2話「シンジュクシティ」
――シンジュクシティ。
そこは、あらゆる欲望が集結しているかのような場所だった。
"不舞喜町"と書かれた金色のネオンが輝く看板の下をあらゆる人達が通り過ぎていく。
華美なドレスに身を包み、この世の春を謳歌するかのようにしゃなりしゃなりと歩くキャバ嬢。
派手な髪型で仕立ての良いスーツを纏ったホストは、平然と歩き煙草をしている。
<黒中曜>
「…なんだか、すごいところだな。
今まで来たシティで一番苦手かも…」
<秋葉ひなぎく>
「にゃむむ…ひなもあんまり得意なかんじじゃないお」
<小日向小石>
「歓楽街ってかんじだね。そういえば"朱雀の如く"っていうゲームがこの場所を再現してるんだ。
結構好きなタイトルだから、こうして実際に来られてちょっと嬉しいかも」
一同が物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回していたそのとき、前から近づいてくる人物がふたりいた。
<十条ミウ>
「お疲れ様。わざわざ呼びつけて悪かったわね」
<滝野川ジオウ>
「ミウからの頼みなんだ。
みんな喜んで駆けつけてくれたさ。そうだろ?」
<黒中曜>
「あ、ミウさん! ジオウさん!」
<彩葉ツキ>
「わー、久々だね!」
思いのほか、元気そうなジオウとミウを見て、曜達の顔に思わず笑みが零れた。
そのまま、ふたりと初対面のメンバーが軽く自己紹介を行い、場は少し砕けた雰囲気となった。
<三田三太郎>
「ミウ、会えて嬉しいぜ…。
俺はあの伝説のミナトトライブに所属してた三田三太郎だ。困ったことがあったらなんでも気軽に――」
三田は、ここぞとばかりに決め顔を作り、握手のためスマートにミウへ手を差し出す。
あまりにキザな言動に、曜は一瞬驚いたが、ある日のカズキとの会話をふと思い出した。
かつての三田は無類の女好きで、隙さえあれば、ほとんどの女性を初対面で口説きにいっていたという。
そのため、三田がトラッシュトライブを手伝うことになった際、女性陣にセクハラまがいの言動を取らないかとカズキは心配していたらしい。
しかし、実際にはそのような行為は一切なく、むしろ拍子抜けするほど"おりこうさん"だったという。
カズキ曰く、三田も大人になったというわけだが――それでもミウの容姿は三田の好みにどんぴしゃで、つい悪癖が顔を出してしまったようだった。
<十条ミウ>
「うん。よろし――」
ミウは、三田の下心に気づかず、差し出された手に握手しようとするが――
<滝野川ジオウ>
「初めまして、三田くん!
僕は、"十条ミウ"をこよなく愛している滝野川ジオウ!
チヨダ大戦の英雄が仲間になってくれるなんて心強いよ!
あ、僕とミウは、運命共同体だから、ふたり一緒によろしくね!」
ミウよりも先に、三田の手を握ったのは満面の笑顔のジオウだった。
<三田三太郎>
「いて、いててててて…!」
ジオウは、常日頃から隙あらばミウに愛を語る"ミウラバー"だ。
ミウにつく悪い虫は早めに駆除する――そんな意思のもと、三田の手を思いきり握り込んでいるのであろう。
だが、その牽制に気づいたのか、ミウはすぐさま呆れたようにため息を吐いた。
<十条ミウ>
「ジオウ、本当にそういうのいいから…」
<滝野川ジオウ>
「ごめんごめん。僕としたことがやりすぎたね」
ジオウはミウに注意されると、即座に手を離した。
<三田三太郎>
「くぅ…! お前のこと、見落としてた俺がわりぃけど、ちょっとやりすぎだぜ…!
ボールが投げられなくなったら、どうしてくれるんだよ!」
三田は、痛むのか、その手をもう片方の手でさすっている。
<黒中曜>
「ふたりとも…少しは大人しくしてくれないか?
そろそろシンジュクシティの状況を聞きたいんだけど…」
<十条ミウ>
「そうね。説明の前に、まずこれを渡しておくわ」
ミウは、そういってシンジュクシティに来たばかりの曜達に何かを手渡した。
渡されたそれは、銀色に輝く球体――どこからどう見てもパチンコ玉だった。
<彩葉ツキ>
「え…? これってパチンコ玉だよね…?」
<十条ミウ>
「ええ、そうよ。
このシティではそれが何よりも大事なの」
<黒中曜>
「嘘だろ…このパチンコ玉が…?」
その言葉を受けて、ミウはゆっくりと頷く。
だが、その顔はどこか苦々しげに歪んでいた。
<十条ミウ>
「ええ、本当はもっと渡したいのだけど、あいにく今は手持ちが少なくて…」
<滝野川ジオウ>
「それがないと、ここでは何もできないからね。
貸し借りや譲渡はオッケーだから、まずはこれを使って」
この街でどんなことが起こっているのか、曜にはまるでわからなかった。
だが、このパチンコ玉が重要な役割を果たすということだけは、理解できた。
手をぎゅっと握り込むと、金属の冷たさが肌を刺した。それは、じわじわと全身に広がっていくようだった。
<十条ミウ>
「それじゃ、ここからが本題だけど――」
ミウが統治ルールについて切り出そうとしたそのとき――
<騒がしい女性>
「ちょっと待ちなさいよ!」
大きな声が響き、一同の意識はそちらに奪われた。
<派手な女性>
「待たないわよ! この泥棒猫!!」
続けて、別の声もした。
何かトラブルが起こっているようで、通行人達が足を止めて集まり出している。
<雪谷えのき>
「わーい! 揉め事だー! やっじうま、やっじうまー!」
えのきは両手を羽のように広げ、俊敏な動きでトラブルを見に行ってしまった。
<彩葉ツキ>
「あ、えのきちゃん…!」
<三田三太郎>
「ここ、無駄に人が多いから離ればなれになったら大変だぞ…」
<西郷ロク>
「すまん…」
<滝野川ジオウ>
「西郷くんは、何も悪くないよ。
いったん話を中断して、えのきちゃんを追いかけよう」
曜達は、野次馬の間へと消えていったえのきを追って、急ぎ足で駆け出した。
しばらく進むと――
<黒中曜>
「ここに居たのか、えのきさん…」
<十条ミウ>
「あなた、ずいぶんと前に行ってたのね…」
<雪谷えのき>
「えへへ、特等席~!」
えのきを探して野次馬達をかき分けていくと、なんと最前線までたどり着いてしまった。
どうやら、目の前にいる男女3人組が騒ぎの原因らしい。
ひとりのホストの腕を、女性ふたりが左右から引っ張り合っている。
<美麗なホスト>
「うーん、参ったなあ。モテすぎるのも考えものだよ」
<騒がしい女性>
「ええい! ヒカルくんを離しなさいよ!
これからアタシと店外の約束なんだから!」
<派手な女性>
「ヒカルきゅんは私とディナーの約束をしてるの!
離すのはそっちでしょ!」
当事者であるホストは白いスーツに身を包み、整った顔を悲しげに曇らせていた。
今どき流行りのボーイズアイドル顔負けの中性的な顔立ちで、白いウィービングが入った髪も洒落ている。
女性から奪い合われるのも納得の外見だった。
<酒臭い野次馬>
「おいおい、にーちゃん。どっちを選ぶんだよー!」
<汚い野次馬>
「顔が綺麗だと大変だなー! 俺にもひとり分けてくれよ!」
周りの野次馬達もヒートアップし、口々に好き放題叫んでおり、異様な熱気が生まれている。
<黒中曜>
「ガラが悪いシティだな…」
おそらく、シンジュクシティではこんなことが日常茶飯事なのかもしれない。
だが、真面目な性格の曜は馴染める気がしなかった。
<黒中曜>
「なあ、みんな。早くここから去ろう。
どこか静かなところで、さっきの話の続きを――」
<雪谷えのき>
「いけいけー! ぶっころせー! あたしが代わりにやっちゃおうかー?」
<彩葉ツキ>
「えのきちゃん!? そんなこと叫んじゃいけません!!
ほーら、ここからすぐに立ち去るよ!」
<雪谷えのき>
「えー、やだー! 最後まで見るー!」
<西郷ロク>
「…おとなしくしろ」
しかし、駄々をこねるえのきの力は凄まじく、西郷が片手で抱えようとしても、すぐに暴れてすり抜けてしまう。
どう連行するべきか悩んでいると、ジオウがひとつため息を吐いた。
<滝野川ジオウ>
「はあ…ミウ。
そろそろ行ったほうが…」
<十条ミウ>
「…そうね。みんな、少し待っていて」
<黒中曜>
「え、ミウさん――」
ジオウに促されたミウは、臆することなくホスト達へと歩み寄っていく。
曜は内心でこう思った。
ああ、迷惑だからどこかへ行けと注意するつもりなのだろう。やはり、ミウは肝が据わっているな…と。
――だが。
彼女の口から出たのは、その予想を裏切る言葉だった。
<十条ミウ>
「ヒカル…ひとりで来るって言ってなかった?」
<四谷ヒカル>
「ごめんよ、途中で彼女達に見つかっちゃってさ」
<十条ミウ>
「まったく…何をしてるのよ」
ふたりのやり取りを目にして、皆ははっと息をのんだ。
どうやら、ミウはこのホストと面識があるらしい。
<彩葉ツキ>
「え、うそー!」
<三田三太郎>
「み…ミウ、そのホスト野郎と知り合いなのか?」
<四谷ヒカル>
「あ、もしかしてキミ達がトラッシュトライブのメンバー?
ボクは四谷ヒカル。ミウちゃんからキミ達のことは聞いてるよ」
<十条ミウ>
「みんなにNINEした助けてほしいことっていうのは、このヒカルのことなの。
一応、このシティでの協力者なんだけど――」
ミウがホストと面識があったことも驚きだが、この修羅場を意に介さず話を続けようとしていることのほうが、曜達には衝撃だった。
だが、さらに凄まじいのは、ヒカルの左右の腕を引っ張る女性達である。
<騒がしい女性>
「もー! はーなーせー!」
<派手な女性>
「はーなーさーなーい! 絶対、ヒカルきゅんを離さないわ!!」
まるで周囲など目に入っていないかのように、彼女達の喧嘩は激しさを増していく。
ヒカルの腕を引く力も次第に強まり、当の本人は笑みを浮かべているものの、その表情はどこか引きつっていた。
<秋葉市之助>
「このままでは、話を聞く前に腕がちぎれてしまいそうだな…」
<四谷ヒカル>
「まったく…困ったね」
<秋葉ひなぎく>
「なんでこの人、他人事みたいな顔ができるんだお?」
曜達があれこれと女性達に声をかけるも、彼女達はまるで聞く耳を持たない。
曜はひとつため息を吐き、少し距離を取った。そのとき、背後から野次馬達のひそひそとした話し声が耳に入る。
<汚い野次馬>
「なあ、これって、そろそろあいつが来るんじゃねえか?」
<酒臭い野次馬>
「あー、来る来る! 絶対来るって。賭けてもいいぜ」
<汚い野次馬>
「ばーか。なんであいつが来る前に賭けるんだよ。
酒の飲み過ぎでイカれたか?」
――あいつ?
野次馬達の言葉に、曜は眉をひそめる。
誰のことだ、と考えたその瞬間――"ソレ"は凄まじい勢いで野次馬達をかき分け、風のように姿を現した。