14話「大罪人、鳳王次郎」
"チーン"
扉が左右に開き、エレベーターから一歩踏み出すと、先ほどスマホ越しに見た曜の配信背景と、細部に至るまで寸分違わぬ光景が視界いっぱいに広がった。
ツキが必死に曜の姿を探すと、通路の向こうから曜が小走りで駆け寄ってくる姿が目に飛び込んできた。
その少し後ろには、もちろん、青白い光をまとった曲田のホログラムが、変わらぬ微笑を浮かべてついてきている。
<黒中曜>
「みんな、来てくれたのか…!」
<曲田全一>
「新しい仲間を歓迎します。
私達は必ずや、わかり合えるはずです」
<彩葉ツキ>
「曜…! 私ね――」
胸に溜め込んできた言葉をようやく伝えようと、一歩踏み出したツキの声を、気持ちばかり焦る曜が上書きする。
<黒中曜>
「勝手に飛び出したのは悪かった。
でも、やっぱり聞いてほしいんだ。
さっきの配信でも伝えた通り、曲田と協力して、俺達で一緒にゼロを――」
謝罪の言葉はほんの一瞬で通り過ぎ、すぐさま自分の主張をまくし立て始める。
普段の曜は必要以上に言葉を重ねるタイプではなく、こんなふうに矢継ぎ早に喋ることなどまずない。
いつもとまるで違う目の輝きに気圧され、ツキは目の前の幼馴染みが知らない誰かになってしまったかのような怖さを覚え、喉元まで出かかった言葉を飲み込んでしまった。
<青山カズキ>
「ストップ、勝手に話を進めないでくれる?
押しの強いセールスマンじゃないんだからさ」
ツキの強張った横顔に気付いたのか、カズキが片手を軽く上げて、冗談めかした調子のまま曜の勢いを断ち切る。
その隙を逃すまいと、ツキは胸の前で握った拳に力を込め、ゆっくりと言葉を選びながら口を開いた。
<彩葉ツキ>
「あのね、曜…私達やっぱり曲田の言葉を信用できない。
だから、協力はできない…」
<黒中曜>
「え、なんで…」
ツキの言葉を聞いた途端、曜の表情からすっと血の気が引いた。
その揺らぎようを目の当たりにし、Qは曜がこれまでどれほどツキの肯定を支えにしてきたのかを悟るのだった。
<曲田全一>
「人間は、自然のうちで最も弱い1本の葦にすぎない。
しかしそれは考える葦である。
皆さんが悩み、迷うことを私は否定しません。なぜならそれこそが生きる人間だからです」
曲田は打ちのめされた曜の横にそっと立ち、穏やかな声色で、その迷いをまるごと肯定する言葉を差し出す。
責めるのではなく寄り添うだけのその物言いは、冷え切った心だけを選んで包み込む毛布のように、じわじわと曜の表情から強張りを溶かしていった。
<黒中曜>
「あぁ…そうだよな。みんな、悩み、迷ってあたり前なんだ。
すぐに理解してもらおうなんて難しいよな」
自分に言い聞かせるような笑みを浮かべる曜の横顔を、Qはじっと見つめた。
その笑顔の奥に、どこか"道を踏み違えようとする者"に特有の影を感じてしまい、胸の内で不安がどんどんと膨らんでいく。
<黒中曜>
「なあ、今のでわかっただろ?
曲田は、理解があるやつなんだ。みんなも曲田と話したら、俺の気持ちを理解してくれるはずだ」
<青山カズキ>
「確かに、今までのナンバーズと違って言っていることはまともだね」
<黒中曜>
「だったら――」
わずかに希望をにじませた声色で身を乗り出したその瞬間、カズキの冷ややかな指摘が横から滑り込む。
<青山カズキ>
「誰が聞いてもまともで、誰にでも好かれそうな、うんざりするくらい耳あたりのいい言葉だよ」
<黒中曜>
「なっ…」
曲田への称賛だと早とちりしていた曜の表情に、みるみる困惑とショックが走る。
その揺らぎを前に、Qは意を決したように一歩前へ踏み出した。
<Q>
「黒中。曲田を信用すべきではない…。
一見、この街は平和なようだが、鳳家の残党は迫害され、暴力を振るわれていた。
そんな犠牲の上に成り立つ平和など、理想郷であるはずがない。この街は、歪んでいる」
<黒中曜>
「…確かに、完璧じゃないかもしれない。でも、それはどこだって同じじゃないか。
綺麗ごとだけじゃどうにもならないって、俺だってわかってるさ。犠牲なんか出したくない…
だからこそ曲田に協力すべきなんだ!」
<青山カズキ>
「それはひょっとして、君が配信で言っていたことかい?」
<黒中曜>
「ああ、そうだ。曲田は凄い科学者なんだ。
上手くいけば、いつか彗のことだって――いいや、支配人さんや他に統治ルールで死んでいった人だって…!」
救いの言葉を並べ立てる曜の目は、熱に浮かされたようにぎらつき、希望というより執着に近い輝きを帯びていた。
その顔を見つめながら、Qはようやく理解する。なぜ曜が、ここまで曲田に傾倒するようになったのかを。
これまでのXGで見せてきた活躍ゆえに、誰よりも強く勇敢な存在だと評価してきたが、その裏で――多くの死を目の当たりにしてきた少年の肩には、背負いきれないほどの重圧が積み重なっていたのだ。
その重さに気づきながら、十分に寄り添ってやれなかったのは自分の落ち度だと、Qは胸の奥で静かに自責の念を噛みしめる。
ここから先の責任は、自分が負わねばならないと覚悟を固めた。
<Q>
「私はお前に過ちを犯してほしくない。
そのために、私が曲田の秘密を暴く」
<黒中曜>
「曲田の…?」
<曲田全一>
「世の中には様々な意見があります。重要なのは、何を信じるか…です。
真実の追求は、誰かが信じていたすべての真実を疑うことから始まる――
王次郎様…面白いことを言いますね。それが可能だと本当に思っているのですか?」
挑むような宣言を受けて、曲田の瞳が愉悦を含んで大きく見開かれた。
<Q>
「…やはり、気づいていたのか」
<曲田全一>
「気づく…? 不思議なことを仰いますね。
あなたは王次郎様ではありませんか」
自分の正体など、とっくに知られているのだろう――そんな思いが滲んだひと言に、曲田はますます愉快そうな笑みを深めていく。
<曲田全一>
「あなたが誰であり、何をしようと存在しない秘密は暴けません。
それに、あなたの言葉に、いったい誰が耳を貸すのでしょうか?
この街を地獄へと変えた、大罪人の言葉に」
突きつけられた言葉は、Q自身が何よりもよく知るものだった。
自ら何度も見つめ直してきた罪の重さを、今いちど正面から受け止めながらも、表情だけは崩すまいと奥歯を噛みしめる。
<Q>
「お前の言葉は正しい。過ちを犯したのは、私の方だ。
だが、私は仲間を――民を守るために、もう逃げないと誓ったのだ」
静かに言い切ると、Q――王次郎は、そっと視線を市之助とひなぎくへ向けた。
<Q>
「市之助、ひなぎく」
<秋葉市之助&ひなぎく>
「――はっ」
ふたりは同時に片膝をつき、深々と頭を垂れる。
次の瞬間、床に忍ばせていた煙玉が弾けたのか、曲田の部屋一帯に白い煙がぶわりと立ちこめ、視界が一気に白く塗りつぶされる。
一同は思わず咳き込みながら目を細めるが、やがて煙はすうっと薄れ、その中心に立つひとつの影が輪郭をあらわにしていった。
そこにいたのは、先ほどまでの"Q"ではない。
黒を基調とした格式高い装束に身を包み、背筋をまっすぐ伸ばした男の姿だった。
体を隠すため顔を覆い隠していた長い前髪は、一部が払いのけられ、今はその眼差しがはっきりと見える。
――そして、左手には、旧式のビームバットが握られていた。
<青山カズキ>
「そ、その姿は…! やめろ、やめるんだ!
そんなことをしたら、君は――」
目の前に立つその姿は、まさしく"鳳王次郎"その人。
カズキは王次郎がこれから何をしようとしているのかを悟り、思わず手を伸ばす。
しかし、その手が届く前に、王次郎はどこか困ったような、寂しそうな表情を浮かべた。
<Q>
「すまない…これが私のできる最善なんだ」
小さく息を吐き、Qはぽつりと"ヘラヘラテレビちゃん"と呟く。
合図に応じるように、窓の外から一台のヘラヘラテレビちゃんがふわふわと部屋へ滑り込んできた。
配信が始まるやいなや、凄まじい速度で視聴者数が増えていく。
前回の配信で"鳳王次郎そっくりの謎の人物"として話題になって以来、本物かどうか確かめようと、彼の配信を待ち構えていた視聴者達だ。
コメント欄には"まさか本物?""いや、偽物だろう"といった書き込みがひしめき、期待と警戒と嫌悪がごちゃまぜになった反応が画面を埋め尽くしている。
Qは、そっと目を閉じて深く呼吸を整えると、瞼を開き、画面の向こうにいるネオチヨダシティの住民達を真っすぐ見据えて言葉を発した。
<Q>
「ネオチヨダの住民達よ。聞いてくれ。
私はQ…そして、かつての名は――鳳王次郎。かつてこの街を壊滅に追いやった張本人だ」
"鳳王次郎"という名前が口にされた瞬間、コメントの流れが一瞬だけ止まり、次の瞬間には怒りと罵声じみた文字列が雪崩のように押し寄せる。
"ふざけるな""よく顔出せるな""お前のせいで家族が…"など、視聴者達の多くはいまだ彼を許されざる大罪人として見ていることが、容赦ない言葉の数々から伝わってきた。
<鳳王次郎>
「私は、帰ってきた。だが、それは再びこのチヨダシティを支配するためではない。
曲田という新たな指導者のもとで、皆が幸せに過ごせているのなら、それでいいと一時は考えた」
王次郎は、溢れかえる非難のコメントから目を背けず、まるでそれらも自分の責として背負うかのように、ゆっくりと言葉を継いでいく。
<鳳王次郎>
「――だが…街を見て回ってみると、その幸せは見せかけのものでしかないとわかった…」
画面の向こう側でも"どういう意味だ""また煽ってるだけだろ"と否定的なコメントが増え、あまりのコメントに多さに一瞬映像がカクつく。
それでも王次郎は視線をそらさず、ざわめきを正面から受け止めるように、さらに声を強めた。
<鳳王次郎>
「この目で目の当たりにしたこの街の歪みを、私は断じて見過ごすことはできぬ!
偽りの平穏を良しとする指導者を打ち倒し、チヨダシティを正してみせる!
そして、ナンバーズ4、曲田全一の正体を暴き、皆の目を覚まさせてみせよう!」
高らかな宣言とともに王次郎は正面を見据えたまま、配信を切った。
長く主君の帰還を待ち続けてきた家臣2人は、込み上げるものを抑え切れず、ただその背中を食い入るように見つめていた。
<秋葉ひなぎく>
「ああ…王次郎…様」
<秋葉市之助>
「なんという…神々しいお姿…」
<青山カズキ>
「Q…自分がしたこと、わかってるのかい。
この瞬間から、ネオチヨダの住民のほぼすべてを君は敵に回したんだ」
<鳳王次郎>
「ああ、覚悟の上だ」
短く返す声に迷いはなく、その顔には、"王"としての覇気があった。
<青山カズキ>
「まったく…君はいつだってそうだ。肝心なところで、いつも僕に相談なく勝手なことをする…
だけど、仕方ないね…弟の無茶振りに付き合わせられるのが"兄"の役割なのかもしれない…」
呆れとも諦めともつかない表情で小さく笑い、カズキは視線をそらして肩をすくめる。
カズキと王次郎は、同じ孤児院で育った仲であり、血のつながりこそない。
それでも、共に過ごしてきた年月と思い出の数々が、ふたりを"家族"と呼ぶにふさわしい関係にしていた。
カズキは、これ以上なにを言っても"弟"の決意は変わらないと悟り、その意志を静かに受け入れる。
<黒中曜>
「Qさん、曲田の秘密を暴くって言ってたけど…仮にそれを暴いたとして、どうなるんだ?
たとえ配信の視聴数で曲田を超えても、XGに勝ったことにはならないだろ」
さっきまでの緊張がわずかに緩む中で、曜は、率直な疑問を口にする。
<秋葉ひなぎく>
「にゃ!? そうなのかにゃ?」
<青山カズキ>
「確かに、XGは曜くんとナンバーズである曲田が統治ルールを使って戦うものだからね。
曜くんが居ない僕達が勝ったところで、ゼロがごほうびを与えてくれるとはかぎらない。
曜くんにしては鋭い指摘だね」
軽口を交えながらも、その内容は冷静な分析そのものだった。
ツキ達も思わず顔を見合わせ、改めて現状の厳しさを思い知らされる。
<黒中曜>
「…みんな、俺にひとつ考えがある。俺と曲田と、みんなでXBをしないか?
俺は、曲田とともにゼロと戦いたいけど、みんなとも一緒に戦いたいんだ。
もし俺達が勝ったら、みんなでゼロと戦おう」
突拍子もないようでいて、どこか曜らしいその提案に、その場の空気が一瞬固まる。
XBには"勝者の命"と呼ばれるルールがあり、勝った側は負けた側にひとつだけ命令を下すことができる。
24シティでも曜はゼロに対して"勝者の命"を賭けて戦っており、今回も自分の意志を貫くために、同じやり方で"トラッシュトライブ"に勝負を挑もうとしていた。
<三田三太郎>
「…じゃあ、俺達が勝ったら何してくれんだよ?」
<彩葉ツキ>
「その時は、曲田とは別れて曜がこっちに戻ってきてよ!
ね、それでいいでしょ!?」
<黒中曜>
「ああ、もちろんだ」
<鳳王次郎>
「…わかった。受けて立とう。
だが、XBは配信させてもらう。少数だと思うが、プレーの内容が気になる民衆もいるだろうからな」
王次郎の低い声が部屋に響き、ひとまず勝負の条件が出揃ったところで、その場に短い静寂が落ちた。
緊張が少しずつ形を持ち始めた、その足元で――何かが近づいてくる微かな振動が伝わってくる。
と、その時だった。
視線を落とすと、床をゆっくりと進む掃除機ロボットの上に、見覚えのある3本毛のぬいぐるみがどっかりと腰を下ろしていた。
<ゼロ>
「まったくも~、ほんと好きなんだから~」
<秋葉ひなぎく>
「うぎにゃ!? なんなんだお、この可愛くないぬいぐるみは!!」
<彩葉ツキ>
「えー、私はけっこう可愛いと思うけど…」
喋るぬいぐるみに口をぱくぱくさせながらおろおろする市之助とひなぎくに、王次郎は"あれがゼロだ"と説明した。
話を聞いたふたりの表情はいっそう強張り、ぬいぐるみをちらちら見ては王次郎へと視線を戻し、その異様な光景にどう反応していいのか分からない様子で戸惑い続けていた。
<黒中曜>
「お前…いつからいたんだ…?」
<ゼロ>
「曜くんの配信あたりから見てたよ~。
で、XBをやるんでしょ? ま、好きにすれば?」
<彩葉ツキ>
「な、なんか投げやり…シナガワだと色々うるさく言ってきたのに」
<ゼロ>
「う~ん、正直テンション上がらないっていうか…心が震えないっていうか…
ぶっちゃけ、曲田くんには、たいして興味ないんだよね」
<曲田全一>
「………………」
<ゼロ>
「あ、XBボールがないとXBできないでしょ?
ここに置いとくから、あとはがんばってね~」
床の中央にXBボールをぽんと転がすと、ゼロの周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。
黒い穴のような亀裂が開き、ゼロと掃除機ロボットを飲み込むと、何事もなかったかのようにすーっと消えていった。
<鳳王次郎>
「これは…」
王次郎は、ボールを拾い上げると、かつて自分がチヨダトライブのリーダーとして手にしていたものと同じだと悟り、胸の奥がかすかに疼いた。
チヨダ大戦の後、必死に捜し求めたXBボール――その行方が、ゼロの手元だったとは。
トラッシュトライブの面々は、曜達と別れて部屋を後にすると、本塁のあるテレビ会館へと向かっていった。