4章「迫り来る本物への選択」
シンジュクシティ
1話「繰り返す後悔」
<青山カズキ>
「ううっ…」
ピンクを基調としたファンシーな内装のhina☆cafe従業員用休憩室。
そこに設えられたベッドの中で、カズキが苦しそうに呻いている。
彼は今、自分が直面した現実を受け止められずにいた。
どうして、彼があんな目に遭ってしまったのか――
どうして、彼がすべての重荷をひとりで背負おうとしていることに気づけなかったのか――
どうして、彼がひとりで死地に赴こうとしたとき、止められなかったのか――
何百回、何千回と思考はループし、そのたびに何もできなかった自分を責め続ける。
そうやってカズキが苦しんでいる本当の理由を、曜達は知る由もなかった。
ただ、突然ずぶ濡れで帰ってきた直後、倒れてしまったカズキの容態をカフェスペースで案じるのみだ。
<黒中曜>
「カズキさん、大丈夫かな? 熱もすごかったし…」
<Q>
「………………」
曜達にしてみれば、カズキは突如として店を飛び出して行ったかと思いきや、しばらくして戻ってきたときにはひどく憔悴していたのだ。
何かがあったのは明らかだった。本人も懸命に語ろうとはしていたが、熱で朦朧としており、できなかった。
皆がカズキを案じていると、不意に"ガチャリ"と扉が開く音が響き、誰かが入ってきた。
<秋葉ひなぎく>
「おかえりなさいませ、ご主嬢様~~~! でも、ごめんにゃさい! 今ちょっと臨時休業中なんだお。また今度来てくれると嬉しいにゃ!」
ひなぎくによるお出迎えを直に受けた来訪者は、戸惑いながらも、はっきりと訪問の目的を口にする。
<小日向小石>
「え、ええと…遊びに来たわけじゃなくて、トラッシュトライブのみんなに用があって来たんだけど…」
<彩葉ツキ>
「あれ!? 小石くん!?」
<秋葉市之助>
「おお、そなたが噂の…Q様からとても優れた医者だと話は伺っているでござるよ」
<秋葉ひなぎく>
「ひな達がNINEで挨拶した"秋葉三兄妹"だおー!
さっきは、お客様扱いしてごめんにゃ」
<小日向小石>
「う、ううん…。顔を合わせるのは初めてだから無理もないよ。
これからよろしくね」
秋葉三兄妹の"トラッシュトライブ"への参加は、ネオチヨダシティでのXGが終わったあと、すぐに決まった。
トラッシュトライブのグループNINEには、カズキの代わりに三田が3人を入れてくれて、ネオチヨダシティにいないメンバーにも秋葉三兄妹のことは説明がついていた。
なので、初めてリアルで出会う小石と秋葉三兄妹が挨拶し合うのは、当然の流れなのだが、曜はとある疑問で頭がいっぱいだった。
<黒中曜>
「なあ、小石…
お前、どうやってここに来れたんだ…? あの改札のせいで、来れないんじゃ…」
シティ間の移動は地下通路を通れば可能だが、各シティの入口には人数制限を強制的に守らせる"改札"がゼロによって用意されていた。
そのため、曜達はネオチヨダシティにも同様の改札があると考え、これ以上メンバーが入ってくるのは難しいと思っていた。
だからこそ、今、目の前に小石がいるのが信じがたかった。
<小日向小石>
「僕もびっくりしたんだけど、今日見てみたら、改札自体なくなってたんだ。
もしかしたら、統治ルールが撤廃されると、そのシティの人数制限がなくなるのかもね」
<黒中曜>
「そうだったのか…
よかった。この前のQさんみたいに、ゼロに無理やり連行されたのかと思った」
ホッとため息をつくと、そわそわした様子のQが小石に近づいてきた。
<Q>
「小日向…カズキを…」
たったそれだけの言葉だったが、Qの表情からすぐに小石は彼が言いたいことを察した。
<小日向小石>
「もちろんだよ。そのために来たんだから。
あ、後でみんなのことも診させてね。長いこと、診てないから心配で…」
カズキの体調不良については、トラッシュトライブ全員に説明されていた。
小石は、鞄に住み着いている謎の猫"ビースト"を追い出すと、診療用の道具を取り出す。
まずはカズキを診察し、その後、他の仲間達の体調も一人ひとり丁寧に確認した。
診察は順調に進み、残すはQのみとなる。
<Q>
「やはり、カズキの体調はすぐに治るものじゃないのだろうか…?」
<小日向小石>
「そうだね…熱も高いし、意識の混濁も見られる。しばらくの間は療養してもらうしかないかも…」
これまでのナンバーズとの戦いでは、カズキは持ち前の頭脳を生かして仲間達のサポートをし、ときにはあっと驚くような策を使いつつも勝利に貢献してくれていた。
そんなカズキが一時的とはいえ離脱することに、曜は少し不安を覚えていた。
<彩葉ツキ>
「曜、もしかしてカズキさんがいなくて不安なの?」
<黒中曜>
「え? そ、それは…」
心の中を読んだかのようなツキの言葉に、曜は思わず下を向いてしまった。
だが、数秒後、顔を上げたときに目の前にあったのは、まるで向日葵のようなまばゆい笑顔だった。
<彩葉ツキ>
「だーいじょうぶ! 私達がいるんだから!
曜のことだからまたひとりで抱え込もうとしてるんだろうけど、そうはさせないよ!!」
<三田三太郎>
「おうおう、人生の先輩として、俺がしっかり導いてやるからよお」
<雪谷えのき>
「あはは、みたらし団子郎、えらそ~う」
<三田三太郎>
「だからそんなゆるキャラみてえな名前じゃねえっての!」
重苦しさに支配されそうになっていた場の空気が、一気に弛緩する。
そうだ、俺はひとりじゃない。頼もしい仲間達がいる。
絶対にトラッシュトライブのみんなで、ナンバーズに――
いや、ナンバーズだけではない。すべての元凶でもある"ゼロ"にも勝ち、統治ルールで苦しむ人達をも救ってみせる。
そう、決意し直した。
<秋葉市之助>
「そもそも、こちらには王次郎様がいるのだ。
他のシティのナンバーズがどのような存在かは露ほども知らぬが、この神々しいお姿を目にしただけでやつらは這いつくばり、お願いだから自分も配下に加えてください――と、懇願することであろう。
そうして王次郎様は拙者にこう告げる…"市之助、この世で私が最も信頼する家臣のお前に判断を任せよう"とな。
そのように声を掛けられた拙者は歓喜に打ち震え――」
<秋葉ひなぎく>
「なーにを妄想トークしてくれてるんだにゃ!
王次郎様が神々しいのは完全に同意だけど、最も信頼する配下はこのラブリーめっかわメイドのひなに決まってるお!!」
いつものように重度の王次郎オタクであるふたりによる、諍いが始まる。
興奮のあまり、カズキから王次郎ではなく、"Q"と呼べと再度言われたことも頭から消し飛んでいるようだ。
<秋葉市之助>
「血を分けた妹と言えども絶対に譲れないものがある!
王次郎様の寵愛を生涯受けるのは、拙者だ! そして、同じ墓に入るのも拙者でござる!」
<秋葉ひなぎく>
「市之助お兄ちゃんは妄想がたくまし過ぎるお! 王次郎様はいずれhina☆cafeの終身名誉オーナーとなるんだにゃ!
それで、いつかその完璧なお姿を銅像にして、国宝として店内で永久に展示するんだお!」
エスカレートしていく会話を、曜達は冷めた目で見つめていた。
その中でも、とりわけ冷ややかな視線を向けていたのは、秋葉三兄妹のひとり・才蔵である。
<秋葉才蔵>
「はあ…こんなのが身内だなんて…
もっと、まともな兄妹がほしかったな…」
そうボソリと呟き、才蔵は目を逸らした。
曜は、才蔵には才蔵なりの気苦労があるのだと理解し、心の中で同情する。
<秋葉市之助>
「くっ…このままでは埒が明かん…。王次郎様、どう思われます!?」
市之助とひなぎくの妄想は留まるところを知らず、ついには当事者である王次郎へと矛先が向けられた。
<秋葉ひなぎく>
「絶対、私の案の方がいいですよね!?」
<Q>
「………………」
前までの"王次郎"なら、呼ばれればすぐにこちらへ視線を向けてきた。
だが当の本人は、我関せずといった顔で、ただその場に立ち尽くしているだけだった。
ふと曜は、ネオチヨダシティのXGが終わってから、彼が"王次郎"という名前にあまり反応を示さなくなっていることに気付く。
カズキのことが心配で、そちらにばかり気が向くのは仕方がない。
だが、果たしてここまでのものだろうか。
曜は違和感を抱きつつ、彼へと歩み寄った。
<黒中曜>
「あの…"王次郎"さん?」
市之助達に釣られ"王次郎"と呼びかけると、Qは一瞬びくりと体を震わせ、不安げな表情を浮かべた。
<Q>
「――あ…私、か。
そうだな、なんと言えばいいのか…」
目は泳ぎ、呼吸も少し不自然になっている。
曜には医療の知識などまったくないが、Qもカズキと同じく体調が悪いのではないか。
それが原因で、少しいつもと様子が違うのではないかと感じた。
<小日向小石>
「ごめん…ちょっと勢いがすごすぎて口を挟めなかったんだけど…
どうして黒中さん達は、Qさんを王次郎って呼んでるの…?」
<三田三太郎>
「あれ? 何日か前に、NINEで連絡いかなかったか?
Qが王次郎で~ってやつ」
<小日向小石>
「きたけど…あの暴君の王次郎とQさんが同じ人なんて信じられないよ…
だって、Qさんは王次郎と違って、すごく優しい人なんだ…」
Qは、自分が"鳳王次郎"であることを曜達に明かしたあと、すぐに他のシティにいるトラッシュトライブのメンバーにもNINEで説明を行った。
曜とツキは、他のみんなもさぞ驚くだろうと思っていたが、"暴君"として名高い鳳王次郎と、心優しきQが同一人物であるという事実を、素直に信じきれる者は少なかった。
<彩葉ツキ>
「そう思っても仕方ないよね~…
私も直接聞かなかったら、なにがなんだかわからなかったし…」
<黒中曜>
「えーっと…小石、よく聞いてくれ…実は…」
曜は、まだ頭が混乱している小石に、Qがどのように過去を乗り越え、戦ったのか、そしてネオチヨダシティで起こったことを語っていく。
話を聞いた小石は、驚いた様子で目を見開き、所在なさげに佇むQをじっと見つめた。
やがて自らの顔に手を当て、深く考え込む。
そのとき、全員のスマホから"ピロン"とメッセージの着信を知らせる音が鳴り、皆が一斉にスマホへと視線を落とす。
<NINE(十条ミウ)>
「急な連絡ごめんなさい。
みんなに助けてほしいことがあるの。少し個人的なこともあるんだけど」
<NINE(滝野川ジオウ)>
「ミウの頼みを断れるわけないよね?
ちなみに僕とミウは今シンジュクシティにいるよ。
他にも詳しい説明をしたいところだけど、どうせ検閲で止められちゃうだろうからね。
シンジュクにいるナンバーズのことも再会したときに話すよ」
<NINE(十条ミウ)>
「簡単に倒せる相手じゃないことだけは確かよ。
力だけじゃなく…運も必要になるわ」
<NINE(滝野川ジオウ)>
「まあそんなわけだからさ。手が空いてる人がいたらよろしく!」
そこでNINEのメッセージは終わった。
ミウとジオウからの救援要請を受け取った曜達は、各々やる気を見せている。
<黒中曜>
「ナンバーズがシンジュクシティに…!」
<彩葉ツキ>
「ミウさんとジオウさんがヘルプって言ってるなら、行くっきゃないね!」
<雪谷えのき>
「ここじゃ暴れたりなかったから、次はどか~んとやっちゃお」
<三田三太郎>
「頼もしいような、恐ろしいような…」
<西郷ロク>
「どこであろうが、役目を全うするだけだ」
<秋葉市之助>
「王次郎様。
拙者、シンジュクでも王次郎様のために手足となり働く所存にございます!」
<秋葉ひなぎく>
「もちろん、この秋葉ひなぎくも命を賭けてお守りします!」
<Q>
「………………」
皆が盛り上がる中、小石は意を決したように口を開いた。
<小日向小石>
「あ、ごめん! さっきQさんの診察、途中で止まっちゃってたんだよね。続きをさせてもらってもいいかな?」
小石は半ば強引にQの手を取り、そのまま診察に移った。
<小日向小石>
「うーん…少し脈に乱れと熱もある。このまま、無理をして戦うことは決しておすすめしないよ」
その口調には少しだけぎこちないものが混じっており、曜と三田はすぐに小石が何をしようとしたのか気づいた。
きっと小石は、カズキのことを心配するQを気遣って、ネオチヨダシティに残るよう仕向けたのだろう。
ふたりは目を合わせると、小石の策にあえて乗っかった。
<黒中曜>
「じゃあ、Qさんもここに残った方がいいかもしれないな。
最近、調子が悪そうだし、本格的に悪くなる前に休むのが一番だ」
<三田三太郎>
「まー、コイツは俺達と比べ物にならないくらい大変だったしな。
疲れが溜まっててもしゃーねぇぜ」
ふたりのその言葉を聞き、小石はホっとした表情を見せた。
<小日向小石>
「Qさん、残念かもしれないけど、安静にしてもらうよ。それでいいね?」
<Q>
「…わかった。小日向、ありがとう」
<黒中曜>
「よし、それじゃ、ミウさんとジオウさんを待たせるのも悪いし、そろそろ出発するか。みんな、準備してくれ」
それぞれが気を引き締め、シンジュクシティへ向かうにあたって身支度を整え始める。
そんな中、才蔵だけは何事かを考えているようでその場を動くことはなかった。
<黒中曜>
「才蔵さん、どうしたんだ?」
<秋葉才蔵>
「んー、ちょっと考えてたんだけどさ。
僕はここに残っててもいい? UーDXロボで気になることがあるから調べたいんだよね。
あ、そのついでに、Q様とカズキさんのことも看病しておくからさ」
<秋葉市之助>
「看病なら、拙者が適任でござろう! 任せるがいい!」
<秋葉ひなぎく>
「いやいや! ここはひなにその大役を!」
王次郎に過剰な愛を抱くふたりは、この機を逃してなるものかと立候補する。
正直、これ以上メンバーがいなくなるのはつらい。
曜がどうやってふたりを諦めさせるか考えていると――
<秋葉才蔵>
「ねえ、Q様。ここに残るには、僕らだけで十分ですよね?
市之助兄さんとひなぎくがいると、うざったいっていうか…
あ、違った。ふたりは、すごーくすごーく強いですから、曜達についていってほしいですよね?」
すぐさま動いたのは、才蔵であった。
彼は、Qを見るなり、市之助とひなぎくがシンジュクシティに同行する流れにもっていく。
そして――
<Q>
「ああ…
私のことは気にせず、黒中達の力になってくれ」
<秋葉市之助>
「御意」
<秋葉ひなぎく>
「Qさまのご命令とあれば、従います」
才蔵から華麗なパスを受け取ったQが、自身の意見を伝える。
すると、"鳳王次郎"への忠誠心が高い家臣であるふたりは、その意見を"命令"として、おとなしく受け入れるのだった。
<黒中曜>
「さすが、才蔵さん…」
<秋葉才蔵>
「ふん…バカふたりには、こうやってQ様から直接命令してもらうのが一番さ」
こうしてシンジュクシティに向かうメンバーが決まり、数十分後、いよいよ出発の時が訪れた。
残る者達に別れを告げ、一行は店を出て、地下通路でシンジュクシティまで進む。
やがて、出口を示す看板とともに階段が見えた。
階段を一歩ずつ上がると、そのたびにある種の猥雑さを感じさせる光の濃度が増していく。
外に出ると――そこには、煌びやかな夜の世界が広がっていた。