6話「明かされる秘密」
えのきを追いかけてたどり着いた先は、ネオチヨダシティで一番人通りの多い"アキバストリート"だった。
どこを見回してもオタク御用達の店の入ったビルが立ち並び、派手な看板と電子音が視界と耳を埋め尽くしている。
曜達は、えのきを見失わないように人波をかき分けて追いかけているうちに、外観を一面ピンク色で彩ったカフェが目の前に現れた。
<雪谷えのき>
「あった! ここだよ、hina☆cafe!」
<彩葉ツキ>
「え、ここって…」
<三田三太郎>
「うっひょ~~~!!! メイドカフェじゃねぇか!」
窓から見える店内には、メイド衣装に身を包んだ銀髪の女性がこちらに気づいて、微笑みながら手を振ってきた。
客の姿は見当たらず、広い店内にいるメイドもどうやら彼女ひとりだけのようだ。
三田と異なり、曜達は場違いな場所に来てしまった気がして店に入るのを少しためらったが、オムライスを楽しみに目を輝かせているえのきを見ると、ここで引き返すわけにはいかない。
カズキは、小さく深いため息をついたあと、観念したように扉を開き、がらんとした可愛らしい店内へと足を踏み入れた。
<銀髪のメイド>
「おかえりなさいませ、ご主嬢様~~~!!!
ひなしかメイドはいないけど、いっぱいサービスするお!」
<彩葉ツキ>
「わあ! アイドルみたいに可愛い!」
<三田三太郎>
「ううっ、くっ、ぐすっ…!!
こんな可愛いメイドさんにもてなされるなんて、ここは天国かよ!!」
店に入ると、さきほど窓から手を振ってくれた銀髪のメイドが、ぱたぱたと小走りで近づき、元気よく一礼した。
猫耳カチューシャをつけた彼女は、どこかのアイドルグループのセンターに立てるほど可愛らしい顔立ちで、左右で色の異なる綺麗な瞳がひときわ映えている。
曜は、頬が一気に熱を帯びていくのを自覚しながらも、必死に平静を装って視線をそらした。
<銀髪のメイド>
「ふふ、ご主嬢様にそう言っていただけるなんて、ひな感激にゃ!
他のご主嬢様達は、みんな、お買い物に出かけてしまったから、好きな席に…」
褒め言葉にはすっかり慣れている銀髪のメイドは、近くの棚からメニューを取り出し、にこにこと曜達のほうを振り返った。
好きな席に案内しようと一歩踏み出したところで――フードを目深にかぶったQの姿を視界にとらえ、彼女の顔からさっと血の気が引いていくのが分かった。
<青山カズキ>
「どうしたんだい? 早く席に…」
<銀髪のメイド>
「――うぎゃにゃあああああああああ!!!!!!!!!!!!」
甲高い悲鳴が、店内にけたたましく反響する。
その声を聞きつけ、カウンター奥の厨房から、赤と黒が入り混じった長髪を頭の上で束ねた男がエプロン姿のまま飛び出してきた。
<エプロン姿の男>
「ひなぎく、どうした!? まさか、また不審者でござるか!?」
<銀髪のメイド>
「に、兄様…! み、見てください…! このお方を――」
<エプロン姿の男>
「ま、まさか――」
<彩葉ツキ>
「ええ!? 違います、違います!!!
私達は不審者なんかじゃ…!」
<西郷ロク>
「…どうする、青山?」
<青山カズキ>
「えのきさんには申し訳ないけど、大事になる前に立ち去ったほうがよさそうだね」
メイドが叫んだ理由はまるで見当がつかなかったが、このまま居座れば面倒ごとに巻き込まれる――
そう判断したカズキは、そっとえのきの肩を押し、曜達にも目で合図を送って入口のほうへ下がり始めた。
<雪谷えのき>
「え~、オムライスは~?」
他のみんなが出口側へ下がっていく中で、Qだけはその場から一歩も動かない。
フードの端を指先でつまんでゆっくりと持ち上げると、あらわになった素顔で、銀髪のメイドとエプロン姿の男をじっと見据えた。
<Q>
「…もしかして、お前達は」
<秋葉ひなぎく>
「ええ…! そうです! 王次郎様に忠誠を誓った、秋葉ひなぎくと市之助です…!
いっ、生きていて…くださったのですね…!」
<秋葉市之助>
「よくぞ…よくぞご無事で…!!
この秋葉市之助、主の帰還を一日千秋の思いでお待ちしておりました…!」
<秋葉ひなぎく>
「私も…ひなぎくもです…王次郎様…!」
ひなぎくと市之助と名乗った2人は、Qを"王次郎"と呼ぶなり、込み上げる感情を抑えきれない様子で目に涙を溜め、その場で片膝をついた。
まるで久方ぶりに主の前にひざまずく家臣のように、深々と頭を垂れる。
何が起きているのか、曜達にはいまいち状況が飲み込めない。
ただ、ぽかんと立ち尽くす一同とは対照的に、カズキだけは表情を険しくしながら一歩前へ出て、ひなぎく達の前に立ちはだかった。
<青山カズキ>
「さっきから、王次郎王次郎って…他人の空似なんだ。
だから、これ以上、Qを王次郎呼ばわりすることは――」
<Q>
「…カズキ。そろそろ観念しよう。
本来ならば、最初にすべて話すべきだったんだ」
静かな声で制したQは、カズキに穏やかな視線を向けた。
その横顔は、どこか吹っ切れたようで、これまで頑なに閉ざしてきた過去と向き合う覚悟を固めた者のそれだった。
<三田三太郎>
「隠し事されて喜ぶやつなんていねぇよ。
今からでもちゃんと伝えといたほうがいいと思うぜ」
<青山カズキ>
「…っ」
普段は騒がしい三田でさえ、今は真面目な声音だった。
カズキは悔しげに唇を噛みしめ、視線を落とした。
<秋葉ひなぎく>
「も、申し訳ありません…!
まだ、お仲間の方達には、ご自身のことを――」
<Q>
「いや、お前達のおかげで決心がついた。
すまないが、私の仲間が腹を空かせている。オムライスをこしらえてやってくれないか」
<秋葉市之助>
「もちろんでございます!」
<秋葉ひなぎく>
「すぐさま、ご用意しますので、皆さま。お座りになってお待ちください」
ひなぎくと市之助は、嬉しさを噛みしめるように顔を見合わせると、慌ただしくキッチンへと駆け戻っていく。
残された曜達は互いに目配せを交わしながらも、促されるままに近くのテーブルへと歩み出し、ようやく椅子を引いて腰を下ろした。
誰もすぐには口を開けず、テーブルの上には気まずい沈黙だけが満ちていた。
やがてキッチンのほうからバターとケチャップの香ばしい匂いが漂い始め、数分もすると、ひなぎくと市之助が湯気を立てるオムライスを人数分、慎重にテーブルへと並べていく。
"いただきます"とそれぞれ手を合わせ、オムライスを2、3口すくって口に運ぶ。
ふわとろの卵と濃いケチャップライスの味が広がる中、先ほどの話がどうしても頭から離れず、ツキは意を決して口を開いた。
<彩葉ツキ>
「えーと…話の流れ的に、Qさんは実は鳳王次郎ってことで合ってるかな…?」
<Q>
「ああ…今まで隠していて、すまない。
私の名は、鳳王次郎。かのチヨダ大戦を引き起こした大罪人だ」
Qは、申し訳なさそうにわずかに目を伏せ、今までのことをゆっくりと語り始めた。
消息不明と報じられていた王次郎だったが、瓦礫の下に埋もれていたところをカズキに救出され、長い間、ふたりは地下に身を潜めていた闇医者のもとへ身を寄せて暮らすことになった。
過酷な環境での応急手術と粗末な治療ではあったが、それでも王次郎の容体は、少しずつながらも上向いていく。
そうした日々の中で、カズキは、犯した罪を忘れて穏やかに過ごしてほしいと願い続けていた。しかし、Qがその願いを受け入れることはなかった。
優しい言葉に縋りつきたい気持ちを胸の底に押し込みながら、自分だけは赦してはならないと固く思い込んでいたのだ。
その想いは次第に"どう贖えばいいのか"という問いへと姿を変え、胸の内で何度も反芻されていく。
答えを求めて彷徨うような日々が続いていたさなかに――あのゼロの侵攻が始まった。
自分が苦しめてきたネオトーキョー国民を、これ以上、新たな脅威に晒すわけにはいかない。
そう心に決めた王次郎は、身分を隠して"Q"と名乗り、打倒ゼロを掲げるトラッシュトライブを立ち上げるに至ったのだという。
記憶のない曜には、王次郎の罪がどれほど重いものなのかはわからない。
だけど、目の前にいる男がその罪と必死に向き合おうとしていることだけは、はっきりと伝わってきた。
一方で、えのきと西郷の2人は、話に興味がない様子で、黙々とオムライスを口へ運び続けている。
重い空気とマイペースな2人の対比が、かえってこの場のいびつさを際立たせていた。そんな中、最初に沈黙を破ったのは三田だった。
<三田三太郎>
「はっ、ずいぶんとご立派で都合のいい理屈じゃねぇか!
お前のしたことで、どれだけ迷惑がかかったことか!」
三田はオムライスを大きく頬張りながらも、スプーンを止めることなく悪態をついた。
その口調には、積もり積もった苛立ちが色濃くにじんでいる。
彼は、かつて鳳王次郎を止めるために、ミナトトライブの一員として命懸けでXBの勝負を挑んだ。
その当事者のひとりとして、今さら"贖罪"を口にする王次郎に対して怒りをあらわにしてしまうのも無理はない。
<Q>
「本当に、あのときは申し訳…」
<青山カズキ>
「チヨダ大戦を引き起こしたのは、遡れば当時の国王だった鳳天心のせいだ。
アイツは孤児を集めて洗脳紛いの教育をしていたからね。
それに、チヨダシティが壊滅的な被害を受けたのだって、どっかの性悪女が原因だ。
だから、なんでもかんでも王次郎だけを責めるのは、おかしいと僕は思うんだよね」
謝罪の言葉を紡ごうとしたQの声を、カズキが途中でさえぎる。
いつも以上に飄々として見えるが、その奥には、秘密が露見したせいか、どこかヤケクソじみた開き直りがにじんでいた。
<三田三太郎>
「…ったく。そういった事情があるなら、先に言えって…
カズキ。お前は、いつも変に隠し事をするせいで、話がややこしくなるんだぞ…!?」
<青山カズキ>
「僕だって、話せるもんなら話したかったさ。
でも、全員が全員、理解があるわけでもないし、話が変にもつれても困るからね」
<Q>
「………………」
気まずさだけが残ったような沈黙がテーブルを包み込む。
誰も次の言葉を見つけられずにいる中、椅子をきいっと鳴らして立ち上がったのはツキだった。
<彩葉ツキ>
「もうこの話は、終わり!
誰だって間違いは犯すし、その間違いでずーーーっと責め続けるなんておかしいよ! ね、曜もそう思うよね!?」
<黒中曜>
「えっと…俺は…」
急に話を振られ、曜の胸の内では激しいモヤモヤが渦を巻く。
曜にとって仲間というのは、なんでも打ち明け合う存在だと思っていた。
それなのに、カズキとQは、出会った当初からずっと自分に秘密を抱え続けてきた。
ふたりにとっては"隠しておきたい過去"なのかもしれないが、曜にはそれが"嘘"に近いもののように感じてしまう。
けれど、目の前で申し訳なさそうにうつむくQの顔を見ていると、その本心をぶつけることはできなかった。
<黒中曜>
「秘密っていうのはよくないと思うから、ここにいないみんなにも話したほうがいいんじゃないかな…?」
曜は、なるべくQを傷つけないよう、自分の感情をオブラートに包んでそう告げた。
<Q>
「ああ…他の仲間には、あとで謝罪とともに説明しておく」
そうQは短くうなずき、グラスの水をひと口だけ喉に流し込む。
その仕草からは、長く隠し続けてきた秘密をようやく打ち明けられた安堵と、それでも消えない罪悪感が入り混じって見えた。