28話「勝利の夜明け」
<一ノ瀬一馬>
「ど、どうしてだ…なぜ、私が敗北した…!?
おかしい…おかしい…! こんなことがあり得るはずがない…っ!」
曜はバットを置き、ひとつ息を吐く。視線の先で――
敗北を受け入れられない一ノ瀬は、マウンドで激しく頭を掻きむしっている。
曜達は、一ノ瀬にひとこと言おうと歩み寄った。
<黒中曜>
「一ノ瀬。お前の最大の敗因は、部下が離脱したことだ。
XBは、仲間と一緒に戦うもの…なのにお前は仲間である部下をおろそかにした。
だから、お前は俺達に敗北したんだ」
<彩葉ツキ>
「そうだよ!
仲間を大事にしてたら、もう少し違う結果になってたかもしれないのに自分からその可能性を捨てたんだよ!」
<一ノ瀬一馬>
「何が仲間だ…! 群れることしかできない馬鹿どもが――」
一ノ瀬が噛みつこうとした、そのとき――
<ゼロ>
「えー? そんなのが理由で負けちゃうのー?
ぼくは、一ノ瀬くんと違って、ひとりで曜くん達に勝ったけどな~」
空中に小さな黒い穴がぽこりと口を開け、ブサイクなぬいぐるみがポップコーン片手に現れる。
中から小さなアナログテレビが見える。あれで試合を観戦していたようだ。
<一ノ瀬一馬>
「…ゼ、ゼロ!?
聞いてください…っ! 今回は、たまたま…そう、たまたま調子が悪かったんです!
もう一度、チャンスを私に与えてください…! 次こそは、貴方が与えてくれたナンバーズ1の称号にふさわしい勝利を…!」
ゼロの姿を認めるや、一ノ瀬は泣きつくようににじり寄る。
<ゼロ>
「ふふっ、一ノ瀬くんは心配屋さんだね。
大丈夫だよ。ぼく、怒ったりしてないから」
<一ノ瀬一馬>
「ああ…なんたる慈悲深いお方だ…やはり、貴方こそが…」
優しく笑うゼロに、一ノ瀬の顔に一瞬、安堵が差す。
だが――
<ゼロ>
「だって、ぼく。最初から一ノ瀬くんには、なーんの期待もしてないんだもん!」
<一ノ瀬一馬>
「え…? それは、どういう…」
想定外の言葉に、一ノ瀬は戸惑う。
ゼロはもったいぶる女子高生のように、もじもじしながら続けた。
<ゼロ>
「ちょうどいい機会だし、言っちゃおうかな~
あのね、一ノ瀬くんがナンバーズ1なのは、ナンバーズの中で一番弱いからだよ。
一番弱いし、お名前に“一”がふたつもあったから、“ナンバーズ1”に選んだの。
きゃっ、言っちゃった~。ついに言っちゃった~。
ずっと言いたかったんだけど、可哀想だから、なかなか言えなかったんだよね~」
<一ノ瀬一馬>
「冗談…ですよね…?
ゼロ…貴方は…貴方だけは…私の事を認めてくださったのでは…」
一ノ瀬の瞳に涙が滲む。自分は序列の1位だと信じ、ふんぞり返ってきた――
しかし、その称号の真の意味は、彼にとって屈辱でしかなかった。
<ゼロ>
「うん! 一ノ瀬くんの性格の悪いところは認めてるよ! 統治ルールにすぐ馴染んで、人をクビキリするなんて普通の人ならできないもん。
だけど、一ノ瀬くんがナンバーズで一番弱いのは本当だよ。だって、曜くんのXGチュートリアルにちょうどいいかなーって思って連れてきたんだもん!
だから、もう用済み! ばいばーい。もうどっかに行っていいよー」
<一ノ瀬一馬>
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ…こんなのは、ありえない…
だって、ゼロは…ゼロだけは、私の事を認めてくれて…」
ゼロはあっけらかんと説明し、小さな手をぶんぶん振って見せる。
一ノ瀬は、絶望に呑まれ、膝を落とす。
<Q>
「…おい、ゼロ。
私達は、XBでも一ノ瀬に勝った。約束はわかっているよな?」
<ゼロ>
「あ、そうだった。そうだった。ぼく、締めの作業がまだだったね。
ゲームセット! 勝者は、曜くんチーム! シナガワシティでは、曜くんのごほうび通り、XBで遊んでもらうよ~!」
――今度こそ、本当にシナガワシティのXGは終わった。
曜達は顔を見合わせ、静かにハイタッチを交わす。
長い長い戦いだった。その余韻がまだ掌に残っている。
<一ノ瀬一馬>
「はっ…今回は運悪く負けただけ…世間一般的に見れば、常に正しいのは私だ。
なにせ、貴様らの今後なんて、目に見えてわかっているからな」
<黒中曜>
「…何が言いたい?」
一ノ瀬がゆっくりと立ち上がり、ふらつく足取りでこちらへにじり寄る。
曜は意味の分からない負け惜しみに、短く問い返す。
<一ノ瀬一馬>
「最初は、統治ルールがなくなったことで貴様らは英雄だと称賛されるかもしれん…
しかし、いずれ統治ルールを無くした大罪人と責められるだろう」
<彩葉ツキ>
「そんなわけないじゃん!? みんな、喜んでくれるに決まってるじゃん!」
ツキが反発すると、一ノ瀬は狂人のように目を見開いた。
<一ノ瀬一馬>
「どいつもこいつも統治ルールの素晴らしさに気付くのが遅いんだ!
統治ルールが始まる前の世界はクソだった! 社会の歯車として真面目に生きた人間ほど損をした!
ハラスメントがありふれて、常に足の引っ張り合い…! 誰も私の才能に気付いてはくれやしない…!
だが、統治ルールは違った…! 社会の歯車となり貢献した者こそが評価されるのだ!
なぜ、わからない…!? 貴様らにこの統治ルールの素晴らしさが…!
腐敗した社会をまっさらに戻してくれたゼロの慈悲をどうして理解しないのだッッッ!!!」
――それは、悲痛な叫びにも聞こえた。
一ノ瀬がどんな人生を歩んできたのかは知らない。
けれど、その言葉の端々には、平穏だった時代への恨みが確かに滲んでいた。
<五反田豊>
「大井…一ノ瀬の経歴のことだが…」
<大井南>
「はい…どこかで詳しく調べたほうがよさそうですね…」
その様子に、曜だけでなく五反田達も気づき、ひそやかに言葉を交わす。
<ゼロ>
「アハハハハ! 一ノ瀬くんってこういうところが面白いよね!」
<一ノ瀬一馬>
「ゼロ…見ててください。すぐにまたこいつらを倒し、この街に統治ルールを復活させてみせますから!」
<ゼロ>
「んー? それは無理じゃない?
だって、きみ、そろそろ電池切れでしょ? あ、これ比喩とかじゃなくてね?」
<一ノ瀬一馬>
「…電池…切れ?」
一ノ瀬の瞳がぱちぱちと瞬く。理解が追いつかない様子だ。
<ゼロ>
「ロボットにしてあげたのはいいんだけどさ、ちょっと激しい運動するとすぐ電池切れしちゃうんだ。
やっぱありあわせの部品で作ったから、ポンコツだよねー」
<一ノ瀬一馬>
「そんな…で、でしたらすぐ私に充電を! 電池をください!」
<ゼロ>
「ごめん~。ぼく、あんまり機械とかって得意じゃないんだよ。
いつかきっと誰かが直してくれる! そう信じて、少しお昼寝でもしててよ!」
<一ノ瀬一馬>
「ま、待っテくだサイ! 私はまダ戦えマすッ! 私はまダッ! 私ハはハ…ハマだダダッ…」
徐々に一ノ瀬の滑舌が悪くなり、動きが鈍くなる。
ゼロの言う通り、電池切れに近づいてるのだろうか。
<ゼロ>
「興奮すると電池の減り、早くなっちゃうよ? じゃあね、おやすみ!」
<一ノ瀬一馬>
「おノレ…オノレレレ…おノれレれれれれ…レ――」
一ノ瀬は膝から崩れ、ピタリと静止する。
場に、重たい静けさが落ちる。
<彩葉ツキ>
「止まっちゃった…」
<ゼロ>
「ふふっ! なかなか面白いゲームだったね! ぼくもすっかり満足!
これから他のシティでもこんなのが見れるなんてすっごくテンション上がるよ!
みんな、次もがんばってねー!」
曜達が一ノ瀬の停止に目を見張るのをよそに、ゼロは手をひらひら振り、黒い穴の中へと消えた。
<千住百一太郎>
「はあ~~~っ。どっと疲れたぜ~」
<轟英二>
「同感だ…見ろ、そろそろ夜が明けるぞ」
東の空が薄紅にほどけ、暁の帯がビルの縁を静かに染めていく。
闇はゆっくりと退き、街の輪郭がやさしく立ち上がった。
<千羽つる子>
「まあ、なんて綺麗なんでしょう」
<Q>
「本当だな…いい空だ…」
暁の光に見惚れる面々。戦いの熱が、淡い朝色へと洗われていく。
<彩葉ツキ>
「みんな! 一回寝てから、お疲れ様パーティーでもしようよ!
私達、すっごーーーくがんばったと思うから、ちょっとはっちゃけちゃってもいいと思うんだよね!」
提案に、皆が顔を見合わせてふっと笑う。
安堵がこぼれ、空腹を訴える小さな腹の音まで混じった。
<大井南>
「それは、いいアイデアですね」
<五反田豊>
「ええ。ピザでもチキンでもなんでもご馳走しますよ」
<千住百一太郎>
「カズキたちには悪ぃが…ま、あいつらはあいつらでなんとかやってんだろ!」
<黒中曜>
「そうと決まれば、シナガワプリンセスホテルに帰ろう」
曜達は、朝日を浴びながら帰路につく。
動かなかった一ノ瀬は、五反田と大井が回収し、今後はロボットに精通する大井が管理することになった。
部屋へ戻った曜は、吸い込まれるようにベッドへ身を投げる。
<黒中曜>
「待ってろよ…彗…。絶対にお前のことを…」
ようやく肩の重荷が外れ、離れ離れの彗のことをまっすぐ思えるようになった。
大切な幼馴染みとの再会を願いながら、曜は静かに目を閉じる。
その日、見た夢はとても楽しいものだった。
ツキと彗――笑い声に混ざって、3人でXBにプレーする素敵な夢。
…だが、朝の光の裏で、次の影はすでに静かに動き出していた。
【トライブナイン 第1章 END】
執筆:株式会社クロノゲート