8話「ちょっとした違和感」
一方、その頃――
小石とツキは日和に連れられ、依頼主との待ち合わせ場所である喫茶店までやってきていた。
しかし、まだ相手は到着していない。
三人は広めのソファ席に腰を下ろし、飲み物を注文して少しゆっくりすることにした。
<彩葉ツキ>
「ふう~、とりあえずちょっと休憩だね」
<小日向小石>
「瑠璃色さん…なんだか濃い人だったから疲れたよ…」
<落愛日和>
「気持ちはわかるわ。でも、私はもう慣れちゃった。
ああいうものだと思ったら意外と大丈夫になるんだけどね」
<彩葉ツキ>
「日和さんって大人だなあ…
瑠璃色なんてギッタンギッタンにしちゃえ! とか思わないの?」
<落愛日和>
「うーん、苛立つことはあるけど…なんだろ、たまに、本当に少しだけ、話してると不思議な気持ちになることがあるのよね。
自分でもよくわからないけど」
<彩葉ツキ>
「ふーん、日和さんって大人だねー」
<小日向小石>
「そういえば、依頼人さんってどんな人なの?」
<落愛日和>
「大橋さんっていって、私をよく指名してくれるお客さんのひとりよ。
ヒカルが探偵をしてるって話をしたら、依頼してくれたの。
それにしても遅いわね…今度、お店来たときに高いお酒でも勝手に注文しちゃおうかしら」
そのとき、小走りで店に入ってきた男がいた。
慌てた様子で店内を見渡し、日和の姿を見つけると少し気まずそうな顔をしながら席についた。
<大橋>
「遅くなってごめんね。大橋です」
<彩葉ツキ>
「――あぐっ…!?」
"大橋"と名乗る男を見た瞬間、ツキは頭が割れるような痛みに襲われ、思わず頭を抱えた。
だが、それはほんの一瞬のことで、少しすると何事もなかったかのように収まった。
<小日向小石>
「彩葉さん、大丈夫…?」
<落愛日和>
「体調が悪いなら、ヒカルの事務所で休んでていいのよ? 無理をしないで…」
<彩葉ツキ>
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!
冷たいものを一気に飲んだから、頭がキーンとしたみたい!」
ツキが飲んでいたのは、アイスが乗ったミルクココア。
氷もふんだんに入っているので、頭が痛くなってもおかしくはなかった。
<大橋>
「お嬢さん。女性は体を冷やしちゃいけないよ。
さ、好きなものを注文しなさい。ここは、全部、私が持つから」
<彩葉ツキ>
「わーい、ありがとうございますー!
それじゃ、プリン・ア・ラ・モードとロイヤルミルクティーも頼んじゃおうかな!」
<大橋>
「隣のお嬢さんも何か頼まないのかい?
遠慮せずにいいんだよ?」
<小日向小石>
「あ、僕…男です…」
<大橋>
「おっと、それは失礼したね…
まあ、適当に注文するから、つまんでいってよ。
ここの店のは、どれもうまくて気に入ってるんだ」
そう言って、大橋は近くにいたウェイターに注文した。すると、すぐに料理が運ばれてきた。
確かに、大橋の言う通り、どの料理もおいしく、ツキと小石は次々と手を伸ばす。
だが、日和だけは自分が注文したストレートティーにしか手をつけなかった。
彼女は、プロのキャバ嬢として、体型維持に慎重なのだ。
<落愛日和>
「それで、依頼っていうのはなんなの?
若い子にご馳走したいだけ…っていうわけではないでしょう?」
<大橋>
「おおっと、そうだった、そうだった。
実は、働いている会社のことなんだけど…」
大橋のいう依頼とは、勤めている会社の愚痴を聞いてほしい、というものだった。
それはどれも、どこの会社にでもありそうな悩みばかりで、ツキと小石は素直に「社会とは大変なものだ」という感想を抱いた。
<落愛日和>
「…呆れた。探偵事務所に愚痴を聞く依頼をするなんて…。
そんな話、お店に来てしてくれたらいいのに…」
<大橋>
「だって、日和さん…。
店に行くと、すごい高い酒ばかり注文するんじゃないか…」
<落愛日和>
「当たり前でしょ?
臭いおじさんの話をわざわざ聞いてあげてるんだもの。
ちっぽけな報酬じゃ、我慢できないわ」
<大橋>
「うー…わかったよ…
次からちゃんと店に行くよ…」
<落愛日和>
「はい、これ。今回の依頼料。
ちょっとだけおまけしといてあげたわ」
大橋は、日和に報酬の額が書かれた紙を渡されると、一瞬ぎょっとして目を見開いた。
そして頭をかいたあと、大量のパチ玉を日和に渡した。
<大橋>
「みんな、ありがとう。話してずいぶんとマシになったよ。
それじゃ、またどこかで会おう」
と、軽く会釈して大橋は店から去っていった。
<彩葉ツキ>
「うーん…小石くん、私の口元になにかついてたりする?
それとも、今日の髪型変かな?」
<小日向小石>
「ううん、いつも通りだけど、急にどうしたの?」
<彩葉ツキ>
「私の勘違いだと思うんだけど、大橋さんがまじまじと私の顔を見るから、ちょっと気になっちゃったんだよね」
<落愛日和>
「あなたみたいな可愛くて明るい子って、男の人はみんな好きなのよ。
きっと、可愛い子が来たと思って見惚れてしまったのね」
<彩葉ツキ>
「えー、日和さんに言われちゃうと照れちゃうなあ」
<落愛日和>
「ふふ、もう少し大きくなったら、私と一緒に働きましょうね。
ツキちゃんのために可愛いドレスを選んであげるわ」
<小日向小石>
「ん…? 誰かスマホ鳴ってない?
かすかに振動する音が聞こえるんだけど」
<落愛日和>
「あ、私のだわ。いったい、誰かしら?」
日和は、小さな鞄から鳴り続けるスマホを取り出すと、席を外し、電話に出た。
そして、ものの数分で帰ってきたが、どこか浮かない顔をしていた。
<落愛日和>
「はあ…困ったわ。バイトしてるキャバクラでトラブルがあったみたい。
困ったお客さんがいるから助けてくれ、だって」
<小日向小石>
「え、そういうのって日和さんが対処するの?
ふつう、警備員さんとかがどうにかしてくれるんじゃ」
<落愛日和>
「まあ…普通はそうなんだけど、私がそういうの一番得意ってことになっててね。
今日はシフト入ってないけど、解決したら臨時ボーナスくれるみたいだから、ちょっと行ってくるわ」
そう言ってすぐに席を立ち、店から出ようとするが、日和をツキが慌てて制する。
<彩葉ツキ>
「あ、だったら、みんなにも声をかけようよ!
きっと、みんなも依頼が終わったころだと思うし、日和さんひとりじゃ危ないよ!」
<小日向小石>
「うん、そうだよ。
僕からみんなに連絡するから、ちょっとまってて」
<落愛日和>
「ふふ、あなた達、本当にいい子ね」
小石が全員にNINEで連絡を取ると、すぐに皆からOKの返事が届いた。
それを見るなり、ツキは駆け足で店を飛び出す。
日和と小石は苦笑いを浮かべながら、そのあとを追いかけた。