10話「3人だけの誓いの印」
<八雲彗>
「…にしても、曜。
オメー、ずっと敵に捕まってた割には腕はなまってねーんだな」
戦いながら、彗は背中越しに曜に声をかけた。
<黒中曜>
「あぁ、まぁな…ずっと訓練させられてたからな」
<彩葉ツキ>
「え? くんれんって?」
その会話にツキも加わる。
もちろん、24シティの連中と交戦しながらだ。
会話をしながらも、3人の阿吽の呼吸のコンビネーションは続く。
<黒中曜>
「"ゆうしゃ"としてのトレーニングだよ。
能力値が上がると、女神様に褒められるんだ」
それを聞いて、思わず彗の動きが止まった。
<八雲彗>
「わりぃ。なに言ってんのかゼンゼンわかんねぇ…」
<黒中曜>
「俺だってそうだよ…
なんで、あんなのを信じてたんだろうな…」
まるで子供だましのゲームだった。
あの時は、あの村と女神様が自分にとってのすべてだった。
だけど、もう違う――
<黒中曜>
「今は、頭にかかっていたモヤみたいなものが一気に晴れたような感覚だ」
<彩葉ツキ>
「じゃあさ、"XB"についても何か思い出した!?」
ツキの期待のこもった声が聞こえた。
<黒中曜>
「…"XB"?」
<彩葉ツキ>
「あれ…!? もしかして曜…XBって言葉も忘れちゃったの?」
<八雲彗>
「マジかよ…!」
思わず2人は落胆する。
動きが鈍ったその隙を24シティの構成員に狙われるが――
<24シティ構成員>
「グハッ!!!」
気を取り直した彗にあっさり蹴り飛ばされていた。
<彩葉ツキ>
「あのね…曜は"すっごく強いXBプレーヤー"だったんだよ?
私達の中で一番だったんだから!!」
その言葉に、すかさず彗が反応する。
<八雲彗>
「バカ言え! 一番つえーのはオレだったろ!」
<彩葉ツキ>
「えー? 彗が強かったのは肩だけでしょ?
明らかにバッティングは曜の方が得意だったじゃん!」
<八雲彗>
「いや、バッティングだって――」
と、言い争いになりそうな2人に、思わず曜が口を挟む。
<黒中曜>
「いや、だからXBってなんなんだ!?」
<彩葉ツキ>
「え? うーん…なんて説明すればいいのかなぁ…
XBはXBだしなぁ…」
困ってしまったツキは、完全にその場に立ち止まって、思考を巡らせ始めた。
そこに24シティ構成員が襲い掛かる――
が、ツキはそれをヒラリとかわすと、笑顔を曜に向けて、
<彩葉ツキ>
「ま、大丈夫だよ!
曜なら、きっと全部すぐに思い出せるって!」
<黒中曜>
「ノリが軽いな…こっちは真剣に困ってるんだぞ。
記憶喪失なんて…なんでこんな事になってるのかもわからないし…」
今度は、曜の背後から24シティ構成員が襲い掛かってくる。
それに気付いたツキが、曜の肩を使って跳び箱の要領で跳躍し、その勢いのまま襲い来る24シティ構成員に飛び蹴りを食らわせる。
<24シティ構成員>
「ぐあッ!!!」
そして、ツキは軽やかに着地しながら、
<彩葉ツキ>
「ま、そんな心配しなくってもへーきへーき!
曜とXBは死んでも切り離せないものだからね!」
<黒中曜>
「死んでも切り離せないって…
そんな大事なものを忘れてるんなら、かえって不安になるぞ…」
<八雲彗>
「曜、気にすんな。
こいつの言葉なんてテキトーなんだからよ」
<彩葉ツキ>
「とにかくさ、ここを脱出したら一緒にXBやってみようよ!」
ケロッと明るい声で言い放つツキ。
<黒中曜>
「えっ…?」
<彩葉ツキ>
「曜、前はよく言ってたよ? XBの練習は体に覚えさせるものだって。
だったら、体動かせば思い出すんじゃない? 頭で覚えてなくても、体がきっと覚えてるよ」
自分がそんな事を言っていたなんて――
それさえも覚えていないが、あながち間違ってない気もした。
こうして3人で息を合わせて戦えている事が、それを示している。
<彩葉ツキ>
「だからさ、今は心配しないでいいよ。
記憶喪失の事も、XBの事も…私達の事もね」
そう言って優しく微笑むツキ。
<八雲彗>
「ハッ、ぶっちゃけオレは最初から心配なんかしてねーよ。
オメーは昔からこっちが心配してやってんのに、いつの間にかケロッとした顔で大体の問題を解決してるようなヤツだしな」
彗も、豪快に敵を殴り飛ばしながら笑う。
<八雲彗>
「バカバカしいから心配なんてしてられっか。テメーで勝手に解決しろや」
<彩葉ツキ>
「もーっ! 彗ってば久しぶりに会えて嬉しいクセに、そんな事言って素直じゃないんだからー」
そして、ツキは視線を曜に戻すと、
<彩葉ツキ>
「とにかく、今は一緒に地上に帰ろう。そんで、帰ったらXBしようっ!
そしたら、きっとだんだん思い出せるよっ! だって、私達は同じ夢を追いかける"仲間"じゃん。それだけは何があっても変わらないよっ!」
仲間――
ツキのその言葉が、曜の心に深く突き刺さった。
<黒中曜>
「同じ夢を追いかける…仲間…」
<八雲彗>
「おっしゃあ! これで最後だぁ!!!!」
背後で彗が勢いよく叫んだ。
と同時に、24シティ構成員が吹っ飛ばされ、3人の周囲に立っている構成員の姿はなくなった。
<彩葉ツキ>
「ふぅ。ようやく片付いたみたいだね。
ご苦労様、曜」
<八雲彗>
「なんでオレには言わねーんだよ!
オレが一番敵をぶっ飛ばしたぞ! 数えっか!?」
戦闘後の安心感もあってか、曜はそんな2人のやり取りに思わず吹き出してしまった。
<黒中曜>
「ははっ…」
笑う曜を見て、ツキと彗もフフッと笑う。
<彩葉ツキ>
「ねぇねぇ。じゃあ久しぶりの再会を祝して、3人で"誓いの印"でもする?」
<黒中曜>
「…誓いの印?」
<八雲彗>
「あぁ? 今回は何を誓うんだよ?」
<彩葉ツキ>
「うーんと、そうだな…『曜が無事に地上へ帰れますように』かな?」
<八雲彗>
「なんだそりゃ?
そんなん、誓いじゃなくてオマジナイじゃねーか」
<彩葉ツキ>
「いいじゃん、いいじゃん。こんな時なんだし細かい事言わないの。
あんまおっきい目標バンバン誓っても良くないでしょ?」
言いながら、小さな拳を突き出すツキ。
<八雲彗>
「へぇへぇ…」
と、呆れ顔の彗も、突き出した拳をツキの拳に合わせる。
<彩葉ツキ>
「ほらっ! 曜も手、出してっ!」
<黒中曜>
「…え? なんなんだ?」
<彩葉ツキ>
「『誓いの印』だよ! 私達3人だけの、オキマリのポーズ!」
3人だけの――
<黒中曜>
「拳を…突き出せばいいのか?」
<彩葉ツキ>
「うんっ!」
嬉しそうに頷くツキを見て、曜は見よう見まねで拳を突き出す。
<黒中曜>
「こう…か…?」
<彩葉ツキ>
「そうそうっ!」
<八雲彗>
「なーんか、ぎこちねぇなぁ…まぁいいけどよ」
<彩葉ツキ>
「ねぇ、曜? なんか、力が湧いてこない?」
言われてもピンと来ないのが正直な感想だった。
だが――
合わせた拳越しに、2人の体温が伝わってくるのは確かだった。
簡単で、なんて事ないポーズ。
でも、少しずつしっくりと馴染んでくる気がする。
"曜が無事に地上へ帰れますように"、か…
<黒中曜>
「………………」
根拠なんて何もないけど――できる気がした。
たとえ、どんな事があっても、叶えられる気がした。
だからこそ、曜は心の中だけで呟いた。
"3人で無事に地上へ帰れますように"――
そう、曜は心の中でそっと願い事を訂正しておいた。
<轟英二>
「おい、貴様らいつまでじゃれ合っている!
さっさと先へ進むぞ!」
少し離れた場所から、轟英二が3人に向かって声を上げた。
<轟英二>
「…この僕の時間を無駄にするな。1秒でいくら稼ぐ男だと思っている」
見ると、他の面々もすでに24シティ構成員達を倒した後だった。
その中でカズキは遠目に微笑ましいような表情で、拳を合わせた3人に視線を向けていた。
<彩葉ツキ>
「あっ! ごめんなさいっ!
それじゃあ2人とも、気張ってこー!!」
3人は合わせた拳を引っこめると、カズキ達の後について走り出した。