3章「 死んだ過去が、復讐に来る」
ネオチヨダシティ
1話「友を失った悲しみ」
あれから、1週間――
ミナトシティは、統治ルールという名のデスゲームが終わった解放感に沸き返っていた。
住民達はこれまで、マウンティング力が下がることを恐れて一挙一動まで慎重だったが、もはやその必要はない。
解き放たれた空気の中、やがて、ざわめきはひとつの名に収束していく。
"黒中曜"
それは、最後の"王様"の名前。
数日前、よその街から現れ、わずか数日のうちに悪逆非道のナンバーズ"八雲彗"を仲間達とともに打ち倒し、統治ルールまで撤廃してみせた。
経緯を語れる者は、1人もいない。残ったのは、共有された結末だけ。
だからこそ、名だけが先行する。人々は、英雄のその名を口にしながら祝杯をあげた。
だが、当の本人は――
<黒中曜>
「うるさいな…」
表の騒ぎを遮るように、毛布を頭から被った。
ここは三田の隠れ家の一室。
曜は、彗とのXGが終わってから、この部屋でただ時の流れに身を任せていた。
時間だけが進み、心は取り残されたまま――それは、横にいる彩葉ツキも同じだ。
<彩葉ツキ>
「………………」
ようやく再会できた幼馴染みは豹変し、自分達の敵となり…最後は灰になって消えた。
その事実は、2人の心に消えない傷を残す。
仲間達は曜達を案じ、あらゆる手段で元気づけようとしてくれる。
けれど、2人は気遣いに応えるように愛想笑いを返すばかり。
励ましは届く。だが、胸の底までは届かなかった。
そして――
<八雲彗>
「全部…テメーが始めたことなんだよ…! 全部…!
それを…今更なんも知らねーって…顔しやがって…!!」
ずっと胸に引っかかっている、彗の最後の言葉。
――俺が何を始めた…?
思い出そうにも、幼馴染みのツキと彗のことですら、曜は忘れていた。
そんな彼に、すべてを思い出せるはずもない。
いや、そもそも思い出していい類のものなのか――その迷いが頭痛の種となる。
曜が額を押さえ、苦悩に息を詰めたその時――空間がぐにゃりと歪み始めた。
やがて、そこに黒い穴がぽっかりと開き、ひょこっとブサイクなぬいぐるみが顔を出す。
<ゼロ>
「ねーねー、いつまでそこでじっとしてるの?
ぼく、漫画の長期休載とかイヤなタイプなんだけど~」
<彩葉ツキ>
「きゃ、きゃあっ!」
<黒中曜>
「ゼロ!? なんでお前が!?」
曜は飛び起きると、ツキをかばうように一歩前へ出る。
<三田三太郎>
「オイ、急にどうした!?」
<五反田豊>
「――ゼロ。なぜ、ここに…っ」
叫びを聞きつけ、他のメンバー達がぞろぞろと入ってくる。
緊張感が、部屋の空気にじわりと満ちていく。
だが、ゼロはお構いなし。いつものほんわかした口調で、のんびりとしゃべり始めた。
<ゼロ>
「ふふ、手間が省けてちょうどいいね。
このまま、ずーっとミナトシティに居続けられたら困るから、そこそこいい情報をあげる!
お隣のチヨダシティにナンバーズがいるから、今すぐ向かってほしいんだよね!
あ、もちろん、チヨダにふさわしいゲストキャラを連れてさ!」
<黒中曜>
「チヨダにふさわしいゲストキャラ…?」
<青山カズキ>
「――まさか…!?」
<ゼロ>
「ふふ、さすがカズキくん! もうわかっちゃったみたいだね!
そう、ゲストキャラは――」
ゼロがクイズ番組の答え合わせの時に使われる、緊張感が漂うあの曲を流し始めると、コツコツと近づいてくる足音が聞こえ始めた。
全員が振り返り、ドアの方向をじっと見つめると、ミナトシティの手前で別れたQが立っていた。
<Q>
「…すまない」
<青山カズキ>
「Q!? なんで…」
<ゼロ>
「じゃじゃーん! 答えは、Qちゃんでした!
どうどう? カズキくん。久々にQちゃんに会えて嬉しい?
早く、Qちゃんに会いたいと思って、超速達ドローン便で運んできたんだよ!」
ゼロが尻尾をブンブンと振り回しながら尋ねると、カズキは殺気に満ちた目でゼロを睨んだ。
<青山カズキ>
「お前ってやつは、本当に…」
<ゼロ>
「カズキくんってば、怖い~…。そんな目でぼくを見なくてもいいじゃん…
ほら、準備はできたし、そろそろチヨダシティに行ってきなよ。
このままだと、他のナンバーズにウルトラごほうびを使われちゃうよ?
いいの? 彗くん、生き返らせたくないの?」
<彩葉ツキ>
「ウルトラごほうび…」
それは、シナガワシティで聞かされた"ごほうび"の最上級。
XGに勝ち残った、ただ1人に与えられる特別なものだ。
ゼロが持てる力のすべてで願いを叶えるとされ、人を生き返らせるという禁忌すら叶う――そんな話まである。
人形のように悲しみに沈んでいたツキは、その名を聞くや否や、静かに立ち上がった。
<彩葉ツキ>
「本当に…ウルトラごほうびなら、彗を生き返らせることができるの?」
<ゼロ>
「もちろんだよ! ちくちく~!って破れたぬいぐるみを直すように生き返らせてあげるよ!」
<彩葉ツキ>
「曜…行こうよ。チヨダシティに。
ナンバーズをみーんなやっつけて、彗を生き返らせよう!」
ツキは、瞳に生気を取り戻し、じっと曜を見つめる。
――そうだ。ゼロの力があれば、もう一度、彗と話せるかもしれない。
曜は、冷えきっていた心が一気に熱を帯びるのを感じた。
<黒中曜>
「ああ、チヨダシティに行こう。
俺達は、ここで止まってはいけない」
<ゼロ>
「ふふ、そうこなくっちゃね!
じゃ、時間も惜しいし、特別にぼくがチヨダシティに送ってあげるよ!」
<小日向小石>
「あ、でも…この流れは…」
小石の肩がぴくりと跳ねる。
誰もが次の展開を悟った、その瞬間――
ゼロの操る軍事用ドローンが壁をぶち抜き、群れをなしてなだれ込む。
<三田三太郎>
「ぬわ~~~! 俺の家が~~~!」
<ゼロ>
「えーっと、今回のメンバーは、曜くん、ツキちゃん、カズキくん、Qちゃんでいっかな。
ドローン軍団、超速達ドローン便でよろしく~!」
ドローンは、ゼロに指名されたメンバーを次々と拘束すると、カチャリと固定音を鳴らし、すぐに外へ出て宙へ舞い上がる。
捕まったメンバー達は、抵抗しても無駄だとわかっているのか、やけに大人しい。
<千羽つる子>
「あ、曜さん達…!」
<五反田豊>
「どうにか、ついていく方法はないのか…!」
残りのメンバーはドローンを追いかけるも、速度が速く追いつけない。
アスファルトに響く足音が、すぐに風切り音にかき消されていく。
<三田三太郎>
「待ちやがれ~~~!」
だが、三田だけは違った。
次々とメンバーを追い抜かし、助走をつけてジャンプ――カズキを運ぶドローンに飛びついた。
<青山カズキ>
「…三田くん! なんで君まで!?」
<三田三太郎>
「俺もついていくぜ。
戦力が必要だろうし――何をしでかすか、わかんねぇやつがいるからな」
<Q>
「………………」
<青山カズキ>
「ふん…本当にお節介だね…」
曜は、2人が空中でも相変わらず小競り合いを続けているのを目にしても、とくに気に留めなかった。
そのうちに日が出て、下のチヨダシティの景色がみるみる明るさを取り戻し、帯のように広がる瓦礫の一角がはっきりと見えてきた。
<黒中曜>
「酷いな…あれもゼロのせいで、ああなったのか…?」
<彩葉ツキ>
「ううん、違うよ。前につる子ちゃんから"鳳王次郎"のことを聞いたでしょ?
王次郎とミナトトライブの人達が戦っている最中に、お城が落ちて、ああなったんだって」
鳳王次郎――
それは、ネオトーキョー史に名を刻む大罪人。
国王"鳳天心"を殺害し、新たな王となったあと、本来は若者の暴走を抑えるためのXB法を改定。
勝利さえすれば"殺し"すら許される新XB法は、治安を乱し、多くの民の命を奪う結果を招いた。
<黒中曜>
「でも、落ちたってどういうことだ? 落城の意味か?」
曜は、さらに引っかかりを覚え、ツキに問い返す。
<彩葉ツキ>
「ほら、見て。あっちに色んな物が浮いてるの、見える?
チヨダシティって変わってて、ところどころ浮いてるんだよね~」
<黒中曜>
「なるほど…もともとは、空に浮かんでいたってことか」
曜は瓦礫の奥へ視線を滑らせる。
その先には栄えた街並みが広がり、その上空には、ツキの言う通り――地面ごと浮かぶ街区や、空中に取り残されたビル群が見えた。
不思議な光景だが、それを24シティと同質の現象だと捉え、すんなり受け入れる。
そうこう話しているうちに、ドローンは目的地が近いのか、徐々に高度を落としていく。
やがて、曜達はチヨダシティの人目につきにくい一角へと降ろされた。