23話「ごほうびの内容」
<黒中曜>
「や、やった…」
初めてのデスゲームに勝利した安堵で、ようやく曜の肩の力が抜けた。
――これで、支配人さんの仇を取れたんだ。
自分に優しくしてくれた人の仇を果たせたことで、胸がいっぱいになる。
<五反田豊>
「黒中さん、ありがとうございます。
貴方のおかげでシナガワトライブの仇を取ることが出来ました」
<大井南>
「ええ…なんと感謝すればいいのか…」
その想いは、五反田達も大井達も同じだった。
古巣・シナガワトライブの仇は、一ノ瀬を倒すことで果たされた。
彼らの顔には、やり切った表情が浮かんでいる。
ツキ達も徐々に元気を取り戻すと、いつもの調子で勝利を喜んだ。
平穏な光景――曜は微笑ましく彼女たちのことを眺めていた。
――これは、つかの間の平穏だ。
また一週間後には、この広場でクビキリという残酷な行為が行われる。
そして、一ノ瀬が居なくなったとはいえ、次の社長が「まとも」だとは限らない。
第二、第三の一ノ瀬として、シナガワシティを恐怖で掌握するかもしれない。
そのことは、勘のいい仲間達は薄々気づいているようだ。
手放しで喜んでいるのは、まだ子供のように幼さが残ってる子達だけ。
曜が真剣に思いを巡らせていると、小さな黒い穴が空いた。
<ゼロ>
「曜くん、XG勝利おめでとう!
ぼく、感動したよ! とくにあの情けない演技! 今年のゼロデミー賞を曜くんで決定だね!」
声に振り向くと、ブサイクなぬいぐるみ姿のゼロが、ひょこっと立っていた。
どうやら、どこかで一部始終を見ていたらしい。ゼロは開口一番、楽しげに曜達の活躍をまくし立てる。
その調子に、曜は小さく息を吐いた。視線だけで五反田達と大井達の反応を確かめる――ふたりとも、初めてみるゼロのぬいぐるみ姿に戸惑っていた。
<黒中曜>
「相変わらずふざけたやつだ…そんなことより、約束、覚えてるよな?」
<ゼロ>
「もっちろん。ごほうびのことでしょ? ぼくは守れない約束はしないからね!
それで、なんにするの? オススメは”シナガワシティのグルメ一生分”だよ」
<黒中曜>
「いや、そんなのはいい。
俺の願いは…この街の統治ルールの廃止だ」
仲間達の間に、ざわめきが走る。
曜は当初、ごほうびで幼馴染みの彗の居場所を探すつもりだと伝えており、仲間達もその意思を尊重して承諾していた。
――それなのに、ここでごほうびの内容が変わった。仲間達が驚くのも無理はない。
<彩葉ツキ>
「え、曜。彗のことは…?」
同じく彗の幼馴染みであるツキは、曜が急にごほうびの内容を変えたことに心配そうになっていた。
<黒中曜>
「彗のことも大事だけど、このまま統治ルールを放置していたら、もっとたくさんの人が死んでいく。
だから、今は真っ先に統治ルールの廃止を優先したい」
曜が真剣な眼差しでそう告げると、ツキはその意図を汲み取ってうなずいた。
<彩葉ツキ>
「そのごほうび、すっごくいいと思う!
死んじゃったら、そもそも彗に会えないしね!」
<黒中曜>
「ありがとう。理解してくれて」
曜は、ツキの同意を得れたことに、わずかに息を吐き、安堵の色を見せる。
ただ、あまりゼロは気乗りしていない様子だ。
なにせ、統治ルールそのものを策定したのはゼロ本人。
自分が考えた仕組みがなくなるのは、嫌なようだった。
<ゼロ>
「ええっ? そんなことしたらゲームがなくなっちゃうよ?
せっかく、この街のみんなも楽しんでるのに、それをなくしちゃうのはどうかと思うな~」
<千羽つる子>
「そんなことありません!
楽しんでいたのは、一ノ瀬くらいですよ!?」
<ゼロ>
「でもさ、嫌よ嫌よも好きのうちって言うよ」
<千羽つる子>
「無敵の考え方じゃないですか、それ…」
<ゼロ>
「とにかく、この街からゲームをなくすってのは賛成できないなあ。別のお願いを考え直したら?」
<黒中曜>
「守れない約束はしない主義じゃなかったのか?」
<ゼロ>
「別に絶対ダメとは言ってないよ。
あくまでもこれはお願いベースってやつだもん」
<五反田豊>
「何をのらりくらりと…まるで困ったクライアントのようですね」
駄々っ子のように拒むゼロに、曜は内心イラ立った。
正直、今すぐそのふざけた姿をズタボロにしてやりたい。
しかし、ごほうびを叶える力を持つのはゼロだけだ。
曜は考えた。
どうすれば、ゼロにこちらの要求を受け入れさせられるか――
<黒中曜>
「なら、統治ルールの代わりを用意すればいいんだよな?」
<千住百一太郎>
「別の…?」
<轟英二>
「はっ! もしかして、それは!」
ハッとする仲間達に、曜は頷いた。
<黒中曜>
「そうだ、これからこの街ではゲームとしてXBをするようにしてくれ!」
ゼロは何より「ゲーム」に執着している。
その執着を逆手に取る。それが曜の作戦だ。
だが、XBを消し、統治ルールへ置き換えたのもゼロ。
――果たして、うまくいくのか。
張りつめた空気を、甲高い声が破る。
<ゼロ>
「感激~~~!!!
曜くんってば、この前、ぼくとやったXBが忘れられないんだね!
いいよ! シナガワシティ限定で統治ルールを廃止してXBを復活してあげる!」
尻尾をちぎれんばかりに振り回し、ゼロは歓喜した。
別にゼロとのXBが理由ではないのだが、都合のいい勘違いなら放っておけばいい――と、曜はあえて訂正しなかった。
ゼロは、おもちゃ箱を漁るように黒い穴へ腕を突っ込み、魔法のステッキのようなものを引き抜くと、空へ高く掲げた。
<ゼロ>
「ゴマスリ☆クビキリ☆サバイバルは、もうおしまい!
シナガワシティのみんな! これからは、XBで遊ぶよ! ぷぷいの~…ぷぅ~い!」
そのまじないめいた文句に呼応するように、空からシナガワシティ中へ紙吹雪が舞い始めた。
赤、白、黄、青…色とりどりの紙吹雪に、曜達は思わず見惚れる。
それが会長に触れた瞬間――
「ガタン!!!」と大きな音を立てて、「ゴマスリ☆クビキリ☆サバイバル」の象徴であった会長は倒れた。
<千羽つる子>
「会長が倒れた…ということは、本当に…!」
<彩葉ツキ>
「やった~~~!!!
これで、シナガワシティの人達は、もう苦しまなくていいんだね!」
<五反田豊>
「ありがとうございます!!!
黒中さん、貴方はこの街の英雄です!」
ついに、シナガワシティの統治ルールは、終幕を迎えた。
――よかった。勝ったんだ。
曜は、片手でガッツポーズした。
張りつめていた糸が切れ、歓喜が一斉にほどける。
その輪の中でも、とりわけ興奮していたのは五反田だった。
彼は勢いよく曜に近づき、脇に手を入れて高々と掲げた。
前にも百一太郎がやられていたが、これはそれ以上だ。
五反田は何度も曜を空中に放っては、確実に受け止める。
まるで赤ん坊にする「高い、高い」と同じだ。
<黒中曜>
「ちょ…! 五反田さん…! 恥ずかしいって…!」
<五反田豊>
「いいじゃないですか、これくらい!
本当は、胴上げしたいんですけど、人が足りませんからね!」
<Q>
「ん…手伝えばいいか…?」
<大井南>
「ふふ…! 黒中さん、少しだけ付き合っていただけませんか?
五反田さんがここまで喜ぶのも珍しいですから」
<黒中曜>
「そう言っても…!」
曜は、自分の耳までが真っ赤になっていくのを感じた。
仲間たちが喜んでくれるのは嬉しい。
けれど、ここまでされるとさすがに恥ずかしい。
とりわけ、羞恥心を増幅させるのは、この2人のせいだ。
<千住百一太郎>
「ダハハハハハハ! 曜、赤ちゃんみてぇーだな!」
<轟英二>
「これは、実に愉快だ!
NINEが復旧したら、青山達にも送ってやるか!」
<黒中曜>
「やめてくれ…! それだけは本当にやめてくれ…!!!」
曜は、必死に止めようと声を上げたが、2人は聞く耳を持たない。
何枚も、何枚も、「高い高い」される曜の写真を、ゲラゲラ笑いながら撮り続けていた。