20話「Qの帰宅」
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<彩葉ツキ>
「うーん…
王次郎さん、どこへ行っちゃったんだろうね」
<秋葉才蔵>
「絶対、オールドヘブンへ行ったはずなんだ。
だって、U-DXロボが破壊されてたし、あんなことができるのは王次郎様くらいだよ」
<秋葉ひなぎく>
「うう…王次郎様は、いったいいずこへ…」
<秋葉市之助>
「きっと、待っておれば帰ってくる…主を信じるのだ」
<青山カズキ>
「………………」
ツキ達は、XBの試合が終わったあと、王次郎がえのきと西郷に交わした約束を守るため、hina☆cafeでパーティの準備に勤しんでいた。
しかし、その最中、唐突に統治ルールの更新を告げる連絡が届く。
店にいない王次郎が絡んでいると察した一同は、すぐさま連絡を試みるが、応答はない。
居ても立ってもいられなくなったメンバーはネオチヨダシティの各地を探し回り、その途中、才蔵がオールドヘブンで破壊されたU-DXロボを発見した。
だが、その後どこを探しても、王次郎の姿だけは最後まで見つからず、手掛かりを失った一同は、再びhina☆cafeへと戻った。
重たい沈黙の中、耐えきれなくなったように、椅子をきしませて立ち上がったのは曜だった。
<黒中曜>
「俺、もう一度、探してくるよ。
もしかしたら、どこかで迷ってるのかもしれないし――」
曜が再び外に出ようとすると、カランと軽い音を立てて、店のドアベルが鳴る。
その音に惹きつけられ、全員の視線が入口へと吸い寄せられた。
そこに立っていたのは、Qだった頃と同じ服装に身を包んだ鳳王次郎だった。
<Q>
「すまない…待たせたようだな…」
<青山カズキ>
「――王次郎! よかった、無事だったんだね」
<秋葉ひなぎく>
「私達、ずーーーっと、王次郎様のことを心配していたのですよ!
それで…お食事の準備は終わっておりますが、お先に汗を流されますか?
それとも、ひょっとして…メ・イ・ド?」
<秋葉市之助>
「ええい! 何を急に新妻のようなムーブをかましておるのだ!
王次郎様は生涯独身を貫き、拙者と共にいるのだ!!」
<彩葉ツキ>
「うわっ、それちょっと重すぎない…?」
<黒中曜>
「Q…じゃなかった、王次郎さん。あのさ…えっと…。
これからは、もっとみんなのことを信じる。だから…また、力を貸してほしい」
<Q>
「――ああ」
各々、王次郎が無事だったことを喜び、笑顔で駆け寄っては口々に声をかける。
だが、当の王次郎だけは、どこか戸惑ったような表情を浮かべていた。
その違和感に気づいたカズキが王次郎の様子をうかがうと、こちらを見ていた王次郎と自然と目が合う。
<Q>
「…カズキ。少しいいだろうか?」
<青山カズキ>
「うん。いいよ」
そう言うと、ふたりは騒いでいるみんなにひと言だけ声をかけてから、少し離れた場所へと歩いていく。
周囲から会話が筒抜けにならない位置まで移動すると、王次郎は声を落とし、誰にも聞こえないような小さな声で口を開いた。
<Q>
「さっきからみんなが言っている王次郎とは…誰のことだ?」
<青山カズキ>
「…え?」
<Q>
「私の名前はQなのだが…なぜそんな間違いを…?」
<青山カズキ>
「――ッ」
カズキの頭は、一瞬で真っ白になった。
幼い頃から兄弟のように共に育ってきた王次郎が、タチの悪い冗談を言うような人間ではないことを、カズキは誰よりもよく知っている。
だからこそ、今の言葉が嘘ではないとわかってしまう。それでも――どうして。
<青山カズキ>
「まさか…そんな…クソ!」
カズキの脳裏をひとりの男がよぎった。
こんな芸当ができるのは、あいつしかいない――そう決めつけるようにその場を飛び出す。
外は、バケツをひっくり返したような土砂降りだった。
雨が容赦なく頬を打ち、カズキは濡れるのも構わず、ぐしゃぐしゃに濡れた靴で路地へと駆け込む。
<青山カズキ>
「ゼロ! いるんだろ!? 出てこい!!」
<ゼロ>
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ~ン。
何か用? カズキくん」
カズキの叫びに応じるように、目の前の空間がぐしゃりとゆがみ、黒い小さな穴がぽっかりと口を開ける。
そこから、ブサイクなぬいぐるみ――ゼロが、ひょいっと這い出してきた。
カズキは一歩、二歩とゼロの前に詰め寄り、睨みつけるように顔を寄せる。
<青山カズキ>
「僕が何を言いたいか、わかってるだろ。
王次郎に何をした? 答えろ!!」
<ゼロ>
「ええぇ…そんなこと? きみ達ってほんとぼく使い荒いよねぇ。
死んじゃったから、生き返らせてあげただけなのにそれが?」
<青山カズキ>
「…王次郎が死んだ? 生き返らせた?」
<ゼロ>
「そうだよ。統治ルールが撤廃されたから気づかなかった?
王次郎くんってば、子供に毒を仕込まれてて苦しいっていうのに、ひとりであのでっかいロボに挑んだよ。
そりゃあ~死んじゃうよね~」
子供に毒――
その言葉を聞いた瞬間、カズキは、XBの試合前に王次郎が子供にぶつかられた場面を思い出した。
まさか、あのとき毒を仕込まれていたとは思いもしなかった自分の甘さに、悔しさが込み上げる。
守りきれなかったという事実が胸を締め付け、行き場のない怒りが、そのまま目の前のゼロへと向かった。
<青山カズキ>
「じゃあ、本当に王次郎を生き返らせたっていうのなら、なんで自分のことがわからないんだ!?
王次郎の記憶を奪ったのか!?」
<ゼロ>
「ん? …ああ、なるほど。きみ達にはそう見えてたんだ」
カズキが何を勘違いしているのか察したゼロは、わざとらしくため息を吐いた。
<ゼロ>
「あのねえ、人が生き返るって、そんな簡単な話じゃないんだよ?
少しのエラーはご愛嬌と思ってよね」
<青山カズキ>
「エラー…? 何を言ってるんだ…
王次郎は罪の意識に苛まれながら…姿を隠して、名前を変え、過去から逃げるしかなかった。
なのに、この街のために、仲間のために、あいつは過去の自分と向き合うことを決めたんだ…!!
その覚悟がどれだけのものだったか、お前にわかるのか、ゼロ!?」
まともに答えようとしないゼロに、カズキは抑えていた感情をもう止められず、ただ思いのまま言葉をぶつける。
王次郎は、カズキの大事な弟。
その弟の"覚悟"を、ゼロはどこかへと奪い去ってしまった。
普段なら落ち着きあるカズキも、今ばかりはそれに耐えられなかった。
<ゼロ>
「わからないなぁ。じゃあ、どうしたらよかったわけ?」
急に、ゼロはそれまでのあざとい喋りをぴたりとやめ、声を低く落とす。
<ゼロ>
「そもそも、生きたいって願ったのはQくん自身だよ。
俺はそれを叶えてあげたにすぎない」
そう言うと、ぬいぐるみの姿はふっとかき消え、仮面を被った人間の姿で現れた。
<青山カズキ>
「…!!」
<ゼロ>
「確かにこれからのQくんは、今までのキミが知ってるQくんではないかもしれないね。
でもさ、相棒としての不甲斐なさを棚上げして、黙って死んだままにしておけなんて…
俺からすると、キミの言ってることの方が理解できないんだよ」
<青山カズキ>
「やめろ…! やめてくれ…!」
カズキは耳を塞ぐように頭を抱え、かぶりを振る。
ゼロの言っていることは、理屈だけ聞けば至極当然だ。生き返らせてもらっただけで、感謝すべきなのかもしれない。
なのに、求めてしまう。欠落していない弟を。
<ゼロ>
「あぁ、それにね、キミ、ちょっと勘違いしてるかもしれないよ。
俺はね、興ざめするゲームオーバーがきらいなんだ。
キミが気付いていないだけで、こんな些末なことは何度も、何度でも起きているんだよ。ほら、ツキちゃんだってそうだ」
<青山カズキ>
「何を…言ってるんだ…?
だって、ツキちゃんは何も変わって――」
カズキは、自分で口にしかけている最中に気づいた。
確かに、ゼロにやられた後の"彩葉ツキ"は、それ以前とまったく同様に見えた。
しかし、"八雲彗"はそうではなかった。
彼は、気性を悪くして、大事な幼馴染2人に襲いかかった。
つまり"彩葉ツキ"が特別なわけじゃない。
短い付き合いだったから、彼女の変わったところに自分が気づいていないだけなのかもしれない。
<ゼロ>
「じゃ、話も済んだことだし、俺はおいとまするよ。
これからも、キミ達のプレーを楽しみにしているよ。
ゲームはまだまだ、これからも続いていくんだから!」
そう言い残し、ゼロは嘲るような笑みを浮かべたまま、ふわりと宙へ浮かび上がり、闇に溶けるように消えていった。
<青山カズキ>
「……………」
非情にも、雨はなお勢いを増していく。
冷たい雨粒が、体温を容赦なく奪っていった。
カズキは力なくうなだれ、前髪から滴る水がぽたぽたと地面を濡らす。
やがて、近くの水たまりをぴちゃぴちゃと踏む足音が近づいてきた。
<Q>
「…ここにいたのか。急に飛び出したから心配した」
ゼロが消えたのと入れ替わるように、路地の入口から王次郎――いや、Qが駆け込んできた。
彼は、カズキに近寄ると、その頭上へそっと傘を差し出す。
<青山カズキ>
「ああ…ありがとう」
カズキは、Qの傘に入ると、ふたりで静かにhina☆cafeへと戻った。
しかし、店が見えるや否や、Qは足を止めた。
<Q>
「なあ、変なことを聞くかもしれないが…私の身に、なにか変化があったのか?」
<青山カズキ>
「…っ」
"王次郎"に心配をかけたくないと、カズキは"Q"には何も話さないと決めていた。
だが、察しのいいQは、すぐにカズキの反応から察してしまったのだ。
<Q>
「私のなにが変わろうとも、これからもトラッシュの一員として、力を尽くす。
だから、心配いらない」
<青山カズキ>
「――ああ、わかったよ。Q。
これからもよろしくね…」
穏やかに微笑むQを見て、カズキは思わず泣きそうになるが、ぐっと抑えた。
何かが、確実におかしくなりつつある――
歩みはたしかに前へ進んでいる。けれど、そのたびに、大事に守ってきたものがどんどん失われていく。
それでも、立ち止まる訳にはいかなかった。たとえ、何かを失うことでしか前に進めないのだとしても――
進むしかないのだ。
幼少期にふたりで見た"夢"を叶えるために。
【トライブナイン 第3章 END】
執筆者:クロノゲート