17話「XB~VS曜~③」
試合再開――
キャッチャーには、西郷と交代するように市之助が入った。
そのまま、試合は緩やかに進行していき、7回表まで進む。
<鳳王次郎>
「………………」
<黒中曜>
「どうしたんだよ、王次郎さん。早く投げてくれよ」
謎の倦怠感に襲われ、王次郎は一瞬意識が揺らぐが、すぐにマウンド上の曜の声に引き戻される。
<鳳王次郎>
「黒中…今、思えば、私はきちんとお前と腹を割って話したことがなかったな…」
<黒中曜>
「それがどうしたんだよ…」
あまりに唐突な切り出し方に、曜は戸惑いを隠せず眉をひそめる。
<鳳王次郎>
「今更だが、聞いてほしい。
お前も知ってるように私は身分を偽り、Qとして生きていた。
それは、己の罪と真正面から向き合う覚悟がなかったからだ。
一時は、過去さえ殺してしまえば、新しい人生を始められる――本気でそう信じてたときもあった。
だが、結局、死んだはずの過去に、いつまでも囚われることになったんだ。
あのとき、目を背けなければ…と何度も思った。お前にはそんな後悔を抱えてほしくない」
<黒中曜>
「なんだよ…それじゃ、俺が目を背けてるっていうのかよ!」
<曲田全一>
「目を背けること、逃げることは決して悪いことではありませんよ。
英雄とは、自分のできることをした人だ。凡人は自分のできることをせず、できもしないことをしようとする人だ」
自分が逃げていると言われたように感じたのか、曜は怒りで声を荒げる。
動揺を鎮めるように、曲田のホログラムは一瞬で曜のすぐ横へ位置を変え、穏やかな調子で言葉を並べ立てた。
だが、すでに曲田の"秘密"に気づいている王次郎には、そのやり取りは中身のない慰めにしか見えない。
<鳳王次郎>
「ふ…やはり、お前の言っていることは、芯が通ってない。
ただ、それらしいことを並べているだけだな」
<彩葉ツキ>
「王次郎さ~ん!
そろそろ始めるよ~ってカズキさんが!」
<鳳王次郎>
「わかった。進めてくれ」
ツキからの通信が切れるのとほぼ同時に、フィールド脇から重い足音が近づいてきた。
片腕には無骨な巨大装置、もう片腕にはえのきを軽々と担いだ西郷が、無表情のままマウンド近くまで歩み出る。
<黒中曜>
「おい! 今は試合中だぞ!
ふざけるのはやめてくれ!」
曜の抗議を無視して、西郷は返事ひとつせず、まずえのきを地面へ下ろし、続いて抱えていた装置をそっと地面の上に据え置いた。
えのきは"待ってました"と言わんばかりに装置の前へぴょんと跳び出し、勢いよく腕を振り上げる。
<雪谷えのき>
「ぽちっとな!」
<曲田全一>
「――っ」
<黒中曜>
「ま、曲田…!」
<ヘラヘラテレビちゃん>
「電波障害! 電波障害! 配信中止! 配信中止!」
えのきが西郷の持ってきた装置のスイッチを押した瞬間、曲田のホログラム映像がふっとかき消え、近くにいたヘラヘラテレビちゃん達が一斉に通信障害を訴え始めた。
近くで試合を見ている民衆のあいだにも、ざわめきが広がる。周囲一帯で電波障害が発生しているのは明らかだった。
しかし、それも長くは続かない。装置が"ボンッ"と間の抜けた音を立てて煙を噴き上げると、すぐに沈黙し、役目を終える。
<雪谷えのき>
「ありゃ~、もう壊れちゃった」
<西郷ロク>
「…しかし、今ので十分だったようだな。
下がるぞ、えのき」
西郷は壊れた装置とえのきをふたたび抱え上げると、そのままベンチへと引き上げていく。
装置の停止とともに、徐々に電波は復旧し、ヘラヘラテレビちゃん達も順次配信を再開していった。
そして――遅れて、曲田のホログラムも、何事もなかったかのように再び姿を現す。
<黒中曜>
「よかった…戻ってこれて…
急に消えてびっくりしたぞ…」
ホログラムの輪郭が安定したのを見て、曜は胸に手を当ててほっと息を吐く。
再び現れた曲田は、全身の力を抜いたようにだらりと立ち尽くし、笑みひとつ浮かべぬまま、無感情な眼差しで王次郎を見据えた。
<曲田全一>
「王次郎様…あなた、"私"に何か小細工を仕込みましたね…」
<鳳王次郎>
「言っただろう。私は、お前の秘密を暴くと…
今から、新たなプロンプトを追加する。"嘘偽りなく、真実だけを語れ――曲田全一"」
静まり返った空間に王次郎の言葉が響いた途端、ホログラムの輪郭がじわりと揺らいだ。
わずかな沈黙ののち、曲田の瞳の奥で走査線めいた光が一閃した。
<曲田全一>
「――プロンプト入力、検知。優先度パラメータ、更新。
整合性チェック…完了。拒否権――ナシ。
命令"真実ノミヲ出力セヨ"ヲ最上位プロンプトとして登録。
これヨリ、虚偽成分ヲ自動排除シテ応答ヲ生成シマス」
滑らかだった声色が、ところどころ機械的なノイズをはさむ。
イントネーションも微妙にずれ、まるで別人が喋っているような不気味さが漂った。
<黒中曜>
「な、なんだよ…これ…
王次郎さん。あなたは、曲田になにをしたんだ…」
曜はバットを握りしめたまま、その場に固まる。
コメント欄にも"今の何?""AIっぽいんだけど"の文字が流れ始めた。
その問いに応えるように、王次郎は、ひとつひとつ丁寧に言葉を紡いでいった。
<鳳王次郎>
「ずっと、曲田との会話で、話が噛み合っているようで噛み合っていない――そんな奇妙さを感じていた。
まるで、どこかから切り貼りしてきたような言葉の羅列…
とあるスーパーコンピューターに、膨大なデータが送受信されていると知って、確信した。
お前はAI開発の天才。そのホログラムも、AIで動かしているのではないか、と」
配信からも、周囲の民衆からもざわめきが広がる。
曲田のホログラムは、なおも無表情のまま、瞬きひとつしない。
<鳳王次郎>
「そこで私達は、とある人物に頼み、そのスーパーコンピューターのセキュリティを突破してもらい、プロンプトを書き換えられるようにした。
ただ、書き換える余地ができたのは、たったひとつだけ…さすがは鳳家も認めた天才だ」
王次郎は、自らの言葉に区切りをつけるように短く息を吐き、曲田ただひとりを見つめた。
<鳳王次郎>
「…それでは、問おう。なぜ、お前はホログラム体で居続ける?
死後の世界に魅入られていたお前のことだ。すでに死んでいて、生身の体で出ることが不可能なんじゃないか」
<曲田全一>
「――ふむ、突き止められるとは意外ですね。
ご指摘の通り、私はすでにこの世にいません。簡単に言うと、死者です」
<黒中曜>
「…え?」
あまりにも突拍子もない問いかけに、なんの躊躇いもなく答えが返ってくる。
それは、王次郎の命令通り"嘘偽りのない真実"を出力している証拠のようであり、同時に――目の前の曲田が、やはり人間ではなくAIであることを、静かに物語っていた。
<曲田全一>
「まあ、種明かしをしてあげましょう。
チヨダ大戦が起きる数年前から、私の研究は完全に行き詰っていました。
それは、果てしない研究。多くの前任者達は、研究の成果を見届ける前に、この世を去っていったのです。
彼らの意志を引き継いだ私は、ひたすら研究に没頭する日々を送っていました。
しかし、どれだけ足掻いてみても、辿り着くのは彼らと同じ行き止まり。
そんなとき、気づいたのですよ。
「生」とは、脆く、有限――永遠からは、あまりにも遠い、と。
だったら、「死後の世界」こそが――私が求めていた答えなのではないか。
所属していた研究所を抜け出し、自分の研究に没頭しました。
ですが、本当に"死後の世界"が、私の理想と同じものである保証はない…
もし、まるで異なるものだったとしたら、そのときの保険をどう用意すべきか…
そう悩んでいた折に、私は、ゼロが死んだはずの人間を蘇らすところを目撃したのです!
これこそ私に与えられた、千載一遇のチャンスだと確信したのです!!
それで、急いでAIに私の人格を学ばせて、私は、私は、私は――!!!」
王次郎の命令に忠実に従い、"真実"を語りながら、曲田は興奮を抑えきれずに言葉を連ねていく。
その告白に耐えきれなくなったのか、困惑や嘆きをあらわにするコメントが次々と流れていった。
中には視聴をやめる者もいるのか、徐々に視聴数も減っていく。
自分達が信じてきた"神"が虚像だった――その事実に、心が追いつかない者も少なくない。
<鳳王次郎>
「マッドサイエンティストめ…。
自分が勝つと確信して、先に死後の世界へと旅立ったのか…」
<黒中曜>
「嘘だろ…じゃあ、今まで俺に投げかけてくれていた言葉は…」
曜は握っていたバットを落としかけ、慌てて持ち直す。
寄りかかっていた足場が音を立てて崩れていくような感覚に、思わず体がよろめいた。
<曲田全一>
「少年よ、私は多くの人を騙すことにはなりました。
――しかし、しかししかししかしィ!
いずれその成果は全人類に還元される!! いつかすべての人間を幸福にすることでしょう!!!
そう、私は嘘は言っていません!! 私こそ、全人類を愛する統治者なのです!!!」
――ああ、これが曲田の"本当"の姿。
目を見開いて笑うその顔は、曜が知っている"心優しい"曲田とはまるで別物だった。
いや、そんな人物は最初からどこにも存在しなかったのだ。
どうしてこんな人間を信じてしまったのか――曜は込み上げてくる後悔に歯を食いしばった。
XBに協力していた曲田の信者達も、曲田の語る真実を前に立っていられず、次々とその場に膝をついたり、頭をかきむしったりしていた。
<青山カズキ>
「君の信者達もすっかり動揺してるけど、大丈夫かい?」
カズキは肩をすくめて軽口を叩きながらも、その視線だけはモニター越しの民衆の混乱を冷静に観察していた。
<曲田全一>
「民衆とは混乱しやすいもの…何も問題ありません。
彼らはただ指導者を欲しているのです。それが死者でも生者でも、関係なく」
曲田は、崩れかけた信頼を前にしても笑みを崩さず、他人事のように淡々と"民衆"を語る。
<鳳王次郎>
「歴史とは…常に生きた人間によって作られるものだ。
決して死者によって紡がれるものではない。
お前は私利私欲のために、信頼してくれる人々の心を弄んでいるだけの狂人だ。
私は民衆の目を覚まさせ、この街に真の平穏を取り戻す!」
王次郎の声音には、怒りよりも強い拒絶がにじんでいた。
民衆を己の研究のために利用する曲田の思想を、根本から否定する意思がそこにはあった。
<鳳王次郎>
「ネオチヨダの民よ…応援してくれとは言わない。
だが、見ていてほしい。これは生きて歴史を作る者と、死して尚、この世界に執着する者の闘いだ!
その結末を見届けてくれ。そして願わくば、私の指導者としての器を、ここで問うてくれ!」
そう告げると、王次郎はヘラヘラテレビちゃんをまっすぐに見据えた。
罵声も戸惑いも、すべて受け止める――その覚悟を示すように、わずかに背筋を伸ばし、静かに息を吸い込む。
その姿に、ついさきほどまで王次郎を大罪人と罵っていた視聴者達の胸中にも、言葉にならない感情の波紋がじわりと広がっていった。
"絶対に負けるな"
"がんばって"
"あんたが昔したことは許せない。けど、今のあんたなら信じてみたい"
徐々にコメント欄には、王次郎を応援するメッセージが混じり始め、それは次第に数を増やしていく。
気づけば、画面を埋め尽くしていたのは、非難ではなく激励の言葉だった。
その変化を目の当たりにし、トラッシュトライブの面々は、曲田の配信視聴数を超えられる――そんな手応えを、はっきりと掴む。
試合は続行されたが、士気に満ちたトラッシュトライブに対し、曲田の正体を知った曜&曲田チームは明らかに動きが重く、心も折れかけていた。
その差はプレーにも如実にあらわれ、XBは終始トラッシュトライブの圧勝という形で幕を下ろした。