13話「曜を追って」
曲田の所有するビルにたどり着くと、入り口前には先ほどの配信を見た信者達が大勢押し寄せ、興奮冷めやらぬ様子でざわめいていた。
一部の行儀の悪い信者は、我先にと無断でビルの中へ入ろうと扉に取りすがるが、高度なセキュリティがかけられた重厚なドアはびくともしない。
その様子を少し離れた場所から眺めていた市之助は、すぐに正面からの侵入を諦め、短く合図を送って一同をビル裏手の路地へと誘導した。
人気のない裏側には、わずかに開閉の余地がありそうな窓がいくつか並んでいる。
市之助はそのうちのひとつを選ぶと、慣れた手つきでロックを外し、音を立てないよう慎重に押し上げた。
細い隙間から順番にビル内部へと滑り込むと、そこは薄暗いホールのような空間になっていた。
端には、曜の配信にも映っていた"紫の触手"のようなオブジェが、不気味な光沢を放っている。
Qはその異様な造形を見て、曲田が無脊椎動物をとりわけ興味深い研究対象としていたことを思い出した。
<彩葉ツキ>
「ここのどこかに曜が…」
一同は足音を殺してビルの奥へ進んでいく。
張り詰めた静寂の中、しばらく歩き続けたところで、市之助とひなぎくがぴたりと足を止め、同時に後ろを振り向いた。
その視線の先には、何の変哲もない暗がりしか見えない。
<秋葉市之助>
「…そこに隠れている者、姿を現すでござる」
<秋葉ひなぎく>
「曲者だお! Q様に指一本触れさせないにゃ!」
その呼びかけに応じるように、物陰の段ボールががさりと揺れた。
やがてそこから、小柄な影がしぶしぶと姿を現す。
頭の上には、小型の鷹型ドローンが当たり前のようにとまり、鋭い目つきだけがこちらをねめつけていた。
<小柄な少年>
「はぁ…ござるとかだおとか…そのイタイ口調、いい加減やめてくれない?
兄妹で唯一まともな僕まで、イタイ奴だと思われちゃうだろ。
あと、曲者って侵入してきたそっちだから。自分の立場わかってから喋ってよね」
<秋葉ひなぎく>
「さ、才蔵…お兄ちゃん…?」
<青山カズキ>
「…ということは、彼が君達の行方不明の?」
その少年の名前は――秋葉三兄妹の次男、才蔵。
妹のひなぎくよりもひとまわり小柄な体つきで、とても兄には見えない。一見しただけなら年下の"弟"と言われた方がよほどしっくりくる見た目で、カズキ達は思わず彼をまじまじと見つめてしまう。
<秋葉ひなぎく>
「そうだにゃ! うにゃあああ~~~久々に会えて嬉しいお~~~!」
<秋葉才蔵>
「や、やめろ!
そういうのは、もう卒業しろよ…!」
感極まったひなぎくが勢いよく飛びつこうと両腕を広げるが、その気配を読んだ才蔵は、鷹型ドローンごとひらりと身を翻し、紙一重で抱きつきを回避した。
軽やかに距離を取りながら、深く長いため息をつき、心底あきれ返ったように肩を落とす。
<秋葉才蔵>
「君達、さっさとここから出ていってくれない?
僕はここで仕事中なんだ」
<秋葉ひなぎく>
「曲田のビルで仕事…? 兄様、どういうことですか?」
<秋葉才蔵>
「そんなこと、わざわざ教えるわけないだろ。
まったく…忍びならそれくらいわかってよね」
<秋葉ひなぎく>
「全然わかりません!」
<秋葉才蔵>
「僕はやるべきことをやってるだけだよ。
新しい主君…曲田様のもとで、ね」
<秋葉ひなぎく>
「にゃっ!? 兄様、何言ってるんですか!? ひな達の主君は王次郎様だけのはずです!
まさか…裏切ったのですか…!?」
<秋葉才蔵>
「裏切る…? はっ、そっちこそ何言ってるんだよ。
彼こそ、大勢を裏切ってこの街から去った存在だろ? あれだけ忠誠を誓っていた僕達を見捨てて」
<秋葉ひなぎく>
「な…!!!」
<Q>
「………………」
<秋葉市之助>
「…言葉が過ぎるぞ、才蔵」
<秋葉才蔵>
「ふん…。どうでもいいだろ! 何熱くなってるんだか。
とにかく、もう僕は曲田様側の人間だから。馴れ馴れしくしないでよね。じゃ」
才蔵はつま先で床を乱暴に蹴るように向きを変えると、頭上の鷹型ドローンを従えたまま、早足で姿を消した。
<雪谷えのき>
「あれ、戦ったりしないんだ?
忍者の殺し合いとか見たかったなー」
<彩葉ツキ>
「え、えのきちゃん! そんなこと言っちゃダメだよ!
ひなちゃん、きっと傷ついて…」
心配が先に立ち、ツキはそっとひなぎくのほうへ視線を向けた。
うつむき加減の小さな背中が小刻みに震えているのを見て、落ち込んでいるのだと思ったが――
<秋葉ひなぎく>
「にゃ、にゃ、にゃ…にゃんにゃんだお――――――!!!
Q様に向かってあの態度! 許すまじ…!!」
<雪谷えのき>
「なんだ、元気じゃん」
全身の毛を逆立てた猫さながらに、ひなぎくはぷんすかと怒りを爆発させる。
今にも才蔵を追いかけて飛びかかりそうな勢いに、周囲の空気がぴりりと張りつめたところで、Qが一歩前へ進み出た。
<Q>
「ひなぎく。落ち着いてくれ。
才蔵のことは、私に任せてほしい」
<秋葉ひなぎく>
「で、ですが…」
<Q>
「頼む」
<秋葉ひなぎく>
「…わかりました。
Q様のお考えの通りに」
主である王次郎に静かに諭されると、ひなぎくはぐっと唇をかみしめ、胸の奥で渦巻いていた怒りをなんとか抑えつけた。
こうして一行は気を引き締め直し、曜の姿を求めて、再びビルの奥へと歩みを進めていった。
通路を進んでいくと、突き当たりに、扉を開け放ったままのエレベーターがぽつんと口を開けていた。
まるでこちらへと招いているかのようなその光景に、一同は一瞬だけ視線を交わすが、覚悟を決めて無言のままかごの中へ乗り込む。
誰ひとりボタンに触れていないにもかかわらず、エレベーターは静かに動き出し、そのまま一直線に最上階へと昇っていく。