24話「叶わない夢」
その後、瑠璃色が負けを認めたとはいえ、ゲームを終わらせる必要はあったため、消化試合さながらのプレーが続いた。
そして曜達の勝利という形で、XBは幕を閉じたのであった。
<Mr.D>
「ゲーム終了! 黒中曜達は、本当の古池瑠璃色を見つけ出すことに成功しました!」
どこからともなくやってきたMr.Dがそう声を張り上げた。
<Mr.D>
「勝者総取りのオールインのため、全持ち玉が勝者に移行します!
これにより、黒中曜の持ち玉数がシンジュクシティトップとなりました! おめでとうございます!」
<黒中曜>
「よし…! これで完全勝利だ…!」
曜は小さくガッツポーズをしたが、Mr.Dはまだその場に留まり、チーム瑠璃色の方を凝視している。
<Mr.D>
「そして、古池瑠璃色のパチ玉所持数は0になりました。これよりペナルティが実行されます」
<四谷ヒカル>
「ちょ、ちょっと待ってく――」
ヒカルが言い終わる前に、複数体のMr.Dがやってきて、瑠璃色達を取り囲む。
そして、彼女らの首根っこを掴んでどこかへ連れていこうとしている。
<古池瑠璃色>
「…まあ、こうなるよね。仕方ないよ、ルールだもん…」
瑠璃色が潤んだ目でヒカルを見つめ、おもむろに口を開いた。
そして、別れの言葉を発そうとしたそのとき――
<四谷ヒカル>
「ごめん! 曜くん! 彼女達にパチ玉を貸してやってくれないか!? お願いだ…なんでもするから!」
突然、声をかけられた曜だったが、その心は既に決まっていた。
もう、目の前で誰かを失うのは…救えるチャンスがあるのに、ただ傍観者に徹するのはごめんだった。
<黒中曜>
「もちろんだ。
ただ俺は、貸し借りっていうのは、どうも苦手みたいだから…あげるよ」
<Mr.D>
「持ち玉が確認されたため、ペナルティは中断されました。それでは、次のギャンブルでお会いしましょう!」
そう言ってMr.Dはいつものように去って行った。
瑠璃色達は思いがけず救われたことで放心状態に陥っていたが、そこへミウが近づき、声をかける。
<十条ミウ>
「瑠璃色…いえ、ルミ。よかったわね」
<ルミ>
「…よかった…のかな? アタシ、ナンバーズになって、いろんな酷いことをしたんだよ? どう償えばいいんだろ…」
瑠璃色がチャンピオンになってから、様々な人が彼女との勝負に負け、ペナルティを受けることとなった。
これからそんな人達を全員救うというのも、土台無理な話だった。
<ルミ>
「償うことができないなら…いっそのこと地下行きにでもなったほうが――」
<四谷ヒカル>
「本気で…言ってるのか?」
ヒカルのその言葉に、俯いていたルミは顔を上げる。
そして視界に入ってきたのは、頬を赤く染め、目の前に立つ愛しい人の顔だった。
<四谷ヒカル>
「確かにキミは酷いことをしたかもしれない。それを許さない人もいるかもしれない…けど、それがなんだっていうんだ?」
<ルミ>
「で、でも…悪いことしたんだよ!? ひとりで、それに耐えるなんて無理だよ!」
涙をこぼしながら訴えかけるルミに対し、ヒカルはやれやれと首を横に振る。
そして、彼女の頬に優しく触れた。とても綺麗なシルクの布に、折り目をつけぬようにと、細心の注意を払うように。
<四谷ヒカル>
「キミも学習しないね…。もうひとりなんかじゃないだろ?」
そう言って顔を近づけ、ルミの顔を覗きこんだ。
ルミの瞳にはヒカルの照れたような顔だけが映り、ヒカルの瞳にはルミの泣き顔が映り込んでいる。
<四谷ヒカル>
「もちろんボクだけじゃない。ミウちゃんに日和に夜宵…それに、キミと一緒に瑠璃色をやってきた仲間達がいるだろ?」
ヒカルは今、この状況を見守ってくれている仲間達のほうに目をやった。
誰もが力強く頷き、これからのふたりを祝福しているかのようだ。
<十条ミウ>
「ルミ、これからは私もついているわ。離れてしまっていた期間を埋めていきましょう」
<落愛日和>
「ふふっ、久しぶりにみんなでお茶したいわね」
<落愛夜宵>
「なんかウザいこと言ってくるやつがいたら…アイスピックでチクチク刺してあげる…」
また、ルミの瞳からとめどなく涙が溢れていく。
だが、それは先ほどまでの悲しさからくるものではないようだった。
自分を支えようとしてくれる人達がいる。
ただ、それが嬉しい。
そんな想いから溢れた涙だということは、誰の目にも明らかだった。
ルミと一緒に瑠璃色として活動していた面々も、思わず声を上げた。
<ダウナーなキャバ嬢>
「アタシ達もいますからね…!」
<オタク気質なガール>
「ま、まだ一緒に一日中ゲームしよって約束、叶えてませんし!」
<粗野な男性>
「これからは俺もルミさんのこと守ってやるからよ!」
<カジュアルな女性>
「気晴らしに一緒に服でも買いに行こ~!」
<ゆるふわメイド>
「今こそ、メイド魂溢れる癒しをルミさんに提供します!」
<やさぐれたコンカフェ嬢>
「…アンタはいつまでもアタシらの"憧れ"なんだからさ、シャキっとしてよね」
自然と元瑠璃色達がルミの周りに集まり、ヒカルは満足げにそれを眺めていた。
統治ルールを攻略して、こんな温かい光景が見られるなんて、今回は本当に大成功だ。曜は心の底からそう思った。
そのとき、ふと足元に違和感を覚え、視線を下げるとゼロが足に抱きついてきていた。
<ゼロ>
「うう~ん、たまにはこういうベタなヒューマンドラマも悪くないね…! 意外とこういうのに弱いんだよね、ぼく」
ハンカチを目元に当て、わざとらしく嗚咽を漏らしている。
曜はこんなときまでふざけ調子のゼロに呆れたが、それでも、今だけは許せる気がした。
<ゼロ>
「さて、どうせ統治ルールをXBにするんでしょ? だったらさっさ――」
と、そのとき、大きな影がふたりを覆った。
<芥塵>
「ひどく、見苦しい茶番だ」
突然現れた芥に皆が動揺している。そんな中、彼は歩みを進め、ルミの前に立った。
重厚感しかない体に、あまりにも冷たい目。ルミはガタガタと体を震わせている。
そのまま芥は雑草を摘むかのように、ルミの首元に手を伸ばした。
<四谷ヒカル>
「おいおい、急に何? 残念だけどお呼びじゃな――」
ヒカルの方を一顧だにせず、芥が蚊でも振り払うかのように右腕を振った。
直後、"ドンッ!"という自動車事故が起きたかと錯覚するような音が響き、ヒカルの体は弾き飛ばされてしまった。
<ルミ>
「ひ、ヒカルくん!!」
慌てて駆け寄ろうとするルミを、芥は目だけで制する。
<芥塵>
「ああ…つまらない。本当に、つまらないものを見た…」
またしても、ルミの首元に手を伸ばそうとする芥を制止せんと掴みかかった男がいた。
<粗野な男性>
「てめえ! いい加減にし――」
だが、芥はつまらないものを見るような目を向けた。
そして右手を水平に構え、手刀を勢いよく彼の体へ突き刺した。
<粗野な男性>
「え…は…?」
芥の右手は粗野な男性の体を突き破り、右肘から先は血にまみれていた。
途端に広がる鉄っぽい匂い。あまりのことに、その場にいた全員の思考がフリーズする。
そのまま、芥は腕を引き抜き、粗野な男性は死に至った。
彼は統治ルールが始まってすぐ、大切な友を亡くし、その人の分まで生きていこうと誓いを立て、瑠璃色となっていたのだ。
だが、そんなことは芥には関係がなかった。
<ダウナーなキャバ嬢>
「きゃ…きゃああああああああああああ!!」
――絶叫。
それを皮切りに元瑠璃色達はバラバラな方向に走り出した。この残酷な獣から、逃げるため、命を、繋ぎとめるため。
<芥塵>
「醜い…なんという醜さだ」
芥は見た目からは想像もできないほどの俊敏な動きで、ダウナーなキャバ嬢に追いつき、拳を彼女の頭に叩き込んだ。
"パンッ!"という風船が破裂するような音が響き、頭が、爆ぜた。
彼女には病弱な母親がいて、母娘ふたり、必死に生きてきた。生きるためにはなんだってしてきたし、瑠璃色にだってなった。
――だが、そんなことは芥には関係がなかった。
<オタク気質なガール>
「あわ…あわわわわわ…」
逃げる途中で尻もちをついたオタク気質なガールの胸を、芥はいとも簡単に踏みつぶした。
心臓は、柘榴が押し潰されたように飛び散る。
彼女には、いつかシンジュクをネオチヨダに負けないようなサブカルシティにしたいという夢があった。
そのためにはとにかくパチ玉を稼ぎ、店を作ることが必要だったから、瑠璃色に協力していた。
――だが、そんなことは芥には関係がなかった。
<カジュアルな女性>
「たす…助けて…!」
思いの外、足が速く、既に背中が遠ざかっていたカジュアルな女性に対して、芥はナイフを取り出し投擲した。
燕のように素早く宙を駆けるナイフは女性の背中に突き刺さり、心臓を貫通する。
彼女は物心ついたときから服が大好きだった。友人達といつか色んなジャンルの服を揃えた服屋を開店したかった。
そのために、瑠璃色になってパチ玉稼ぎもしていた。
――だが、そんなことは芥には関係がなかった。
<ゆるふわメイド>
「いや…いや…いやああああああああ!」
芥に腕を掴まれたゆるふわメイドは、渾身の力を振り絞って逃れようとしている。
だが、芥はまるで細い木の棒を持つかのように、腕を振り上げ、彼女の体が宙に浮いた。そのまま放り投げられ、あっという間に地上50メートルほどの高さに到達。
目には夜空に輝く満月だけが映っていた。瞬間的に近づいた月が、どんどん遠くなっていき、"グシャリ"という音が自らの体の内側から響くのを聞きながら、息絶えた。
彼女は人の喜ぶ顔を見るのが大好きだった。瑠璃色になったことも、ルミが喜んでくれたからだ。これからも、ルミのことをたくさん喜ばせようと思っていた。
――だが、そんなことは芥には関係がなかった。
<やさぐれたコンカフェ嬢>
「チッ…こうなりゃやってやるわよ…!」
悠然とこちらに向かって歩いてくる芥を見て、彼女は逃げることを諦めた。みんなが殺されていくのを見て、どうせなら反抗することを選んだのだ。
彼氏から護身用にと持たされていたスタンガンを芥に突き出したが、あっさりとそれを奪われ、逆に首元に当てられてしまった。
そのまま、芥は地に伏す彼女の首元を手刀で裂き、すぐに血だまりができる。
彼女はそろそろ瑠璃色から足を洗い、彼氏と結婚する予定だった。
結婚報告をルミにしたとき、とても喜んでくれて、この人についてきてよかったな…とぼんやりと思った。これからは平穏な生活を送る予定だった。
――だが、そんなことは芥には関係がなかった。
驚くべきことに、6人の元瑠璃色を殺すのに芥が要した時間は1分にも満たなかった。
あまりにも簡単に、あまりにも速やかに行われた虐殺に、曜達はひとりも動くことができなかった。
そして今、遂に芥はルミまでをもその手にかけようとしている。
彼女は首を右手で掴まれ、宙吊りの状態にされていた。
<四谷ヒカル>
「るーちゃんに…触るなああああああアアア!!!」
地面に倒れていたヒカルが弾かれたようにその身を起こし、芥に掴みかかろうとした。
<十条ミウ>
「ダメ…ダメよ!! ヒカル、あなたまで死んでしまうわ…!」
慌ててミウがヒカルのことを羽交い絞めにして止め、日和と夜宵もそれぞれがヒカルの手を抑えつける。
<四谷ヒカル>
「放せ! 放してくれ…! こんなのはダメだ! ルミは…これから、ボクと…!」
<芥塵>
「誤解のないよう、教えておこう。私は快楽殺人鬼ではない。趣味嗜好で人を殺すなど、素人のやることだ。
殺しには…常に意味が伴わなくてはならない。よって、私のこれまでの行動には意味がある」
<黒中曜>
「…何を言っている!? こんなことに…意味があるものか!」
曜には、芥の言うことが何一つ理解できなかった。理解したくもなかった。
<芥塵>
「そうだろうか? 偽物の瑠璃色達の生にはなんの意味もなかったが…その死には必ず意味が生じる。
それがどのような意味を持つか、お前達はこれから知ることになるだろう」
そのまま、芥はルミの首筋を掴む手の力を強める。
どんどんとルミの顔は鬱血していき、目は血走っていく。
<十条ミウ>
「やめて…お願い…なんでもする…あなたの元にだって戻るから…」
そんなミウの涙ながらの言葉も芥にはまるで届いていないようだ。
そして、遂にルミに限界が訪れた。だが、最後に彼女は蚊の鳴くような声でこう呟いた。
<ルミ>
「ヒカル…くん。最後に…会えて…嬉しか――」
"ゴキッ"という音がその場に響き、皆の耳朶に張り付いた。
ルミの体はだらりと垂れ下がり、まるで軟体動物のようだった。
芥は雑巾でも捨てるかのように、そんな彼女の体を放り投げる。
<四谷ヒカル>
「ああ…アアアアアアアアアアア!!」
ルミの体に縋りつきながら、ヒカルは大粒の涙を流し、喉が裂けそうになるほど、声の限りに叫んだ。
ヒカルはXBを通して、ルミにずっと言えなかった気持ちを伝えられたことが、本当に嬉しかったのだろう。
ルミも、これからは愛する人と一緒に、どんなことがあっても生きて行こうと、確かにそう思っていた。
まずは、これまで騙してきた人に謝らないと。きっと怒られ、詰られるだろう。だけど、ヒカルくんと一緒ならきっと大丈夫。
ある程度落ち着いたら、勇気を出して一緒に住もうって提案したい。ふたりで色々なところに内見に行って、理想の家を見つけたいな。
休日はミウさんと日和さんと夜宵ちゃんを呼んで、みんなでご飯を食べたりして…それってすっごく幸せそう――
そんなことを、想像していた。
だが、彼女は死んだ。宙吊りにされ、じわじわと呼吸が苦しくなり、顔を歪ませながら、死んだ。
"きっと今、酷い顔してるんだろな。最後にヒカルくんに見られるのがそんな顔なんて、あんまりだよ"
そう、思いながら、息絶えた。
辺りに満ちる血の匂いが鼻腔を刺激してきても、まだ曜にはこれが現実のことだとは思えなかった。
まるで悪い夢…いや、それ以上の地獄を目の前で見せつけられて、吐き気がした。
<ゼロ>
「うっわ~~~、さすがにこれはドン引きだよ。統治ルールをなんだと思ってるんだか」
それは、あまりにもこの場に相応しくない、軽すぎる言葉だった。
しかし、曜はそのことで、ようやく頭が回り出した。
<黒中曜>
「そ、そうだ! おいゼロ、これは統治ルール外での殺人じゃないのか!?」
<ゼロ>
「お、いいところに気づいたね! さっすが~! それじゃ、人数分…いっちゃおう!」
ゼロがぴょんと飛びあがり、右手をぶんと振ったのと同時に、芥の体にスペースツカイスリーから発せられるターゲットが7個ついた。
<ゼロ>
「レッツ…ファイヤー!」
宇宙空間のスペースツカイスリーがキラりと光り、その直後、天から降り注ぐレーザーが芥の体へと向かっていく。
だが、芥はそれをひゅるりと避けてしまう。
<彩葉ツキ>
「う、うそ…」
<小日向小石>
「あのスペースツカイスリーのレーザーを避けただなんて…」
スペースツカイスリーのレーザー。
それはネオトーキョー国民にとって、絶対に避けられない殺人レーザーとして知られていた。
それを――芥は、容易く避けた。
恐怖を上回る存在を前に、この場でスペースツカイスリーの恐ろしさを一番知るツキは、膝をカクつかせる。
<ゼロ>
「あーそういうことだったんだ。
だから、芥くんって、ぼくに隠れてコソコソ悪いことをたくさんできたんだね。
本当に気に食わない。きみなんかナンバーズにするんじゃなかった」
いつものかわいこぶった声を少し低くしたゼロは、もう一度、右手をぶんと振った。
そして何度も何度も右手を振ると――
<芥塵>
「ほう、ここまでやるか…っ!」
芥に命中するまで、レーザーの雨を降らせた。
ひとつ命中すると、もうひとつ命中。
<芥塵>
「ぐ…うっ…!」
それが何度も繰り返され、芥を"完全に"絶命させた。
<黒中曜>
「死んだ…よな? なんなんだ…何がしたかったんだ、こいつは…!」
<ゼロ>
「まったく、本当に迷惑な人だよね芥くんってば。掃除するこっちの身にもなってほしいよ」
すぐに大量のMr.Dがその場に現れ、芥とルミの死体をどこかへ連れて行こうとした。
だが、元瑠璃色達の死体だけは回収できなかった。
気付いた頃には、消え去ってしまっていたようだ。
<四谷ヒカル>
「待て…ルミを連れて行かせはしない。彼女は…ボクが葬るんだ」
<ゼロ>
「あ、そう? そういうことなら別にいいよー」
ゼロはあっさりと納得し、そのまま芥の死体だけがMr.Dにより運ばれていった。
<ゼロ>
「いやー、しかし、なんとも後味の悪い終わり方になったね。
とりあえず、XGは曜くんの勝ち! 統治ルールはXBに変えといたから、あとは好きにしてね」
そう言ってゼロはそそくさと去って行った。後に残されたのは曜達と、物言わぬルミの体だけだった。