14話「芥の提案」
<十条ミウ>
「流行の仕掛け人としての顔に…命をなんとも思ってないかのような行動…あまりにも色々なことをしすぎね」
調べものをしていたというミウの顔は浮かないものだったが、事務所に戻った曜達が入手して来た情報を話すと、興味深そうな顔を見せる。
<滝野川ジオウ>
「うーん、話に聞いた曲田みたいに実体を持たないとか?
ほら、それならロシアンルーレットなんて何発でもできるだろう?」
<彩葉ツキ>
「でも、曲田は瑠璃色と違ってちゃんと体があるよ?
前にヒカルさんのことも触ってたし」
<小日向小石>
「瑠璃色がランク1位のゲーム、僕もやってるけどトップなんて凄すぎるよ…!
一回バトルするにもめちゃくちゃ時間掛かるシステムなのに、それをやり続けるなんて!
うわー、すごいなー! ナンバーズじゃなかったら、コーチングしてほしかったなあ!」
少しピントのズレた感想だったが、小石がゲームのことになると人が変わるのは周知の事実だったので、誰もそこに触れることはなかった。
その後も、瑠璃色の秘密について皆で話し合いはしたのだが、決定的なものはなく、ただ時間だけが過ぎていくだけだった。
事務所の壁に掛かっている古ぼけた時計の秒針がジリリと動く音が、曜には酷く大きく聞こえた。
<黒中曜>
「一度情報を整理しよう。
まず、瑠璃色は、豪運の命知らずで、多趣味で、流行にも詳しくて、どこにでも現れて――ん?」
そのとき、点と点が繋がり、線になりそうな感覚が、確かに曜の中に生まれた。
それは、とても細く、頼りない線だったが、この状況を打破するには十分なものになりそうだった。
<黒中曜>
「もう少し、もう少しだけ、何かがあれば――」
意識しないまま、思考が口から漏れ出ていた。
そんな曜を驚いたように皆が見つめる中、"コンコン"という軽い音が響いた。
どうやら、来客のようだ。曜の思考はそこで中断される。
<四谷ヒカル>
「はーい、何か依頼かな? …っと、キミは?」
扉を開けたヒカルの目の前に立っていたのは、薄汚れたコートを身に纏った中年男性だった。
どうも、あまりまともではない雰囲気を漂わせている。
<怪しい男>
「…芥さんから、伝言がある。
瑠璃色に勝つ方法を教えてやる。知りたければ、すぐにシンジュク駅の廃プラットフォームに来い…とのことだ。
来るのは黒中曜、十条ミウ、滝野川ジオウの3名のみ。以上」
そのまま踵を返し立ち去ろうとする男に対して、曜は慌てて声を掛ける。
<黒中曜>
「ちょっと待ってくれ、お前はいったい…?」
<怪しい男>
「大したもんじゃねえよ。駅で寝てたら雇われただけだ。
とにかく、伝えたからな」
今度こそ男は立ち去り、一度も振り返ることはなかった。
<十条ミウ>
「あいつは何をしでかすかわからないわ。罠の可能性もある…」
上着の裾をぎゅっと掴みながら、そう呟いた。その手は小刻みに震えている。
<滝野川ジオウ>
「それは否定できないけど、芥が僕達の拠点がわかっている以上、行くしかないさ。
大丈夫だよ。ミウのことは、僕が守るから。たとえ、この命に代えても、ね」
いつも通り軽薄に、にっこりと笑いながらそう言ったが、目だけは真剣さに満ちていた。
<彩葉ツキ>
「でも、3人だけ行かせるのは心配だよ…。こっそりついてっちゃダメかな?」
<十条ミウ>
「それはやめておいた方がいいわ。何かあったらすぐNINEするから…」
<四谷ヒカル>
「ふむ…とりあえずここは任せようか。
ボクらは待機してるけど、危ないことになったらすぐに駆けつけるよ」
そうして曜とミウとジオウは、シンジュク駅の既に使われなくなったプラットフォームまでやってきた。
捨てられた資材や、ホームレスが暮らしているのか、あちこちに段ボールや食料品の空き袋などが散乱しており、治安が悪いことは一目でわかった。
電気は一応通っているようだが、それも切れかけているのか、辺り一面が薄暗い。
そして、その暗がりの中に、不気味な黒い影が立っていた。
<芥塵>
「来たか。よくやっているようだが、まだトキメキは足りていない。私はそれを憂いている」
芥は相変わらず得体の知れない不気味さを漂わせていた。
曜はその雰囲気に吞まれまいと、果敢に前に出る。
<黒中曜>
「…何を言って――」
<芥塵>
「黒中曜。私はお前が古池瑠璃色に勝利することを望んでいる。だが、苦戦しているようだな」
<十条ミウ>
「ねえ、いきなりなんなの? 一方的に話すのはやめてくれない?」
苛立ちを言外に含ませた声だったものの、芥はまるで気にせずに話を続けていく。
ミウの言うことなど取り合うに値しない、とでも言うように。
<芥塵>
「勝利するには簡単な方法がある。それを提案しよう」
<黒中曜>
「…そんな方法、ある訳ないだろう」
だが、もしかしたら何かルールの抜け穴とでも言うべきものがあり、自分がそれに気づけていないだけなのかもしれない。
と、曜は考える。芥に教えを請うのは癪だが、聞いておくべきかもしれない、とも。
<芥塵>
「簡単なことだ、それは、古池瑠璃色を殺すことだ」
<黒中曜>
「馬鹿なことを言うな…! だいたい、統治ルール下での殺人は禁止されているんだぞ!?」
ルール外での殺しは御法度。
もし破れば、ペナルティとして即座に殺される。それがこの街の決まりだ。
なので、芥の提案に正当性は1ミリもなかった。
<芥塵>
「そんなことは承知している。だが、それがどうした?」
<十条ミウ>
「何が…言いたいの?」
芥は横目でちらりとミウを見たが、すぐに視線を曜に戻した。
<芥塵>
「黒中曜、お前自身が手を下す必要はない。
大事なのはペナルティが下されるのは実行者という点だ。そこで役に立つのが――」
曜はその時点で何を言われるのかがわかり、思わず耳を塞ぎたくなった。
しかし無情にも、芥の言葉はそれよりも早く発せられる。
<芥塵>
「お前の仲間達だ。とくに、殺しに慣れている十条と滝野川を使うことを推奨しよう」
ミウとジオウが、殺しに慣れている?
曜にはまるで理解ができない言葉だったが、芥はまだ話し続けている。
<芥塵>
「ところで、十条」
首をぐりんと振り、ミウを見据える。思わず彼女の体が硬直した。
<芥塵>
「かつて、お前を慕って共に働いていた者達だが…今、どうしていると思う?」
<十条ミウ>
「知らないわ。知っていたとしても、あなたに教えることはないわ…彼女達はもう無関係なの…」
毅然とした態度で芥と対峙するミウだったが、その声は微かに震えていた。
そんなミウを庇うように、ジオウが一歩前に出る。
<滝野川ジオウ>
「…昔話をしたい気分じゃないんだよね。
とくに、僕達と君の間に、思わず微笑んでしまうような素敵な思い出なんて、存在しないしさ」
口調はいつものジオウそのものだったが、声色はゾっとするほど冷たかった。
<芥塵>
「ふっ、そんな冷たいことを言うな。
天国…いや、地獄にいるあやつらが、今のお前達の話を聞いていれば、さぞかし悲しむだろう。
あやつらは、十条…とくにお前に懐いていたからな」
<黒中曜>
「――ッ!!!」
曜は、胃の奥から込み上げてくる熱いものを、必死に抑え込んだ。
芥が地面に落とした大量の写真。
そこには、惨たらしく痛めつけられた人達の姿が写っていた。
人間ではありえない可動範囲で身体を折り曲げられ、無理やりポーズを取らされている。
すでに死に絶えていることは、明白だった。
<十条ミウ>
「なっ!? う、嘘よ! だって、あのとき、確かに逃げて…」
<芥塵>
「過程はどうでもいい。大切なのは結果だけだ。そうは思わないか?」
<滝野川ジオウ>
「まさか…あの後、捕まって…」
ミウとジオウも、曜と同じく激しい動揺を見せた。
話ぶりから察するに、先ほどの写真に写っていたのは、かつてのミウ達の仲間だろう。
<芥塵>
「さて、どうする?
新しい仲間も、昔の仲間のように惨たらしい目に遭わせたいか?
けれど、十条、滝野川。お前達が私の期待に応えるのならば、きっと大丈夫だ」
<十条ミウ>
「…いや! いや!
ツキ達には、手を出さないで…っ」
<芥塵>
「早まってはいけない。世の中には死よりも辛いことがある。彼女達がそうならないことを…私は祈っている」
ミウは落ち着きなく視線を彷徨わせたかと思うと、すぐに両腕で自らを抱きしめ、ガタガタと震え出した。
そんな彼女の肩にジオウは優しく触れていく。
<滝野川ジオウ>
「大丈夫…大丈夫だ。絶対に、そんなことはさせない…だから――」
<芥塵>
「時は有限だ。正しい選択を期待する」
<滝野川ジオウ>
「黙れ!!」
ジオウの咆哮が無人のプラットフォームに響き渡ったそのとき、ミウの体がびくりと動き、そのままじりじりと後ずさりを始めた。
<黒中曜>
「俺達は強い! みんなで力を合わせたら、殺されることなんてないから…!
だから、そんなヤツの言う事なんて、聞かなくていい…!」
曜は必死にミウを止めようとする。
だがミウは、唇をわなわなと震わせ、苦しそうに顔を歪めながら曜とジオウを見つめ――口を開いた。
<十条ミウ>
「ごめん…なさい」
そしてすぐに走り去って行ってしまった。
<滝野川ジオウ>
「――ミウ!」
曜は、ジオウとともにすぐさまミウを追いかけようとする。
だが――
<芥塵>
「おっと…少しは、十条にゆとりを持たせてやれ」
<黒中曜>
「は、離せ…!」
そう言って、芥は曜とジオウの手首を力強く掴んだ。
曜達は懸命に振りほどき、ミウを追いかけようとするが、芥の力は強く、振りほどくことができない。
やがてミウの姿は完全に見えなくなる。それを確認すると、芥は力を緩め、曜達を解放した。
<芥塵>
「ふっ、もういいだろう」
<滝野川ジオウ>
「クソ…ミウは、どこへ向かったんだ!」
<黒中曜>
「俺達、ふたりで探すのは無理だ…! みんなにも連絡して探すのを手伝ってもらおう!」
ふたりが飛び出すように走り始めると、芥が静かに、呟くように言葉を放つ。
<芥塵>
「黒中曜。これから起こることは十条と滝野川が選ぶことだ。しっかり見届けるがいい」
曜はその言葉に応えることなく、走り続けた。
皆にNINEで状況を伝えるときも、ミウを探して街中を走り回っているときも、芥の不快な声がずっと耳に張り付き、離れなかった。