8話「鳳家の忘れ形見、U-DXロボ」
ひなぎくに連れられて一行がやって来たのは、ネオチヨダシティの空中に点在する複数の浮遊島――"オールドヘブン"とはその総称のようだ。
地上から見上げると首が痛くなるほどの高さにあり、高層ビルの屋上に設置されたハシゴや足場を伝って登ることでようやく辿り着ける。
あまりの危険さから、好んで足を運ぶのは肝の据わった配信者か物好きくらいで、その分"映える穴場"として重宝されていた。
曜もゼロのドローンに運ばれた際、遠くから浮かぶ島影を目にしたことはあったが、こうして間近で見るのは初めてだ。
到着するなり、ひなぎくは"口で説明するより見てもらったほうが早いお!"と言って、曜達に配信のコツを教えるため、ツキとのコラボ配信をその場で始めてくれた。
<秋葉ひなぎく>
「バンバン! ハロー! ヘラヘラテレビ! ひなぎくのデイジー配信! 出張版だお!
今日はこの街に来たばかりのツキお嬢様をゲストにお招きしてるお! じゃ、挨拶するにゃ!」
<彩葉ツキ>
「は~い、彩葉ツキです、よろしくお願いします!
今日はひなちゃんと一緒に可愛いを発掘します!」
<秋葉ひなぎく>
「にゃっ? 慣れてないなんて言ってたのに堂々としてるお。これは隠れた逸材かもしれないお~。
さてさて、ひな達がどこにいるかみんなはわかる? そう、オールドヘブン!!
すでに映えスポットとして有名だけど、被写体との組み合わせでさらに輝くお!!」
さすが人気配信者だけあって、カメラの向きひとつ、立ち位置ひとつにも細かい工夫が詰まっており、曜達は思わず食い入るように画面を見つめてしまう。
そうしてあれこれ勉強しているうちに、配信はいつの間にか終了していた。
<Q>
「感謝する、ひなぎく。
お前の振る舞いから、私達も多くを学べそうだ」
<秋葉ひなぎく>
「な、なんという勿体なきお言葉…!
Q様がご所望であれば、このひなぎく、いかなるときもラブリーな生配信をご提供いたします!」
<彩葉ツキ>
「ひなちゃんにレクチャーしてもらったし、これでXGもバッチリだね!」
<黒中曜>
「そうか…? 俺には、全く真似できなそうだけど…」
口下手な曜にとって、今回の"配信"を主軸とした統治ルールは、思っていた以上に重くのしかかっていた。
ひなぎく達の鮮やかな立ち回りを思い返すほど、自分との落差に胸が沈んでいく。
――いいや、真似できないんじゃない。それを超えていくんだ。じゃないと、彗を生き返らせることなんてできない。
そう自分に言い聞かせるように、曜はそっと拳を握りしめた。
<雪谷えのき>
「ねーねー。あっちになんか、ちょーでっかいの浮かんでるよ」
<西郷ロク>
「剣呑な気配を感じるが…あれは、ロボットか?」
えのきの指さす方角へ視線を向けたが、遥か彼方にあるその一帯は厚い雲のようなもやに覆われていて、何を示しているのかはっきりとは分からなかった。
目を凝らすうちに、その雲の切れ間の向こう側に、古いアニメに出てきそうなロボットのシルエットが、空中にじっと浮かんでいるのが見えてきた。
<Q>
「…!!」
<彩葉ツキ>
「あ、本当だ~。
えのきちゃん達、すごく目がいいね~。私なんて、近づかないとよく見えない――」
ツキが興味津々といった様子で、ふらふらと足を前に出しかけたその瞬間、Qの表情がはっと強張る。
彼は浮遊物の正体に心当たりがあるのか、険しい目つきでその方向をにらみつけると、思わず声を荒げた。
<Q>
「よせ!!」
<彩葉ツキ>
「わっ!?」
<雪谷えのき>
「あははっ、Qちゃんが殺気立ってるー」
えのきは状況も気にせずケラケラ笑っているが、他のメンバーは思わず足を止め、Qのただならぬ気配に息をのむ。
<彩葉ツキ>
「び、びっくりしたぁ…どうしたの、Qさん? 私、なんか悪いことしちゃった…?」
<Q>
「…すまない。だが、遊び気分で近づいていい代物ではないんだ」
<黒中曜>
「え、あのロボットが?」
<Q>
「…あれは、鳳天心がクーデター鎮圧の為、秘密裏に建造していた都市防衛機構。
正式名は、ウルトラデラックスロボ。私達は略称でU-DXロボと呼んでいた。
あれがひとたび起動すれば、このネオチヨダが…いや、ネオトーキョー中が焦土と化すだろう」
Qは歯切れ悪く言いながらも、視線だけは一瞬たりとも上空のロボットから外さない。
その目には、ただの昔話では済まされない緊張がにじんでいた。
<雪谷えのき>
「え~すごい! 暴れてるとこ見てみたい!」
<彩葉ツキ>
「え、えのきちゃんダメだって!
国中が大変なことになっちゃうんだよ?」
<雪谷えのき>
「別に良くない? どうせいつかは全部壊れるんだし」
<彩葉ツキ>
「ええ…」
あまりに物騒でマイペースなえのきの一言に、ツキは戸惑った声を出すしかなかった。
曜も返す言葉をなくし、苦笑いを漏らす。
<Q>
「国中の優秀な科学者を集めて開発されたため、戦闘機能以外も充実しているとは聞くが…実際にどのようなことが可能なのかは、大部分が謎に包まれたままだ。
ネオチヨダシティでは、人々からの認知度が低いものほど浮かびやすい傾向があると研究者達から聞いたことがある。
あのまま、浮遊したまま消えてくれるといいのだが…」
<雪谷えのき>
「結局、ロボが大暴れするとこは見れないんだー。
つまんないなー」
<彩葉ツキ>
「と、とにかくあのロボットのことはおいといて、もっといろんな配信を試してみよ!」
ツキの言葉に一同はうなずき合い、それぞれが配信の題材を探そうと、オールドヘブンのあちこちへと散っていく。
曜もどこで配信をしようかと周囲を見渡しながら考え込んでいると、背後からそっとカズキに声をかけられる。
<青山カズキ>
「…曜くん。僕はちょっと調べたいことがあるから、この場は君達に任せていいかな?」
<黒中曜>
「構わないけど…どこに行くんだ?」
<青山カズキ>
「んー、ちょっと内緒。まあ、気にしないでよ」
カズキはそれ以上語る気はないように、ひらりと片手を振って笑ってみせると、足早にその場を離れていった。
残された曜は、その背中を見送りながら、胸の奥にもやっとした違和感が広がっていくのを自覚する。
まるで自分だけが知らされていないことが増えていくようで、その感覚がひどく嫌だった。
だけど、カズキの秘密主義は今始まったことじゃない。
曜は、諦めて適当な場所に座ると"ヘラヘラテレビちゃん"の名前を呼び、配信を始めた。
<黒中曜>
「どうもー! 黒中曜のサイコーイケてるチャンネルです!
みんな、この場所には来たことあるかな!?」
先ほどひなぎくの配信を見ていた曜は、"テンションは高ければ高いほどウケる"という短絡的な結論に至り、普段の自分からは考えられないほど大げさに声を張り上げた。
引きつり気味の口角をぐいっと持ち上げ、無理やりテンションを引き上げているのが、自分でもわかる。
<黒中曜>
「…今日は特別な許可を得てオールドヘブンにやってきました! どうです、この景色!!
このファンタスティックな光景、びっくりですよね!
いやー、ほんとに良い…眺め…」
<コメント>
「なんか無理してない? 痛々しい」
そのコメントは、容赦なく核心を突いていた。
曜は思わず言葉を詰まらせ、耳までじわっと熱くなるのを感じる。
ヘラヘラテレビちゃんから少し目をそらし、気まずそうに視線を泳がせた。
<黒中曜>
「えっと、今回の配信はここまでです…」
これ以上何かを取り繕おうとしても空回りするだけだと悟り、そっと配信終了のボタンに指を滑らせた。
画面が配信前の待機画面に切り替わると同時に、どっと全身から力が抜け、大きなため息が勝手に出た。
その後も、曜は言い回しやテンションを変えながら何度か配信を試してみたが、同時視聴者数は多くて5人ほどが限界だった。
増えたと思えばすぐ減り、数字が行ったり来たりするたびに、胸のあたりがもやもやと重くなっていく。
気づけば、曲田に勝つ以前の問題として"そもそも週に1000人以上の視聴者を集められるのか"という、生き残るための最低条件すら危ういように思えてきていた。
ふと視線を上げると、少し離れた場所で、仲間達がひと塊になって何かを話し込んでいるのが見えた。
このまま1人で悩んでいても答えは出ない。そう判断すると、皆の集まるほうへと歩き出した。
<秋葉ひなぎく>
「にゃっ、曜くん、ちょっと聞いてほしいお!!」
<黒中曜>
「どうしたんだ? というか、俺も相談があるんだけど…」
<秋葉ひなぎく>
「市之助お兄ちゃんがQ様のチャンネル名を"Q様と忍びの市"にすべきだって言ってくるんだにゃ!
なにしれっと自分の名前入れてるんだお!?」
<秋葉市之助>
「何がおかしい。これはQ様に陰のごとく付き従う拙者の意思の表れでござる」
<秋葉ひなぎく>
「だったらひなは、"めーぷるほいっぷみらくるQちゃんねる☆だお"が、いいと思うお!」
<秋葉市之助>
「ひなぎくも自分の語尾を入れておらんか!?
なんと図々しい…!」
<Q>
「お前達、落ち着け。
そもそも、私はカズキから配信を控えるように言われて――」
<黒中曜>
「いやあの、それより俺の話を…」
曜は、自分の配信がうまくいかない悩みを聞いてほしかったが、ひなぎくと市之助はQのチャンネル名のことで白熱しており、なかなか割って入ることができなかった。
そんな曜の姿に気づき、近くにいた三田が気安い調子で声をかけてきた。
<三田三太郎>
「おっ、曜。配信は順調か?」
<黒中曜>
「三田さん…実は、ちょっと悩んでて…」
<三田三太郎>
「わかるぜ。配信って難しいよな。
俺なんて視聴者が50人くらいしかいなかったぜ」
<黒中曜>
「えっ、しか…?」
<三田三太郎>
「おいおい…俺だって少ないって気づいてるんだ。
そんな風に言われたら、傷つくぜ…」
<黒中曜>
「い、いや…そういう意味じゃなくて――」
<彩葉ツキ>
「私はひなちゃんと一緒に配信した後だからか、ひとりでやっても200人くらい来てもらえたんだ~」
<黒中曜>
「にひゃく…!?」
<西郷ロク>
「この街の一般人でも、それくらいは普通だ」
当然のように語られる"50人""200人"という数字の感覚に、曜だけがついていけない。
周囲とは別世界にいるような心地がして、手のひらにじっとりと汗が滲む。
<雪谷えのき>
「ねーねー、曜はどれくらいだったの?」
真正面から向けられた問いに、曜の心臓がドクンと跳ねた。
5人、という現実をそのまま口にする勇気は出てこない。
<黒中曜>
「お、俺は…その…ツキと同じくらい…」
耐えきれず、咄嗟に嘘をついてしまう。
<三田三太郎>
「おー! さっすが、曜だな!
この調子でバンバン視聴者を稼いで、曲田に打ち勝ってくれよ!」
<黒中曜>
「ああ…任せてくれ…」
そう口では力強く答えながらも、曜の笑顔はどこか引きつっていた。
みんなの期待を一心に受けている自分が、実は一番うまくいっていない――
そのことを正直に打ち明けられるほど、まだ強くなかった。