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26話「XB~VS一ノ瀬~②」

ベンチが騒然とするあいだ、ピッチャーボックスの一ノ瀬のもとへ、シナガワトライブのメンバーが駆け寄った。

<シナガワトライブ>
「い、一ノ瀬様…メ、メンテナンスを行いますので…」

<一ノ瀬一馬>
「フン…細かいやつだな。ほら、持っていけ」

一ノ瀬は白いグローブを外し、地面へ叩きつける。

<シナガワトライブ>
「あ…」

<もう1人のシナガワトライブ>
「おい…大丈夫か…?」

仲間を心配したもう1人のシナガワトライブのメンバーが慌てて駆け寄り、落ちたグローブを拾い上げた。

<シナガワトライブ>
「ああ…ただ、無理に調整したから最後まで持つかどうか…」

ベンチ前。五反田と大井が前へ出て、その白いグローブをのぞき込む。

<大井南>
「五反田さん…もしや、あれは…」

<五反田豊>
「ええ…出来れば、こんな場面で彼らの開発品を見たくありませんでしたが…」

<Q>
「…どうした? そんなに、あれが珍しいのか…?」

五反田は、Qの問いに静かに頷いた。そして、皆に向かって口を開く。

<五反田豊>
「皆さん、聞いてください。
あれは、一ノ瀬の実力ではありません。シナガワトライブで開発されている『AI搭載型XBギア』でプレーを補正し、強化しています」

<轟英二>
「なんだ、それは…初めて聞くぞ」

<五反田豊>
「まだ試作機で止まっているものですからね…」

<大井南>
「簡単に説明しますと、初心者プレーヤーがただ打つ…投げる…という動作をしても、本来ならばうまくいきません。
それをAI側で補正し、一般的なプレーヤーと同じくらいの活躍ができるようにするというものです」

<五反田豊>
「普通ならば、あそこまでの活躍はできないはずなのですが…きっと無理を言って出力を上げさせたのでしょう」

シナガワトライブは、XBギアの開発を得意としている。
だからこそ、成し得る芸当なのだろう。

五反田の説明を聞き、周囲から安堵のため息がもれた。

<彩葉ツキ>
「よかったー…その話を聞かなかったら、XBプレーヤーとしてプライドがボロボロだったよ」

<千住百一太郎>
「マジそれ! 初めてのXBであんなに活躍されたら、こっちのメンツがないぜ」

<黒中曜>
「とにかく、一ノ瀬がXBギアで強くなったとはいえ、俺達も一人前のプレーヤーだ。
真剣に戦っていれば、必ず勝てる相手だ」

<千羽つる子>
「ええ! 曜さんの仰るとおりですわ!」

曜達の顔に、再び覇気がともる。

試合は進み、回を重ねるごとに、曜達は一ノ瀬のプレーに徐々に対応し始めた。
対する一ノ瀬チームは、序盤こそ勢いがあったものの、一ノ瀬の細かな指示が増えるにつれ現場の呼吸が乱れ、連携ミスが目立ち始める。

5回裏――トラッシュトライブは満塁の好機。
長打一本で走者一掃が見える。

そんな場面で、一ノ瀬は痛恨の失投をした。
真ん中高めに入った、とびきり甘い一球――曜がフルスイングで捉えると、打球はみるみる伸び、遥か彼方へと消えた。

走者一掃、4点を加点。
スコアは6-9となり、トラッシュトライブが一気に逆転する。

ホームへ戻った曜に、トラッシュトライブのメンバー達が次々と駆け寄り、勢いよくハイタッチを交わす。

<彩葉ツキ>
「やったね、曜!」

<黒中曜>
「ああ、この調子だと勝てそうだな」

5回裏が終わり、小休止。曜達はボトルを回し合い、渇いた喉を潤した。

――この試合、勝てる。

掌の熱と胸の鼓動が、その確信を裏づける。トラッシュトライブは場内の空気ごと、高揚感に満ちていた。

対して、一ノ瀬チームは直前の大量失点に顔色を失い、休憩も取らずにベンチ前で並ばされている。一ノ瀬の叱責は途切れない。
聞きたくもないのに、妙に通る声は耳に刺さる。曜は、その光景を黙って見ていた。

<一ノ瀬一馬>
「オイ、スーツ! さっき、私がカバーに入れって言ったのが聞こえなかったのか…!?」

<シナガワトライブ>
「す、すみません…自分のことだとわからず…」

<一ノ瀬一馬>
「言い訳をするな! それに貴様! オイ、貴様だ!」

一ノ瀬は「貴様」と吐き捨て、目の前の大勢の部下達へ無造作に指を突きつける。

<小柄な24トライブ>
「私…?」

<大柄な24トライブ>
「それとも俺…ですか?」

だが誰のことなのか判然とせず、部下達は互いに顔を見合わせて困惑していた。

これは一ノ瀬の悪癖だ。
彼は人の名前を呼ばず、「貴様」か、その人物の見た目の特徴で呼ぶことがほとんどである。
曜も「白黒頭」と呼ばれているが、黒髪に白メッシュを入れている五反田まで、たまに反応しそうになっている。

しかも厄介なことに、一ノ瀬の部下達には同じ特徴を持つ者が多く、混乱はさらに加速した。

24トライブの構成員はマスクで顔を隠し――
シナガワトライブは皆、同じスーツにサングラスを掛けている。

似通った特徴で呼ばれては、誰が呼ばれたのか判別できないのも無理はない。
この悪癖のせいで、部下達は命令の宛先がわからず、失敗へとつながった。

<シナガワトライブ>
「一ノ瀬様…申し訳ありませんが、我々は全員似たような格好をしています。
特徴で呼ばれてもわかりませんので…お願いです、どうか名前を呼んでください」

部下達も同じことを感じていたのだろう。
ひとりがそう言って頭を下げると、次々に他のメンバーも頭を垂れた。
下げられた頭の列が、風に伏した草のように一方向へ揃う。

だが、一ノ瀬は――

<一ノ瀬一馬>
「あああああああ~~~!!! 物わかりの悪いヤツらだ!
私の駒として忠実に働ければいいのに、それすらできんとは!!!」

激情のまま、意見をしてきた部下に拳を振るった。
「バキッ!!」

<シナガワトライブ>
「――うわっ!」

「ドカッ!!!」

<24トライブ>
「ひぃ…」

殴られた部下は後ろへ吹き飛び、土煙が上がる。
その光景に、周囲の部下達は恐怖で身を震わせた。

曜達の胸に怒りがこみ上げるが、同時に吐き気混じりの嫌悪も広がる――そして、その怒りをいちばん強く燃やしたのは五反田だった。

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目次

  1. 0章「もう、勇者したくない。」
  1. 1章「労働環境があぶない。」