3話「ゆうしゃくろなかのかくせい」
村の中を走り抜けて、崖の上の広場へと向かう。
そこでは、女神像の優しい笑顔が勇者くろなかの帰りを待っていた。
<めがみぞう>
「よくぞ もどりました。 ゆうしゃ くろなかよ」
女神像は穏やかな声で、勇者くろなかを迎えてくれる。
さっそく、勇者くろなかは買ってきた薬草を取り出そうとするが――
<めがみぞう>
「それでは つぎの しじを つたえます。
よくきくのですよ」
勇者くろなかの目の前に選択肢が浮かぶ。
<せんたくし>
「はい」「いいえ」
だが、勇者くろなかは慌てて女神像に問いかける。
<ゆうしゃくろなか>
「えっと…いらないんですか…?」
<めがみぞう>
「…なにか いいましたか?」
<ゆうしゃくろなか>
「"やくそう"は、いらないんですか?
せっかく買ってきたのに…」
<めがみぞう>
「しつもんには『はい』か『いいえ』で こたえるものですよ」
女神像は諭すように言う。
再び、勇者くろなかの目の前に選択肢が浮かぶ。
<せんたくし>
「はい」「いいえ」
それでも、勇者くろなかは女神像に問いかけた。
<ゆうしゃくろなか>
「あの…教えてほしいだけなんです。
今まであんまり、気にしてなかったですけど…」
言いながら、勇者くろなかは自分の中に芽生えた感情に気が付く。
これは…不安?
なんでだろう?
女神様は自分を導いてくれる存在なのに。
導いてくれる?
いや――
操られている?
<ゆうしゃくろなか>
「俺は…何をやっているんですか?
こんなお使いみたいな事を繰り返して…」
勇者くろなかは、疑問を吐き出すように言った。
<ゆうしゃくろなか>
「本当に、こんな事で一人前の"ゆうしゃ"になれるんですか!?」
<めがみぞう>
「…あなたの きもちは わかりました」
女神像は穏やかな口調のまま答えた。
<めがみぞう>
「これには きちんとした りゆうが あるのです。
すべて あなたの ためになること…いま いえるのは それだけです」
<ゆうしゃくろなか>
「………………」
<めがみぞう>
「わたしを しんじてくれますね?」
いつもの優しい口調だ。
けど――
どこか、異論の余地を与えない妙な圧力を感じた。
<せんたくし>
「はい」「いやだ」
浮かび上がる選択肢。
いつの間にか、勇者くろなかは「はい」を選んでいた。
<ゆうしゃくろなか>
「はい…」
<めがみぞう>
「よろしい。 では つぎの しじを つたえます」
女神像は満足そうに続けた。
<めがみぞう>
「あっちの つりばしを わたった さきにあるツボの なかを しらべてください」
<ゆうしゃくろなか>
「吊り橋…」
確かに、村に向かうのとは反対の方向に吊り橋が見えた。
吊り橋は切り立った崖に掛かっていて、向こう側の山に渡れるようになっていた。
ただし、その吊り橋の前は大きな岩で塞がれている。
<めがみぞう>
「みちを ふさいでいる おおきないわは こわしておきましょう」
「ガガーン!」と、激しい雷鳴が鳴り響く。
その衝撃に、勇者くろなかは顔を逸らして目を瞑った。
直後、「ガラガラ」と石が崩れるような音が聞こえてくる。
勇者くろなかが目を開けると、道を塞いでいた大きな岩は粉々に砕け散っていた。
<めがみぞう>
「さあ いきなさい ゆうしゃ くろなかよ」
<ゆうしゃくろなか>
「………………」
勇者くろなかは戸惑っていた。
雷が落ちて邪魔な岩を壊してくれた――なぜ、こんな事が可能なんだ?
女神様の力だから?
いや、そもそも女神様って――
<めがみぞう>
「さあ いきなさい ゆうしゃ くろなかよ」
再び女神像が声を上げると、勇者くろなかの足は勝手に動き出していた。
吊り橋に向かって進む。
けど、これは本当に自分の意思なのだろうか?
本当に、誰かに操られているような――
頭がボーッとしてくる。
何も考えられない。
そんな状態のまま吊り橋を進んでいくと、向こうから両手にカゴを持った村娘がやって来る。
頭を三つ編みにした、そばかすだらけの素朴な娘だった。
<むらむすめ>
「あら? くろなか。 なんだか むずかしい かおを してるわね。
はやく いちにんまえの ゆうしゃに なって まおうを やっつけてね!」
魔王を…やっつける?
魔王?
魔王って?
木製のベンチに腰掛けた老人が勇者くろなかに話し掛けてくる。
<おじいさん>
「あの あめのひ きおくそうしつのおまえを ひろったときは おどろいた!」
老人が懐かしむように語る――
<おじいさん>
「めがみさまの いうことを きいて しっかり つよくなるんじゃぞ」
勇者くろなかはそのまま吊り橋を進んでいく。
ボーッとしたまま、けどその足取りは真っ直ぐに。
次から次へと村人とすれ違う。
<スライム>
「ぷるぷる ボク わるいスライムじゃないよっ!」
<ねこ>
「にゃーん…」
<せんし>
「オレは ここで むらのそとから まものが こないか みはってるんだ。
オレとの せんとうくんれんは あしただろ?」
<どうぐや>
「きょうは もう おしまいですよ。 うりものは やくそう ひとつだけですから」
ようやく、吊り橋の終わりが見えてきた。
ボーッとした思考のまま、勇者くろなかはなんとか吊り橋を渡り終える。
そこは、女神像が建っていたような広場になっていて、その中央にポツンと小さなツボが置いてあった。
あれが女神像が言っていたツボのようだ。
勇者くろなかはツボを調べる。
しかし、中には何もなかった――