7話「フードの下の素顔」
<白いコートの男性>
「ん? こりゃ…懐かしい顔じゃねえか」
曜とツキの姿を目にした白いコートの男は、嘲るような笑みを浮かべた。
懐かしい――男は今、確かにそう口にした。
<黒中曜>
「彗…なのか?」
<白いコートの男性>
「おいおい、幼馴染みの顔忘れちまったのか? 悲しい事言ってくれんなよ」
フードで目元はハッキリ見えないが、この声は絶対に彗だとしか思えない。
でも、信じたくは――
<彩葉ツキ>
「彗…なの…? 違うよね? 違うに…決まってる!」
ツキは叫ぶように言った。
どうか彗じゃありませんように――そう、強く願っているようだった。
<白いコートの男性>
「冷てえなあ…寂しいぜ、オレは。けど残念だったな、どっからどう見ても――」
男は自身のフードの頭頂部を掴み――勢いよくめくりあげた。
<八雲彗>
「オレはテメーらの幼馴染みだろうがよっ!?」
<黒中曜>
「…!?」
フードの下から現れた顔は、まぎれもなく彗のものだった。
赤い髪、するどい目つき――彗以外ではありえない。
彗は顔を歪めて邪悪な笑みを浮かべていた。
曜とツキの動揺を嘲るように――まるで魔王のような表情だ。
<彩葉ツキ>
「嘘…嘘だよ!! 絶対に信じないんだから!! どうせ…偽物なんでしょ! じゃなきゃロボット! またロボットだよ!」
それでもなお、ツキは目の前の人物が彗である事を認めようとしない。
<八雲彗>
「つれねえなあ…そんじゃ幼馴染みの証に、いっちょ誓いの印でもしてみっか?」
<黒中曜>
「え…」
誓いの印。
彗は自分の拳を真っ直ぐに突き出した。
それは3人だけが知っている、友情の証のはずなのに――ニセモノならば、知っているはずがない。
<彩葉ツキ>
「…………」
ツキは体を震わせ絶句していた。
<八雲彗>
「ハッ! 嬉しいぜ! ようやく信じてくれたみてえだなあ?」
<彩葉ツキ>
「違う…違う違う違う! 彗じゃない! あなたなんか絶対に彗じゃ…!」
<八雲彗>
「…人は変わんだよっ!! そこの曜だってそうだろうがっ!」
<彩葉ツキ>
「…!」
彗に一喝され、ツキは目を潤ませた。
<八雲彗>
「オレは一度死んでオメーらと離れて…自分が望んでいた力を手にした。
馴れ合いの中で弱くなってた自分を殺したんだ。
それでオレはようやく気付いたんだ…大事なのは勝って、上に立つ事だとな!」
彗は瞳に敵意と憎しみを漲らせ、曜をギロリと睨みつけた。
<八雲彗>
「ゲームなんてのはなあ…勝ちさえすりゃ過程なんてどうでもいいんだよっ!
オレはもう二度とゲームに負けねぇ…統治ルールにもXGにも…テメーにもなっ!!」
<黒中曜>
「彗…」
かつて、命がけで曜を助けに来てくれた彗が、今はこんなにも曜を憎んでいる。
なぜだかわからない。わからないが――
その事実が曜の胸を締め付けた。
<八雲彗>
「そして、ここは…ミナトシティは、力さえあればすべての上にいられる場所だ。
誰もがオレを羨み、憧れ、畏れるっ! 最っ高だぜっ! オレはここで本当のオレになったんだ! 本当の…八雲彗に! ナンバーズ9…八雲彗になっ!」
<彩葉ツキ>
「彗はきっと…ゼロに何かされて…!」
確かに、彗のこの変貌ぶりは、洗脳を受けたとしか思えない。
洗脳を解けば、きっと彗はまた元に戻って――そう信じるしかなかった。
<八雲彗>
「まあ、どう思おうとオメーらの勝手だけどな。さーて、感動の再会も終わった事だし、
とっとと始めようぜ」
<黒中曜>
「始める…? 何をだ」
曜は首を傾げた。ひどい混乱のせいで、頭がよく回らない。
<八雲彗>
「察しの悪ぃ奴だな…まだボケてんのか? いいか、オレはミナトの王で、ここを統べるナンバーズ9だぜ? ならオレとオメーがやることは一つだろ?」
<彩葉ツキ>
「…ダメ…ダメだよっ!」
ツキは必死に首を横に振る。
<八雲彗>
「ようやく理解できたみてえだな? オメーらがこの街をなんとかしてえなら――オレとのXGに勝つ必要があるってこった!」
<黒中曜>
「彗と…XGを…!?」
言われて、曜はハッとした。
今の彗は『幼馴染み』でも『仲間』でもなく、『ナンバーズ9』だ。
曜達トラッシュトライブとナンバーズ9が出会ったら、やる事は一つだ。
XGを――殺し合いのゲームを始めなければならない。
<八雲彗>
「さあ、始めようぜ! 互いの命を賭けたイカれ狂ったゲームをよお!!」
<彩葉ツキ>
「そんなの…ダメだよ! 彗と戦うなんて絶対間違ってるっ!!」
戦えと迫る彗。戦いたくないと叫ぶツキ。
正しいのは、どう考えても――
<黒中曜>
「戦うなんて、できる訳がない! 俺達は…幼馴染みだろ!?」
記憶はないが、魂が覚えている。
彗とツキと3人で過ごした日々を――今この瞬間でさえも、曜は彗に親しみを感じていた。
彗は友達であり、家族のような存在だ。
家族と殺し合う? バカげてる…ありえない。
<八雲彗>
「つまんねえ事言いやがって…。昔のオメーはそんなんじゃなかったよなあ? 何もかも忘れちまいやがって」
彗は耳をかきながら、小馬鹿にするような口調で言った。
<彩葉ツキ>
「曜! 聞いちゃダメだよ! やっぱり彗はゼロにおかしくされたんだ!」
<八雲彗>
「さっきからグダグダうっせえな…ツキ、ちょっと静かにしてろよ」
次の瞬間だった。
彗は地面を蹴り、目にもとまらぬ速さでツキの目の前まで移動すると――その勢いのまま。
<彩葉ツキ>
「うぐっ…」
彗は何のためらいもなく、ツキの顔を拳で殴りつけた。
ツキは後ろに吹っ飛んで、地面に身を横たえた。
<黒中曜>
「ツキ!?」
曜は慌ててツキに駆け寄ってその身を起こす。
息はあるが、ツキは気を失っていた。
ツキの頬は真っ赤に腫れ、地面にこすった手足からは血が滲んでいた。
<八雲彗>
「チッ…弱っちいの相手にしたせいで、下がっちまったじゃねえか。ダセー事させんなよ」
彗はツキを殴った手をプラプラさせながら、面倒くさそうに言った。
平民という、あからさまな格下に偉大なる王が手を出した――そのことが原因だろう。
彗の莫大な数字は、微々たる減少を見せていた。
<黒中曜>
「彗…」
曜の胸に湧き上がってきた気持ちは、怒りではなく深い悲しみだった。
どうして、こんな事になってしまったのだろう。
なぜ、傷つけ合わなければならないのだろう――何もかもがわからなくなってしまった。
<八雲彗>
「いつまでもボケてんじゃねえぞ、曜? XGはもう始まってんだぜ?」
と、彗はまたも地面を蹴った。
まるで瞬間移動のような速さで曜に詰め寄り――拳を曜の頬にめり込ませた。
<黒中曜>
「ぐはっ…!」
まるで車にはねられたような衝撃だった。
曜の体は風に吹かれた木の葉のように吹っ飛んで、何度も地面をバウンドした。
<黒中曜>
「う、うぅ…」
吹っ飛んだ曜。地面に手をつき起き上がろうとしたが、体に力が入らない。
意識が朦朧とする――こちらに近付いてくる彗の姿が二重に見えた。
<八雲彗>
「おいおい、ちょっと弱すぎねーか? そんなんでオレに挑んで大丈夫かよ?
ほれ見ろ、また下がっちまったじゃねえか」
彗の頭上に表示されているマウンティング力が、またしても下落する。
だが、その変化は誤差の範囲だった。
もとの数字が、あまりにも大きすぎるのだ。
彗がいくら自分を殴ろうとも、それが自分と同じくらい下がることは、決してない。
曜は、その果てしない差に絶望する。
<八雲彗>
「わかったろ? これが力の差だ。いっそ、さっさとXGから降りちまうか?」
<黒中曜>
「…………」
曜にはもはや、声を発する力すら残されていなかった。
意識を保つのだけで精一杯だ。
<八雲彗>
「おだんまりか? だったら、これで――」
彗が拳を鳴らしながら間合いを詰めてくる。
曜が死を意識した、その瞬間だった。
<青山カズキ>
「そのくらいにしてもらおうかな、彗くん。悪いけどそろそろお暇させてもらうよ」
聞こえてきたのはカズキの声だった。
曜とツキの危機を察して、角から飛び出して来たのだろう。
<八雲彗>
「おーおー、こそこそ隠れてた奴らがよくもまあ偉そうに――」
『ツキを連れて逃げてくれ!』
曜はカズキにそう頼もうとしたが――声を発する前に限界が訪れた。
曜の視界は暗闇に包まれて――
そのまま曜の意識は真っ暗な闇へと沈んでいった。