11話「白髪をなびかせた長髪の男」
ゼロが去ったあと、曜達はテーブルを囲んで作戦会議を開いた。
しかし、まとめ役のカズキがいないせいで、話はまとまらず空回りするばかりだった。
<千住百一太郎>
「ちくしょ~…こういうとき、カズキが居てくれたらな~」
<轟英二>
「NINEで連絡を取ったらどうだ?」
<彩葉ツキ>
「いま、通信障害が起きてるみたいで送れないみたいなんだよね~…」
<轟英二>
「ふん! 使えないな!」
<黒中曜>
「このままシナガワで戦うなら、仲間を増やしたほうがいいんじゃないか?」
<Q>
「…駄目だ。適当に増やしたところで、足枷になる可能性が高い。
新たに探すとしても、慎重にやるべきだ」
<千羽つる子>
「うーん…そうは言われましてもこの戦力では、どういたしましょうか…」
会議は難航するばかりで、次第に誰も口を開かなくなっていく。
重苦しい沈黙の中、出入り口の扉が開き、数人の影が差し込んだ。
――入ってきたのは10人ほどの集団。
その中心に立つのは、白髪の長髪をなびかせた男。
端正な顔立ちで、まるでどこかのモデルみたいだ。
色付きのサングラスがよく似合っていた。
男は白いスーツに身を包んだ男女を従え、堂々とエンランスの中央へと歩を進めてきた。
<???>
「ようやく着いたな…
フン…この私が来てやったというのに出迎えもなしか」
<スーツを着た男性>
「…す、すみません! 支配人にはキツく言っておきますので…」
男は彼らの上司なのだろうか。
男が悪態をつくと、白いスーツの男女は恐縮して深々と頭を下げた。
<黒中曜>
「俺、ああいうヤツ。苦手だな…」
曜の素直な呟きに、仲間達も男達へ視線を向けた。
<轟英二>
「ん…? あの長髪の側にいる奴らは、"シナガワトライブ"の連中のようだな」
<黒中曜>
「シナガワトライブ…?」
<千羽つる子>
「シナガワトライブは"XBギア開発の技術を持つビジネス集団として名を馳せている"トライブです。
ほら、よくご覧ください。片耳にQRコードの刻まれたピアスをつけていらっしゃるでしょう?
あれが彼がシナガワトライブのメンバーであるという証です」
本来、トライブとは若者が集まるアウトロー集団のことだ。
それがビジネスをしているというのは、かなり珍しい。
曜はツキと一緒に「へぇー」と感心の声を漏らす。
だが、つる子は続けて補足した。
<千羽つる子>
「いや、名を馳せていた…と言うべきでしょうか…統治ルールがある今、どういう状況かは分かりません…」
つる子の言う通りだ。
平和から遠ざかった今…昔と同じままで保てるほうが少ない。
曜は、すべてを壊したゼロへの怒りで拳に力が入る。
一瞬、先ほどの白髪の男と目があった。
ジロジロ見すぎたのかもしれない…と思い、急いで視線をずらす。
だが、男はこちらに歩み寄ってくる。
<???>
「貴様らが、新しいヒラ社員か」
<黒中曜>
「…何か用か?」
曜は初対面だというのに、男の高圧的な態度にカチンとした。
<???>
「私はシナガワトライブの人間などではない。
それに――社員ならば"社長"の顔くらい知っておけ」
<Q>
「社長だと…?」
「社長」という言葉を聞いて、曜達は急いで立ち上がった。
なぜなら、シナガワシティの統治ルール上、社長とは現状のチャンピオンのことを指す。
つまり、それは――
<一ノ瀬一馬>
「私は、一ノ瀬一馬。
このXGでの貴様らの対戦相手であり――ゼロに認められし"ナンバーズ1"だ。覚えておけ」
そう言いながら、一ノ瀬と名乗る男は、わざとらしくサングラスに触れた。
<黒中曜>
「ナンバーズ…! この男が!?」
<轟英二>
「し、しかもナンバーズ1ということはかなりの実力者なんじゃないか!?」
<彩葉ツキ>
「うう…こ、こういう時は怖がった方が負けだよ!」
ナンバーズの名を聞いた瞬間、周囲のみんなに緊張が走るのを感じた。
それに反するかのように、この男――一ノ瀬は余裕の笑みを浮かべている。
曜はその空気にのまれないよう、じっと一ノ瀬を睨み続けていた。
<千羽つる子>
「ついに来ましたか…
直接対峙すると、あ、足が震えてきますわ…」
<一ノ瀬一馬>
「ふっ、その気持ちわかるぞ。
なにせ、この街の"社長"である私を前にして、緊張するなという方が無理な話だからな」
<Q>
「いきなりナンバーズが来るとは驚きだな。
だが、いい機会だ」
<千住百一太郎>
「お、おおっ! やってやんよー!!
こいつを倒して俺は漢になるんだ!」
と、Qを筆頭に曜と百一太郎は構えを取る。
<一ノ瀬一馬>
「やれやれ、ここで始めるつもりか?
まあ、こちらとしても些末な仕事はさっさと――」
両者が激しく火花を散らしていると、どこからともなくホイッスルの音が響く。
周囲を見回すと、急に小さな黒い穴が生まれ、そこから「ぽよよん」と、ブサイクなぬいぐるみ――ゼロが現れた。
<ゼロ>
「ピピー! コラー!! ケンカはやめてー!」
<黒中曜>
「ゼロ…何しに来たんだ?」
<ゼロ>
「そんなの決まってるでしょ! きみ達を止めに来たんだよ!
いい?統治ルールっていうのはそれはそれは大事なものだって言ったでしょ?
戦場から帰ったら結婚しようって約束くらい、守られないといけないものなの!」
<千羽つる子>
「それ、守られないやつじゃないですか…?」
つる子が緊張気味に突っ込むが、ゼロは気にせず続ける。
<ゼロ>
「ルール外での殺しはご法度! ダメ絶対! ノーモアルールやぶり!!
もし勝手なことをしようものなら…また、レーザーを撃つことになっちゃうよ!? いいの!?」
<彩葉ツキ>
「ねえ…曜…」
ツキは、震えた手で曜の袖口をつまむ。
彼女は一度、スペースツカイスリーのレーザーで撃たれた身。
その恐ろしさを人一倍理解している。
<黒中曜>
「…わかった。ここで戦うのはよそう」
<ゼロ>
「わかってもらえてうれしいよ。ゲームは楽しくプレーしないとね!
それじゃ一ノ瀬くん、例のアレ見せてあげてね! あと、曜くん達に色々教えておいてね!」
<一ノ瀬一馬>
「仰せのままに、ゼロ」
と、一ノ瀬は騎士のようにゼロに頭を下げた。
<ゼロ>
「そんじゃ、ぼく、そろそろお昼寝の時間だから帰るから、みんながんばってね~」
ゼロは、また自分が通れるくらいの黒い穴を開き、その場を退場した。
<Q>
「…なんなんだ、ヤツが伝えたいこととは?」
<一ノ瀬一馬>
「"クビキリ"のことだ」
<黒中曜>
「クビキリ…?」
確か、統治ルールで意味のわからなかった言葉だ。
なぜゼロはその説明を一ノ瀬に任せたのか曜は思案した。
<???>
「曜さん達、下がってください! その男は危険です!」
コツコツと速いリズムで鳴るヒールの音とともに、支配人は息を切らし、曜と一ノ瀬の間に入った。
<黒中曜>
「し、支配人さん…」
<支配人>
「申し訳ありません…私が離れているうちに、怖い思いをさせてしまって…。
ここは私にお任せください…」
<一ノ瀬一馬>
「フン、貴様か。邪魔だ、引っ込んでいろ」
<支配人>
「私は、このホテルの支配人…お客様に快適に過ごしていただくために、招かぬ客を追い出すのも仕事です…。
さあ、速やかにご退館ください。貴方のような人は、このホテルにふさわしくない…!」
曜達を庇うように、支配人は大きく手を広げた。
だが彼女も恐れているのだろう。かすかに声が震えていた。
<一ノ瀬一馬>
「…私に命令するのか? ナンバーズ1かつ、社長である私に?」
一ノ瀬は大きく目を見開き、静かに怒りを露わにした。
<一ノ瀬一馬>
「温厚な私にも我慢の限界というものがあるぞ? 貴様は前から事あるごとに楯突きおって…
多少、評判のいいホテルの支配人だから、目を瞑ってやっていることを忘れるなよ?」
<支配人>
「人生には決して譲れないものがありますからね。貴方に従うくらいなら死んだ方がマシです」
<一ノ瀬一馬>
「ほう、死んだ方がマシ…か。
ならば、その言葉に嘘がないか、試してやろう。丁度ゼロからアレを見せるよう言われてるしな」
<支配人>
「まさか…」
<一ノ瀬一馬>
「ククク…そのまさかだ。貴様ら、この馬鹿な支配人を捕らえろ」
<シナガワトライブ>
「はっ! かしこまりました!」
一ノ瀬の号令に、シナガワトライブのメンバーは敬礼し、支配人へ駆けていって拘束した。
<支配人>
「や、やめて! 離してっ!」
支配人は悲痛な声で抵抗するが、数の差にはかなわない。
<黒中曜>
「支配人さん…!」
曜はすぐさま飛び出すが――
<シナガワトライブ>
「頼む…! 余計なことはしないでくれ…!」
<黒中曜>
「くそっ、何する気だ、お前ら!!」
曜もシナガワトライブのメンバーに取り押さえられる。
<Q>
「………………」
代わりに助け出そうと動いたQだったが、その気配を察したシナガワトライブの男は支配人の喉元に薄い刃をそっと当てた。
天井灯を受けて刃先が白く瞬き、肩を押さえる手に力がこもるたび、支配人の息は浅くなる。
ここで動けば血が出る…そう直感したQは、奥歯を噛んで足を止め、両手をわずかに上げてから、静かに一歩だけ退いた。
<彩葉ツキ>
「一ノ瀬って人は、別にシナガワトライブと関係ないんでしょ!?
どうして、命令を聞いちゃってるの!? こんなのおかしいって!」
ツキは、手が出せない状況だと悟り、シナガワトライブに訴えかけて何とかしようとする。
だが、シナガワトライブは聞こえないふりで無表情のまま、取り合おうとしない。
<一ノ瀬一馬>
「これだからトライブとかいう社会の歯車から離れたやつは面倒なんだ…。
こいつらは今、真剣に社会に溶け込もうとしている。
人間として、正しい行いをしているだけにすぎない」
<黒中曜>
「なにが社会だ…! 今は関係ないだろ!」
<一ノ瀬一馬>
「いいや、関係ある! なにせ統治ルールとは、新しく生まれ変わった"社会"そのものだ。
社会とは、すなわちゲーム! ルールとそれに基づく評価で成り立つ!
この"ゲーム"を貴様らが楽しいと感じるかどうかなど関係はない!」
<彩葉ツキ>
「何を話してるのか、さーっぱりわかんないんだけど!」
<一ノ瀬一馬>
「まだ、わからんのか? 人類は、古来より社会の中で発展してきた。
衣食住に困らないのも、均衡が保たれているのも、すべて社会のおかげといっても過言ではない。
誰が貴様らを評価する? 家族…友人…他人…それらすべて社会だろうが?
だが、どっかのクソどものせいで社会そのものが腐敗…。貴様らのように、社会から目を背けた者もいるだろう。
それをゼロが気付き、新たなる社会を用意してくれたのだよ。
ルールに則り、貢献した者だけが評価される統治ルール、これこそが新社会なのだ!」
これは、何かの劇なのだろうか。
一ノ瀬は舞台俳優のように、長い髪とマフラーをひるがえし、演技じみた話し方で注目を集める。
曜は、一ノ瀬がこれを正気で言っているかと思うと、考えの違いに頭がクラクラしそうになった。
<千羽つる子>
「さすが、統治ルールのチャンピオンとなったお方…常人と考えが異なりますね…」
<一ノ瀬一馬>
「今までのネオトーキョー…いや、世界は、"社会"というゲームを理解せずに、蔑ろにしすぎたのだ。
だからこそ今のシナガワシティの社会は、美しい…これ以上の美しさは、どのシティにも存在しないだろう」
<彩葉ツキ>
「ほんと、さっきから何言ってるの!? えらそうに適当なこと、言わないでよ!」
<一ノ瀬一馬>
「はあ…やはり、ガキに私の言葉は早いみたいだな…これ以上、話しても無駄なようだ…」
一ノ瀬は、これ以上の対話は無理だと判断したのだろう。
呆れた顔でため息をつき、エントランスの扉へ視線を向けた。
<一ノ瀬一馬>
「おい、何をダラダラとしている。早く支配人を"クビキリ広場"まで運べ!」
そして、一ノ瀬が声を張り上げるとエントランスの扉が勢いよく開いた。
<24トライブ>
「捕獲対象の支配人はこいつですね? さあ、大人しくしなさい!」
次々と入ってきたのは、"24"の文字が入ったマスクで顔を隠す者達――ゼロ率いる24トライブの構成員だ。
まさか、ゼロだけでなくナンバーズの一ノ瀬の言うことにまで従うとは、曜達の予想外だった。
<支配人>
「やめて! 触らないで!!」
支配人は必死に抵抗したが、24トライブの構成員は彼女をどこかへ連れ去ろうとする。
<黒中曜>
「やめろ! 支配人さんを離せ!」
曜は抑えつけるシナガワトライブの面々を振り切ろうとしたが――
<シナガワトライブ>
「う、動くな!」
と、すぐにまた捕らえられてしまった。
<一ノ瀬一馬>
「それでは先に失礼させてもらう。あとで"クビキリ広場"に来るといい。
ああ、あまり遅刻はするなよ? ビジネスの鉄則だ」
一ノ瀬は曜達をニヤニヤと見やり、拘束した支配人とともにどこかへ消えていく。
完全に一ノ瀬の姿が見えなくなったあと、曜を拘束していたシナガワトライブはコソコソと話し始める。
内容までは聞こえなかったが、彼らはなにかに頷いたあと、曜を解放し、そそくさと走っていった。
百一太郎が追いかけて、仕返しをしようとしたが…今は、時間が勿体ないとQに首根っこを掴まれて止められた。
<黒中曜>
「誰かクビキリ広場の場所を知らないか?」
<千羽つる子>
「クビキリ広場は、10階の連絡橋から行くのが早いはず…
急ぎましょう、拙速は巧遅に勝る…です!」
全員で頷き、支配人を助けるために、曜達は走り始めた。