16話「絶望」
<ゼロ>
「強い植物を育てる為には、時に弱い芽を摘んでやる必要がある…
今がちょうど…その時なのかな」
言い終わるや否や――
ゼロはその手の平を曜に向けた。
それに対して曜が身構えた瞬間――
<ゼロ>
「………………」
ゼロはその手の平をすっと彗に向けた。
と同時に、彗の胸に謎の小さな赤い光が当たる。
まさか、あれは――
<ゼロ>
「彼らは、キミの成長の邪魔をする芽だったんだね」
<黒中曜>
「…ッ!」
その赤い光がレーザーポインタの照準だと気付いた曜は、すぐに彗に向かって手を伸ばした。
<黒中曜>
「彗、危な――」
<八雲彗>
「…あ?」
ただ、当の彗はその照準に気付いていなかった。
気付かないまま――
直後、1本のレーザーが天井を突き破り、そして――
彗の胸を容赦なく貫いた。
<八雲彗>
「――くはっ…!」
胸と口から血を噴き出して――
「ドサッ」と、その場に彗の体が倒れる。
<彩葉ツキ><黒中曜>
「「彗っ!?」」
曜とツキは同時に声を上げた。
そして、同時に彗の元へと駆け寄った。
ツキは倒れ込んだ彗の傍に、へたり込むようにして腰を落とした。
<彩葉ツキ>
「ど、どうしよう…!」
彗は胸から血を流したまま目を閉じていた。
ツキは流れる血を止めようと、必死に彗の胸に手を当てる。
しかし――
<彩葉ツキ>
「曜! 彗の血が…っ!
血が止まらないよ…っ!」
ツキの声は涙混じりだった。
<黒中曜>
「ダメだ…! その場所に止まっていたら…!」
赤い小さな光――レーザーポインタの照準がツキの頭にぴったり合わされる。
<黒中曜>
「――早く逃げろっ!! ツキッ!!!」
<彩葉ツキ>
「…えっ?」
その意味に気付いたツキが、慌てて立ち上がる。
そして、言われるまま、その場から体を動かす。
左へ――
右へ――
けど、レーザーポインタの照準はツキにぴったりくっついたまま、ツキの動きに追従していて、剥がれない。
<彩葉ツキ>
「な、何…これ…?」
<黒中曜>
「逃げるんだっ!!」
曜の悲痛な叫び声が響き渡る。
しかし、ツキはその場に立ち止まると、じっと曜を見つめ――
<彩葉ツキ>
「あのっ…えっと…私…誓った約束…守れないみたい…」
<黒中曜>
「…は?」
ツキの頬を涙が伝う。
<彩葉ツキ>
「ごめん…でも…きっと、大丈夫だから…
曜は…夢を叶えてね…? 大丈夫だよ…曜ならでき――」
直後、ツキの側頭部をレーザーが貫く。
<黒中曜>
「…ッ!!!!」
血しぶきをほとばしらせながら――
ツキの体はスローモーションのようにゆっくりと――
その場に倒れた。
<黒中曜>
「…あ、あぁ…ぁっ…」
声にならない声が曜の喉から漏れ出てきた。
他の面々も、突然の展開に声すら発せずにいた。
逃げる事はおろか、動く事さえできなかった。
ただ、その顔を“絶望”で染める事しかできなかった。
それは誰よりも――曜自身がそうだった。
血まみれで横たわった幼馴染み達を前に、彼は絶望するしかなかった。
俺の…
俺のせいなのか…?
曜は自分自身に力なく問いかける。
彗もツキも、2人とも俺を助けにきたせいで――
<ゼロ>
「さて…余計な要素が消えたわけだし、もう一度選択をやり直そうか!」
ゼロはケロッとした様子で言う。
<ゼロ>
「曜、俺の用意した最高のゲームで一緒に遊んでくれるかい?」
<黒中曜>
「………………」
曜は後悔の自問自答を続けていた――
2人の為に悲しむ資格すら、俺にはない。
だって、あの2人の事を俺はまだ何も知らないんだ。
"夢"って一体なんだったんだ…?
これから、俺はどうすればいいんだ?
俺はどうすれば良かったんだ?
わからないんだ――
何も思い出せないんだ――
その時だった。
ツキの"ある言葉"が、不意に曜の脳裏をよぎった。
<彩葉ツキ>
「とにかく、ここを脱出したら一緒にXBやろうっ!」
<黒中曜>
「…ッ!?」
XB――
その言葉が曜の頭の中で反芻される。
<彩葉ツキ>
「…曜は"すっごく強いXBプレーヤー"だったんだよ?
私達の中で一番だったんだから!!」
<黒中曜>
「X…B…」
ボソリと呟く。途端に――
<八雲彗>
「ハッ、ぶっちゃけオレは最初から心配なんかしてねーよ。
オメーは昔からこっちが心配してやってんのに、いつの間にかケロッとした顔で大体の問題を解決してるようなヤツだしな」
彗の顔と言葉が――
ツキの顔と言葉が――
次から次へと、浮かび、消えていく。
<彩葉ツキ>
「でも…きっと、大丈夫だから…
曜は…夢を叶えてね…? 大丈夫だよ…曜ならでき――」
<黒中曜>
「………………」
曜は顔を上げた。
わかった気がしていた。今の自分にもできる事が。
アイツと…戦える方法が…っ!!
曜の眼前に選択肢が浮かび上がる。
ゼロが用意したものではない――曜自身が作り出したモノだ。
<せんたくし>
「XBで勝負する」
たった1つの選択肢――
決意を込めて、曜はその選択肢を選び取る。
<黒中曜>
「ゼロッ!! 俺はお前だけは許さないっ!!」
曜は感情のまま叫んだ。涙声だった。
<黒中曜>
「思い通りになんてなってやるもんか!! どうしても言う通りにさせたいなら…」
そして、ゼロに向かって力強くその言葉をぶつける。
<黒中曜>
「俺とXBで勝負しろッ!!!」
<ゼロ>
「………………」
一瞬の間の後、ゼロは感心したような声を漏らした。
<ゼロ>
「…面白い事を言うんだね。こういう展開は予想していなかったな。
だってキミ…XBが何かすらわかってないんだろう?」
<千住百一太郎>
「バ、バカヤロウッ! 何言ってんだ!?」
思わず、百一太郎が口を挟む。
<千住百一太郎>
「こいつが、そんな誘いに乗るわきゃねーだろ!!」
<ゼロ>
「いいよ」
<小日向小石>
「ええっ!?」
あっさりと答えたゼロに、一同は戸惑いの顔を隠せなかった。
<ゼロ>
「何をそんなに驚いてるの? XBだってゲームの一種じゃないか…
しかも、まともに戦っても勝てない事を見越して、曜の方から精一杯の提案をしてくれているんだ」
仮面に隠された奥の顔がニヤリと笑った――気がした。
<ゼロ>
「…これもある種の因果だね。正々堂々とXBの勝負を受けよう。
俺と、キミ達全員のXB勝負だ」
<青山カズキ>
「…全員で?」
<ゼロ>
「長々とはやりたくないし…攻守1回ずつだけにしようか」
ゼロはそのまま勝手に話を進める。どうやら本気のようだ。
<千住百一太郎>
「マジかよ…お、俺達もやるのかよ…!」
<十条ミウ>
「攻守1回ずつ…じゃあ、1回の裏で終わりって訳ね」
<轟英二>
「だが、決着がつかなかったらどうするんだ? 引き分けか?」
<ゼロ>
「いや、もしそうなったら俺の負けでいいよ」
<Q>
「…自信があるようだな」
<ゼロ>
「自信って言うか…絶対にそうはならないからね」
<黒中曜>
「………………」
曜はじっとゼロの一挙一動を見つめていた。
決意を口にした時から、不思議と頭の中がクリアになった気がしていた。
今は、彗とツキの事は考えないようにしていた。
悲しむのは、アイツを倒してからだ――
<青山カズキ>
「僕達が勝ったら…解放してくれるの?」
<ゼロ>
「あぁ。キミ達が勝てば俺はもうキミ達に関わらない。
無事に解放すると約束しよう。その代わりに…」
ゼロは自信満々に言い放つ。
<ゼロ>
「XBで俺に負けたら、キミ達には俺の作ったゲームに参加して貰うよ?」
<黒中曜>
「…俺はそれでいい」
曜は躊躇なくそう答えた。
それを聞いたゼロは嬉しそうに肩を揺らすと、
<ゼロ>
「…他のみんなも、それでいいかい?」
<滝野川ジオウ>
「わかってて聞かないで欲しいな。
応じなきゃノーチャンスなだけでしょ?」
<青山カズキ>
「…いいさ、僕達だって"元XBプレーヤー"だからね。
引き下がれないプライドってヤツがある」
カズキには珍しく力の入った言葉だった。
<ゼロ>
「…じゃあ、ゲーム成立だ。
ここだと手狭だし、地上に移動しようか。
場所は…そうだな――」
ゼロは自らの足元を指差し、
<ゼロ>
「ちょうど、ここの真下が"シナガワシティ"だ。
脱出ポッドは壊れちゃったから別の方法で移動しよう」
<千羽つる子>
「べ、別の方法…?」
ゼロが指を鳴らすと、どこからともなく複数のドローンがやってきて、全メンバーの背後から抱きかかえてくる。
<轟英二>
「なっ…!?」
身動きが取れなくなった一同の足元の床が開く。
<黒中曜>
「うわっ…!」
足元に広がる――夜空。
そのまま、曜達は"空中要塞"から、暗い空へと落下していった。
倒れたツキと彗を残して。
<ゼロ>
「――さぁ、今日も楽しくプレーしよう」
最後にそう呟いてから、ゼロは自ら奈落へと足を踏み出し、夜空にその体を舞わせた。