5話「初めての配信」
巻けたのを確認し、えのき達が寝泊まりしているという、バスケットコート併設の公園へ向かう。
到着すると、数人がバスケを楽しんでいたが、えのきと西郷の顔を見るなり、蜘蛛の子を散らすように逃げる。
――おそらく、前に2人が何かやらかしたのだろう。
曜達は察しつつも、面倒になる予感がして口には出さないでおいた。
各自がベンチで一息ついたところで、カズキが口を開く。
<青山カズキ>
「曲田も巻けたし、それぞれ配信でもしようか。
情報収集も大事だけど、勝手を知らないとどうにもならないしね」
<三田三太郎>
「それもそうだな。じゃ、早速…」
三田が空に向かって"ヘラヘラテレビちゃん"の名を呼ぼうとするが、カズキが手で制す。
<青山カズキ>
「待って。その前に――」
カズキは隣のQの背に手を回すと、フードをぐっと深く被せた。
あまりにも深いせいで目元が完全に隠れ、昼間だからまだいいが、夜なら不審者扱いは免れない。
<Q>
「………………」
<三田三太郎>
「カズキ…お前なあ…」
<彩葉ツキ>
「なんでそんなことするの…?
それじゃ前が見えるかもあやしいよ…」
<青山カズキ>
「ほら、Qってちょっと目つきがきついじゃん。
だから、ネオチヨダの人には刺激が強いかなーって」
<黒中曜>
「俺はそんな風には思わないけど…」
<青山カズキ>
「はいはい、今は時間が惜しいんだ。
ほら、みんなで呼ぶよ。ヘラヘラテレビちゃん~」
カズキの唐突な行動に一同は戸惑い、それぞれ言いたげに口を開くが、彼は手を叩いて進行を切り替える。
<ヘラヘラテレビちゃん>
「ヘラヘラ~」
どこからともなく、ゆらゆらと一台のヘラヘラテレビちゃんが現れる。
曜達も名を続けて呼ぶと、群れを成して次々と集まってきた。
ヘラヘラテレビちゃんは各配信者にぴたりと張り付き、画面を切り替えると――5秒カウントを開始。
呼べばすぐ配信が走るとは思っておらず、曜達は慌てて"初配信"に飛び込んだ。
………………
………………
………………
<黒中曜>
「ダメだ。全然、視聴数が稼げない…」
<彩葉ツキ>
「私も~…曲田がペラペラ喋ってたから、簡単だと思ったのに結構難しいんだね…」
開始から10分ほど。
曜とツキ、三田の3人は、配信を切り、ベンチへ戻っていた。
視聴者はチラホラ来るものの、コメントはつかず――話題に詰まって打ち切り。
続行しているのは、ネオチヨダ滞在が長く配信経験のあるえのきと西郷。
そして、カズキとQの4人だった。
<彩葉ツキ>
「ねーねー。ぼーっとしてたら時間がもったいないし、まだ配信続けてる人達の配信、見ない?」
<黒中曜>
「え? 近くにいるんだし、ここから様子を見るだけで十分じゃないか?」
<彩葉ツキ>
「曜は甘いな~。配信って、視聴者との交流が大事なんだよ!
だから、どんなコメントが来てるのか見なくちゃ!」
そう言ってツキはスマホを取り出し、ヘラヘラテレビの視聴アプリを開いて、曜にも見えるように画面を向けた。
まず、1人目。えのきの"どっかーんばっかーんチャンネル"
えのき独特の価値観と自由気ままな言動が、女性視聴者に刺さっているようだ。
コメントで恋愛相談を受け付け、ときに病み味の強いアドバイスを返している。
2人目、西郷の"戦場での生き残りチャンネル"
元傭兵にしてオオタシティ出身という肩書がミリタリーオタク層を直撃。
ふだん寡黙な西郷も、戦場の話題となれば口がほどけ、体験談を淡々と語っていく。
3人目、カズキの"ただの雑談チャンネル"
たまたま飛んできた荒らしコメントに、カズキが毒舌カウンターで応酬。
そこから一気に視聴者が集まり、話術のキレを武器に"レスバトル"をいくつも制して勢いに乗っているようだ。
最後は、Qの"Qチャンネル"
Q自身はほとんど口を開かないのに、なぜか視聴者は多く、次々と質問が投げ込まれている。
曜達は、自分達の配信とは明らかに反応が違うことに首をかしげた。
<黒中曜>
「んー…? なんで、Qさんの配信だけ、こんなにコメントが来てるんだ…?」
<彩葉ツキ>
「私達が配信してるときと、あんまり変わらないよね…? なのに、なんでなんだろう…?」
ふたりが疑問に思いつつ、視聴を続けると、ひとつの興味深いコメントが流れた。
<コメント>
「こいつ、鳳王次郎じゃね?」
そのコメントを皮切りに、同じ連想をしていた視聴者が一気に反応。
画面は"鳳王次郎"に触れるコメントで瞬く間に埋め尽くされる。
なぜ、ここまでQと大罪人である王次郎を結びつける声が多いのか――
曜とツキは、思わず画面に食い入る。
<三田三太郎>
「おいおい、2人とも。
そんなに食い入って見るほど、Qの配信はおもろいのか~?」
隣でスマホを弄っていた三田は、曜とツキが前のめりでQの配信を見ているのに気づき、身を乗り出した。
<黒中曜>
「あ、三田さん。実は、Qさんが…」
<三田三太郎>
「ん~、どれどれ~」
2人のスマホを覗き込んだ三田の顔から、みるみる好奇の色が消える。
やがて、勢いよく立ち上がると、"鳳王次郎"のコメントに呆然とするQへ向かって怒鳴った。
<三田三太郎>
「オイ! 何、ぼーっとしてるんだ! さっさと、配信を切れ!」
<Q>
「――っ」
Qは三田の一喝で我に返り、すぐさま配信を止める。
<雪谷えのき>
「三田、うるさい~」
<西郷ロク>
「…何か問題でも起きたか?」
三田の叫びを聞きつけ、他に配信を続けていた者達も配信を切って駆け寄ってくる。
<三田三太郎>
「Qの配信に、タチの悪い荒らしが出たんだ…
そんで、Qがテンパってたから、止めるように指示したんだよ…
ツキちゃん。すまねぇけど、ちょっとスマホ借りるぜ」
<彩葉ツキ>
「…あ、はい」
三田はツキの手からスマホを受け取ると、それをカズキに見せた。
カズキは一瞬、目を丸くしたのち目つきを鋭くするが、すぐ冷静さを取り戻す。
<青山カズキ>
「これは、悪質な荒らしだね…
ありがとう、三田くん。本当に助かったよ」
<三田三太郎>
「ふん…隠し通すつもりなら、もっとちゃんと気ぃ遣えよな」
珍しくカズキに礼を言われた三田は、どこか面倒くさそうに肩をすくめ、ツキにスマホを返しながら小さく"ありがとな"と呟いた。
曜とツキは、なぜQが鳳王次郎と似ていると言われているのか気になり、目を見合わす。
しかし、大罪人に似ていると言われて気持ちのいい人はいないと思い、心の中にだけに収めることにした。
そんな中――
<雪谷えのき>
「ねえ、カズキってお金持ってるよね?」
話の流れをまるで無視した、えのきの頓珍漢な一言。
<青山カズキ>
「ああ、うん。轟くんから、活動金として渡されたのがいくらかあるけど…」
若干困惑しつつ答えるカズキ。だが"お金がある"と聞いた途端、えのきの瞳がきらりと光った。
<雪谷えのき>
「あたし、"hina☆cafe"のオムライスが食べたい! 食べさせてー!」
<青山カズキ>
「hina☆cafe…?」
<西郷ロク>
「有名配信者のカフェだ。
オムライスが美味いらしく、何度か残飯を漁ろうとしたが――無駄に警備が厳しい」
<彩葉ツキ>
「え、残飯って…」
<青山カズキ>
「僕、いくらか渡してたよね…?
そのお金は、どうしたの…?」
<西郷ロク>
「…全部、えのきの食費で消えた」
<青山カズキ>
「え」
<雪谷えのき>
「だから、最近は、雑草とかゴミ箱の中の食いもん食べてた~」
ケロッと恐ろしいことを告白するえのき。
その無邪気さに、曜は一瞬、言葉を失い――以前カズキかツキから聞いた話を思い出す。
ネオトーキョーいち過酷な"オオタシティ"で育ったえのきと西郷は、幼い頃から慢性的な食糧難にさらされていた。
生き延びるために、ゴミを漁り、人から盗ることさえあったが、トラッシュトライブに加入してからは、カズキの叱咤で"盗み"を辞めるようになった。
今回も、きっとその言いつけを守ったのだ。だからこそ、雑草や廃棄品に手を伸ばすしかなかった――そう思うと、胸がちくりと痛む。
<黒中曜>
「カズキさん…俺もお金出すから、そのhina☆cafeっていうところに連れて行ってあげよう…」
<三田三太郎>
「俺からも頼む…さすがにゴミ漁りは、可哀想すぎるぜ…」
<青山カズキ>
「これは、完全に僕が悪い…。
ふたりに盗みをやめてもらう代わりに必要量の食糧は提供すると言っておきながら、それが果たせていなかった。
お詫びとして、僕のポケットマネーで、えのきさんと西郷くんの食べたい物をご馳走するよ」
<雪谷えのき>
「カズキ、やっさし~~~!!!
じゃ、早速、hina☆cafeに行こー!」
待望のオムライスが食べられると分かるや、えのきは口元をだらりと緩め、よだれを拭いもしないままhina☆cafe の方向へ駆け出した。