4話「曲田という人物」
路地裏では、数匹の猫達がたむろしていた。
カズキが"チッチッ"と舌を鳴らしながらゆっくり近づくと、猫達は背を丸めて威嚇し、散っていく。
カズキは残念そうにため息をつき、先にネオチヨダシティに来ていたえのきと西郷に、この街の様子をいくつか尋ねた。
しかし、返ってくるのは既知のことばかりで、とくに有益な情報はない。
<青山カズキ>
「相手は、今までのナンバーズとは違って、ネオチヨダシティの人々の心を掌握している…
なんでもいい…今は、ひとつでも情報がほしい…」
カズキが考え込むと、他のメンバー達もつられて黙り込む。
路地裏に静けさが落ちた、そのとき――
<Q>
「…みんな、聞いてくれ。私はあの男と会ったことがある」
<彩葉ツキ>
「えっ!? Qさんの知り合いなの!?」
<Q>
「いや、そこまでの間柄ではない。
だが、曲田は生命科学とAI開発の天才で、鳳天心が主導した都市防衛機構では最高責任者を務めていた」
<彩葉ツキ>
「うえ~~~…天心様に関わってたってことは、相当すごい人じゃん…」
<黒中曜>
「でも、なんでそんなすごい人とQさんは会ったことがあるんだ?」
曜が純粋な気持ちで問いかけると、Qは深刻そうな顔でカズキを見た。
<Q>
「カズキ…やはり、あのことをみんなに――」
<青山カズキ>
「そのことなら、僕が話すタイミングを選ぶ。
今、話したところで彼らを混乱させるだけだ」
続けようとした言葉は、笑みを消したカズキの一言で断たれた。
<Q>
「………………」
Qはばつの悪さを抱えたまま視線を落とし、沈黙に身を置く。
体は大柄なのに、曜の目には――兄の機嫌を損ねて縮こまる、小柄な弟の姿に見えた。
<三田三太郎>
「はっ、この過保護野郎が。
バレるのも時間の問題だし、早めに話しといたほうがいいんじゃねぇか?」
先ほどのやり取りが気に食わなかったのか三田が突っかかると、カズキは満面の笑顔で容赦ない毒を返した。
<青山カズキ>
「僕が過保護野郎なら、君はお節介モンキーだよ。
僕達には僕達の事情がある。変にかき回さないでくれ」
四つ子から"カズキの毒舌が少しマシになった"と聞いていたが――三田相手だと健在のようだ。
2人が激しく火花を散らすのを見て、曜は、自分が何か悪いことを言ってしまった気持ちになる。
<黒中曜>
「えっと…なんかマズイ質問したかな?」
<Q>
「…悪いのは、私だ。すまない」
曜が謝罪をしても、気まずい雰囲気はすぐには収まらない。
曜はツキに何度も視線を送るが、ムードメーカーのツキをもってしても、この場をうまく転がすのは難しいらしい。
時間が解決してくれることを信じて周囲を見渡すと、さきほど逃げ出した猫達が、物陰からこちらをうかがっていた。
猫が戻ってきてくれれば、カズキの機嫌も少しは和らぐだろう。
曜は下ろしていた指を、猫じゃらしのようにそっと揺らす。猫達は反応し、少しずつ近寄ってくる。
――よし、このまま、こっちに来い。
そう願いながら指を振り続けていると、突然、猫が毛を逆立てて散った。
さっきまで興味深そうに近づいてきたのに――どうして?
曜が首を傾げた、その耳元で、心にまとわりつくような独特の声がささやく。
<???>
「新しい同志の皆さん。随分とお困りのようですね」
<黒中曜>
「うわっ!?」
振り向くと、そこにいたのはネオチヨダシティのチャンピオン、ナンバーズ4――曲田全一の姿があった。
この路地裏に入る道は、さきほど猫達がいた通りからしかないはずだ。なのに、どうやって――
曜が身をすくめるより早く、三田が前に出る。
<三田三太郎>
「どっから現れたんだ!? ひょっとして尾けてやがったのか?」
<曲田全一>
「新たな訪問者に挨拶をするのがそんなにおかしなことですか?
これでも私は、礼儀にはうるさいのですよ」
穏やかな笑顔でのらりくらりと受け答えする曲田。よく見ると、体が青白く透けて見える。
<彩葉ツキ>
「ちょ、ちょっと待って。
なんかこの人の身体、ちょっとヘンじゃない? 透けて見えるっていうか…」
目の前の曲田はこの世の存在ではないのでは、と曜は肌が粟立つのを感じた。
<青山カズキ>
「これはひょっとして…ホログラムかな」
カズキに釣られるように上を見ると、曲田の頭上にドローンが浮かんでいた。
機体の下面には大きなレンズが据えられており、そこから投影されているようだ。
<曲田全一>
「ご推察の通りです。生身でご挨拶できないことは誠に申し訳ありません。
ですがこれは、このシティの皆さん全員と公平に接するための、やむを得ない手段だとご理解ください」
<西郷ロク>
「コイツは、オレ達がネオチヨダに来た直後もこのように現れたな…」
<雪谷えのき>
「そだっけ? 全然覚えてない」
<西郷ロク>
「バズーカで追い払ったのも忘れたか…?」
<彩葉ツキ>
「撃退方法、派手過ぎない!?」
<雪谷えのき>
「ははっ。いっぱい撃ってるから覚えてないや~」
目の前に敵がいるというのに、一同の緊張感が薄れていく。
曲田も敵対の色はなく、両手を胸の前で開き、ゆっくりと視線を合わせてから、教師のように問いかける。
<曲田全一>
「ところで皆さん、配信についてお困りではありませんか?」
<黒中曜>
「いや、まだ配信は――」
<曲田全一>
「いえ、お困りに決まってますよね? あなた達は、この街に来たばかり。彷徨える子羊に等しいのです。
新たな星が煌めくとき、変革の兆しあり。変化を恐れず、隣人には友愛を――
すべては私と皆さんで共に理想郷にたどり着く日のため、手を取り合いましょう!」
<彩葉ツキ>
「グイグイくるね、この人…ちょっとこわいんだけど…」
<黒中曜>
「…俺達は敵同士だ。手を取り合うとか、寝言は寝てから言え」
食い込むように迫る曲田に、曜はカチンと来る。
敵だと胸の内で刻み直し、冷ややかに言い放った。
<曲田全一>
「ふふ…果たして、本当にそうなのでしょうか?
対戦相手だから、戦わなければいけない。対戦相手だから、争わなければならない。
私はまず、そんな荒んだ発想から考えを変えてほしいと願っています。
どうか…この私を信じてみてはくれませんか?」
<青山カズキ>
「は、信じる? そうやって僕達を取り込んで、ゲームを有利に進めようっていう算段かい?
そんなのに乗るほど、僕達のおつむは甘くないよ」
<黒中曜>
「ああ、お前と組む気はさらさらない」
<曲田全一>
「つまり…返事はノーということですか?」
<三田三太郎>
「察しが悪いな。そう言ってたじゃねえか」
<曲田全一>
「世の中には…はっきり言わないとわからない人もいるのです!」
<彩葉ツキ>
「めちゃくちゃはっきり言ってたでしょ!!」
<曲田全一>
「救いの手を信じられずに拒否してしまうその心…私にはよくわかります。
ですが、ここで私が折れてしまっては、理想の世界の成就など不可能…諦めはしません。
諦めないといえば、かの英雄ヘラクレスは、どんな試練にも耐え抜き――」
<三田三太郎>
「いや、メンタル強いなこいつ。全然帰る気ねえじゃねえか…」
会話は急に噛み合わなくなり、ときには物分かりも異様に悪くなる曲田。
相手にするだけで、じわじわと疲労がたまっていくのが分かった。
<雪谷えのき>
「ねーねー、こいつ、うざーい。バズーカで撃っていい?」
<西郷ロク>
「弾が勿体ない。ここぞというときに温存しとけ」
<雪谷えのき>
「ちぇー」
<黒中曜>
「行こう…コイツが居ると、まともに会話もできない」
<青山カズキ>
「そうだね。軽く走って、まいちゃおうか」
カズキが肩と脚をほぐすや否や地を蹴る。先頭が切られ、曜達も連なる。路地を抜け、表通りへ――人波を縫い、そのまま疾走。
曲田を投影するドローンが必死に追うが、人混みで曜達を見失い、追尾を断念する。