18話「XB~VS彗~③」
試合は進み、トラッシュトライブと彗の戦いは終盤戦に突入していた。
展開は相変わらずだった。
曜達は彗の剛速球に圧倒されて一本もヒットを打てず――
一方で、彗のチームは着実に得点を重ねていく。
7回終了時点でスコアは0対9。
ここまで差が開いてしまうと逆転は難しい。曜達の勝利は絶望的な状況だった。
にもかかわらず――曜達はまだ、全く希望を捨てていなかった。
<彩葉ツキ>
「ナイスカット! ナイスカットォ!」
<千羽つる子>
「もっとバットを短く持ってまいりましょう!」
<五反田豊>
「前に飛ばす必要はありませんよ! かすらせる事だけを考えて!」
9点差で負けているにも関わらず、曜達は回を重ねるごとにドンドン盛り上がっていく。
曜達が目指しているのは得点を奪う事ではなく――彗に球数を使わせる事だからだ。
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<青山カズキ>
「…みんな、打席に立ったらファールでねばって、彗くんにできるだけ球数を使わせてくれ」
それが、カズキが発案した彗の攻略法だった。
<青山カズキ>
「仮面をつけた彗くんの球速はこれからさらに速くなるだろうけど、彼の球は全てド真ん中に投げ込まれてくる。バットを短く持ってバント気味に合わせれば、ファールにはできるはずだよ。
カット打法ってやつさ」
<五反田豊>
「エースピッチャーの体力切れを狙うのは、XBのセオリーの一つではありますが…
あの八雲さんがそう都合よく、体力切れを起こすでしょうか?」
<青山カズキ>
「もしも彗くんの体力が無尽蔵なら、彼は最初からあの仮面を装着していたはずだよ。
"力こそが正義"を信条とする彼が、パワーアップアイテムを出し惜しみするはずがないからね。
だから、あの仮面には何か、大きなデメリットがあるはずなんだ」
<千羽つる子>
「そのデメリットとは、燃費の悪さ…という事ですか?」
<青山カズキ>
「あぁ、それ以外に使用を控える理由がないからね。おそらく彗くんにとってあの仮面は、土壇場で使うはずの切り札だったんじゃないかな。
でも、彼は大きなミスを犯した…曜くんとツキちゃんの言葉で冷静さを欠き、使う必要もないところで仮面をつけてしまったんだ。
ここにつけこまない手はないよ。早めに使い過ぎた切り札は、かえって弱みになってしまうものさ」
カズキはにやりと笑って言った。
<青山カズキ>
「策士は策に溺れるものだけど、彼の場合は力に溺れてしまったみたいだね。
たったひとりの力で成し遂げられることなんて何もないのに…彼はひとりでいるうちに、そんな当たり前の事さえ忘れてしまったようだ」
カズキの狙いは的中した。
曜達はまだ一本のヒットも打てていないが、彗の球威は回が進むにつれて徐々に低下しつつあった。
<八雲彗>
「チッ…姑息な手使いやがって…!」
彗も曜達の狙いに気付いたようで、苛立った様子で舌打ちをした。
<青山カズキ>
「姑息? 違うね、力だけでは制圧できないこの奥深さこそがXBの魅力だよ。彗くんもXBのそういうところが好きだったんじゃないの?」
<八雲彗>
「オワコンスポーツの魅力なんて知るかッ…!
オレは、オレの力だけでテメーらをねじ伏せてやる!」
曜達の狙いに気付いても、彗は一向にスタイルを変えようとしなかった。
ド真ん中に剛速球を投げ込み続ける。
しかし、その球威は球数が増えるたびに落ち続け――そして、ついに。
「カキン」
待望の初ヒットを打ったのはツキだった。
打球は小気味良い音を鳴らし、外野まで飛んでいく。
<彩葉ツキ>
「ドリャアアアアア…!」
ツキはこれまで抑え込まれていた鬱憤を晴らすかのような激走で、一気に三塁まで到達した。
<彩葉ツキ>
「さぁ反撃開始だよ、みんな!」
<黒中曜>
「よし、ツキに続こう! このチャンスを逃しちゃダメだ!」
たった一本のヒットではあるが、曜達にとっては希望となるヒットだった。
ツキのヒットを皮切りに、曜達は次から次にヒットを重ねていった。
「カキン」「カキン」「カキン」「カキン」「カキン」
カット打法から一転、トラッシュトライブは怒濤の初球打ちでヒットを重ね、彗に立て直す暇を与えなかった。
スコアはみるみる縮まっていき――ついにスコアは8対9。
一点差にまで詰め寄った。
<八雲彗>
「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…カスどもの分際で…調子に乗りやがってぇ…!」
マウンドに立つ彗は疲労困憊の状態だった。
肩で息をしながら、仮面越しに曜達を睨みつけている。
と、そんな彗を見かねてか、三田と四つ子達が彗の元に駆け寄っていく。
<三田三太郎>
「彗、オメーはもう限界だ…マウンドを降りろ」
<八雲彗>
「あ…? マウンドを降りろだぁ…?」
<三田三太郎>
「あぁ、ピッチャー交代だ…ここからは俺が投げるから、オメーはもう休んでろ。
一応言っておくけどよ、わざと負けたりはしねぇから安心しろ。
伝説のミナトトライブの名にかけて、このリードを守り切ってみせ――ぐほぉっ…!?」
三田は、彗に思いっきり腹を殴られ、放物線を描いて飛んでいった。
<八雲彗>
「雑魚の分際でオレに楯突いてんじゃねぇ…!」
<一郎>
「みっちゃーん!?」
<二郎>
「早く手当てを…!」
四つ子は飛んで行った三田を追いかけ、その場を去った。
<彩葉ツキ>
「な、なんて事するの!? 味方の三田さんを殴るなんて!」
<黒中曜>
「なんのつもりだ、彗…!」
今は彗のチームに加わっているとはいえ、三田は曜達の仲間だ。こんな横暴を見過ごすわけにはいかない。
曜達はマウンドに駆けつけて彗を取り囲み、その行為を糾弾した。
<彩葉ツキ>
「いくら洗脳されてるとはいえおかしいよ…!
人を傷付けたり、仲間に暴力を振るったり…どうしてそんなにひどい事ばっかり繰り返せるの!?」
<八雲彗>
「うるせぇ…! オレに説教してんじゃねぇ!
だいたい、どの口で言ってやがる! テメーらだって同じ穴のムジナだろうが!
この人殺しどもがぁ…!」
<小日向小石>
「ひ、人殺し…!? 僕らが人を殺した事なんて…」
彗に恫喝され、小石は思わず身を震わせた。
<八雲彗>
「おいおいおいおい! しらばっくれてんじゃねぇぞ!
テメーらは統治ルールに参加して、ランキングを上げてきたはずだ。
誰かが上がれば誰かが下がる。そんくらいは理解できるよな?」
<千羽つる子>
「それは…!」
<彩葉ツキ>
「わ、私達は統治ルールで無理矢理…それに、そうするしか…この街と、彗を助けるために…」
ツキは動揺した様子で目を泳がせた。
<八雲彗>
「言い訳はよせよ。助けるためって言っときゃあ、人殺しが許されんのか?
人殺しは人殺しだろ! テメーらはオレと同じ悪党なんだよ!」
<黒中曜>
「違うっ。俺達は戦いが終わったら自分の罪と向き合い、償いをするつもりだ。
絶対に過去から逃げたりしない…その覚悟がある。だが、過去から逃げたお前には覚悟がないんだ!」
曜は彗の赤い仮面を見つめながら反論した。
己の顔を――過去を隠して別人のように振舞う彗に、悪党呼ばわりされる筋合いはない。
<八雲彗>
「詭弁だな! 向き合えば全部チャラになんのか!?
テメーが反省すれば、死んだ奴が生き返んのかぁ!?」
ああ言えばこう言う彗の言葉に、だんだん曜の怒りもヒートアップしてくる。
<黒中曜>
「俺達を人殺し扱いする事こそが詭弁だろ!
俺達はお前がつくったルールの中で、やむなく人殺しに加担してしまっただけだ!
直接的に人を殺しているお前と、罪の重さは同じじゃない!」
<八雲彗>
「だったら、シナガワで一ノ瀬を直接殺したのはどこのどいつなんだよ!」
彗にそう言われた瞬間、曜の脳裏にある光景が浮かび上がった。
処刑装置によって首を落とされた、一ノ瀬の姿が――
<千羽つる子>
「それは…確かにひとつの事実ではありますけど…」
<五反田豊>
「ですが…望んで行なった事ではありません。シナガワを救うために仕方なく…」
トラッシュトライブの仲間達は目を伏せ、身を震わせる。
皆、一ノ瀬の処刑シーンを思い出しているのだろう。
あの凄まじい光景は、そう簡単に忘れられるものではない。
<八雲彗>
「お、反論が弱くなったな。ついに自覚しやがったが、自分が薄汚ねぇ人殺しだって事をよぉ…! ハハハハハハハハハハハ!」
<彩葉ツキ>
「………………」
<小日向小石>
「………………」
罪の意識を刺激され、泣きそうな顔を浮かべる仲間達。
高笑いを浮かべ、そんな仲間達を見下す彗。
どうして、どうして、こんな風に言われなきゃいけないんだ。
皆、必死にシティを救おうとしているだけなのに。
<八雲彗>
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
彗の高笑いを聞いている内に、曜の感情は彗の怒りで昂っていき――
「プツン…」
頭の中で、何かが切れる音が聞こえた。
<黒中曜>
「…一ノ瀬を殺した? それがどうした。あいつは死んで当然の人間だった。殺したところで、俺達に罪はない」
曜はそう言い切った。
考えるより先に口が動いていた。
<五反田豊>
「…え? 黒中さん?」
<千羽つる子>
「ほ、本気で…言っているんですか?」
仲間達が意外そうな顔で曜を見ると、曜は冷めた口調で答えた。
<黒中曜>
「おかしな事は言ってないだろ? 一ノ瀬が死んだ事で大勢の人が救われた。これは揺るぎない事実だ。
ひとりが死ぬ事で大勢を救う事ができたんだから、俺達はその事を誇るべきだ。
何も恥じる必要はない。俺達には大義がある」
<小日向小石>
「た、大義って…それはそうかもだけど…」
<青山カズキ>
「………………」
<彩葉ツキ>
「よ、曜…どうしたの?」
仲間達は曜の言葉が腑に落ちない様子だったが、それは曜にとっても同じだった。
なぜ、こんな単純な理屈がわからないのだろう?
曜にはそれが不思議でならなかった。
<八雲彗>
「ハッ…ハハッ…ハハハハッ! いいぜ曜…らしくなってきたじゃねえか!
だが、まだまだ甘ぇな! オレなら助けられるのを待つだけのクソザコなんて放置するぜ!?
そんな奴らがどれだけ死んでも、知ったこっちゃねえからなあ!!」
<黒中曜>
「違うっ! 死んでいい人間とよくない人間は分けるべきだっ!」
曜はなんだかもどかしくなってきた。
この世には死んでいい人間と守るべき人間がいる。
死んでいい人間を殺したところで罪にはならないし、守るべき人間はすべてをかけて守るべきだ。
これは、そんな単純な話に過ぎないのに。
<千羽つる子>
「こ、これはいったいどういう…?」
<八雲彗>
「ってかよお、見知らぬ大勢を救ったってのが自慢みたいだが…テメーは24シティでオレとツキを見殺しにしたよな!?
自分を助けに来た相手だっていうのに!!」
<黒中曜>
「くだらない反論はやめろ。俺が…助けに来てくれなんていつ頼んだ?
お前が勝手に来ただけだろっ。弱いくせに…救えるなんて思ったお前が」
相変わらずの冷めた口調で曜は返す。
弱さは罪だ。自分が弱かっただけのくせに、それを人のせいにしないで欲しい――そんな想いだった。
<彩葉ツキ>
「もうやめて!! こんな…こんなの絶対おかしいよ!
そもそも、なんで曜と彗が戦わなくちゃいけないの!? どうして…こんな事になっちゃったの…?」
<八雲彗>
「ハッ…どうしてこうなったのか気になるか、ツキ? それなら教えてやるよ。
全部…オレ達が曜を助けに行ったせいで起こった事だ。すべてを忘れたこいつを見捨てられなかったオレ達の弱さのせいだ。
あんな事しなけりゃ、オレ達も死ぬ事はなかった。そしてミナトもこんな事になってなかった…だろぉ!?」
彗がまたわけのわからない事を言い出した。くだらない責任転嫁だ、と曜は思う。
<彩葉ツキ>
「そ、そんな事…ない…! 曜を助けた事で全部悪くなったなんて…」
<五反田豊>
「そうです! 事実、シナガワは、黒中さんの活躍で救われたのですから」
<青山カズキ>
「…色々言いたい事はあるけど、僕もツキちゃんが間違ってるとは思えないね」
<八雲彗>
「おーおー、仲間同士で庇い合いかぁ? けどなあ…誰がなんと言おうと、曜を助けた事が今の元凶になってんだよ!!」
<黒中曜>
「違う。俺達は正しい事をしたんだ。その事を…わからせてやる」
曜はくるりと身を翻し、バッターボックスに立った。
バットを構え、彗を見据える。
<黒中曜>
「来い、彗。XBで決着をつけよう」
<八雲彗>
「はは、次のバッターはちょうどテメーか。いいぜ、その勝負受けてやる。
オレの球を打てたらテメーらの勝ちって事にしてやるよ」
彗はあっさり勝負を受け入れた。
<黒中曜>
「その言葉、すぐに後悔する事になる」
<彩葉ツキ>
「ま、待ってよ…! まだ話は…」
<青山カズキ>
「ツキちゃん、ここはふたりに任せよう…僕達の出る幕じゃない」
<彩葉ツキ>
「でも…!」
<青山カズキ>
「今のふたりにどんな言葉をかけたって無駄だよ…勝負で決着をつけさせるしかない。任せたよ、曜くん」
カズキに声をかけられたが、曜は無反応だった。じっと彗を見据えている。
ツキを連れ、フィールドから出ていくカズキ達。
ダイヤモンドの内側に残されたのは、曜と彗ふたりだけだった。
<八雲彗>
「………………」
<黒中曜>
「………………」
無言のまま視線をぶつけ合うふたり――そして無言のまま、最後の勝負は開始された。
彗は空に飛びあがる事なく、両足を地面についたまま、大きく腕をふりかぶった。
そして足を高々と掲げ――豪快なモーションでボールを投じた!
「ゴオオオオオ」
彗の投げたボールが、うなりをあげて曜の胸元に向かってくる。
彗の球威は回復していた――回復どころか、この日一番の剛速球だった。
まるで音速で飛ぶ砲弾のよう。
だが――曜には彗のボールがスローモーションに見えていた。
全く脅威を感じない。打てる。どこにだって自由自在に――曜はゾーンに入っている状態だった。
バットをコントロールして、芯で捉える。
「カキーン!」
快音が鳴り響く。
そして、次に聞こえてきた音は――
「パリン!」
皿の割れるような音が、交差点に響き渡った。
<八雲彗>
「ガッ…!?」
曜の打球が直撃し、彗の顔を覆い隠していた仮面が割れた。
彗の仮面を割っても打球は勢いを落とすことなくグングンと伸び続け――特大のホームランとなった。
<黒中曜>
「勝負あったな」
これでスコアは9対9だが、この一球で勝負を決めるというのが彗と曜の取り決めだ。
ゲームセット。
XBはトラッシュトライブの勝利で幕を閉じた。