15話「ふたりの過去」
曜が、ジオウとともにシンジュクシティ全体を走り回っていると、旧都庁近くの公園にふたりの女性がいるのが見えた。
<黒中曜>
「ねえ、ジオウさん! あそこにいるのって!」
<滝野川ジオウ>
「ああ…! ミウだ…!」
曜とジオウは、切れかかっている体力の中、最後の力を絞ってミウのもとに近づいていく。
だが、その一方で――
<古池瑠璃色>
「あら~何か用、ミウちゃん?
もしかしてウチの秘密、探りに来たとか~?」
<十条ミウ>
「ちょっと、あなたに耳よりな話があるの。少し…いいかしら?」
<古池瑠璃色>
「へー、なになにー?」
ミウは瑠璃色との距離を少しずつ詰める。
やがて体が密着するほどになり、そのまま、まるで口づけをする前のように、顔を近づけていく。
<十条ミウ>
「ごめんなさい。許して…」
<古池瑠璃色>
「え、今なんて?」
普段なら考えられないほどあたふたした様子を見せる瑠璃色に対して、ミウは今にも泣きそうな顔で微笑む。
そのまま、おもむろに右手をポケットに入れ、出したときには、その手にナイフが握られていた。
<滝野川ジオウ>
「ミウ! よすんだ!!」
全速力でミウにたどり着いたジオウは、後ろから抱きすくめるようにして制止する。
<十条ミウ>
「離して! こうしないと、こうしないと…みんなが!」
<滝野川ジオウ>
「それでもダメだ! 殺してしまったら、また僕らはあの頃みたいに…!」
慌てて側まで駆け寄った曜も、ミウの手からナイフを叩き落とし、手首を押さえつけた。
<黒中曜>
「事情はわからないけど、殺しちゃダメだ! どうなるかわかってるだろ!?」
<古池瑠璃色>
「あー、もう何これ!? 訳わかんないんだけど!?」
自らの体を押さえつけるジオウと曜の手から逃れようと、ミウは必死に体を捩っている。
<黒中曜>
「クソ…このままだと…」
その力は思いの外強いようで、じわじわとジオウと曜も苦しくなってくる。
そんなときだった――
<落愛夜宵>
「曜くん…!」
<落愛日和>
「どうしたの、ふたりしてミウを押さえて…」
偶然にも、夜宵と日和、そして小石が公園を通りがかった。
<黒中曜>
「ちょうどいいときに来てくれた!
ミウさんを押さえるのを手伝ってくれ…! いま、ミウさんを放すと大変なことになるんだ…!」
<小日向小石>
「わかったよ…
十条さん…理由はよくわからないけど、落ち着いて…」
<十条ミウ>
「いや! 邪魔しないで! いやあああああああ!」
ミウは、必死に落ちたナイフを取り戻そうと手を伸ばす。
しかし残念なことに、彼女はまだ"芥の命令を遂行する"ことに固執していた。
<古池瑠璃色>
「ちょ…なんでウチがミウさんにそんな…」
さすがの瑠璃色も動揺を隠せずに混乱しているようだった。
<黒中曜>
「悪いけど瑠璃色は別の場所に行ってくれ! あとはこっちでなんとかするから!」
<古池瑠璃色>
「む~、まあでもなんかダルいことになりそうだし…いっか。ほんじゃね」
そそくさと小走りで去っていく瑠璃色の背中を、ミウはまだ未練がましく見続けている。
<十条ミウ>
「あいつを…殺さないと…なのに! どうして…邪魔を!」
完全に瑠璃色の姿が見えなくなると、ミウは自分を押さえているジオウを睨みつけた。
ジオウもまた、芥の恐ろしさを知っているはずなのに、どうして理解してくれないのか――そう言わんばかりの怒りが込められていた。
<滝野川ジオウ>
「今のミウは、ミウらしくない…少し眠って落ち着くといいよ…」
<十条ミウ>
「――ッ」
そう言って、ジオウがミウの口元にハンカチを押さえると、ミウはまるでシャットダウンするように気を失った。
<小日向小石>
「滝野川さん…今のは…」
<滝野川ジオウ>
「ハンカチに睡眠薬を染み込ませてたんだ。
何かあったときに用意してたんだけど、まさかミウ相手に使うことになるとはね…」
<落愛日和>
「それで、ミウに何があったの?
こんなに荒れているミウ…初めて見るわ」
<滝野川ジオウ>
「それは僕から説明するよ。
だけど、みんなが集まってからでもいいかな?」
<落愛日和>
「わかったわ。こっちにきてない子達には事務所で待っててってNINEしとくわね」
ジオウはミウをお姫様抱っこすると、率先して移動を始めた。
過去に芥と何があったのか、そのこともしっかりと聞いておくべきだろうと思いながら、曜も歩き出す。
事務所に到着すると、既に他の皆も集まっており、ミウの様子を見て驚いた顔をしたが、ヒカルが奥の部屋のソファに寝かせてくれた。
<四谷ヒカル>
「それで、3人は芥からどんな話をされたんだい…?」
<黒中曜>
「ああ、それは――」
曜は、芥が「瑠璃色を殺せばいい」と提案してきたこと、それを行うのはミウかジオウが相応しいと言ったこと。
さらに、芥はこの提案を断れば、曜達を殺そうとしているということも話した。
<秋葉市之助>
「そんなことがあったのか…しかし、話が突然すぎてよくわからないでござる」
<三田三太郎>
「ミウは…その、芥っていう野郎に逆らえない事情があることはわかったけどよ…」
そして、皆がジオウの顔をおそるおそる確認すると…意外にもその表情は明るかった。
<滝野川ジオウ>
「いつかは話そうと思ってたんだけど…まさか、こんなタイミングになるとはね…
みんな、僕達の話を聞いてもらってもいいかい?」
<黒中曜>
「もちろん…ぜひ、聞かせてくれ」
ジオウは少し目線を下げ、考え込むように少しの間、黙り込んだ。
どう説明するのが最適かと言葉を選んでいたようだったが、吹っ切れたように顔を上げる。
<滝野川ジオウ>
「僕とミウは昔キタトライブにいたんだけど…そこで芥から"あること"を教え込まれたんだ」
<彩葉ツキ>
「あることって…?」
<滝野川ジオウ>
「暗殺…さ」
その場にいた全員がジオウの言葉に思わず息を呑んだ。
何か触れられたくない過去があることは予想していたが、普段の彼らと暗殺という行為がまったく結びつかなかったのだ。
<滝野川ジオウ>
「キタトライブの真の顔は、暗殺組織で…僕達はその一員だった。
もう記憶もおぼろげなくらい小さいときからそこにいて、組織の長は芥…」
誰も口を挟むことができなかった。皆の顔を見ることなく、ジオウは淡々と説明を続けていく。
これは彼にとって思い出したくない過去のはずだ。けれども、それを打ち明けてくれている。
一言たりとも、聞き逃す訳にはいかない。曜は小さく息を呑み、集中した。
<滝野川ジオウ>
「幼い頃から殺しの技術を叩き込まれてね。逆らえばその度に酷い目に遭わされたよ。
そうしているうちに、いつしか奴の命令には絶対服従する体になってしまっていた。ただ――」
悔しそうに顔を歪め、続きを口にする。
<滝野川ジオウ>
「ミウは優しすぎた。
あの子はいつまでも暗殺という仕事を受け入れることができず、心をどんどんすり減らしていった。
それでも、たまに素敵なこともあったんだ。シンジュクシティで君達に会ったように――ね」
そう言って、優しげにヒカルと日和と夜宵の方を見た。
<落愛日和>
「もしかして、私達に初めて会ったときも…」
<滝野川ジオウ>
「うん、あのときはターゲットが店の常連でね。
そいつに近づくためにミウはキャバ嬢として潜入していたんだ」
<四谷ヒカル>
「あのころのミウちゃんはとても楽しそうだった…
けど、たまに物憂げな顔で考え込んでることがあって、気にはなってたんだ。
まさかそんな事情があったなんてね」
ヒカルは、頭をガリガリと掻きながら、何かを悔やむようにそう口にした。
自分が気づいていれば、どうにかできたのではないか、そう思っているようだった。
<黒中曜>
「じゃあ…芥が見せてきた写真の人達は…」
<滝野川ジオウ>
「僕やミウと同じように芥の支配下にあった仲間達だよ。中には、うんと年下の子もいた」
曜は、そのときになって自分が芥に抱いていた不快感がなんだったのかをはっきりと自覚する。
それは、理解不能なものに対する恐怖だ。人を人と思わず、駒のように扱い、誰が命を落とそうとも気にすることはない。
あまりにも自分とはかけ離れた思想だった。
<滝野川ジオウ>
「数年前に一斉に芥に反旗を翻して、うまく逃げられたと思ってたんだけどね。
途中でバラバラになっちゃったけど…まさか、あの後で捕まって殺されていたなんて…。
だから、ミウは混乱してしまったんだろうね…
芥の言うことを聞かないと、あの子達と同じように君達を殺されてしまうと思って…くっ!」
どんどん口調は強いものになり、遂には思わずといった風に拳で自分の太ももを叩きだした。
そこでジオウの話は終わり、場を沈黙が支配した。誰もが口を噤む中、彼は諦めたように笑っている。
<滝野川ジオウ>
「黙っていて悪かった…。いつかは話そうと思って…いや、違うな。僕もミウも甘えてたんだ。
互いの過去を探らないトラッシュの空気に、ね。こんな日が来るかもしれないと、覚悟してたはずなのに…」
曜は、なんと言葉をかけていいのかわからなかった。
ジオウとミウがこれまで暗殺者として活動をしてきたことは、社会的には決して許されることではないだろう。
だが、それは彼らが望んで行ってきたことではない。責めを負うべきは芥ひとりであるはずだ。
それなのに、どうしても何も言えなかった。今言うべき相応しい言葉が、見つからなかった。