12話「曜の行方」
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曜が出ていって2日――
いつまでも戻ってくる気配のない曜を案じて、Q達は配信の合間をぬいながらネオチヨダシティ中を歩き回っていた。
表通りの賑やかな中心部は、一見すればどこまでも平穏で、曲田の掲げる"理想郷"の看板どおりに見える。
けれど、繁華街から少し外れた細い路地へ足を向けると、様子は一変する。
曲田の"理想郷"からこぼれ落ちた人々が、壊れかけの建物やテントの下で身を寄せ合い、ひもじい生活を強いられていた。
まるで、華やかな遊園地のすぐ裏に広がっている光景を見せられているようで、胸の奥がどんよりと曇っていった。
歩き続けるうちに、Qの腹が小さく鳴る。
ポケットからバータイプの携帯食を取り出して包みを破ろうとしたとき、不意に視線を感じて、そちらに目を向けた。
路地の陰から、痩せたひとりの少年がじっとこちらを見つめている。
このあたりにいる子供達は、ほとんどが親を失った孤児だと聞いている。
中には、親が曲田を批判したことをきっかけにアンチに追い回され、恐怖のあまり配信ができなくなって"BAN"となった者も、少なくないらしい。
Qは少年のやつれた頬と、服のほつれに目を留め、何も言わず食べ物を差し出した。
少年は一瞬だけ戸惑ったように目を見開くと、次の瞬間にはそれを乱暴にひったくり、礼を言うこともなく駆け出していく。
遠ざかっていく小さな背中を見つめながら、Q――王次郎は、これがすべて自分の罪ではないと頭では分かっていた。
けれど、ネオチヨダシティの惨状を目にするたびに、自分の責任だと感じてしまうのだった。
<青山カズキ>
「…ったく。Qの正体がバレる前に、曲田とのXGに勝ちたいのに、どこに行ったんだか…」
カズキは、Qが王次郎であるという事実が露見することを誰よりも恐れていた。
そのため、Q自身には最初の配信以降、一切の配信を禁じたうえで、"本来は長期戦が前提のXGを、一週間以内に決着させる"という無茶な計画を立てていた。
ノルマである視聴者数1000人を越えずに済ませるための苦肉の策だったが、曜がいないままでは、その目論見も崩れ去ってしまう。
刻一刻とノルマ期限が近づくにつれて、カズキの表情からは余裕が削られていった。
その張り詰めた空気を肌で感じながらも、ツキは意を決したように、ある質問をQへと投げかけた。
<彩葉ツキ>
「ねえ、Qさん。曲田って…どういう人なの?」
<三田三太郎>
「え!? ツキちゃんも曲田に興味を持ち始めたのか!?」
<彩葉ツキ>
「そ、そんなんじゃないよ!
ただ…曜があんな風になっちゃったのは曲田のせいだし…だから、気になって…」
<Q>
「…以前言ったが、私も曲田の多くを知っているわけではない。
奴は研究者としては間違いなく優秀だった。だが…死後の世界に並々ならぬ関心を持っていたようだ」
<三田三太郎>
「死後の世界ぃ? なんだそりゃ、オカルトかよ」
からかうような口調とは裏腹に、三田の眉間にはわずかにしわが寄っていた。
カズキも苛立ちを押し殺しながらも耳を傾ける。
<Q>
「奴の主要な研究分野は、生命科学。
その一環であると私は捉えていたのだが…この街の住民が死を恐れていないことや、曲田が言っている理想郷という言葉が、どうも気になる」
<青山カズキ>
「確かに…曲田の最も胡散臭い部分だね。
全員で生き延びようとか言っている癖に、まるで死ぬことを恐れていないようにすら見える」
<雪谷えのき>
「それって、普通じゃないの?
オオタのみんなもわりとそうだったよー」
<西郷ロク>
「ああ。だが…曲田はオレ達ともまた違う。
そう言いたいのだろう」
<青山カズキ>
「そうだね。ただ死を恐れていないというよりは…死に強い興味を持っているようにすら思えるってことさ」
<彩葉ツキ>
「うう…よくわかんないけど、ちょっと怖くなってきたかも…」
<Q>
「…曲田の思惑がなんにせよ、あの男を信用すべきではない」
<彩葉ツキ>
「そうだよね!
よし、今度こそビシっと言って曜の目を覚まさせなきゃ!」
ツキは両頬をぱん、と軽く叩き、自分を鼓舞するように背筋を伸ばす。
<秋葉市之助>
「それにしても、曜殿は一体どこに…」
<秋葉ひなぎく>
「うぎゃにゃー!?」
突然の大声に一同がびくりと振り向くと、ひなぎくはスマホの画面を食い入るように見つめたまま、その場で猫のように飛び跳ねていた。
<彩葉ツキ>
「わっ、びっくりした…ひなちゃん、どうしたの?」
<秋葉ひなぎく>
「た、大変だにゃ! みんな、これを見るお!」
ひなぎくは震える手でスマホをぐいっと前に突き出し、ツキが画面を覗き込めるように位置を調整する。
<彩葉ツキ>
「うぎゃにゃー!?」
画面を見るやいなや、今度はツキの方が目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。
<三田三太郎>
「ツキちゃんもかよ! なんなんだよ、いったい!」
<彩葉ツキ>
「ごめんなさい! でも、こっ…これこれこれ…!」
早口でまくし立てながら、ツキはみんなにスマホ画面を見るように震えながら指差す。
そこに映っていたのは、とある人物の配信画面――曜が曲田と肩を並べながら配信をしている様子だった。
<黒中曜>
「…俺は、仲間達が理解してくれないと決めつけて、袂を分かつようなことを言ってしまった。
でも、もう一度話したいと思ってる。
俺はもう、誰にも犠牲になってほしくない。もう二度と…仲間を失いたくはないから…。
そのためには、どうしても曲田の協力が必要なんだ! みんなで協力して、この理不尽な状況を打ち破ろう!」
<曲田全一>
「少年よ、あなたの誠実な訴えは必ずや仲間の心に届くはずです。
…堕ちた巨星が再び現れ、理想郷への道を阻まん。地獄の再来を…共に食い止めましょう」
画面のコメント欄には、"真の曲田様の理解者だ""よくぞ分かってくれた""この少年を全力で応援するべきだ"といった文言が、途切れることなく流れ続けていた。
賛美にも似た言葉が画面を覆い尽くし、視聴者達の熱の高さが、数字以上の圧となる。
曜は、そのコメントの数々を見るたびに、少しだけ気恥ずかしそうに、それでもうれしそうな笑みを浮かべた。
その後も、配信では曜と曲田の対談が続いていく。
過去の統治ルールで失われた命のこと、この街でこれ以上犠牲者を出さないために出来ること――ふたりは、ときに穏やかに、ときに熱を帯びながら語り合っていた。
スマホ画面を覗き込んでいた三田達は、それぞれ別の表情を浮かべる。
<三田三太郎>
「なんだよ、今の配信は…曜のやつ、完全に曲田側についてるじゃねーか!」
<青山カズキ>
「クソ…完全に見誤った…
きっと曲田に、曜くんの心に付け込む何かを吹き込まれたんだ…」
<彩葉ツキ>
「そんな…絶対騙されてるんだよ!
早く行って説得しなきゃ…!」
<秋葉ひなぎく>
「ひな達も協力するにゃ!」
<秋葉市之助>
「ああ、全力で手助けするでござる」
<彩葉ツキ>
「ありがとう、みんな…曜、待っててね!」
先ほどの曜の配信から、居場所が曲田の所有するビルだと即座に察したひなぎくと市之助は、先頭に立って皆を導くように街路を駆け抜けていた。
その少し後ろを走るQは、今の曜の姿に、どうしても昔の自分――"鳳王次郎"の影を重ねてしまう。
<Q>
「…黒中、道を誤るな。お前を私のようにはさせない。
たとえ、どんな代償を払ったとしても…」
――同じ想いをする者は、私ひとりで十分だ。
曜が取り返しのつかない罪を犯してしまう前に、必ず曲田のもとから引き離してみせると、胸の内で固く誓った。