22話「作戦実行」
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<大柄な24トライブ>
「一ノ瀬様。周辺で怪しい動きを取っている人物を捕まえました」
部下達に押し出されるように、曜は中央の一ノ瀬の前へ引き立てられた。
一ノ瀬は、部下に拘束された曜を目にすると、手にしていた高価そうなティーカップを置き、わざとらしくニヤニヤ笑った。
<一ノ瀬一馬>
「おっと、どこのドブネズミかと思ったらゴミ溜めトライブの白黒頭か。
ひとりということはあれか? 勝ち目がないと仲間に見限られたのか?」
<黒中曜>
「くそっ、離せ! 離せえええええええええ!!」
<一ノ瀬一馬>
「まったく見苦しいばかりだな。大した策もなく近づき、捕まれば離せか…
ドブネズミでも、もう少し諦めがいいぞ? 静かにできないのなら殺鼠剤でも食うか?」
<黒中曜>
「お前が…お前さえいなければ!!」
曜は一ノ瀬に食ってかかろうと踏み込むが、瞬く間に部下達に取り押さえられる。
その拍子に――「ポトン」
ズボンのポケットに入りきらなかった箱が床に転がった。
それは、黄金に輝いており、一ノ瀬の興味を引きつけた。
<一ノ瀬一馬>
「ん…? なんだ、あの"金色の箱"は? すぐに拾い上げろ!」
<小柄な24トライブ>
「はいっ! すぐに――」
<黒中曜>
「や、やめろ! それだけは、お前の手には…!」
一ノ瀬の命令に従い、すぐに箱へと駆け寄る24トライブの構成員。
彼女は箱を手に取ると静かに震え、一ノ瀬に見えるよう高く掲げた。
<小柄な24トライブ>
「い、一ノ瀬様…! もしかして、これは…!」
<一ノ瀬一馬>
「な…それは、鳳家の家紋…! まさか、安土桃山半熟カステラだと!?」
金箔の箱には、鳳家の家紋。
ネオトーキョーに住む者なら一度は耳にする”噂の品”が実在したと知り、一ノ瀬も部下達も大いに驚いた。
<黒中曜>
「か、返せ!! それを手に入れるためにどれだけ苦労したと…!」
曜は必死に手を伸ばす。けれど届かない。
ここには、一ノ瀬の部下が100人以上いる。
たとえこのあと仲間達が駆けつけても、数の差は埋まらない――カステラの奪還は不可能だ。
<一ノ瀬一馬>
「せっかく見つけたのに残念だったな!
こいつは私がありがたく私が会長へと納品させてもらおう!
ハーッハッハ!! これで会長の寵愛は生涯、私だけのものだ!!」
一ノ瀬は勝利を確信して高笑いし、部下達も機嫌を取るようにわざとらしく笑う。
だが、ひとりだけ首を傾げる者がいた。
<小柄な24トライブ>
「カステラの1号の重さは、平均して600グラム前後…
金箔の箱のことを考えると、もう少し重たいはずなのに、なんでこんなに軽いんだろう…
あ、あの。一ノ瀬様。ちょっと報告したいことが――」
彼女は異変を察し、一ノ瀬に声をかけるが――
<一ノ瀬一馬>
「おい、貴様! さっさとそいつを渡せ! 手垢がつくだろうがっ!」
<小柄な24トライブ>
「ひっ! す、すみません!!」
一ノ瀬は聞く耳を持たず、立ち上がって彼女の手から金箔の箱を乱暴に奪い取った。
「ゴン、ゴーーーン」「ゴン、ゴーーーン」
――そして、ついに深夜0時を指す鐘の音が鳴る。
会長は「ぐらり、ぐらり」と身じろぎ、目を赤く灯した。
<会長>
「ウーン、グッドモーニング!!
ナンダカ騒イデタミタイダケド、何カアッタ?」
<一ノ瀬一馬>
「お目覚めですね、会長。早速ですが、とても良いニュースがあります。
実は…会長が一生に一度は食べたいと仰っていたアレが手に入ったのです…」
一ノ瀬はゴマをするように手をこすりながら、会長の耳元へ身を寄せて囁く。
<会長>
「エ…モシカシテ…安土桃山半熟カステラ!?
食ベタイ、食ベタイ、超食ベタイ!!」
噂の食べ物――安土桃山半熟カステラを長年夢見てきた…と設定されてるであろう会長は、転倒してしまうのではないかと不安になるほど興奮し、左右に揺れていた。
<一ノ瀬一馬>
「もちろん献上しますとも。さあ、ご賞味ください!」
<会長>
「ワーイ、イッタダッキマース!!」
一ノ瀬が両手で安土桃山半熟カステラを差し出すと、会長の胴体にあたる部分の扉がぱかりと開き、そこから黒い手が伸びてカステラをさらい、すぐに引っ込んだ。
<一ノ瀬一馬>
「ククク…ハーッハッハ! 私の勝ちだ、白黒頭! XG、完――」
一ノ瀬が高らかに勝利を宣言しようとした、その途中で――
<会長>
「ブホーーーーーーーーーッ!!!!」
再び会長の胴体の扉が開き、内側から何かを吐き出す。
<一ノ瀬一馬>
「…!? 会長っ!?」
<会長>
「ナニコレ! ナンナノコレッ!! マズイマズイマズイッ!
コレ、カステラジャナクテ、スポンジダ!!」
<一ノ瀬一馬>
「な…ス、スポンジッ!?」
<会長>
「騙シタナ!! 許サナイゾ!!」
怒り狂う会長。
だが、一ノ瀬にはスポンジを渡した記憶などない。
激しく暴れる会長におののき、一ノ瀬の部下達はぞくぞくとどこかへ逃げていく。
<一ノ瀬一馬>
「まさか…そんなはずは…」
一ノ瀬は何かの間違いだと思い、会長が吐き出したものに近づく。
そこには、カステラではなく食器用スポンジと思われる残骸がいくつも落ちていた。
一ノ瀬の顔がみるみる青ざめていく。
<黒中曜>
「…ふっ」
<一ノ瀬一馬>
「まさか、白黒頭…貴様、謀ったなっ!?」
一ノ瀬がズカズカと詰め寄ってくる。
けれど、曜は呼吸を整えたまま、表情を崩さない。
<黒中曜>
「何を言ってる?
お前が全部勝手にやったことだろ?」
<一ノ瀬一馬>
「貴様ぁぁぁっ!!」
一ノ瀬の頬が引きつき、拳が固く握られる。
しかし、その拳が曜に振り下ろされることはなかった。
<会長>
「一ノ瀬クン、コレハ ドウイウコトナノ!?
説明シテクレル!?」
会長の怒りは、まだ収まってはいない。
この様子では、、いつクビキリされてもおかしくないと一ノ瀬は判断したのだろう。
一ノ瀬は、拳を下げて、会長に申し訳なさそうに頭を下げた。
<一ノ瀬一馬>
「も、申し訳ございません。会長。
しかし…私もまた被害者なのです!」
<会長>
「ン? ドーユーコト?」
「私もまた被害者」
会長は、首を傾けるように体を右に傾けた。
<一ノ瀬一馬>
「すべてこの、白黒頭が仕組んだこと…私達はこの男に騙されたんです!」
<会長>
「ンンー? ツマリ…悪イノハ、ソイツッテコト?」
一ノ瀬がそう言って、曜に指差すと、会長の視線が、曜へ移った。
<黒中曜>
「違う! 責任は納品した一ノ瀬にある! 俺は何もしていない!」
<会長>
「………………」
曜は弁明のために事実を述べたが、会長からの反応はない。
そもそも会長には、“社長”の声しか届かないようになっている。
一ノ瀬は、それを下卑た笑みで見つめている。
<会長>
「ソッカー…一ノ瀬クンハ悪クナカッタンダネ!
勘違イシチャッタヨ! ジャア、会長ヲ騙シタヤツヲ…クビキリダー!!」
<黒中曜>
「ク、クソ…これで終わり…か…」
<一ノ瀬一馬>
「ハーッハッハッ! 少し肝を冷やしたが貴様の企みなどなんの意味もなかったなあ!
私と会長の絆は頑強なのだ! 決して誰にも崩せないほどになっ!!」
死を覚悟して項垂れる曜の顔を見て、一ノ瀬は嘲笑う。
しかし、曜は顔を上げ、ニヤリと笑った。
<黒中曜>
「…とでも、言うと思ったか?」
<一ノ瀬一馬>
「…あ? ここに来て負け惜しみか?
往生際の悪い男は見苦しいぞ?」
<黒中曜>
「負け惜しみかどうかは、自分の目で確かめるんだな。
会長、これを…見ろ!!」
曜を拘束していた一ノ瀬の部下は、とっくの前に逃げている。
曜は、会長の前に出ると、会長に見えるように1枚の紙を会長に向かって掲げた。
<一ノ瀬一馬>
「ハッ、悪あがきか…いまさら、何かしたって無駄だ」
<会長>
「アーーーーーーー!! ナンジャコラアアアアアアアア!!
一ノ瀬クン、許スマジ!」
怒りに震える会長の姿に、一ノ瀬は思わずたじろぐ。
なぜまた自分が怒られているのか、理解が追いつかない。
<一ノ瀬一馬>
「え…か、会長!? 貴様、何を見せた!?」
<黒中曜>
「そんなに気になるなら見せてやるよ。
ほら、よく撮れてるだろ?」
曜は涼しい顔で、先ほど会長に見せた紙を一ノ瀬へ差し出した。
<一ノ瀬一馬>
「はああああああああ!? なんだこれは!? 写っているのは…私…!?」
その紙には、一ノ瀬が安土桃山半熟カステラを丸呑みしている様子がはっきり映っていた。
身に覚えのない写真に、一ノ瀬は言葉を失う。
<会長>
「一ノ瀬クン…ボクノカステラヲ食ベタンダネ!
許セナイ、許セナイ、許セナイ許セナイ許セナイ!」
<一ノ瀬一馬>
「ち、違います! 私にも何がなんだかでして…!」
<会長>
「違ワナイデショ! 写真ニハッキリ写ッテルンダカラ!」
<一ノ瀬一馬>
「いやぁ…だから、そ、その…」
一ノ瀬があたふたと言い訳に詰まっていると、広場の奥の通路から複数の人影が駆け込んでくる。
五反田達だ。
彼らは広場の見張りに立つ少数の部下を軽くいなし、すっと曜の横へ並び立つ。
<五反田豊>
「ふっ、シナガワシティの社長という方が情けない姿ですね」
<一ノ瀬一馬>
「き、貴様達…逃げたのではなかったのか…!?」
<五反田豊>
「これも作戦のうちですよ」
<千羽つる子>
「説明したいですけど、この作戦は五反田さんのアイデアがなければ、決して生まれ出なかったもの…!
説明という名誉ある行為、喜んでお譲りしましょう…!」
説明好きのつる子は、うずうずを飲み込み、説明役を五反田に譲る。
<五反田豊>
「ありがとうございます。それでは、冥土の土産にご説明しましょう」
五反田の作戦の内容とは、こうだった。
まず、状況を整理すると――曜達は「安土桃山半熟カステラ」という一発逆転のレアなアイテムを入手したが、会長は大勢の一ノ瀬の部下に囲まれており、納品は困難だった。
そこで、百一太郎から「スポンジとカステラを間違えた」という話を聞き、発想の転換に至ったのだ。
――自分達で納品できないのなら、偽物を一ノ瀬に納品させ、会長からの評価を下げさせればいいのではないか、と。
だが、この作戦にはひとつ大きな問題があった。
会長には「社長」である一ノ瀬の声しか届かないということだ。
もし、一ノ瀬が言い逃れした場合、会長はその言葉を鵜呑みにして、曜達をクビキリにする。
時間が迫る中、五反田は初めて曜達に会ったときの情報共有を思い出した。
そう、曜が会長の前で落としたキャンディの話だ――
会長はいくら曜が叫んでも反応しなかったのに、キャンディを落としたときだけは反応した。
つまり、視覚情報なら反応するということだ。
そこから、五反田は、大井がスマートグラスで録画した一ノ瀬の動画をAIに学習させ、偽の証拠をでっち上げた。
それが、先ほどの一ノ瀬が安土桃山半熟カステラを丸呑みする写真だった。
こうして、五反田から作戦の全貌を聞き、一ノ瀬の表情はみるみる絶望に染まっていった。
――ハメられた。騙された。
その感情が、全身からにじみ出ていた。
だけど、曜達は1ミリとも同情しない。
なぜなら、この男はそれ以上に酷いことをシナガワシティの住人達に犯したのだから。
<黒中曜>
「わかったか、一ノ瀬!
これが俺達の…ドブネズミの逆襲だっ!」
<一ノ瀬一馬>
「黙れ…黙れ黙れ黙れ黙れっ!!
カスどもの分際で社長の…ナンバーズ1の私を罠に嵌めるとは…許さんぞ!!!!!
そもそも会長がこんな写真に騙される訳なかろうが! なぜなら…私達には熱い絆があるからな!!」
一ノ瀬は、わずかな希望を宿した目で会長を見上げる。
一ノ瀬と会長は、統治ルールが始まって以来のズブズブの仲。
自分の人柄を理解し、主張をきちんと聞いてくれる――そう信じていたのだろう。
だが、その想いは一方通行だった――
<会長>
「一ノ瀬クン殺ス一ノ瀬クン殺ス一ノ瀬クン殺ス一ノ瀬クン殺ス一ノ瀬クン殺ス一ノ瀬クン殺ス!!!」
会長は、かつてないほど大きく揺れ動き、一ノ瀬への殺意だけを繰り返した。
<一ノ瀬一馬>
「ひぃ! か、会長…! 思い出してくださいよ! 私は、今まで統治ルールに大きく貢献してきたんですよ…!?
カステラごときでそれが覆るほど、私の貢献度が低いとは思えません…!
お願いですから、考え直してくださいよ…! ねぇ、会長~~~!!!」
最後の希望が潰え、一ノ瀬はすぐさま正座した。
そして、頭上で手を合わせ、神に赦しを乞うようにひたすら拝み続ける。
<会長>
「一ノ瀬クン…今マデアリガトネ! 長イ間、オ疲レサマー!」
しかし、その明るい声とは裏腹に、会長の決意は変わらなかった。
ケロッとした調子で別れを告げた直後、顔の下――胴体にあたる部分の扉が、ゴウン…と音を立てて開く。
まるで地獄への門だ。
黒い手が幾重にも芽吹くように伸び、一ノ瀬の首元へ絡みつく。
その拍子にマフラーが落ち、薄茶色い一本の線のような跡が覗いた。
――なんだ、あの跡は…?
曜が気づいたその瞬間、跡は黒い手に覆われて見えなくなった。
<一ノ瀬一馬>
「さ、触るな…!
私の首に…触るなああああああ!!!」
一ノ瀬は涙目になり、必死に黒い手を払いのける。
だが、それが外れることはない。
ズルズル…ズルズル…と、一ノ瀬を会長の中へと引きずり込む。
<一ノ瀬一馬>
「い、嫌だ…っ!
死にたく…うぐっ! 死にたく――」
首を締め上げられ、呼吸はもう限界だ。
力が抜けた瞬間、体勢を崩した一ノ瀬は、そのまま地獄の門へ引きずり込まれていく。
門はゆっくりと閉じ始め――重々しい音を残して、完全に閉ざされた。
<会長>
「レッツ、クビキリーーー!!!」
会長が親指で首元を掻き切る仕草をすると、喉元の刃がガチャンと駆動した。
敵とはいえ、人間が死ぬ場面を間近で見た曜達は動揺するが、会長は平然そのもの。
<会長>
「フウ…クビキリシタラ眠クナッチャッタナ! ジャアミンナ、グンナイ!」
と、目の光を落とし、眠りについた。
会長の足元からは、黒い液体がぽたぽたと落ちている。
間違いなく、一ノ瀬は、会長の内部で「クビキリ」に処され、息絶えた。