24話「自由への恐怖」
その一方――
<小柄な24トライブ>
「ねえ…私達、これからどうすればいいの?」
<マイペースなシナガワトライブ>
「ええっと、そのぉ…一ノ瀬様がいないならもう自由…?」
<シナガワトライブ>
「急にそんなことを言われても、困ります…! 私達は、どうすれば…!」
最後まで一ノ瀬のもとで働いていた部下達は、ひどい混乱に陥っていた。
クビキリという恒常的な恐怖に追い立てられ、彼らは一ノ瀬に付き従ってここまで来た。
なのに、その拠り所が唐突に途絶えた。
命令は降りてこない。どこへ向かえばいいのかもわからない。
そして気づく。久方ぶりに手元へ戻ってきた「自由」は、指針のない空白であり、むしろ恐怖でしかない。
<大柄な24トライブ>
「い、一ノ瀬様…我々は、どうすれば…」
次々と部下達は、一ノ瀬を頼ろうと瓦礫となった会長のもとへ集まった。
粉塵がまだ立ち、焦げと油の匂いが漂う。
隙間から覗く一ノ瀬の手は土埃にまみれ、指輪が斜めにずれている。
――もう動かない、はずだった。
小さく金属がきしみ、その指がわずかに内側へ曲がった。
二度、微かに。視線が一点に集まり、誰かが息を呑む音だけが響き、瓦礫のすぐそばにいた部下が膝から崩れ落ちた。
<小柄な24トライブ>
「きゃああああああ! 一ノ瀬様がっ! 一ノ瀬様があ!」
<黒中曜>
「ん、なんだ…!?」
悲鳴を聞いて、曜達は振り返った。
瓦礫がガタガタと震え、会長の外装の合わせ目から粉塵が漏れ出す。
ギチ…ギチ…と軋む音。破片の間から腕、ついで肩、胸郭がずるりと現れた。
<一ノ瀬一馬>
「ふはは…ハッハッハッハァッ!!
カスどもがあああああああああ!! 終わったと思ったか!?」
瓦礫を押し分けて起き上がったのは――首から上のない一ノ瀬一馬だった。
<黒中曜>
「――!?」
<彩葉ツキ>
「きゃあああああああああ!!! お、おばけ~~~!」
<一ノ瀬一馬>
「一ノ瀬一馬は滅びんよ。何度でも甦るさ!」
<黒中曜>
「どういうことだ!? あいつ…首がないぞ!?」
<千羽つる子>
「これは…きっと夢ですね。目が覚めればそこは知識の泉…。
今日も心を揺さぶる素敵な新刊との出会いが待っているはずですわ…」
死んだはずの一ノ瀬が、いま目の前で立っている。
その事実に一斉に蒼ざめ、場は悲鳴と動揺で満ちた。
――なぜ、死んだはずの一ノ瀬が動いている?
――首から上がないのに、なぜ立っていられる?
思考が空回りする中、ゼロだけはせんべえをぽりぽり齧り、平然としていた。
<ゼロ>
「ん? みんな、何を驚いてるの?」
<黒中曜>
「く、首がない人間が動いてるんだぞ!? 驚くに決まってるだろ!」
<ゼロ>
「あれ~? ぼく、一ノ瀬くんがナンバーズに就任したときに、ごほうびでロボットにしたって話。前にしなかったっけ?」
<千住百一太郎>
「き、き、き、聞いてねぇ~! 今初めて聞いたぞ、バカヤロー!!!」
<ゼロ>
「ごめんごめん。説明することが多かったから、抜けちゃってたみたい~」
ゼロのとぼけた笑いの中、一ノ瀬は瓦礫から首を引き当て、ぱちんと接続。
続けざまに首元を掌で押さえる。薄茶色の一本線――それを見せまいとする仕草だ。
季節外れのマフラーを拾うと、無造作に巻きつけ、こちらを睨み据える。
<一ノ瀬一馬>
「話はすべて聞いていたぞ! 随分と勝手なことをぬかしていたなっ!
統治ルールは、ナンバーズ1のこの私が愛した特別なものだ! 変更など認めん!」
<彩葉ツキ>
「そんなこと言っても、ごほうびで変えてもらったんだから!
ゲームがしたいんだったらXBにしてよ!」
<一ノ瀬一馬>
「あんな格闘技だかスポーツだかよくわからん意味不明なもの誰がするか!」
一ノ瀬は、ツキに声を荒らげて反駁し、すぐさまゼロに膝をついて懇願した。
<一ノ瀬一馬>
「ゼロ、お願いです! 考え直してください!
統治ルールこそが完璧であり、至高なのです!」
――何を言ってるのだろうか、コイツは。
曜は一ノ瀬の諦めの悪さにうんざりした。
ついさっき、ごほうびで統治ルールを廃止し、XBを採用したばかりだ。
そんな願いが通るはずがない。
<ゼロ>
「うう~~~っ!
一ノ瀬くんがそんなに統治ルールのことが好きだなんて、発案者としてすっごく嬉しいよ!」
だが、曜の思いとは裏腹に、ゼロは自作の統治ルールを褒められて上機嫌だ。
ぶんぶんと尻尾を振り、しまいには頭の毛から花がぴょこんと生える。
――嫌な予感がする。
胸の奥で、小さな警鐘が鳴った。
<ゼロ>
「感動のあまり、ぼく、もうちょっと一ノ瀬くんが戦うところを見たくなっちゃったなー!」
<一ノ瀬一馬>
「で、では統治ルールでもう一度、戦わせていただけるんでしょうか!」
<ゼロ>
「それじゃあ、ちっともおもしろくないでしょー!
さっき、統治ルールからXBに変えたばっかなんだしさ!
やるなら、もちろんXBだよ!」
<一ノ瀬一馬>
「わ、私に…あの乱暴かつ、人数を必要とする不毛なXBとやらで戦えと…?」
一ノ瀬は顔を引きつらせ、言葉を飲み込む。
<ゼロ>
「うん! で、一ノ瀬くんが勝ったら、シナガワシティの統治ルールは復活っていうのは…どう?」
一ノ瀬はしばしの逡巡の末――
<一ノ瀬一馬>
「わ、わかりました…必ずや、統治ルールを取り戻してみせるとお約束しましょう…」
その声には、屈辱がにじんでいた。
納得したわけではない。
だが、従うほかに道はない――そう理解しているようだった。
かくして、曜達の承諾もないまま、一ノ瀬との再戦が決まった。
ゼロの決定は覆らない――それを学習している曜達も、もはや抗議もしない。
ただ、1つだけ運がいいとすれば――勝負の内容が「XB」だということだ。
曜達は全員、XBの経験者。
対する一ノ瀬は、先ほどの中傷ぶりからして、XBをプレーした経験はないはずだ。
<一ノ瀬一馬>
「やれやれ…XBをプレーするハメになるとは…
白黒頭、次こそ貴様に引導を渡してやる」
<黒中曜>
「それは、こっちのセリフだ。絶対、お前には負けない」
両者は、激しい火花を飛ばし、クビキリ広場から立ち去った。