15話「XB~VS曜~①」
テレビ会館までの道のり自体は長くない。
だが、さきほどの配信を見て怒りに駆られた住民達が、王次郎に憎悪をぶつけるように何度も行く手を塞いだ。
石やゴミを投げつける者、真正面から殴りかかろうとする者。王次郎めがけて伸びてくる手は、一度や二度ではない。
そのたびに、王次郎の前へとすっと躍り出る影があった。
市之助とひなぎくが、主を守る盾として先陣を切り、飛び込んできた住民達の動きを、最低限の力でいなして地面に転がしていく。
さらに、西郷とえのきも加わり、迫り来る怒号の波を鋭い一撃と機転で次々と押し返した。
住民達も、自分達の力ではどう足掻いても届かないと悟ったのか、拳を振るうのを諦め、遠巻きに罵声やブーイングを浴びせるだけにとどまるようになる。
テレビ会館の周囲には、剥き出しの敵意だけが、身を焦がすような熱気となって渦巻いていた。
<熱狂的な男性>
「負けろ負けろ負けろー! このネオチヨダに鳳王次郎の居場所はないー!」
<熱狂的な女性>
「なんでいまどき野蛮なXBなんてするのよ!
大人しく統治ルールで戦いなさいよ!」
<三田三太郎>
「すっげーアウェイな雰囲気だな…」
<青山カズキ>
「仕方ないよ。王次郎が正体を明かした時点で、ネオチヨダシティの人々がこうなるのは目に見えていた」
<彩葉ツキ>
「みんな! あんな声、気にかけてないで準備準備!
早くしないと試合が始まっちゃうよ!」
<秋葉市之助>
「うむ…とくに、拙者とひなぎくは数年ぶりのXBだからな…
念入りに準備しなくては…」
一同がXBの準備に集中していると、近くの人だかりの中から、少年がひとり飛び出した。
少年は、人波をかき分けるようにして、一直線に王次郎へと駆けていく。
<薄汚い格好の少年>
「――っ」
<鳳王次郎>
「…ッ!!」
"ドンッ!"
鈍い音を立てて少年の体がぶつかり、王次郎はわずかによろめく。
その瞬間、腰にチクリと針で刺されたような痛みが走ったが、違和感はすぐに引いていった。
少年は謝ることも振り返ることもなく、そのまま足早に人ごみの中へ紛れ込んでいく。
<青山カズキ>
「王次郎、大丈夫かい?」
<鳳王次郎>
「…問題ない。それよりも黒中達が来たみたいだな」
14時――
王次郎率いる"トラッシュトライブ"と、曜&曲田チームのメンバーがフィールド脇に顔をそろえていた。
両陣営が向かい合って並ぶその間を、肩に鷹型ドローンを乗せた才蔵が、とことこ気だるげに歩いていく。
<秋葉才蔵>
「はあ…憂鬱だなあ…」
<秋葉ひなぎく>
「才蔵兄様! な、何しに来たんですか?
家臣にあるまじき裏切り者!」
主である王次郎を捨て、曲田に与する道を選んだ兄の姿を目にした途端、ひなぎくは頬をふくらませ、これでもかと言わんばかりに怒りをあらわにした。
<秋葉才蔵>
「何って…君達のせいで、僕までXBに参加する羽目になったんだぞ」
<黒中曜>
「まさか、駅で親切にしてくれたやつと再会できるなんて…これも曲田のおかげだな。
よろしくな、才蔵さん」
<秋葉才蔵>
「ふん…とにかく、僕はXBなんて暑苦しくてタイムパフォーマンスが悪いこと、したくないんだよね。
さっさと始めて、終わらせよう」
曜は、ネオチヨダシティに着いたばかりの頃、駅で偶然出会い、親切にしてくれた才蔵のことを覚えていた。
そのときの印象もあってか、こうして再会した今では、どこか頼もしげに見えた。
一方の才蔵はといえば、そんな好意を正面から受け止めるのが気恥ずかしいのか、ぶっきらぼうな調子を崩そうとはしなかった。
<鳳王次郎>
「待て、曲田はどうした?
まさか、試合に参加しないのか?」
<黒中曜>
「それが…」
視線の先、曜の隣に立つ曲田は、これからXBが始まろうという状況だというのに、相変わらず青白いホログラムの姿のままだ。
<曲田全一>
「申し訳ありません。
私は、とある理由で生身の体で出かけることができません。
ですが、代わりに同志のみなさんがお手伝いしてくださるようで、なんと感謝を申し上げたらよいか… 」
<青山カズキ>
「へえ…こんなときにも、曲田は出てこないんだね。
まっ、困るのはそっちだし、試合を始めよう」
王次郎がXBボールのスイッチを押した瞬間、ネオチヨダシティ全体がまばゆい光に包まれ、一気にXBフィールドの姿へと変わっていく。
"ウウーーー!"
けたたましいブザー音が試合開始を告げ、いよいよ幕を開けた。
1回表――
先攻は曜&曲田チーム、守備はトラッシュトライブ。
マウンドには王次郎。キャッチャーには西郷が出た。
対する攻撃側、1番打者としてバッターボックスに立つのは曜。
フィールドの周囲には、何台ものヘラヘラテレビちゃんが浮かんでおり、それぞれがプレーヤー達の姿を配信に映していた。
<鳳王次郎>
「黒中…曲田がもたらす平穏は偽りのものだ。裏では犠牲になっている者達がいる。
それは…いつか必ず大きな綻びになる。今はそれに気づいている者が少ないだけだ」
<黒中曜>
「Qさ…いや、今は王次郎さんと呼ばせてもらうか。
言ってることは一理あるかもしれないけど、だからと言って俺にはトラッシュが最善とも思えない。
曲田は迷っていた俺に、道を示してくれた。無理して戦わなくていい可能性を提示してくれたんだ。
俺は戻るつもりはない。この勝負にも、絶対に負けない!」
<鳳王次郎>
「そうか…ならば、私も全力で勝ちに行こう」
やり取りが一段落すると、王次郎はマウンドで小さく息を吐いた。
足を上げて体重を乗せるそのフォームは、かつてネオトーキョー中のXBプレーヤーを震え上がらせた王者そのものだった。
<黒中曜>
「――ッ!!!」
放たれたボールは、速さも重さも桁違い。
曜は全力でバットを振り抜き、なんとか当てはしたものの、押し返すことまではできなかった。
<黒中曜>
「これが…王次郎さんの実力…」
それでも、食らいつくようにバットを振り続けた結果、3球目でようやく詰まりながらも内野の頭を越える打球を放ち、曜はどうにか塁へ出ることに成功する。
つい数日前まで同じ側に立ち、これほどまでに頼もしく思えた存在が、いまは正面から立ちはだかる敵としてマウンドにいる。
味方だったときの心強さと、敵として向き合った時の圧倒的な恐ろしさ――その落差に、曜は身震いするほどの実力差を思い知らされていた。
その後に続く打者達も懸命にバットを振るが、"王者"王次郎のボールを捉えきれない。
三振を重ね、あっけなくチェンジとなった。
守備に回ってからは健闘はしたが、守りの甘いところをすぐさま見抜かれてしまう。
そこを狙われては確実に塁を進められ、じわじわと加点されていった。
<黒中曜>
「………………」
<曲田全一>
「おや、どうかしましたか、少年。
浮かない顔をしていますが、何かお悩みでも?」
ベンチに戻ってきた曜の表情が沈んでいるのに気づき、曲田が心配して声をかけた。
<黒中曜>
「だって、この調子だと負けてしまうんだぞ…
頼む…! 今から試合に出てくれないか…!
曲田が参加してくれたら、絶対に…!」
仲間を説得するために始めた試合。
それなのに――ここまで王次郎が強いとは、曜にとって完全な誤算だった。勝ち筋が一切見えない。
曜は焦り、頼みの綱として曲田にすがる。
<曲田全一>
「本当に申し訳ありません…
何度もお伝えしている通り、私には深い事情があって、生身の体で出歩くことができないのです…
ですが、あなたにひとつ、言えることがあります…」
<黒中曜>
「え…?」
<曲田全一>
「この試合に負けて、引き裂かれようとも、私達の絆は不滅…
何度も何度も彼らと対話を繰り返し、そして、我々の理想を理解してもらえればよいのです。
少年。あなたは、なんでもかんでも自分ひとりで背負おうとする悪癖があります。
大丈夫。私がいます。試合に出られなくても、必ず、あなたの力になりますよ」
<黒中曜>
「曲田…」
XBプレーヤーである曜にとって、敗北を前提にした物言いは腑に落ちない。
それでも、絆の強さを確かめる言葉に触れ、呼吸が整う。
――そうだ。負けても、曲田の言う通り、また話し合えばいい。
そもそも、焦ってXBで決着をつけようとしたのが間違いだった。
負ければ曲田と離れなければならないが、一生そうと決まったわけじゃない。
そのあいだに、みんなと少しずつ対話を重ねていけば、いずれ曲田の本当の人柄に気づいてくれるはずだ。
そう考え直すと、曜の足取りはふっと軽くなり、純粋に試合そのものを楽しむようになっていた。