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7話「2年間の洗脳」

<黒中曜>
「…ッ!!」

黒中曜は目を覚ました。

<黒中曜>
「…くっ! はぁ…、はぁっ…!」

よろめいた足を、なんとか踏みとどませる。
そして、肩で息をしながら、黒中曜は顔を上げた。

途端に、驚愕する。
さっきまで見えていた青い空も、大地も、村も、そこにはなかった。
そこは広々としてはいたが、無機質な壁と床と天井に囲まれた、室内の空間だった。

<黒中曜>
「…え?」

自分自身の異変にも気が付く。
いつも勇者として身にまとっていた青い服ではない。
黒と白を基調にしたスポーティーな服装だった。

慌てて周囲を見回す。
村人達が倒れていた場所には、壊れて動かなくなったドローンらしき物体が転がっていた。

<黒中曜>
「な、なんで…俺は…」

<白服の構成員>
「こ、こいつ…正気に戻りやがったのか!?」

声のした方に視線を移す。
民家の壁に激突した戦士がよろよろと立ち上がっている――
だが、さっきまでの戦士の姿ではない。
下から上まで真っ白な戦闘服を着ていた。
さらに、彼はフードをすっぽり被った上に、仮面まで着けていた。
その仮面には電光で"24"という数字が書かれている。

…24?
あの数字は――

<???>
「さて…勇者様は目を覚ましたみたいだけど、君はどうするのかな?」

青髪の男が、仮面の男に向かって睨みつけるように言う。

<白服の構成員>
「チッ…」

仮面の男は舌を鳴らすと、あたりに向かって声を上げた。

<白服の構成員>
「緊急事態だ! 応援要請! 応援要請!」

すぐに、どこからともなく数台の警備用ドローンが飛んでくると、曜と青髪と白髪の3人を取り囲んだ。

<黒中曜>
「な、何をするつもりだ…?」

<白服の構成員>
「お前…まだ何がなんだかわかってねぇだろ…」

白服の構成員は、曜を落ち着かせるように大人しい口調で語り掛けてくる。

<白服の構成員>
「…安心しろ。
すぐに眠らせて…元に戻してやる」

<黒中曜>
「…え?」

<白服の構成員>
「さっさと夢の中に戻るんだなっ!」

白服の構成員は懐から特殊警棒を出すと、それを曜の頭部目掛けて振り下ろす。

<黒中曜>
「…うわっ!」

曜が間一髪でそれをかわす。
バランスを崩しながらも距離を取り、構えた。
考えた訳ではなく、本能的に取った構えのポーズだった。

<白服の構成員>
「な、なんだ…? やる気か…?」

24と書かれた仮面から表情は読み取れないが、明らかに怯んでいるようだった。
それでも――

<白服の構成員>
「ふざけんなぁ!!!」

白服の構成員は特殊警棒を振り上げながら襲い掛かってくる。
大振りの攻撃で隙だらけだったが、特殊警棒を腕でガードする訳にはいかない。
曜は頭を下げて潜り込むようにその一撃を避けると、振り向きざまの右フックを"24"と書かれた仮面に叩き込んだ。

<白服の構成員>
「ぐうっ…!」

クリーンヒット。手応え充分だった。
曜の一撃は"24"の電光数字を破壊し、白服の構成員の体は後方へと吹っ飛んでいった。
そのまま床に叩きつけられると、大の字になったまま動かなくなった。

<黒中曜>
「はぁ…はぁ…」

<???>
「大丈夫か?」

その声に振り返ると、白髪の大男がじっと曜を見下ろしていた。
ゾッとするほどに冷たい目だった。

<???>
「凄いねー。囚われのお姫様の割に意外と戦えるんだね」

一方の青髪の男は、ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべながら軽口を叩いている。
2人の周囲には、いつの間にか破壊された警備用ドローンの破片が無残に転がっていた。
この短時間の間に片付けるとは、かなり腕が立つ2人のようだ。
ともかく、2人が曜に敵意を向けていないのはハッキリしていた。
彼らは敵ではないようだ。
だとしたら――

曜は、自分が殴り倒した白服の構成員を指差しながら言った。

<黒中曜>
「あいつは…なんなんだ…?
一体、俺に何が起きていたんだ…?」

<???>
「その様子…ようやくまともに話ができそうだね」

青髪の男は相変わらず薄笑いを浮かべながら言う。

<???>
「じゃあ、まずは僕達の自己紹介から始めようか。
僕達は君の――」

その言葉は、別の少女の叫び声によって遮られた。

<???>
「曜っ!!??」

反射的に振り返ると、遠くに2人の人影が見えた。
そこに立っていたのは――
金髪の華奢な少女と、
赤髪の目つきが鋭い少年だった。

<黒中曜>
「…ッ!!」

2人の姿を目にした途端、曜の鼓動が跳ね上がった。
さっき意識を失いかけた時に見た2人だった。

<???>
「ね、ねぇ! 見てよ!
あれって…曜だよね!? 絶対そうだよね!?」

金髪の少女は曜をじっと見つめたまま、隣にいる赤髪の少年の袖を掴んで激しく揺すった。
赤髪の少年は体を揺すられながら、大きく見開いた両目を曜に向けていた。

<???>
「マジ…かよ…!
やっと…見つけたぜっ!!

2人は一目散に曜へと駆け寄った。
そして、同時に曜の両肩を掴むと、声を合せて嬉しそうに叫んだ。

<???><???>
「「曜ーーーーーーーッッ!!!!」」

その声を聞いた途端――
また曜の視界に激しいノイズが走った。

<黒中曜>
「うっ…!」

<???>
「…曜? どうしたの? どっか痛いの?」

金髪の少女が心配そうに覗き込んでくる。
曜はそんな彼女に向けて絞り出すような声で問いかけた。

<黒中曜>
「う、うぅ…お前ら…誰だ…?」

<???>
「え? だ、誰だって…」

金髪の少女は見る見る内に驚いた顔に変わり、

<???>
「何言ってんの!?
まさか…"幼馴染み"の顔を忘れちゃったの!?」

<黒中曜>
「幼馴染み…?」

途端に、さらに強烈なノイズが曜を襲う。

<黒中曜>
「ううう…っ!」

<???>
「おい、曜…オメー、大丈夫か?」

赤髪の少年も心配そうに曜の顔を覗き込む。
その後ろで、青髪の男はやれやれとため息混じりに、

<???>
「どうやら、まだ完全に思い出した訳じゃないみたいだね。
まぁ、無理もないか…」

完全に思い出した訳じゃない?
何を…思い出していないって言うんだ?

曜は必死に思考を動かそうとする。
けど、それを阻むように、視界のノイズと頭痛が彼を襲う。

<黒中曜>
「ど、どう…なってるんだよ…幼馴染みって、なんだよ…
お前らなんか…村にいなかっただろ…?」

<???>
「村…? 曜の言ってる村って…この絵の事…?」

金髪の少女の視線の先には、倒れたハリボテの残骸が転がっていた。
どの建物も、薄いベニヤ板に書かれた絵に過ぎなかった。

村なんてどこにもなかった――
今まで曜が見ていたのは、何もかもハリボテで作られた紛い物に過ぎなかったのだ。

だったら…と、曜は思う。
今まで俺が見ていたのが、ただのハリボテなんだったら――

勇者ってなんだ? 魔王ってなんだったんだ?

<黒中曜>
「お、俺は…何をさせられていたんだ…?」

<???>
「オメー、マジでどうしちまったんだよ…?
なぁ、そろそろ正気に戻れよ」

赤髪の男は乱暴な言葉遣いながら、曜の事を心の底から心配しているようでもあった。
青髪の男はそんな彼を諫めるように、その肩に手を置く。

<???>
「仕方ないんじゃないかな。彼はずっとこの村とやらに閉じ込められてたみたいだし。
しかも"2年間も"…ね」

<黒中曜>
「は? 2年間…?
閉じ込められてたって…俺の事か…?」

曜は頭痛に苦しみながらも声を上げた。

<黒中曜>
「そ、そんなに長い時間を…俺は…」

認めたくない。
けど…もう認めない訳にはいかなかった。

<黒中曜>
「あの女神に騙されて…たのか…?」

騙されていた――

その言葉を発した途端、とてつもない絶望感が曜を襲った。
血の気が引くような感覚と共に、全身の力が抜けていく。

ただ、それとは裏腹に頭痛とノイズは消え――思考はクリアになっていった。

曜は、今まで自分が箱庭の世界にいたのだとようやく理解した。
しかも、その箱庭の世界は、嘘で塗り固められてできていた。
ただ、理解はしたものの――
感情が追いついてこなかった。

頭の中で、女神像の声がリフレインする。

<めがみぞう>
「すべては ゲームばんの うえの こま。
わたしには すべてが みえています」

"ゲーム"と…確かに女神像は言っていた。

<めがみぞう>
「くろなか よう。このさき なにがあっても
ずぅーっと いっしょに あそびましょうね」

曜の全身から力が抜けていく――
ゲームのような世界で失った2年という長い時間。
そして、何より――

<黒中曜>
「…俺は、誰なんだ?
誰が…俺をこんな場所に閉じ込めていたんだ?」

思い出せない。
曜はそれまでの記憶を何も思い出せなかった。

幼馴染みと名乗っている2人の事さえも――

<黒中曜>
「うっ…くっ…」

短い息を漏らし、プツンと曜の意識はそこで途絶えた。

<???>
「曜っ!!」

遠ざかる意識の中で――
曜は自分の名前を叫ぶ少女の声を聞いた――

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目次

  1. 0章「もう、勇者したくない。」
  1. 1章「労働環境があぶない。」