2話「悪夢からの目覚め」
<黒中曜>
「な、なんだ…今のは、夢か…?」
ぐっしょりになった汗の気持ち悪さで目を覚ました。
夢特有の体の重さから解放され、落ち着かない鼓動を手で押さえる。
曜は見知らぬ部屋のベッドの上にいた。
<黒中曜>
「クソ…あんな夢を見るなんて最悪だ…
ツキ…彗…ふたりの仇は絶対に俺が…っ」
夢の中でツキと彗が死ぬ光景を突きつけられ、曜は2人を殺した張本人――ゼロへの怒りに震えた。
胸の中で復讐の火が灯り、強く握った手がちくりと痛む。
力をゆるめると、周りはしんと静か。頭にひとつ、疑問が生まれる。
<黒中曜>
「そう言えば…俺、なんでこんなところに…」
先ほどまでゼロとXBをしていたはずなのに、今はどこかの部屋の中。
誰かに聞こうにも、さっきまで一緒にいたカズキ達の姿がどこにも見えない。
――とにかく周囲を調べて状況を把握するしかない。
そう考え、ベッドから立ち上がって部屋を見渡した。
目に飛び込んできたのは、大きな窓ごしに瞬く無数の光だった。
曜は引き寄せられるように窓に近づく。
<黒中曜>
「…すごい。ビルがたくさん並んでる。そうか…ここは、"シナガワシティ"か」
背の高いビルには、どれもこれもネオトーキョーの名だたる企業のロゴが掲げられていた。
それが、ビジネスパーソンの街――シナガワシティの象徴だった。
…といっても、これは学ランの少女――つる子からの受け売りだ。
土地勘のまったくない曜につる子が走塁のことを考えて、シナガワシティの土地柄を教えたのだ。
曜は窓から離れて、周囲を見回す。
<黒中曜>
「という事は、ここは誰かの家…?
いや…それにしては、あまりにも生活感がなさすぎるな…」
部屋を歩き回ると、家具は最低限しか置かれておらず、私物と呼べるものは一切見当たらなかった。
曜は「こほんこほん」と空の咳をした。
飲み物を求め、部屋の中を彷徨うと、水の入ったペットボトルがカウンターに置かれていた。
<黒中曜>
「誰のかわからないけど、いただくか…」
ペットボトルを手に取ると、すぐに蓋を開けて口に運ぶ。
どうやら、曜の体はカラカラに乾いていたらしい。
気づけば、一気に飲みほしていた。
空のボトルをカウンターに戻すと、名刺サイズのカードが目に入った。
そこには「ベッド以外は清掃済み」とあり、その下に「シナガワプリンセスホテル」の文字が金色で押されている。
曜はカードの縁を指でなぞり、ここがどこかを理解した。
<黒中曜>
「"シナガワプリンセスホテル"…
ここはホテルなのか…でもなんで…」
確かに、クイーンサイズのベッドに壁一面の大きな窓。
艶やかな大理石調の床に柔らかな間接照明までそろい、この部屋のたたずまいは高級感に満ちたホテルそのものだった。
かすかに漂う良い香りも、ルームフレグランスという洒落たものだろう。
それでも、考えれば考えるほど、なぜ自分がここにいるのかは分からない。
<黒中曜>
「落ち着け…
ゆっくりと思い出せば、何か思い出せるはずだ…」
曜は、記憶を辿るように目を閉じた。
………………
………………
………………
意識を失う前の最後の記憶――
バッターボックスに立ち、ゼロとの勝負を賭けた最後の一球に集中していた。
興奮したゼロは常人を超えた技でXBボールに紫のオーラを纏わせ剛速球を放った。
曜はそれを打ち返そうと必死にバットを押し込んだのを覚えている。
だけど――
<黒中曜>
「俺はあれを、本当に打ち返したのか…?」
そこで記憶はぷつりと途切れていた。
ボールを打ち返そうとしたその瞬間に意識を失ったみたいだ。
勝敗が気になるのは当然だが、それよりカズキ達の安否が気がかりだ。
<黒中曜>
「一度、外に出よう…
もしかしたら、この近くにいるかも知れない…」
重厚な扉へ向かってゆっくりと歩を進めた。
扉まであと数歩――
「ガチャリ」とドアノブが回る音が響く。
――誰だ…?
不意の来訪に、曜は身を強ばらせた。