出ないまま負けたんだと思う…」
<彩葉ツキ>
「………………」
ツキは沈痛そうな面持ちで、曜の言葉をじっと聞いていた。
その様子から、彼女もその時の事を何か知っているようだった。
<Q>
「その仮面の男は…私達の敵…」
ボソボソとQが言葉を紡いだ。
<Q>
「いや…"ネオトーキョー国民にとって史上最悪の敵"だ…」
<黒中曜>
「史上最悪の、敵…」
<青山カズキ>
「あぁ…そいつのヤバさは過去に類を見ないほどだよ。
たった1人でネオトーキョー国全域を武力制圧し、この数年の間に地獄に変えてしまったんだからね」
ネオトーキョー国――
曜は思い出せないが、その名前の通り"国"なのだろう。
そこには23のシティがあると、さっきカズキは語っていた。
それを、1人で武力制圧した?
そんな事が可能だとは到底思えないが――
あのマスクの男と対峙した時の恐怖感を思い出すと、あながち嘘とも言い切れないような気がした。
<青山カズキ>
「ヤツが侵略後の声明文で名乗った名前は"ゼロ"…
名前以外の事は一切が謎に包まれてる」
<黒中曜>
「ゼロ…」
それがあいつの名前――
おそらく、自分の記憶を奪った張本人――
<青山カズキ>
「ゼロは、AIの搭載された軍事兵器を無制限にコントロールできるみたいなんだ。
自律移動する軍事ドローンやロボット…あいつはそういったものを従えている。
それらを使いこなす事で、たった1人で地上のすべてのシティを侵略したんだ」
曜は、ハリボテと化した"村"の周辺に転がる警備ドローンを見た。
あれらを無制限に操れるとしたら、確かに物理的にも不可能じゃないのかもしれない。
<青山カズキ>
「今でこそ"24シティ"のお面をつけた構成員達もいるみたいだけど、彼らはゼロが侵略を終わらせてから集めた人員だよ」
戦士――だった彼がそうなのだろう。
彼のように"24"のマスクを被っているのが24シティの構成員のようだ。
<八雲彗>
「つーか、オメー…本当に何も覚えてねーんだな?
オレ達の故郷…"メグロシティ"がアイツに侵略された時、最後まで抵抗したのはオメーなんだぜ?」
彗は、そんな曜に対してイラつきを隠そうともしなかった。
本当に感情がそのまま出るタイプのようだ。
<八雲彗>
「オレは…アイツの攻撃であっさりノされちまって、その後の事はわからねぇ…」
<彩葉ツキ>
「目が覚めたら曜はどこにもいなくって…後で戦いの様子を見てた街の人に聞いたら…」
ツキは目に薄っすらと涙すら浮かべていた。
<彩葉ツキ>
「曜だけが、あの男に連れてかれて…どこかへ消えたって…」
彗はきまりが悪そうに頭をかきむしる。
<八雲彗>
「…んで、今日までずっとオメーの手がかりを追って、ここへたどり着いたってワケだ」
<青山カズキ>
「いやいや…辿り着いたっていうか、僕達の計画に強引についてきただけだよね?」
相変わらず、カズキは場の空気を気にしない軽口っぷりだった。
<八雲彗>
「そ、それに関しちゃ感謝してるっての!
いいじゃねーか! オレと曜が味方につきゃ、かなりの戦力になるんだし!」
<彩葉ツキ>
「私もいるんですけどー!?」
<青山カズキ>
「そもそも…こんな状態の彼がまともに戦えるの?」
と、カズキが訝しげな目を曜に向けていると――
<彩葉ツキ>
「あっ! そうだ!!!!」
突然、ツキが大声を張り上げた。
<八雲彗>
「バカ…声がデケーぞ。ここをどこだと思ってんだよ?
敵地のど真ん中だぞ?」
<彩葉ツキ>
「あはは、ゴメンゴメン。でも、大事な事思い出したんだよね。
私、曜のスマホ預かってたんだった」
<黒中曜>
「俺の…スマホ…?」
<彩葉ツキ>
「うん! 焼け野原になったメグロシティにこれだけ落ちてたの。
ようやく曜に返せるね。充電もちゃんとしておいたから、使ってみてよ」
ツキがスマートフォンを差し出すと、曜はそれを受け取った。
なんとなく手にしっくりと馴染む…気がした。
以前は、これで色々な人とやり取りをしていたのかもしれない。
だとすれば、これを使っていれば、いずれもっと色んな事を思い出していけるような気がする。
そんな風に思いながらスマホを見ている曜に、カズキが声をかける。
<青山カズキ>
「スマホを見て想い出に浸るのは後にしようか。あまり敵の本拠地で同じ場所に長居するモンじゃない。
早いトコ、最下層にある"脱出ポッド"を目指そう」
<黒中曜>
「…脱出ポッド? そんな物まであるのか?」
<青山カズキ>
「まぁね。そのあたりはちゃんと調査済みさ。
乗り込んでおいて帰れません…じゃカッコ悪いでしょ?」
カズキは手をひらひらさせながら言う。
<青山カズキ>
「僕らの仲間が下層までの脱出ルートを確保しているはずだ。
まずは彼らと合流しよう」
<黒中曜>
「仲間…」
<青山カズキ>
「さっき言った"他の仲間達"だ。そこそこ頼りになる連中だよ」
<彩葉ツキ>
「自分の仲間に『そこそこ』とか言う?」
<青山カズキ>
「いいから…ほら、さっさと移動しよう」
<黒中曜>
「………………」
曜はふと、ハリボテの残骸だらけになった"かつての村"を見やった。
実際は囚われていただけだが、自分は2年間もこの場所で過ごしてきた。
ここから離れられるのは良い事のはずなのに――
なぜだか不安もある。
ここは本物の居場所じゃなかった。
けど、それなら自分の本当の居場所はどこにある?
故郷は滅ぼされたらしい。
記憶も思い出せないままだ。
これから、俺はどうなるんだろう――
そんな事を心配していると、突然肩を強くバンと叩かれた。
<八雲彗>
「なーにシケた面してやがんだ!
心配すんな! オメーはオレ達が守ってやるからよ!」
曜の不安を吹き飛ばすように、彗は笑った。
その笑顔に驚きつつも――素直に曜は嬉しかった。
<黒中曜>
「ははっ…頼もしいな。でも、2人とも本当にありがとう」
曜も、ようやく2人に笑みを返せた。
<八雲彗>
「なんか…オメーに改まって礼を言われると調子狂うな…」
照れくさそうにしながらも、彗は嬉しそうだった。
<彩葉ツキ>
「よーし! それじゃ、しゅっぱーつ!!」
そんなツキの声をきっかけに、一同は駆け出した。