2話「ネオチヨダシティ」
<メイド>
「よかったら、チラシどうぞにゃー!」
<コンカフェ嬢>
「おにーさん達、イケてんじゃん。
どう? うちの店、来ない? 女の子も大歓迎だよ」
<三田三太郎>
「うっひょ~~~!
かわい子ちゃんがいっぱいで、どこの店に行くか迷っちまうぜ!」
<彩葉ツキ>
「みーたーさーん…私達、XGしに来たんだからね…?」
<三田三太郎>
「わーってるって! ジョークだよ、ジョーク!」
曜達は、情報収集のため、ドローンに降ろされた一角から最寄りの"ネオアキバ駅"へ向かった。
駅前は人波が押し寄せ、多くのオタクだと思われる若者達が行き交い、彼らに向けてメイド達がビラを配っている。
思い返せば、シナガワシティとミナトシティでは、誰もが統治ルールでの死を恐れ、表情まで沈んでいた。
だが、ここチヨダシティの人々の顔は、生き生きとしている。
――まるで、この街には最初から統治ルールなんて存在しないかのように。
<黒中曜>
「俺、来るところ、間違えてないよな…?」
曜は不安になり、情報収集を進めるツキ達から離れて、近くに置いてある地図を確かめた。
そこには、この一帯が"ネオチヨダシティ"と記されており、曜の不安はさらに大きくなる。
<黒中曜>
「"ネオ"チヨダシティ…? チヨダシティとは、違うのか…?」
間違った場所へ連れて来られてしまったのかもしれない――そう思うと、血の気が引く感覚が走る。
<???>
「深刻そうな顔で地図見てるけど、なんか面白いことでも書いてんの?」
声のしたほうへ振り向くと、とても小柄で小太りの少年が立っていた。
玉ねぎのように頭頂で束ねた一本のちょんまげ。
そして、左右で色の異なる瞳を持ち、印象に残る見た目だ。
だが、それ以上に印象的なのは、その肩に鷹のような鳥型のドローンを乗せているところだった。
<黒中曜>
「あ…チヨダシティに来たと思ったのに、"ネオチヨダシティ"って書かれてるから、ちょっとびっくりしちゃって…」
<小柄な少年>
「え…? そんな常識的なことも知らないの…?
もしかして、引きこもりとか…?」
<黒中曜>
「さっき、ミナトシティから来たばっかなんだ。
だから、あんまりこの辺のことを知らないんだ」
少年の辛辣な物言いに、曜はむっとしつつも答える。
<小柄な少年>
「ミナトから来たとしても、ネオトーキョーの国民なら常識っていうか…
まあ、統治ルールのストレスで記憶障害になるやつもいるって言うし、仕方ないのかもね」
少年は曜を憐れむような目で見やり、肩に乗せていた鷹型のドローンを放つ。
鷹は旋回しながら、地図上の"チヨダ城"周辺をくちばしでコツコツと突いた。
<小柄な少年>
「もともと、チヨダシティはネオトーキョー国王が住むチヨダ城を中心に形成されたシティなんだ。
だけど、チヨダ城が落ちたせいで、周辺も大きなダメージを受けてさ。
人が住める環境じゃなくなったから、ここ、アキハバラが次の中心地となったわけ。
で、格式高いシティからサブカルにあふれたシティになったから、区別のために、"ネオチヨダ"って呼ぶようになったけど…実際は一緒だよ」
<黒中曜>
「そうなのか…よかった。間違えてなくて…」
自分が間違っていないと知って、曜は胸を撫で下ろす。
その間、少年はスマホをぽちぽちとタップし、誰かへ連絡を取っている様子だった。
<小柄な少年>
「あ、さっき来たばっかって言ってたから、統治ルールの説明お願いしといたよ。
もうすぐ読んでもらえると思うから、あっちのモニターのほうに行けば?」
そう言い残し、彼は曜をちらりと見て、すぐ人混みに紛れて消えた。
入れ替わるように、ツキ達が戻ってくる。
<彩葉ツキ>
「あ、曜! だめだよ、勝手に離れちゃ」
<黒中曜>
「ごめん。だけど、モニターのほうに行けば、統治ルールを教えてもらえるって、さっき親切な人から聞いたんだ。
よかったら、みんなで行かないか?」
<青山カズキ>
「それは助かるよ。
どうも、僕達が声をかけると、ここらへんの人達って怖がって逃げちゃってさ」
<三田三太郎>
「そりゃ、詐欺師みたいなやつと大男が話しかけたらビビるだろうよ…」
<Q>
「…申し訳なかった」
<彩葉ツキ>
「だ、大丈夫だよ、Qさん!
統治ルールを教えてくれるっていう人がいるらしいし、早く行こうよ!」
ネオアキバ駅を出ると、日はすっかり昇っていて、曜達は思わず目を細めた。
目の前には、大型ゲーセンやオタク御用達のショップが入った電気街ビル群。
そのうちのひとつの外壁に、巨大なモニターが据え付けられていた。
<熱狂的な女性>
「きゃー! 曲田様ー!」
<熱狂的な男性>
「今日の配信も楽しみにしてんぜ!」
モニターの下には大勢の人達が集まり、なにかの配信開始を今か今かと待ち構えている。
<黒中曜>
「すごい人だかりだな…」
<三田三太郎>
「特番でも映んのかな?」
<彩葉ツキ>
「それより、どこにいるんだろうね?
さっき、曜が話してた、統治ルールを教えてくれる優しい人って」
曜達がキョロキョロと見渡すが、周囲の人々はみなモニターに釘付けで、それらしい人物は見当たらない。
程なく、モニターに流れていたアニメやゲームのCMが終わり、画面がぱっと切り替わった。
さっきまでざわついていた空気が、ふっと静まり返る。曜達も、その変化につられるようにモニターを見上げた。
そこには、ピンクのくせ毛の男が大写しになっていた。男の顔にはいくつものツギハギがあり、上半身の至る所にタトゥーが刻まれている。
ひと目で、只者ではないと分かる風貌だ。
<画面に映る男>
「本日の生放送を開始します。
皆さん、昨日より今日。今日より明日…より良い一日を生きましょう」
男が口を開くと、周囲は割れんばかりの歓声に包まれた。
<黒中曜>
「な、なんだ…あいつは…」
不意の大音量に、曜達は思わず耳を塞ぐ。
<画面に映る男>
「生きることは楽しいことばかりではありません…辛いことや悲しいことも、もちろんあるでしょう。
自信を持って選択したことが、間違いだったと気づかされることも、必ず訪れます。
けれど、間違えることを恐れてはいけません。挑戦しない者に、理想郷への扉は開かれないのです…
試行錯誤を繰り返しながら、必ず皆で…新しい世界へ辿り着きましょう」
見た目に反して、男の声色はひどく落ち着いており、聞いているだけで不思議と心が静まっていく。
画面上でも、右から左へ男を称えるコメントが滝のように流れていき、曜達はその異質さに戸惑いを隠せなかった。
<彩葉ツキ>
「…なに言ってるのかはよくわかんないけど、すっごく人気のある人みたいだね」
<青山カズキ>
「ああ…まるで、どこかの教祖みたいだ…」
<画面に映る男>
「みなさん、たくさんのコメントをありがとうございます。
どうやら、新たな訪問者がネオチヨダシティにいらっしゃったと報告がありました。
少し時間を取ってしまいますが、説明の時間を設けてもよろしいでしょうか?」
曜は、はっとする。
先ほどの少年が言っていた"説明をお願いした人"とは、この男のことかもしれない――そう直感した。
モニター上には賛同コメントが次々と流れ、周囲のざわめきが、より一層高まり波のように広がっていく。
男は軽く咳払いし、再び口を開いた。
<曲田全一>
「では…改めて自己紹介させてください。
私は曲田全一…このネオチヨダシティの統治ルールのチャンピオンであり、ナンバーズ4です」
<黒中曜>
「――ッ」
突然の告白に、曜達は息をのむ。
まさか、この男こそがネオチヨダシティの対戦者――ナンバーズだとは。
<曲田全一>
「では、早速このシティの統治ルールである、【目指せ神回】終日生放送(エンドレスライブ)の説明をしていきましょう。
ルールは実にシンプル。配信を行って過去最高視聴数を獲得した者が、チャンピオンになれます。
配信するにはまず"ヘラヘラテレビちゃ~ん"と呼んでみてください。
すぐに専用アイテムが飛んできて、配信準備を整えてくれます」
<ヘラヘラテレビちゃん>
「ヘラヘラ~」
曲田の呼びかけに応じ、アナログテレビの中にゼロを押し込めたような謎の物体が、ぴゅろぴゅろと飛んできた。
シナガワシティで見た"会長"と同じ類だと、すぐに理解した。
<曲田全一>
「ただし、いくつか注意事項がありますのでよく聞いてください。
まず命を落としかねない危険な配信はもってのほかです。なぜなら、人というのは生きてこそ輝くのですから。
そして、過度に性的な配信も禁止されています。理由は…まあ、言わなくてもわかりますよね?
配信するだけなら何も問題はありませんが、これは忌むべき統治ルール――犠牲は、避けられません。
ここからは辛い話になりますが…
参加者が達成すべき条件は、毎週の合計視聴者数で1000人以上を稼ぐことです。
それを下回ってしまうと…待っているのは"BAN" つまり、死です。
また、参加者には一日の視聴回数に制限があります。みんなで協力しても、犠牲は避けられません…
ぜひ、アーカイブを見て、どんな配信が多くの者に刺さるのか勉強してください」
スマホが、ピロンと鳴る。
画面を見ると、"ヘラヘラテレビ"というアプリが勝手にダウンロードされていた。
先ほど曲田が口にしたアーカイブや、自分の配信の視聴者数は、このアプリで確認できるらしい。
説明が一段落したあと、曲田は憂いた顔を見せた。
<曲田全一>
「日々、人が死んでいくこの街の現状を私はまだ変えることができていない…
嗚呼、私はなんと無力なのでしょう…!」
<熱狂的な男性>
「曲田様! そんなことねえよ!!
あんたはボロボロだったチヨダを復興してくれた!」
<熱狂的な女性>
「そうよ! 王次郎と比べるまでもなく、あなたは最高の指導者よ!!」
周囲は、ここ一番の歓声に包まれる。
画面にはコメントが滝のように流れ、曲田の姿が見えなくなるほどだ。
どれもこれもが曲田を称え、代わりに鳳王次郎を激しく非難している。
<青山カズキ>
「…ッ」
曲田は、自分を支持するコメントに気持ちを持ち直し、微笑むと、両腕を大きく広げた。
<曲田全一>
「こんな無力な私ですが、皆さんと共に生きていける――これほど心強いことはありません。
この街に来たばかりのあなた達、私達は必ずわかりあえると信じています。
さあ皆さん、新たな仲間達に…祝福を!
そして、ともにゼロを打ち倒し、誰もが幸福で、痛みも死もない理想郷を作りましょう!!」
曲田の言葉に呼応して、割れんばかりの拍手が一斉に巻き起こる。
中には、目元をぬぐう者の姿もあった。
こうして配信は幕を閉じ――曜達は、その圧にしばらくの間、言葉を失った。