10話「運命の人」
<落愛日和>
「なんなの、あの不気味な男…」
<黒中曜>
「ジオウさん、あいつとはどういう関係なんだ?」
<滝野川ジオウ>
「古い知り合いさ、僕とミウにとっては…因縁のある相手でね」
<黒中曜>
「…詳しく教えてもらえるか?」
曜からそう尋ねられたジオウは、少し考える素振りを見せたあと、ちらりとミウの顔を見た。
だが、ミウはまだ下を向いたままで、自分が見られていることにも気づいていない様子だ。
ジオウは力なく首を左右に振り、曜に返答した。
<滝野川ジオウ>
「ごめん…今はミウの気持ちを優先させてほしい。
だけど、必ずいつか話す…それまで待っていてくれないかい?」
<黒中曜>
「わかった…ミウさんが落ち着いたら教えてほしい…
とにかく、今はパチ玉集めを優先しよう」
<秋葉ひなぎく>
「そうと決まったら、どっかで降りるにゃ!」
話を一旦区切り、曜達もスリープレスから降りようと話をしていたとき――
<古池瑠璃色>
「あれー、曜くん達じゃん。
ちょっとダメだよー。ここは、子供が来るところじゃないっていうか」
スリープレスのオーナーで、曜の今回の対戦相手――ナンバーズ7の"瑠璃色"が現れた。
<黒中曜>
「変な客が来たっていうから、追い出しに来たんだよ…」
<古池瑠璃色>
「あー、あの筋肉モリモリマンね!
さっき、そこですれ違ったよー。アイツもナンバーズだなんて、マジヤバいよね!」
<落愛日和>
「…あなた、そんなに驚いてないのね。
あんな物騒な男が自分の城に訪れたのよ? 怖かったりしないの?」
<古池瑠璃色>
「べっつにー。
この古池瑠璃色ちゃんに敵なんかいないし、もし戦うってなっても、この豪運で倒しちゃうだけだし!
それより、そろそろお客さん達がいっぱい来る時間だし、ウチ、メイク直しに行っちゃうねー」
そう言って、瑠璃色は、自分のオーナー室へと向かった。
<黒中曜>
「………………」
<三田三太郎>
「どうしたんだよ、曜。変に黙ってさ。
なんか気になることでもあんのか?」
<黒中曜>
「いや、初めて会ったときは、あんなにヒカルさんに固執していたのに、さっきは全然だっただろ?
だから、ちょっと不思議に思って…」
先ほど再会した瑠璃色は、ヒカルには一切目もくれず、ただ曜と日和達としか話さなかった。
それに、曜は妙な違和感を覚えた。
<四谷ヒカル>
「そうだね。瑠璃色は、本当に極稀だけど、ボクに見向きすらしないときがあるね」
<落愛夜宵>
「瑠璃色は、キャバ嬢…
色恋営業はしてないけど、気にしてるのかも…」
<落愛日和>
「そうね。私も普段なら、お客さんに変な誤解を与えないようにするしね」
<秋葉ひなぎく>
「その気持ち、わかるお…
ひなもお兄ちゃん達のことを知らない人達と会うときは、あんまりベタベタにしないようにしてるにゃ…」
キャバ嬢もメイドも、異性を多く相手にする仕事だ。
他の客に変な気を使わせないため、職場では勘違いさせるような行為を控えるのも無理はない。
もっとも、瑠璃色がそんな気を使う性格かどうかはわからないが、曜は日和達の話を聞き、自分が気にしすぎているのかもしれないと思った。
<黒中曜>
「あのさ、ちょっとだけ瑠璃色がどうお客さんに接してるか見せてもらってもいいかな?
パチ玉を集めることも大事だけど、対戦相手のことをもっと知りたくて」
<落愛日和>
「わかったわ。ボーイの子に頼んでみるわ」
日和がボーイに交渉をしてくれたおかげで、曜達は瑠璃色の接客を遠くから見せてもらえることとなった。
<古池瑠璃色>
「いえーい! みんな、飲んでるー?」
<酔っ払いA>
「飲んでる! 飲んでる!」
<酔っ払いB>
「瑠璃色様のために、頑張ってパチ玉を用意してきました!」
さすが、シンジュクシティいちのカリスマキャバ嬢とあって、瑠璃色の客の数は多かった。
ほとんどの客が瑠璃色を指名しており、瑠璃色は忙しそうに各テーブルを回っている。
そして、なにより驚いたのは、その知識量だ。
瑠璃色は政治やビジネス、はたまたアニメやXBにも精通しており、どの客の話題にも合わせて会話を盛り上げることができた。
<彩葉ツキ>
「すっごーい…瑠璃色ってなんでも知ってるんだね…」
<秋葉市之助>
「まさか、あそこまでの才女であったとは…人は見た目によらぬな」
<小日向小石>
「だけど、ちょっとトイレの回数が多くないかな…?
アルコールを摂ってるせいだと思うけど、吐いてないか心配だな…」
<落愛夜宵>
「多分、メイク直してる…
瑠璃色、ちょっとでも崩れると嫌がるから…」
<黒中曜>
「ふーん、そうなのか…」
瑠璃色の鮮やかな接客をひと通り観察した曜達は、そろそろスリープレスを後にしようと、タイミングをうかがっていた。
やがてスリープレスが停車し、曜達は席を立つ。
そのとき――
<???>
「ヒカルくん…! どうしてここに!?
もしかして、私を探してここまできたの!?」
<四谷ヒカル>
「キミは…」
ひとりのキャバ嬢がヒカルを見るなり、勢いよく抱きついた。
<四谷ヒカル>
「驚いたな…どうしてここにキミが…?」
そのキャバ嬢は、曜達がシンジュクシティに来てすぐ、ヒカルを巡って争っていた女性二人のうちの一人だった。
彼女は、Mr.Dによって"ヒカルがどちらの女性を選ぶのか"というジャッジの対象となり、結果としてヒカルには選ばれなかった。
それでも再びヒカルと顔を合わせた彼女は、何よりも嬉しそうな表情を浮かべていた。
<派手な女性>
「ヒカルくんと別れたあと、スカウトされて体入したの!
でも、まさかヒカルくんとここで再会するなんて…ふふ、本当の運命の糸で結ばれていたのは私ね!」
<黒中曜>
「あのー…体入って…?」
<秋葉ひなぎく>
「体験入店の略にゃ。
本格的にお店に入ってもらう前に、お店に合ってるかどうか確認するシステムだお」
<黒中曜>
「へー、そんなのがあるのか…」
<先輩キャバ嬢>
「ちょっと、あなた…
急に席から立つなんて、お客様に失礼よ…」
曜が素直に感心していると、派手な女性を追いかけてもうひとりのキャバ嬢が現れた。
その口ぶりからして彼女は、新人の教育を担当しているようだ。
<派手な女性>
「だって、私の運命の人がいたんだもの。
そっちを優先するのが当然でしょ?」
<先輩キャバ嬢>
「え? ヒカルが運命の人?
あなた、ヒカルが実はアレだって知らないの?」
<派手な女性>
「アレ?」
<先輩キャバ嬢>
「だから――」
くすくすと笑いながら、先輩キャバ嬢は派手な女性に耳打ちする。
すると、先ほどまでの幸せそうな表情が一変した。
派手な女性は、みるみるうちに顔を真っ赤に染め、目を吊り上げる。
そして――
<四谷ヒカル>
「――っ」
彼女は、近くにあったシャンパングラスに手を伸ばすと、その中身をヒカルの顔にぶちまけた。
<派手な女性>
「最低…私を騙したわね!」
<小日向小石>
「よ、四谷さん…! 大丈夫…!?」
<秋葉市之助>
「そこのボーイ殿! すぐに拭くものを!」
<気弱なボーイ>
「は、はい…! すぐにお持ちいたします!」
<落愛日和>
「急になんなの…? 私達の大事な家族にこんなことして…!」
<落愛夜宵>
「刺す…! いっぱい刺す…!」
<派手な女性>
「はあ!? こっちは、被害者なんだけど!?
女なら女って早く言ってくれればいいじゃん!」
<黒中曜>
「へ…? 女…?」
確かに、ヒカルの顔立ちは女性と見紛うほど整っている。
だが、所作も格好も明らかに"男性"だ。
それなのに、なぜ彼女はヒカルを"女"だと言い張るのか曜にはさっぱり理解できなかった。
しかし――ヒカルのほうへ目を向けた曜は、思わず言葉を失う。
当のヒカルは、ひどく申し訳なさそうな顔で、その派手な女性を見つめていた。
<四谷ヒカル>
「そうだよ、ボクの体は女性のものだ。
ごめんね、騙すつもりなんてなかったんだ。
ただ、なかなか言うタイミングがなくてね…」
<三田三太郎>
「ええ! ヒカルが女の子!?」
<雪谷えのき>
「あーやっぱ、そうだったんだー。
あたしは、においで気付いてたよー」
<派手な女性>
「言うタイミングがなかったって何!?
あー、もうほんとムカつくんだけど!」
曜もまた、ヒカルの体が"女性"であることに驚いた。
だが、この世界にはさまざまな人間がいる。たとえ体と心の性別が一致していなくとも、それを理由に非難すべきではない。
なのに、派手な女性は先ほどからヒカルを責め立て続けている。
曜をはじめ、他のトラッシュトライブの面々も次第に怒りを募らせ、今にも掴みかからんばかりの空気が場に満ちていた。
<古池瑠璃色>
「あのさー、さっきから何してるわけ?」
だが、その前に騒ぎを聞きつけた、この店のオーナーである瑠璃色が現れた。
<派手な女性>
「あー、瑠璃色さん!
瑠璃色さんってヒカルのこと、めちゃくちゃ気に入っているって噂、本当なんですか?」
<古池瑠璃色>
「うん、そうだよー」
<派手な女性>
「じゃあ、ヒカルの性別のことも知ってるんですかー?
私、ヒカルが女って聞いて本気でムカついてて…」
好きな人が同性であった。
その不満を派手な女性は、同じくヒカルが好きな瑠璃色になすりつけようとする。
瑠璃色もまた、ヒカルのことを非難し始めるのではないかと、曜は思ったが――
<古池瑠璃色>
「別にそれが何? ウチは、男でも女でもヒカルちんがほしいの。
ヒカルちんが女だからって、急に掌返すほうがキモいって。
アナタ、クビだからさっさと出ていきなよ」
<派手な女性>
「え…!?」
<古池瑠璃色>
「それと、そこのアナタももちろんクビだからね~?
アウティングって知ってる? 人の性別を勝手にベラベラ話すような無神経なやつは、この店にはいらないから」
<先輩キャバ嬢>
「ご、ごめんなさい…わ、私…」
<古池瑠璃色>
「謝罪する相手が違うでしょ。
ボーイくん達、さっさとコイツらを追い出して」
<ボーイ達>
「はっ!」
驚くべきことに、瑠璃色の怒りの矛先は、ヒカルを非難する派手な女性と勝手に性別をバラした先輩キャバ嬢のほうであった。
ふたりは、ボーイ達に拘束され、即座にスリープレスから荷物ごと追い出されていった。
<四谷ヒカル>
「あの…瑠璃色…」
ふたりが立ち去った後、ヒカルはボーイから渡されたタオルで濡れた箇所を雑に拭い、そのまま瑠璃色に声をかけた。
<古池瑠璃色>
「あー、ごめんねー。ヒカルちん。
ウチの子達が迷惑かけちゃってさ」
<四谷ヒカル>
「いいんだよ。そもそも原因はボクだしね…
それより、今の瑠璃色はいつもの瑠璃色だね。
店で最初に会ったとき無視されて、何かあったのかと思ったけど…いつも通りでよかったよ」
<古池瑠璃色>
「へー、そうだったっけー?
まあ、お詫びといっちゃなんだけど、新しいスーツあげるからそれ着て帰りなよ。
濡れたままだと気持ち悪いっしょ?」
<四谷ヒカル>
「いや、大丈夫だよ。帰れば着替えもあるし」
<古池瑠璃色>
「ウチが濡れたままで帰したくないの!
大人しく着替えて帰れって!」
そう言って瑠璃色に押し切られ、ヒカルは用意されていたスーツに着替えた。
それは、おそらく最初からヒカルのために仕立てられていたものなのだろう。
体にぴたりと合い、先ほどまで着ていたスーツと見た目はほとんど変わらない。
だが、その生地は明らかに上質なものへと替わっていた。
立派な服を家族に用意してくれた。
たとえ敵であろうと、その恩には感謝せずにはいられない日和と夜宵は、何度も瑠璃色に礼を述べた。
そして、ひと通り礼を述べた後、曜達はスリープレスを後にし、四谷探偵事務所で休むことにした。
曜は、先ほどの揉め事からヒカルが落ち込んでいないか気にかけていたが――
当のヒカルは、なぜか嬉しそうな表情を浮かべていた。
<黒中曜>
「どうしたんだ、ヒカルさん。
そんなに瑠璃色からもらったスーツが嬉しいのか?」
<四谷ヒカル>
「それもあるけど、さっきの瑠璃色がボクの好きな人にそっくりに見えたんだ。急にね。
だから、その人に久々に会えた感じがして嬉しかったんだ。
それよりも、みんな。びっくりさせてごめんね…どのタイミングで言おうか悩んでたんだけど…」
<秋葉市之助>
「ん? 性別のことでござるか?」
<秋葉ひなぎく>
「ひなの周りにも、いーっぱいいろんな子がいるにゃ!
だから、とくに驚かないんだお!」
<小日向小石>
「うん。それにこの時代だしね。
騒ぐほうが、ちょっと変っていうか…」
<三田三太郎>
「俺は、お前が扱ってほしい感じで扱うけど、なんか変なところがあったら言ってくれよな」
<黒中曜>
「ああ、俺もだ」
<四谷ヒカル>
「ありがとう、助かるよ」
<落愛夜宵>
「みんな…優しい…」
<落愛日和>
「本当にミウ達は、いい子達を連れてきてくれたわね…」
<十条ミウ>
「うん、自慢の仲間よ…」
その後、曜達は事務所内で雑魚寝することになった。
曜の隣では、ヒカルがすでに寝息を立てている。
先に眠りについたヒカルは、幸せな夢でも見ているのだろうか。
"るーちゃん"と誰かの名前を寝言で呼びながら、微かに微笑んでいた。
きっと、その、るーちゃんこそが、ヒカルの想い人なのだろう。
曜は、ヒカルとるーちゃんと呼ばれる人物が、穏やかに暮らせる日が一日でも早く訪れることを願いながら、自身も眠りについた。