11話「脱出ポッドを探して」
彼らがいる"空中要塞"と呼ばれる場所は、まるで巨大な迷路のようだった。
進んでも進んでも同じような光景が続き、狭い通路と開けたドーム状の空間が何回も繰り返される。さらに、折り重なるような空中回廊が何層にも伸びていて――
一体、自分が今どのあたりを進んでいて、目的地までどのくらいあるのかもわからなかった。
ただ必死に、カズキ達に付いて走るだけで精一杯だった。
それにしても――と、曜は改めて思う。
こんな広大な施設の中にいながら、自分はあんな小さな村に長い事閉じ込められていたなんて。
それを思うと、また体が重くなりそうになったが――
並走するツキと彗の横顔を見て、今はただ走る事だけに集中する。
とにかく、ここから出るんだ――
<彩葉ツキ>
「きゃああああああっ!!」
突然、ツキの悲鳴が上がった。
と同時に、曜の視界も大きくブレた。
<黒中曜>
「わああああああっ!!」
通路の床が突然開いて、曜とツキは落下した。
それが罠なのか、単なる不具合のせいなのかはわからない。
とにかく、曜は瞬時に思考を切り替えると、落下時の衝撃に備える事に集中した。
<黒中曜>
「くっ…!」
お陰で、なんとか受け身を取って地面への衝突のダメージ自体は軽減できたのだが――
<彩葉ツキ>
「きゃあぁ!」
直後、曜は落ちてきたツキの下敷きになった。
<黒中曜>
「ぐはっ…!」
<彩葉ツキ>
「ご、ごめん曜っ! 大丈夫!?」
ツキは恥ずかしそうに曜の上から降りると、すぐに手を差し出した。
<黒中曜>
「あ、あぁ…俺は平気だ…」
曜はツキの手を借り、ゆっくりと立ち上がる。
お互いにケガがないのを確認した後、周囲を見渡す。
無機質な床や壁は同じくだが、やたらと薄暗くて細い廊下だった。
落ちてきた上の方を見ても、光は見えない。開いた床はもう閉じたのだろうか?
だとしたら、さっきのはやはり罠だったのかもしれない。
その時、ツキの懐から「ピロン」と短い電子音が聞こえた。
どうやらスマホの受信音のようだ。
<彩葉ツキ>
「…あ、NINEだ」
<黒中曜>
「…NINE?」
<彩葉ツキ>
「さっきの仲間内で使ってる簡易通信チャットアプリだよ」
そう言って、ツキはスマホの画面を曜に見せる。
<彩葉ツキ>
「曜のスマホにも入ってるはずだよ。見てみ?」
曜がスマホを見てみると、確かに"NINE"というアプリが入っていた。
そこにカズキからのメッセージがあった。
<NINE(青山カズキ)>
「すごい悲鳴が聞こえたけど、大丈夫かい?」
ツキが両手で器用にメッセージを打つ。
<NINE(彩葉ツキ)>
「うん、なんとか…急に床が抜けて落っこちて、曜の事…潰しちゃったけど」
<NINE(八雲彗)>
「曜の上に落ちたって事か。なら、大丈夫そうだな」
何が大丈夫なのかわからないが…
<NINE(青山カズキ)>
「けど、こんな形で分断されるとはね…ツキちゃん、脱出ポッドの場所は覚えてるね?」
<NINE(彩葉ツキ)>
「うん。覚えてる」
<NINE(青山カズキ)>
「僕達は先に向かっているから2人で合流してほしい。できるね?」
<NINE(彩葉ツキ)>
「はーい!」
<NINE(八雲彗)>
「ところで、曜から全然反応ねぇのは大丈夫か?」
曜は必死に入力していた。
<NINE(黒中曜)>
「大丈夫だ。久しぶりのスマホだから操作がおぼつかなくて…」
<NINE(八雲彗)>
「…ったく。とにかく脱出ポッドで待ってるからな
ツキ、曜の事を頼むぞ」
チャットでの会話はそこで一区切りになったようだ。
<彩葉ツキ>
「じゃあ行こうか! 私に付いてきて!」
と、ツキが走り出したその時だった。
「ピロン」と短い電子音が、今度は曜のポケットの中から聞こえた。
<黒中曜>
「ん…? 今のは俺のスマホが鳴ったのか…?」
<彩葉ツキ>
「みたいだね。私のは鳴ってないからグループチャットじゃないみたいだよ」
曜は再びNINEのアプリを開く。
そこには見慣れない"NEON"と書かれた宛先からのメッセージがあった。
<NEON>
「お忙しいところ申し訳ございません。我々は"NEON"と申します」
ツキが曜の画面を覗き込み、訝しげな顔に変わる。
<彩葉ツキ>
「…何これ? "NEON"? 曜、知ってる?」
曜は首を振る。
すると、続けてメッセージが送られてくる。
<NEON>
「ご警戒なさらないでください。我々もゼロに仇なす者です。
この度、曜様におかれましては大変な事に巻き込まれたようで心配しております」
<黒中曜>
「ゼロに仇なす者…」
<NEON>
「ゼロの横暴を放置できないという想いは我々も同じ…
そこで、お力添えをさせていただくべく我々の情報を提供させて頂く事に決めました。
全力でサポートさせて頂きますが、まずはご挨拶をと思い連絡致しました。
今後ともよろしくお願い致します」
メッセージはそれで終わった。
信じていいのかわからず、曜はメッセージを返すべきかもわからない。
<彩葉ツキ>
「とりあえず…先に進もう? 脱出ポッドに急がないと」
<黒中曜>
「あ、あぁ…そうだな」
ツキに言われ、曜も目的地に向かって走り出す。
無機質な通路は静まり返っていて、2人の走る足音と、息遣いだけが反響して聞こえていた。
しばらく走っていると、また「ピロン」という電子音が聞こえた。
スマホを開くと、NINEにカズキからのメッセージがあった。
<NINE(青山カズキ)>
「こっちは、まもなく合流地点だけどそっちは大丈夫かい?」
<NINE(黒中曜)>
「ああ、こっちも順調に進んでる」
<NINE(青山カズキ)>
「良かった。じゃあ待ってるよ。片付けはこっちの方でやっておくからさ」
スマホを閉じ、曜は走り続ける。
途中の分かれ道をツキは迷いなく選択していく。
そんなツキを信じて、曜はその後ろを走るだけだった。
<彩葉ツキ>
「…大丈夫だよ! こっちであってるから!」
走りながらツキは言った。
<彩葉ツキ>
「本当にこっちで大丈夫か、心配してるんでしょ?」
<黒中曜>
「いや、そんな事はない。俺はお前を信じてる」
<彩葉ツキ>
「そっか。じゃあ良かった」
背中越しにツキは嬉しそうに言った。
そのまま、2人は薄暗く無機質な通路を走っていく。
いくつかの分かれ道を選んで進んでいくと、ようやく少し開けた場所に出てきた。