8話「見知らぬ天井」
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「様子はどう?」
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「うーん、まだ目は覚めないみたいだね」
暗闇の中――どこからか、声が聞こえて来た。
知らない声だ。
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「やっぱ病院に連れてくべきかなあ」
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「でも、街中を歩くのはちょっと危険だよね」
声を聞いている内に、曜は自分が目を瞑っている事に気が付いた――どおりで暗いはずだ。
ゆっくりと瞼を上げると、見知らぬ天井が見えた。
<黒中曜>
「う…? ここ…は…?」
寝かされていたソファから身を起こし、曜は周囲の様子を確認する。
そこは雑然とした部屋だった。
床には雑誌や空のペットボトルが無造作に転がっていて、壁にはアイドルのポスターや写真が適当に貼られている。
壁際のPCデスクの上には、食べかけのインスタントヌードルやスナック菓子の袋が放置されていた。
来客を全く想定していない、独身男性の生活スペース、といった感じだ。
<???>
「あ、やっと起きた! よかったよかった」
<黒中曜>
「え? お、同じ顔が4つ!?」
曜の視界の飛び込んできたのは、見知らぬ4人の人間だった。
確かにそこには4人いるのに――4人はまったく同じ顔をしていた。
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「あー、ごめんごめん。やっぱ初対面だと驚くよね」
<三郎>
「俺達は一郎、二郎、三郎、四郎だよ」
4人は顔と体格は同じだが、着ている服には違いがあった。
一郎は胸に『1』と記された黄色のパーカーを。
二郎は胸に『2』と記された青色のパーカーを。
三郎は胸に『3』と記された緑色のパーカーを。
四郎は胸に『4』と記された赤色のパーカーを、それぞれ身に着けていた。
おかげで、かろうじて見分けがつく。
<四郎>
「ま、ざっくりミナトトライブの四つ子って覚えてくれたらいいからね」
<黒中曜>
「ミナトトライブ…」
つる子に聞いた話によると、かつてネオトーキョーを救った伝説のトライブだ。
この四つ子も、ミナトトライブの一員だという事か?
どうしてそんな人達が? ここは一体どこなんだ?
なぜ、自分は見知らぬ場所で眠って――
<黒中曜>
「そうだ、俺は彗に殴られて…みんなは!?」
意識を失う前までの記憶を取り戻した曜は、慌てて仲間達の安否を確認した。
<一郎>
「大丈夫大丈夫。みんな無事だよ」
一郎にそう言われ、曜は思わず力が抜けるほど、ほっとした。
<二郎>
「みんな、向こうで話し合いをしてるよ」
<三郎>
「まあ、みっちゃんとカズキは、話し合いって雰囲気じゃないけど」
三郎の視線の先にはカズキの姿があった。
カズキは曜の知らない人物と会話をしていた。
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「…ったく! お前はいつも急に現れて面倒事を運んできやがるよな!」
<青山カズキ>
「はは、そろそろ慣れたらどう? でも一応、悪いとは思ってるんだよ?」
<???>
「絶対思ってねえだろ…。てか、なんでここの場所知ってたんだよ?」
<青山カズキ>
「ん? 昔、君がこそこそしてた時に尾行した事があるからだけど?
いやあ、過去の僕のした事がこんな時に役立つなんてね」
<???>
「ううっ…! ちくしょー!! 俺の秘密基地がバレてたなんて…」
カズキと話しているのは、紺のジャージを着た小柄な男性だった。葉っぱを口にくわえ、長い髪をゴムでちょんまげ風にまとめている。
あの人が、この部屋の持ち主だろうか――
<ねこまる>
「にゃーん」
鳴き声が聞こえて足元に目を向けると、ねこまるが伸びをしていた。
その暢気な姿を見ていると、曜の心は少し和んだ。
<彩葉ツキ>
「あ、曜! 起きたんだね!」
曜が目を覚ました事に気付いたツキが、そそくさと駆け寄ってきた。
頬に腫れは残っているが、ツキはもうすっかり元気そうだ。
<黒中曜>
「ここは…どこなんだ? カズキさんと話してる人は…?」
<彩葉ツキ>
「あの人は三田三太郎さんだよ。なんと、カズキさんや四つ子さんと同じミナトトライブのメンバーなの! それでここは三田さん達の隠れ家なんだって」
<千羽つる子>
「あ、曜さん。目が覚めたんですね。具合はいかがですか?」
つる子や五反田、小石も曜の元に駆け寄ってきた。みんな元気そうだ。誰もケガをしている様子はない。
<黒中曜>
「ありがとう、もう大丈夫だ。でも、記憶が少し曖昧で…彗に殴られたところまでは覚えてるけど、その後、どうなったんだ?」
<五反田豊>
「黒中さんが八雲さんに倒された後…私達はなんとか逃げる事に成功したんです」
<小日向小石>
「それから、どこかで黒中さんと彩葉さんの治療をしようって話になったんだけど…」
<千羽つる子>
「そこで、カズキさんがいい場所があると、ここに案内してくれたんです!」
3人の説明のおかげで、状況はおおむね把握できた。
だが、それでもまだ全ての疑問が解消された訳ではなかった。
一体どうやってみんなは、彗から逃げ切ったのだろう――
<青山カズキ>
「お、曜くんお目覚めかい? 大した怪我もないみたいでよかったよ」
曜が目覚めた事に気付いたカズキが、三田との会話を切り上げてこちらに歩み寄ってきた。
<小日向小石>
「気絶はしてたけど、黒中さんと彩葉さんの体に、外傷はほとんどなかったんだよ」
<青山カズキ>
「まさか彗くん、手加減してくれたのかな? やけにすんなり逃がしてもくれたし…」
確かに、そう考えるとつじつまが合う。
あれほど素早く動ける彗が、気を失った曜とツキを抱えるカズキ達を取り逃すとは思えない。
しかし、だとすると、彗はなぜ曜達に手加減をしたのだろうか?
<青山カズキ>
「…ま、考えたってわからないか。運が良かったって事にしておこう」
<三田三太郎>
「そんじゃ、そこの奴も起きた事だし、改めて話をしようぜ」
この部屋の持ち主、ミナトトライブの三田三太郎が話題を変えた。
<三田三太郎>
「話はだいたい聞かせてもらったぜ。要するにオメーらは、ナンバーズと敵対してるんだよな? だったらここはひとつ、俺達ミナトトライブも協力してやるぜ!
ナンバーズをどうにかしたいのは俺達も同じだからよ」
<黒中曜>
「ありがとう…そう言ってくれると助かる…」
英雄と名高いミナトトライブのメンバーが仲間に加わってくれた――これほど心強い事はない。
<青山カズキ>
「それじゃあ早速街の現状と…他のミナトのみんながどこに行ったのかを知りたいな」
<三田三太郎>
「なら…統治ルールが始まった直後の事から話さねえとな。
ミナトランキングがスタートしてからの街の荒れっぷりはひでえもんだった…」
三田はげんなりと溜息をつきながら、ミナトシティに起こった事を解説していく。
<三田三太郎>
「元からプライドの高い奴らが住んでる場所だし、貧民になって死にたくねえってマウント合戦の嵐よ。そんな状況を見かねた有栖川…ミナトトライブのリーダーが"私が王様になる!"って言い出してな。
そのとき王様だった変な芸能人崩れからその座を奪ったんだ」
<青山カズキ>
「有栖川さんが王様か…彼女は王様というより、正義の女騎士って感じだけどね」
有栖川という人物について曜は知らないが、きっと困っている人を放っておけない、正義感の強い人なのだろう。
<三田三太郎>
「そうなんだよ。アイツ、王様になると、自分から人助けとかボランティアとか率先してやってさ。そういう感じでマウンティング力を上げる空気を、ミナトシティに作っていったんだ」
<千羽つる子>
「それなら誰でもできますし、街の人達が無駄に命を落とす事も減りそうですね!」
善行をする奴が偉い――マウンティング力をそのように解釈する事で、実質的に統治ルールを変更してしまったわけか。
さすが伝説のミナトトライブを率いたリーダーだ。発想力が常人とは一線を画している。
<三田三太郎>
「ああ。そのおかげで統治ルール下とは思えないほど平和になったんだけど…どうしても有栖川がミナトシティを出て、確かめなきゃいけねえ用事ができちまってよ。
それでミナトシティの事は俺と四つ子に任せて、有栖川は行っちまったんだ」
<彩葉ツキ>
「え? その用事って?」
<三田三太郎>
「いや、実は俺にもわからねえんだ。有栖川も話してくれなかったしな。ただ、それを俺らに告げた時のアイツの切羽詰まった表情からして、ただ事ではないってのだけはわかった。だから行かせてやる事にしたんだ」
<小日向小石>
「あれ? でも王様がいなくなっても大丈夫なものなの?」
小石が疑問を差し挟む。
<三田三太郎>
「王様権限ってのは、王様自身が信頼してる相手なら移譲できんだよ。だから、一時期は俺がこのミナトの王様って事になってたんだ。
"私は三田を信頼してる…"なんて有栖川が必死に自己暗示かけてたのは納得いかなかったけどな!」
<青山カズキ>
「有栖川さんも大変だったね…僕なら三田くんを信用するなんて絶対に無理だよ」
<三田三太郎>
「だよな、よりにもよって俺なんかを…って、どういう意味だよっ!?」
三田はノリ突っ込みのような流れで、カズキに突っかかった。
<青山カズキ>
「言葉通りの意味だよ。実際、君は有栖川さんに任されたミナトシティをこうまで荒廃させてしまった訳じゃないか。王様失格だね」
<三田三太郎>
「う、うぅ…」
痛いところを突かれ、三田はぐうの音も出なくなってしまった。
<五反田豊>
「三田さん、続きをお願いします。一体あなたとミナトシティに何が起こったのですか?」
<三田三太郎>
「いや…つい最近までは、俺だっていい感じでミナトを統治してたんだぜ? そりゃ有栖川みたいにはできないけどよ…現状維持ぐらいはしっかりできてたんだ。けど――」
三田は一度言葉を切って、悔しそうに拳を握りしめた。
<三田三太郎>
「…10日くらい前だったっけな。ボロボロの奴がラブリーオーシャンの近くで倒れてたから、俺らで保護してやったんだよ」
<彩葉ツキ>
「それって…もしかして…!」
<三田三太郎>
「八雲彗だ。カズキとも知り合いで、ゼロとも戦ったっていうから、俺達も信頼しちまってよ。もっと注意していれば…くそっ!」
ようやく話に彗の名前が登場した。一体、彗は――
<黒中曜>
「彗は…あいつは何をしたんだ?」
<三田三太郎>
「あの日、俺らは彗と一晩中ミナトトライブの話をして…いつの間にか寝ちまってたんだ。そしたら真夜中過ぎに爆発音が聞こえてよ、ビックリして起きたら、そこに彗がいたんだ。
アイツは俺らに気付くと、笑いながらボコボコにしてきた…」
<三郎>
「まず俺達を倒して"貴族"になると、すぐ、みっちゃんに向かっていったんだ」
<青山カズキ>
「そこで三田くんが負けて、彗くんに玉座を奪われたって訳だね」
貴族以外は王様に挑む事はできない。
彗はそのルールを理解した上で、計画的に四つ子と三田を襲撃した訳か。
まるで悪魔のような手際の良さだ。助けてもらった恩も忘れて――
<二郎>
「その後、俺達はここに逃げてきたんだ」
<三田三太郎>
「王様になった彗は大暴れして…挑んでくる奴を次々と都落ちにしてった。その影響で、ミナトはまた一気に荒れちまってよ…」
<彩葉ツキ>
「そんなの…信じられないよ…」
曜もツキと同じ気持ちだった。
三田の口から語られた彗の所業は、とても許される事じゃない。
だからこそ信じたくなかった。幼馴染みがそれほどの悪事に手を染めてしまったなんて――
<青山カズキ>
「…彗くんがナンバーズになったという事は、王位奪取の裏にゼロが絡んでると見ていいだろう。なら、彗くんのあの豹変っぷりも、ゼロに何かされたせいかもしれないな」
<彩葉ツキ>
「そうだよ、洗脳だよっ! 曜にもしてたし…早く解いてあげないと!」
<青山カズキ>
「そう思いたい気持ちはわかるよ。ただ、根拠は現状何もないに等しい」
<彩葉ツキ>
「で、でも…でも…!」
ツキはひどく歯がゆそうだった。
彗の洗脳を解いてあげたいのに、その手立てがない――行き場のない気持ちをどう整理すればいいかわからず、混乱しているのだろう。
<五反田豊>
「…皆、色々な事がありすぎてあまり冷静とは言えない状態です。ここは少し休憩を入れるべきでは?」
<黒中曜>
「賛成だ。俺も少し考えを整理したいな」
曜は五反田の提案に同意する。
これ以上話したところで、生産的な議論になるとは思えなかった。
<彩葉ツキ>
「…わかったよ。私も少し外で頭冷やしてくる」
ツキは溜息を吐き出しながらそう言うと、沈んだ様子でその場を後にした。