3話「Heaven or Hell」
<Mr.D>
「Heaven or Hell!!」
という掛け声とともに現れた"ソレ"は、奇妙な姿をしていた。
服装はキャバクラによくいる黒服のようだが、問題は頭部だ。
まるでパチンコ玉――いや、パチンコ玉そのもの。
銀色の光を放ち、顔にあたる部分には、ぬいぐるみ姿のゼロと同じ、ふざけた目と鼻と口が描かれている。
それは、シナガワシティで見た会長や、ネオチヨダシティで見たヘラヘラテレビちゃんを思い出させる存在だった。
<秋葉ひなぎく>
「ふにゃっ!? にゃんだこいつ~~~!!」
<彩葉ツキ>
「無駄に脚が長いから、気持ち悪く見えるんだけど!?」
曜達が突然のゲストに驚く中、野次馬達は口笛を鳴らし、"ソレ"を歓迎する。
シンジュクシティに住む野次馬達にとっては、見慣れたもののようだ。
<酒臭い野次馬>
「やっぱりな! 来ました、Mr.D!」
<汚い野次馬>
「早く始めてくれー!」
盛り上がる野次馬達をよそに、"Mr.D"と呼ばれた者は高らかに宣言した。
<Mr.D>
「四谷ヒカルが選ぶのは、ふたりの女性のうちどちらか?
ベット玉数は100発! それでは…ベット開始!!」
その言葉は、ここにいる全員へ向けられているようだった。
しかし、シンジュクシティに来たばかりの曜達には、何を要求されているのかさっぱりわからない。
<黒中曜>
「な、何が始まったんだ?」
<彩葉ツキ>
「わからない…でも、見て。あの人達…」
ツキに言われ、野次馬達のほうへ視線を向けると――
<汚い野次馬>
「俺は、派手なねーちゃんにかけるかなー」
<酒臭い野次馬>
「じゃ、俺はその反対で!」
彼らは、Mr.Dにヒカルの腕を引っ張る女性のどちらかを選んで示すと、大量のパチ玉を手渡していた。
どうやら、これがここでの"統治ルール"のやり方のようだ。
<十条ミウ>
「説明はあとでするわ。
とにかく、さっき配ったパチ玉を適当にMr.Dに渡してからベットして…!」
<黒中曜>
「わ、わかった…」
曜達はそれぞれパチ玉を取り出すと、ちょうど100玉を数えてMr.Dに手渡した。
<Mr.D>
「100発、間違いなく受け取りました。
さて、あなたが選ぶのは?」
<黒中曜>
「えーっと…」
ヒカルのことはよくわからないが、仲間であることは間違いない。
曜達はヒカルに、どちらの女性を選ぶのかと目で問いかけた。
しかしヒカルは、真剣な顔で「どちらも選べない」とでも言いたげに、激しく思い悩んでいる。
――今のこの人は、あてにならない。
そう思った曜は、しぶしぶ適当に"騒がしい女性"のほうを指さした。
<黒中曜>
「じゃあ、あっちの人で…」
<三田三太郎>
「んじゃ、俺はその反対で…」
先ほどの野次馬のノリ的に、間違えてもすぐに殺されるわけではないと判断した曜達は、半々に分かれてベットした。
片方が外れても、もう片方が当たれば痛手は少ない。
そう判断し、二手に分かれたのだが――
<Mr.D>
「申し訳ありません。貴方がたは、チームですよね?
チームの場合は、ひとつの選択肢に絞っていただく必要があります」
<黒中曜>
「――なっ」
曜達の考えは、すでに封じられていた。
確かに、大勢の人間が組んで半々に分かれてベットする――
それが許されれば、一気に難易度が下がり、生存者が増えてしまう。
そうなれば、統治ルール特有のヒリヒリとした緊張感は失われてしまう。
そのため、チームの場合はひとつの選択肢に統一する――そんな対策が用意されているのだろう。
<滝野川ジオウ>
「はあ…今までこんなこと言われたことなかったのにな…」
<十条ミウ>
「大所帯になったせいね…
ここからは、曜が選んだほうに統一しましょう」
<Mr.D>
「ベット終了! さあ、決着はいかに!?」
Mr.Dがそうヒカルを促すと、彼を奪い合っていた女性達は、睨みつけるようにヒカルを見た。
どうやら、どちらも選ぼうとしない態度に、ついにしびれを切らしたようだ。
<騒がしい女性>
「ヒカルくん、そろそろどっちを選ぶのか、あなたの口から言ってよ!」
<派手な女性>
「私でしょ! 私しかありえないわ!」
<四谷ヒカル>
「うーーーん…」
ヒカルは突如として真剣な顔になり、一声唸った。
まるで吟味するかのように女性達の顔をしげしげと眺め、ある種の緊迫感が生まれる。
野次馬も固唾を呑んで見守ることしかできない。
<四谷ヒカル>
「困ったな…本当はどちらも選ぶことなんてできないんだけど…
今、ここにはMr.Dがいる。どちらかは選ばなくちゃならないなんて、悲しい話だね…
――うん、決めたよ。ボクが選ぶのは…1時間だけ先に出会い、それだけ共に過ごしてきた…キミだ」
優しく頬を撫でられたのは、ひときわ騒がしい女性だった。
彼女は恍惚とし、まるでこの世の富を独り占めにしたかのような表情を浮かべている。
一方、選ばれなかった派手な女性は、がっくりと肩を落とし、瞳を潤ませながら、ぶつぶつと小さな声で呟く。
<派手な女性>
「ひどいわ…たった1時間の差で…」
<四谷ヒカル>
「今はそれくらいしか選ぶ理由がなかっただけなんだ。
ボクにとって、キミも大事な人さ。信じて…くれないか?」
ヒカルは彼女のまなじりにそっと指を添え、涙を拭い取る。
そして、しっかりと目を合わせながら、静かに語りかけた。
<派手な女性>
「わ、わかったわ…また、お店に行くわ…」
頬を紅潮させながら、派手な女性はその場を後にする。
一方、騒がしい女性は勝利の余韻に浸りつつ、ヒカルをぎゅっと抱きしめた。
もう二度と離さない。この世界が終わっても、ずっと一緒にいる――
そんな決意を宿しているかのような、柔らかく温かな抱擁だった。
<騒がしい女性>
「ヒカルくん…好き、大好き! あなたに会えて良かった――って、ん?」
歓喜に染まっていた表情が一変して曇り出す。
彼女は何事かに気付いたようだった。
<騒がしい女性>
「え、待って。
さっき、私のほうがあいつより1時間先に出会ったから、って言ったよね?」
<四谷ヒカル>
「うん。そうだけど」
<騒がしい女性>
「…ってことは、この間、私と別れて1時間後にあの女と会ってたの? おかしくない?」
<四谷ヒカル>
「だってボクはあのとき、人探しをしている最中で、とにかく多くの人から情報がほしかったんだ。
それで、キミ…ルミっていう女の子のこと、本当に何も知らない?
彼女は、ボクの大切な人で――」
――ルミ。
その名前が出た瞬間、選ばれた女性の顔はみるみるうちに鬼の形相へと変わっていった。
女心に疎い曜でも、すぐに何が起きたのかを察する。
この女性の名前は、ルミではないのだと。
直後、ヒカルの首が凄まじい速さで右から左へと弾かれた。
遅れて――"パンッ!"という乾いた音が響く。
音を置き去りにした鋭いビンタ。
そう、怒れる乙女の攻撃力とは、ときに想像を超えるものなのだ。
<四谷ヒカル>
「――いったっ!!!」
<騒がしい女性>
「他の女の名前を出すなんて、最ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ低!!!!!!」
ヒカルは悶絶し、その場にうずくまる。
選ばれた女性は肩を怒らせたまま、振り返ることなく去っていった。
<黒中曜>
「…当たってよかったけど、なんなんだ。これは?」
本来ならば、喜ぶところだが、ヒカルの一連のやり取りを目の当たりにして、曜は思わず拍子抜けしてしまった。
<Mr.D>
「ゲーム終了! 勝者に盛大な拍手を!
配当はこちらです! お受け取りください」
Mr.Dは、自ら大きな音で拍手をしたあと、"騒がしい女性"に賭けた人々に袋を手渡した。
それはずっしりと重く、中を開けると、パチ玉がぎっしりと詰まっていた。
正解した影響だろう。ベットした分よりも多くのパチ玉が入っていることが、一目でわかるほどだった。
<Mr.D>
「それでは、次のギャンブルでお会いしましょう!」
そう言ってMr.Dは風のように去っていった。
同時に野次馬達も口々に好き勝手なことを言いながら去り、先ほどまでの騒がしさは嘘のように消えていった。
<小日向小石>
「あのー…大丈夫ですか? かなり強く叩かれてましたけど…」
医者の卵として怪我人は放っておけないのか、小石がおずおずとヒカルに声をかけた。
ヒカルは顔を上げたが、意外なことに平気そうな顔をしていた。
<四谷ヒカル>
「大丈夫だよ…ボクより彼女達の心のほうが痛いはずさ」
寂しげに笑うその顔は、どこか魅力的であり、多くの女性達を惹きつけるのも納得であった。
思わず、横で見ていた曜ですらも少しドキッとしてしまうほどに。
<三田三太郎>
「へえ、ただの軟派野郎かと思ったけど意外といいこと言うじゃねえか」
<秋葉ひなぎく>
「そうかにゃ? そもそも、二股しなければいいだけだと思うお」
<十条ミウ>
「昔からこういう人なのよ…
まあ、みんなにシンジュクシティの統治ルールを見せられてよかったわ」
<黒中曜>
「やっぱり…今のが、そうだったんだな」
ぬいぐるみ姿のゼロに似た存在が仕切っていた。
それだけで、先ほど強制的に参加させられた"アレ"が、シンジュクシティの統治ルールであることは明白だった。
<十条ミウ>
「それじゃあ…詳しい説明もしておくわね」
ミウがそう言った直後、強い風が吹き抜け、どこからともなくカラスの鳴き声が響いた。
このシンジュクシティでの戦いも、一筋縄ではいきそうにない。
――曜は、ふとそんなことを思った。
<滝野川ジオウ>
「ここでの統治ルールの名前は"一発革命! Heaven or Hell"
シンジュクシティのあらゆる場所で、そのときの状況に応じた二択形式のギャンブルが発生するんだ」
<十条ミウ>
「いつどこで始まるかは誰にもわからないけど…
まあ、それっぽいことが起こってるなら可能性はあると思うべきよ。さっきのヒカルみたいにね」
<黒中曜>
「なるほどな…」
確かに先ほどの場合、ヒカルがどちらかの女性を選ぶのかどうか、という二択が発生する状況だった。
曜は小さく頷き、先を促す。
<滝野川ジオウ>
「さっきのMr.Dって奴が現れたら、強制的に参加させられるのさ。
ベットする玉数はランダムで決められて、勝てば倍返し。
ごく稀にだけど、すごい玉数を求められることもあるよ」
興味深そうに話を聞いていた小石が、合点がいったというように拳で手の平をポンと叩く。
<小日向小石>
「つまり…パチ玉をチップ代わりに、ギャンブルをやっていくってことかな?」
<滝野川ジオウ>
「その認識で合ってるよ。
だから、ここでのパチ玉はとても大切なものなんだ」
<黒中曜>
「パチ玉がなくなったらどうなるんだ?
統治ルールなんだし、そこで殺されたり…?」
曜の脳裏に、スペースツカイスリーのレーザーに撃ち抜かれた彗の姿がフラッシュバックした。
それと同時に、これまで統治ルールによって命を奪われていった人々の顔も思い浮かぶ。
彼らのことを思い出すと、胸の奥にじわりと、不安と悲しみが入り混じった感情が湧き上がった。
<滝野川ジオウ>
「持ち玉が0になったらMr.Dに連行されてしまうんだ」
<三田三太郎>
「どこにだよ…」
<十条ミウ>
「詳しくはわからないけど、噂だと地下のさらに地下…地の底の洞窟らしいわ」
<秋葉市之助>
「ネオチヨダシティでは、空であったが、こちらでは地下か…」
<秋葉ひなぎく>
「あのゼロが地下に連れていくだけで満足するはずがないにゃ!
きっと、地下に連れて行ったあと、何かしらの方法で殺されるはずだお」
<黒中曜>
「ああ…ひなぎくさんと同意見だ…」
<西郷ロク>
「どちらにせよ…玉がなくならないよう、細心の注意を払い続ける必要があるな」
<雪谷えのき>
「えー、これ食べちゃだめなのー?」
<小日向小石>
「統治ルールに使わなくても食べちゃだめだよ…」
このシティでは、持っているパチ玉の数がとにかく重要だということが、皆にも理解できた。
ただ、世間で思い描くようなギャンブルとは違い、目の前で突然発生するというのなら、何が起こっても取り乱さずに対応する心構えが重要になるだろう。
――果たして、そんなことが自分にできるだろうか。
曜は一瞬そう考えたあと、それでもやるしかない、と決意を新たにするのだった。
<彩葉ツキ>
「うーん、賭ける玉が勝手に決められるっていうのが難しいところだね。
常にある程度は持ってないと、勝負にすら参加できないよ」
<滝野川ジオウ>
「そうなんだよね。
さっきも言ったように、玉の貸し借りや譲渡は認められているから、それでなんとか耐えるっていう手もあるけど…」
ジオウはそのまま、チラっとヒカルの方を見たが、当の本人はそれには気づかずに、スマホで誰かと連絡を取っていた。
<十条ミウ>
「そのせいで困ったことになる場合もあるわ。そこのヒカルみたいにね」
ミウが"ヒカル"の部分を強調するように、少し大きな声で言ったところで、ようやくヒカルは自分の話をされていると気づいたようだ。
にこっと笑いながら、つかつかとこちらへ歩み寄ってきた。
<四谷ヒカル>
「ハハ。まったくパチ玉には振り回されているよ。
女の子に振り回されるのなら、大歓迎なんだけどね」
<十条ミウ>
「とりあえず外じゃ落ち着いて話もできないし…ヒカル、あなたの事務所に行きましょう」
<四谷ヒカル>
「そうだね、じゃあ案内するよ!」
そのまま、ヒカルは肩で風を切って歩き出した。一同はその後をついていく。