16話「ジオウの覚悟」
<四谷ヒカル>
「…ジオウくん、辛い過去を話してくれてありがとう。
今はみんなも話を受け止めきれてないだろうし、休憩にしようか」
そう言ってヒカルはソファに深く腰掛け、わざとらしく伸びをした。
そんな大袈裟な態度に場の空気も少し和らぎ、各々が仮眠を取ったり、どうでもいい雑談をしたりして過ごす時間が流れる。
<滝野川ジオウ>
「重い話をしてごめんね? ちょっと、散歩がてらジュースでも買ってくるよ」
ジオウがそう言って事務所を出ていき、それから一時間ほどが経過した。
曜は、きっとひとりで考えたいことがあるのだろう、と気にはしていなかったのだが、そんなとき、奥の部屋のドアが開き、ミウが顔を出した。
<十条ミウ>
「………………」
<秋葉ひなぎく>
「ミウちゃん、目が覚めたにゃ!?」
<十条ミウ>
「少しフラフラするけど…大丈夫よ。
ごめんなさい、いろいろと…」
一度寝たことによって、落ち着いたのだろう。
ミウの顔は、薄っすらと青いが、それ以外はいつものミウだった。
<黒中曜>
「…ミウさんが寝ている間に、ジオウさんから芥と過去に何があったのか聞いたよ。
その…昔してた仕事のことも…」
<十条ミウ>
「…そう」
<小日向小石>
「十条さんがなんであんな行動に走ったのかは理解したけど…
何があっても人を殺そうとするなんてダメだよ…」
<彩葉ツキ>
「そうだよ…ミウさんの手って、いつもネイルとかお手入れされてて、すごく綺麗なのに…
こんな綺麗な手を、私は汚いことに使ってほしくない…っ」
ツキはそう言って、大粒の涙をこぼしながらミウの手を握った。
ツキの言う通り、ミウの手は年頃の女性らしくネイルが施されていて綺麗だった。
曜も、この手がいつまでも綺麗なままであってほしいと願う。
その想いはすぐにミウにも伝わり、彼女の目元がわずかに和らいだ。
<十条ミウ>
「ええ…あなた達の言う通りだわ…
ジオウと一緒に足を洗ったはずなのに、どうして私はまた――」
だが、その途中で何かに気づき、ミウははっとした。
<十条ミウ>
「待って、ジオウはどこ…?」
<黒中曜>
「確かちょっと前に、ジュースを買いに行くって外に出たけど…」
<十条ミウ>
「いや…まさか…」
ミウはぶつぶつと呟きながら、忙しなく視線をあちこちに動かしている。
直後、もつれそうな足を必死に動かし、事務所から出て行こうとした。
<小日向小石>
「十条さん!? 急に動いちゃダメだよ!」
<十条ミウ>
「ジオウを探さないと! みんな、協力して! お願い!」
そう言うなりミウは事務所を飛び出して行く。
その鬼気迫る様子に押され、皆もジオウ捜索へと向かうことになった。
ひとまず繁華街に出てみると、既にミウは行き交う人々にジオウを見なかったかと尋ねていた。
<四谷ヒカル>
「ボクと日和と夜宵は別のところを探すよ!」
<秋葉市之助>
「我ら兄妹は、ビルの上から探してみるでござる」
<西郷ロク>
「…オレとえのきは、街のはずれのほうを探そう」
各々、分かれるように走っていく。
曜とツキと小石も手当たり次第、通行人に声を掛けてみると、ひとりの女性がジオウらしき人を見たと言う。
<ナウなキャバ嬢>
「あ、その人なら見たよ。なんか瑠璃色さんと一緒に私の秘密基地辺りをウロウロしてた~」
<十条ミウ>
「その場所はどこ!?」
強張った表情で勢いよく質問してきたミウに女性は驚いたようで、怯えた目をしながら答える。
<ナウなキャバ嬢>
「し、シンジュク洞窟だけど…」
<十条ミウ>
「そこなら知ってるわ…! 急がないと!」
すぐに踵を返し、走って行くミウを曜達は必死で追いかける。
無我夢中で、どんな道を通ったかも定かではなかったが、数分後には大きな洞窟の入口に到着した。
洞窟の中には深く深く、どこまでも昏い闇が待ち構えている。だが、目を凝らすとその奥で、小さな灯りが揺れた気がした。
<十条ミウ>
「ジオウ…! そこなのね!?」
スマホのライトで足元を照らしながら洞窟に入る。
途端にひんやりとした空気と、それに似つかわしくない湿気が体を包み込む。
先ほど見えた灯りを目印に真っすぐに進んでいくと、彼らが――いた。
<黒中曜>
「ジオウさん! ダメだ、やめるんだ!」
曜は思わず叫んだ。それは、悲鳴によく似ていた。
なにしろそこで見たものは、瑠璃色を壁際に追い詰めているジオウだったのだから。
手にはナイフが握られており、刀身からは血が滴っている。
瑠璃色の上着は肩の辺りで裂けており、切り付けられたばかりだということが容易に想像できた。
<滝野川ジオウ>
「あれ、もう来ちゃったか…さすがだね」
ジオウは振り返り、悪戯がバレた子どものような無邪気な笑みを浮かべた。
今、行われていることに対してそれはとてもアンバランスで――異常だった。
<古池瑠璃色>
「ちょっ…ちょっとなんなのよこの状況! こんなの統治ルール違反なんだからね!?」
瑠璃色は肩で息をしながら、大声で喚いている。
どうやら、こうなるまでにジオウと取っ組み合いでもしたらしく、かなり体力を消耗しているようだ。
<十条ミウ>
「ダメ…ダメよ、ジオウ。どうして…あなたが…」
<滝野川ジオウ>
「こうするべきなんだ。だって…君を守ることが、僕の生きる意味なんだからさ」
隙を見て逃げようとする瑠璃色を目で制したまま、ジオウはぽつりと呟く。
その口調に、ある種の覚悟が含まれていることを曜は感じた。
<滝野川ジオウ>
「あの日のこと、覚えているかい? あれは…君がシンジュクシティでの仕事を終えてしばらくしてからだったかな。
次の依頼で同行することになった僕に、君が相談してきたんだ。
――"もう、人を殺したくない"ってね」
<十条ミウ>
「覚えてるわ…でも、やめてよ。なんで今そんな話を…」
今、ジオウは瑠璃色に向き合っている。
このタイミングで全員で飛び掛かれば、あるいは彼を止めることも可能かもしれない。
だが、曜も、ツキも、小石も、ミウも――誰も動くことができなかった。
<滝野川ジオウ>
「驚いたよ、僕と同じように育てられてきた君がそんなことを言うなんて。
でも、それこそが君の優しさの証なんだろうね。
僕は"殺人しかできない僕らがそんなことを考えるべきじゃない。無意味だ"って。
…そしたら君は言ったんだ」
<十条ミウ>
「………………」
――それは数年前のある日、キタシティの路地裏で交わされた会話だった。
この世界に生きる大多数の者にとってはなんの関係もない…けれども、ジオウとミウにとっては、この上なく重要なもの。
今よりまだ若く、冷たい目をしたジオウに対し、かつてのミウは問いかけた。
<十条ミウ>
「私があなたに生きる意味を与えたら…一緒に逃げてくれる?」
ミウはずっと考えていた。人を殺して生きることから逃れる方法を。
そのためには、ジオウの協力が必要不可欠だった。
芥の次に強く、最も残忍なこの男の協力が――
<滝野川ジオウ>
「…何を言っている? 十条」
ジオウは、無表情でそう言った。
彼の頭の中は既に次のターゲットに関する情報でいっぱいだったのだろう。
それでも、ミウは懸命に言葉を紡いでいく。
<十条ミウ>
「私達には殺ししかない…そう思い込まされてきた。
けど、それは間違ったことなの。シンジュクシティで懸命に生きる人達を見て、気づくことができたの」
一切興味がない様子で話を聞いていたジオウがふと、ミウを見据える。
相変わらず冷たい目をしていたが、その瞳がほんの少しだけ揺らいでいることに、ミウは気づいた。
<滝野川ジオウ>
「…なら、お前はなんのために生きていると言うんだ?」
<十条ミウ>
「それは…まだ、わからないわ」
<滝野川ジオウ>
「自分の生きる意味すらわかっていない人間が、他人に意味を与えるだと? ずいぶんとおこがましいな」
ジオウは、ほんのわずかに眉をひそめた。心底くだらないものを見るような目で、ミウを見る。
だが、ミウはここで諦める訳にはいかなかった。自分と、彼の未来のために。
<十条ミウ>
「そうかもしれない…でも、ひとつだけ確かなことがある。
ここを出ないことには、生きる意味は見つからないわ」
<滝野川ジオウ>
「…勝手にひとりで抜けろ。
面倒だから見なかったことにしてやる」
<十条ミウ>
「あなたを置いてはいけない。
小さいころから一緒に地獄を歩いた…家族のようなあなたを」
<滝野川ジオウ>
「くだらないな。俺にそんな感情はない」
ミウの鼻の奥がツンと痛んだ。
真っ向から否定されたショックのせいだろうか?
だが、この地獄にジオウだけを残すことは絶対にできなかった。
震えそうになる声を抑え、必死に訴えかけていく。
<十条ミウ>
「なら、私が感情を与える…。それをあなたの生きる意味にして。
今だけの偽りの感情でいい。それを妄信して…一緒にここを抜け出すの!」
ジオウに手を伸ばしながら、ミウは自分の想いを言葉にした。
彼女から零れ落ちた感情が、ぽつりぽつりと地面を濡らしていく。
<滝野川ジオウ>
「お前は、何を…」
ジオウはミウがここまで感情を露わにするところを初めて見た。
それは、普段の彼女からすると考えられないことだった。
<十条ミウ>
「――私を愛し、守って。ジオウ。
それが今このときから…あなたの生きる意味よ」
ジオウはその言葉を聞き、静かに目を閉じた。
その意味を体の隅々まで行き渡らせるかのように。
乾ききった砂漠が、突然のスコールによって、その地を潤わせるかのように。
………………
………………
………………
――現在。
ジオウはあの日、ミウから貰った生きる意味を返そうとしていた。
<滝野川ジオウ>
「一緒にキタトライブを抜け出してから数年後、僕も君と同じことを思うようになったんだ…
"もう、人を殺したくない"ってね」
優しく、まるで子守唄を歌う母のような声色でそう言った。
<十条ミウ>
「そう…そうよ、ジオウ! もう私達は自分の手を汚す必要なんてない!
戻りましょう…みんなのもとへ…」
ミウは足に力を入れ、ジオウとの距離を詰めようとした。
今、飛び掛かればジオウの凶行を止められるかもしれない。曜はそう思い、そっと足に力を込める。
<滝野川ジオウ>
「そうだね、だから――」
ふっとジオウの気が緩んだ気配がした。
瑠璃色もそれを感じ取ったのか、安堵の表情を見せたそのとき――
<滝野川ジオウ>
「これが、最後だ」
ジオウはナイフを水平に構え、瑠璃色の左胸に深く突き刺した。
刃は肋骨の間をすり抜け、易々と心臓に達した。
苦しげな声が響き、錆びた鉄のような血の匂いが途端に辺りを満たす。
<十条ミウ>
「ジオウっ!!」
絶叫が洞窟内に響き渡り、その場にいた全員の鼓膜を揺らしていく。
<古池瑠璃色>
「なんで…ウチが…こんな…」
瑠璃色は地面に倒れ伏し、体を中心として血の水たまりがじわじわと広がっていく。
止められなかったことに、曜は強いショックを受ける。
こんなことは、望んでいなかったのに。誰も死なない…何か別の方法を見つけてさえいれば、ジオウを止められたのに。
<小日向小石>
「まだ…なんとかなるなら…! そしたら、ルール違反には…!」
弾かれたように小石が動き、瑠璃色の体に触れようとした。
そのとき、どこからか"ビー! ビー!"という警告音が鳴り響き、洞窟の暗がりの奥から、あいつがやってきた。
<Mr.D>
「統治ルール下での殺人が確認されました。これより、ペナルティが実行されます」
Mr.Dの手にはピカピカと下品に輝くレーザー銃のようなものが握られており、それが真っすぐにジオウへと向けられる。
洞窟内にはスペースツカイスリーのレーザーが届かないことから、処刑人としてやってきたのだろう。
<十条ミウ>
「いや、やめて…ダメ…!」
駆け寄ろうとしたミウを、ジオウは手で制する。そして、真剣な顔で別れを告げた。
<滝野川ジオウ>
「ミウ…これだけは伝えておくよ…。
とっくに僕の気持ちは…偽りなん――」
その言葉が最後まで言い切られることなく、無情にもレーザーがジオウの頭を貫いた。
肉が焼けるときの焦げた不快な臭いが立ち昇っていく。
<十条ミウ>
「いや、いやああああああああ!!」
<彩葉ツキ>
「こんな…こんなのって!」
<黒中曜>
「くそっ! どうしてこんなことに…!!」
一気に場は混乱を極め、気づけばMr.Dはいなくなっていた。
<十条ミウ>
「小石…! ジオウ…ジオウを診てあげて! お願い!」
小石は瑠璃色に折り重なるようにして倒れているジオウの頭の傷を確認したものの――すぐに悲しそうに首を横に振った。
<小日向小石>
「傷は少ないけど…でも、もう…」
<十条ミウ>
「そんな…どうして…」
それからミウは茫然自失といったていで、誰に何を言われても反応を返すことがなくなってしまった。
ふたりを別々に寝かせ、ジオウと瑠璃色の死体に大きな布を掛けた。
せめてもの、死者の尊厳を守るための気遣いだろう。