13話「会長のクビキリ」
<会長>
「プシュー! クビキリ! クビキリ! サッサトヤルヨ! モー我慢ノ限界!!」
<一ノ瀬一馬>
「お待たせして申し訳ございません。それでは…お願いいたします」
<会長>
「ラジャー! ソレジャ、イクヨ!」
<一ノ瀬一馬>
「楽しい解雇通告の始まりだ。そこで黙って見ているがいい」
<シナガワトライブ>
「や、やばい…!」
<シナガワトライブ>
「巻き込まれないように気をつけろ…!」
<会長>
「コワクナイヨ、オイデオイデ」
会長の赤い目が一段と強く明滅し、金属が軋む音が広場の床を伝って響いた。
支配人を押さえていたシナガワトライブの面々は、我先にと手を放し、後ずさる。
すぐさま、会長の顔の下――胴体にあたる部分の扉が、音を立てて開いた。
内部は空洞。長い棘が無数に林立しており――
曜は、先ほどQやつる子が会長の外観を見て、驚いていた理由がわかった。
これは、中世の拷問器具――鉄の処女だ。
だが、ゼロの"ゲーム道具"が、ただの拷問道具として終わるはずもない。
黒い手が幾重にも芽吹くように伸び、支配人の首元へ絡みついた。
<支配人>
「や、やめて…。助けて…! クビキリは、嫌あああああああああ!!」
支配人は命乞いするように、一ノ瀬へ手を伸ばすが――
<一ノ瀬一馬>
「今さら命乞いをしても遅い!
我々に逆らったことを、最期の時まで悔いろ!」
一ノ瀬は冷ややかに、差し出された手を払って退けた。
それでも支配人は必死に足を踏ん張ったが、足元を黒い手にさらわれ、体勢を崩す。
<黒中曜>
「待って――」
「グシャリ!!!」
会長は支配人を抱え込むように扉を噛み合わせた。
そして――
<会長>
「レッツ…クビキリー!!」
会長は親指で首元を掻き切る仕草を見せ、喉元の刃がガチャンと駆動した。
<支配人>
「ぎぃやああああああッ!!!」
内包された支配人は、鶏が首を落とされる瞬間のような断末魔を上げ、それきり大人しくなった。
足元からは鉄の匂いを帯びた液がぼたぼたと溢れ、赤黒い輪を広げている。
<一ノ瀬一馬>
「フハハハッ! ヒーヒッヒッ! ああ、最高だ! 何度見ても最高だ!
これがクビキリだ!! 貴様らも目に焼きつけたか?」
<黒中曜>
「…嘘、だろ…? 支配人さんが…」
それは…あまりにも簡単に行われた。
少し前に話した人と、言葉を交わすこともできない。
みんなの心が絶望によって…ひび割れていく音が聞こえてくるようだった。
<彩葉ツキ>
「あ、ああああああああ…!?」
<千住百一太郎>
「こ、こんなのってありかよ…」
<千羽つる子>
「ううっ、私…耐えられません!」
<一ノ瀬一馬>
「ククク…いい顔をするじゃないか、貴様ら。その恐怖を無い頭に刻みつけておけよ?」
<黒中曜>
「ふざけるな! こんなことして…許されると思っているのか!?」
<会長>
「………………」
曜は怒りで声を荒げるが、会長からの反応はない。
<黒中曜>
「オイ…! なんか言えよ!!!」
<Q>
「気持ちはわかるが無駄だ…
先ほどの一ノ瀬と支配人の会話を聞いただろう…会長には"社長"の声しか届かない…」
<黒中曜>
「…だったら、無理やりにでも話をしてやる!!」
曜は怒りに任せて走り出すも――
<千羽つる子>
「ああっ!? い、いけません!」
すぐにつる子に服を引っ張られ、尻もちをついた。
<黒中曜>
「つる子…どうして!?」
<千羽つる子>
「堪えてください!
会長の機嫌を損ねて気に入らない社員になってしまったら…曜さんまでクビキリの対象となってしまいます!!」
<轟英二>
「千羽の言うとおりだ…! 悔しいのはわかるが、大人しくしとけ…!」
<黒中曜>
「クソ…!」
頭に上っていた血が、尻もちの痛みで少しずつ引いていく。
もし、つる子に止められずに会長へ突っ込んでいたら、ルール違反のペナルティで無駄死にするだけだっただろう。
曜は、支配人のために何も出来ない自分が情けなくて仕方なかった。
<一ノ瀬一馬>
「フフフ…無様な姿だな。記念に撮ってやろう。連絡先を教えてくれれば送ってやるぞ?」
一ノ瀬は見下すように曜を見てニヤニヤと笑う。
<黒中曜>
「何をふざけてるんだ…! 人が、人が死んだんだぞ!」
<一ノ瀬一馬>
「フン、むしろ感謝してほしいくらいだが? 我々に逆らいながらこれまで生きてこられたことを。
ね。そうですよね、会長?」
またしても、一ノ瀬はゴマをするように会長に話しかけるが――
<会長>
「キラーン! アーーーーー!!」
<一ノ瀬一馬>
「…会長?」
<会長>
「キャンディ、ハッケン!! キャンディ、ハッケン!!」
会長は、一ノ瀬の言葉をまるで聞き流すように跳ね除け、上機嫌に左右へ大きく揺れた。
<千住百一太郎>
「うおっ!? 急になんなんだよ…」
<会長>
「キャンディ…好キ。デモ、甘い和菓子ジャナイ!! ドウナッテルノ!!」
しかし、その上機嫌は一瞬で途切れ、すぐに不機嫌そうに地団駄を踏み、曜をにらむ。
<黒中曜>
「キャンディ…?」
曜は身を起こし、足元に転がる小さな包みを見つけた。
さきほど尻もちの拍子に、ポケットから飛び出していたのだろう。
手に取ってみると、それは、支配人にもらったキャンディだった――
曜は支配人からもらった大事なキャンディをそっと拾い、再びポケットにしまった。
そして、ひとつ――疑念が生まれる。
<黒中曜>
「さっきまで、ずっと俺のこと、無視してたのに…
なんで、キャンディを落としたときには反応したんだ…?」
曜の疑問をよそに、一ノ瀬は会長との2人だけのやり取りへと滑り込んだ。
<一ノ瀬一馬>
「会長、落ち着いてください。和菓子をご所望でしたら考えがあります」
<会長>
「ホウホウ? 聞コウジャナイノ」
<一ノ瀬一馬>
「実はここにいる者達、新入社員なんです」
<会長>
「新入社員…アッ、トイウコトハ、モチロン"手土産"ハアルンダヨネ!?」
<一ノ瀬一馬>
「当然そのはずなのですが、何も持ってきていないようで…」
<会長>
「ハア!? 挨拶ノ品ガナイナンテ、常識知ラズニモ程ガアル!」
<一ノ瀬一馬>
「ええ、ええ。まったく同感です。彼らには社長の私からきつく叱っておきます。
日を改めて必ず持って来させますのでご寛恕を…そうだ、何かご希望の品はございますか?」
<会長>
「ンー、甘イ和菓子ナラナンデモイイケド…ヤッパ一番ハ"安土桃山半熟カステラ"ダヨネー!
一生ニ一度ハ食ベタイヤツ! モシクレタラ、"ソイツノコト社長ニシチャウ!"」
<一ノ瀬一馬>
「ハハ、社長にするとはまたご冗談を」
<会長>
「ダッテ、幻ノ和菓子ダカラネー。持ッテキタラ、ソレグライノゴ褒美アゲナイト。
マー、サスガニソレハ無理カナ?」
<一ノ瀬一馬>
「とにかく何かしらは持ってこさせましょう。それでご容赦ください」
<会長>
「オッケー! ジャア、ソロソロオ昼寝スルネ。モッテコナカッタラ…イヤダヨ?」
そう言うと、会長の目の光はふっと消えた。まるでシャットダウンしたかのようだった。
<黒中曜>
「おい、勝手に話を進めていたがどういうことだ?」
<一ノ瀬一馬>
「おいおい…聞き方がなってないぞ、新入社員。
本当ならば、不躾な問いに答えてやる義理もないが…ナンバーズ1の私は慈悲深い。ひとつだけサービスで教えてやろう。
何もしなければ、来週クビキリされるのは貴様らということだ」
と、一ノ瀬は人差し指を立て、わざとらしく首を切るようなジェスチャーをしてみせた。
<彩葉ツキ>
「そんな話、してなかったでしょ! 適当なことを言うのはやめてよ!」
<千羽つる子>
「ツキさん…! 脊髄反射的に言い返しては危険です! あ、あとで私が説明いたします!!」
<一ノ瀬一馬>
「フン、頭の回るヤツもいるようだな。せいぜい生き延びる方法でも考えておけ、じゃあな」
一ノ瀬は手をひらりと振り、配下を従えて広場から去っていく。
あまりにも多くの出来事が立て続けに起き、頭が追いつかなかった。
分かったのは――このままでは自分達も支配人のようになる、ということだけだった。
<ゼロ>
「みんなー! ヤッホー! いやー、色んなことがあって大変だったね。
ぼくは心配だよ。これから曜くん達はこの街で生き残れるのかな?」
一息つく間もなく、ブサイクなぬいぐるみ――ゼロがふらりと現れた。
<千羽つる子>
「ひいっ、ま、また来たんですか!?」
<ゼロ>
「うん、こういうときはガイドがいるでしょ? とりあえず、何をすべきかわかってる?」
<黒中曜>
「今はお前と喋っている余裕なんてないんだ…さっさとどっかいけ…」
<ゼロ>
「ええ~、そんな~…でも、曜くんがそんな風に言うなら今回は大人しく帰るよ…」
曜があしらうと、ゼロはしょんぼりと背を向けて去っていった。
途中で何度も振り返ったが、曜達は一度も応えなかった。
それから――曜達は支配人に手を合わせると、無言のままクビキリ広場を後にした。
連絡橋の金属床がかすかに鳴り、ネオンの明滅だけが背中を押す。
やがてシナガワプリンセスホテルの10階に着き、曜達は、各自、自分の部屋に戻った。
<黒中曜>
「あれ…ベッドが…」
曜がベッドに横になろうとしたとき、朝のまま散らかしていたベッドがきれいに整えられていることに気づいた。
枕元にはベッドメイキング完了のカードが置かれている。
手に取ると、支配人の筆致で「曜さん、これからはお辛いと思いますが、一緒に頑張りましょう」と書かれており、その温かさに、曜の胸はふるえた。
<黒中曜>
「支配人さん…いろいろとしてもらったのに助けられなくてごめん…」
曜はポケットからキャンディを取り出して口に含み、ベッドへと身を投げた。
――必ず、あなたの仇を取る。
そう、心の中で繰り返した。